朝になると愚図る。騙しの効かない年齢ゆえ、いい加減な事を言って連れていくと「嘘をついた」と、後々大人の取り繕いに尾を引く。知恵がついてくる年齢なのだ。
2日間の休みを経て、昨日、なんとか説得して連れていった。教室に入る前に大号泣。担任の先生も困った様子。先生も普段の園での生活に何か変わったこともないし、お友達とケンカした様子もないし、心当たりがないと言う。連休が明けると、ママ恋しさに泣くのは珍しくないらしいが、こちらにとっては珍しいので戸惑う。2年もなかったのに?
アキラがお友達の輪に入っていった隙を見て、逃げるように教室を出た。しばらくして先生から「アキラちゃん、あれからケロリとして元気に遊んでます。給食もお代わりしました」との連絡があった。ホッ。
早めにお迎えに行き、そのまま帰らずに、近くのスーパーでジュースとお団子を買って、それを頬張りながら二人で川辺を散歩。アキラは園の事を話始める。聞いてみると、お友達と多少のイザコザはあるにせよ、休むほどの事でもないし、今までそんな事はよくあった。
しばし二人で遊んで気晴らしをする。帰り際、「明日もがんばろうね」と言うと、うつむいてしまった。
さて、今朝。相変わらず園に行きたがらず。説得すること1時間。こちらも疲れ果てる。なんとか連れて行ってみたものの、私から離れようとしない。先生の取り計らいで、教室の後ろにいることになった。みんな元気に歌って、お芝居の練習をしているのを、参観日でもないのに見られたのはラッキーと言えばラッキーだけど…。
しかし他の子は教室に大人がいるのが気になるだろう。こうして立っているのも他の子どもにとって良くないだろうと思い、結局すぐに退散。当然、娘も一緒に帰宅。
う〜ん…失敗。
ともかく、この子の中で何かあったのは間違いない。それに対して、この小さな体で必死に考えて、抵抗して、戦っているのだ。その戦っている相手に気が付いてやれない自分がもどかしい。
ひょっとしたら、娘はこの2年間じっと我慢をしていたのかもしれない。「父ちゃんも母ちゃんも忙しいの」と、この子に言い聞かせてきたのかもしれない。だからぐっと我慢していたのかもしれない。
「自分は愛情が薄いわけではない」と自負している。しかし、愛し方が間違っているのかとも考えてしまう。他のお母さんたちは、もっと上手に子育てをしているだろうに…。もっとちゃんと気が付いてあげているだろうに…。アキラは私の子になってしまった事を後悔していないだろうか。
「子育てに正しいとかってないのよ。子ども一人一人違うんだもの。マニュアルなんてないの」と、あるベテラン保育士さんが言っていた。「お母さんが大きな気持ちで構えてなくちゃ」その一言が今になって響く。
結局は向き合うしかない。この子は今、何かと戦っている。この子が成長するのに、とてもとても大切な戦い。だから私もそれと向き合って戦うしかないのだ。私ではなく、娘自身が納得するまで、つきあっていくしかない。
子に初めて起きた出来事は、母にとっても初めての出来事。「がんばれ」と負担を一人に押し付けるのは簡単だ。そこを、どれだけ軽減させながら一人で歩いて行けるようフォローしていくかが、今の私の役目であろう。
アキラよ、その小さな体に宿る苦しさに気が付いてやれなくてごめんね。こんな愚母な母ちゃんを許しておくれ。
でもね、こんな愚母でも貴方を一生懸命で想っているのだよ。どの親も子を想う気持ちは「尊い」のだよ。命がけで貴方を産んで、そして精一杯に自分の魂を注いでいるのだよ。どんな環境であれ、母は何よりも子を想うのだよ。
だから一緒に越えて行こう。大丈夫、母ちゃんはいつもアキラの傍にいるよ。
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