2012年05月18日

子の悩み、親知らず

今週の始め、いきなり「保育園、行きたくない」と言い出した娘。2歳から通っている園で、こんな事は初めてだ。

朝になると愚図る。騙しの効かない年齢ゆえ、いい加減な事を言って連れていくと「嘘をついた」と、後々大人の取り繕いに尾を引く。知恵がついてくる年齢なのだ。

2日間の休みを経て、昨日、なんとか説得して連れていった。教室に入る前に大号泣。担任の先生も困った様子。先生も普段の園での生活に何か変わったこともないし、お友達とケンカした様子もないし、心当たりがないと言う。連休が明けると、ママ恋しさに泣くのは珍しくないらしいが、こちらにとっては珍しいので戸惑う。2年もなかったのに?

アキラがお友達の輪に入っていった隙を見て、逃げるように教室を出た。しばらくして先生から「アキラちゃん、あれからケロリとして元気に遊んでます。給食もお代わりしました」との連絡があった。ホッ。

早めにお迎えに行き、そのまま帰らずに、近くのスーパーでジュースとお団子を買って、それを頬張りながら二人で川辺を散歩。アキラは園の事を話始める。聞いてみると、お友達と多少のイザコザはあるにせよ、休むほどの事でもないし、今までそんな事はよくあった。

しばし二人で遊んで気晴らしをする。帰り際、「明日もがんばろうね」と言うと、うつむいてしまった。

さて、今朝。相変わらず園に行きたがらず。説得すること1時間。こちらも疲れ果てる。なんとか連れて行ってみたものの、私から離れようとしない。先生の取り計らいで、教室の後ろにいることになった。みんな元気に歌って、お芝居の練習をしているのを、参観日でもないのに見られたのはラッキーと言えばラッキーだけど…。

しかし他の子は教室に大人がいるのが気になるだろう。こうして立っているのも他の子どもにとって良くないだろうと思い、結局すぐに退散。当然、娘も一緒に帰宅。

う〜ん…失敗。

ともかく、この子の中で何かあったのは間違いない。それに対して、この小さな体で必死に考えて、抵抗して、戦っているのだ。その戦っている相手に気が付いてやれない自分がもどかしい。

ひょっとしたら、娘はこの2年間じっと我慢をしていたのかもしれない。「父ちゃんも母ちゃんも忙しいの」と、この子に言い聞かせてきたのかもしれない。だからぐっと我慢していたのかもしれない。

「自分は愛情が薄いわけではない」と自負している。しかし、愛し方が間違っているのかとも考えてしまう。他のお母さんたちは、もっと上手に子育てをしているだろうに…。もっとちゃんと気が付いてあげているだろうに…。アキラは私の子になってしまった事を後悔していないだろうか。

「子育てに正しいとかってないのよ。子ども一人一人違うんだもの。マニュアルなんてないの」と、あるベテラン保育士さんが言っていた。「お母さんが大きな気持ちで構えてなくちゃ」その一言が今になって響く。

結局は向き合うしかない。この子は今、何かと戦っている。この子が成長するのに、とてもとても大切な戦い。だから私もそれと向き合って戦うしかないのだ。私ではなく、娘自身が納得するまで、つきあっていくしかない。

子に初めて起きた出来事は、母にとっても初めての出来事。「がんばれ」と負担を一人に押し付けるのは簡単だ。そこを、どれだけ軽減させながら一人で歩いて行けるようフォローしていくかが、今の私の役目であろう。

アキラよ、その小さな体に宿る苦しさに気が付いてやれなくてごめんね。こんな愚母な母ちゃんを許しておくれ。

でもね、こんな愚母でも貴方を一生懸命で想っているのだよ。どの親も子を想う気持ちは「尊い」のだよ。命がけで貴方を産んで、そして精一杯に自分の魂を注いでいるのだよ。どんな環境であれ、母は何よりも子を想うのだよ。

だから一緒に越えて行こう。大丈夫、母ちゃんはいつもアキラの傍にいるよ。

posted by Sue at 19:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 愚母の苦悩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月15日

森の遊学舎にて

「火越し名人の火越し、見に行こうよ」

珍しく隊長が家族旅行を提案したはいいが、彼の提案の内容がよく分からない。火越し名人の技を見に行く?なんだ、それ?

その火越し名人の事は、ずっと前から隊長から聞いていた。テレビに出演されている時も観た。名人は数秒で火種を造る。私もアドベンチャーフェスティバルファミリーアドベンチャーでもマイギリ法で試した事はあるが、どれだけやっても火種は産まれない。隊長も然り。

私は「無理だ」と、あっさりとあきらめてしまったが、なぜだか隊長は数年来、火越しにとてもこだわっている。「男ってのは火が好きだな〜」と漠然と思ってはいたが、何も家族旅行に火越しを見に行かなくても…。

普段、どこかに行くとなるとその計画や下準備は私がするのだが、今回ばかりは隊長みずからが申込むという。そこまで言うなら「じゃ、行きますか」。こうして私たちは火越し名人の技を間近で見るために、福島県南会津に向った。

那須塩原のインターを降りてから南会津までの道のりはキラキラした新緑が息吹く。美しくて気持ちがいい。長く厳しい雪の季節を耐えた木々たちが、やっと来た春を喜ぶかのごとく、輝きだしている。こんな美しい高原の近くで、あの未曾有の原発事故が発生したのかと思うと哀しくなる。

さて、3時間半かけてたどり着いた場所は森の遊学舎の10周年記念イベントだった。火越し名人はそのオーガナイザーと言う。

「こちらが火起師(ひおこし)の大西さん」標高5000mでの火越しを成功させた野人だもの、よっぽど野生化したターザンの様な人だろうと思っていたが、目の前にいたのは人懐こい笑顔のクリクリ坊主。ターザンと言うより、どこぞのお寺の珍念さん(ごめんなさい)という印象。

現地に着いてやっとこのイベントの全貌が見えた。「みんなで何か楽しい事を作り出そうよ」的な空間。普段、スケジュールをバシッと組んで動いている私たちのレースイベントは異なり、何をしてもいいよん的なゆる〜〜〜い空間。これが全貌なのだ。だから隊長もよく分からなかったし、説明もできなかったのだ。

あちこちで、いろんな人が得意な事を教える。

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習字にトライする娘。タイトルは「星空」だそうな。

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地元のおばさんたちが「ちまき」の作り方を教えてくれた。

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家族そっちのけで竹細工に没頭する隊長

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いよいよ火越しに挑戦!まずは名人の説明から

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名人の道具



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起こした火でごはんを炊く

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火越しから始まり、みんなで作った夕食

ゆっくりと時間が流れる。2日目。

みんなで散策の途中、森の神様にごあいさつに行くことになった。神様は登山道もない山の中腹に居るらしい。必死で大人たちについて山を登る子供たち。やっとの思いでたどり着いた先は、何万年もかけて波で浸食した岩。その中に小さな祠(ほこら)があった。ここに神様がいて、ずっとずっと住民たちを見守っている。

神様にごあいさつを終え、みんなで下山。娘にとって登山道のない下山は初めてになる。火越し名人の丁寧な誘導と前を行く1歳上のお友達のお蔭で、頑張る事ができた。


撮影:お父ちゃん

もう少しで降り切るというところで、張りつめていた緊張がほぐれ、ついには涙が出てきてしまったようだ。よくがんばった、と母は思うよ。

動画の中盤、アキラを待っていたお友達が自然に手を出し、それを自然に握り返すところがある。その場面を見ると心が温かくなる。人は困った人に無意識に手を差し伸べ、困った人は差し伸べられた手を握って、そうやって助け合って生きてきたんだと、小さな二人の無意識な行動が教えてくれる。

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2日目の昼食はスタッフのみなさん手作りのチャパティ

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地元の移動手段

何もない場所だけど、とても気持ちの良い場所。気持ちを穏やかにしてくれる時間だった。

思えば私たちも自然と身近に暮らしている。雄大な谷川岳と利根川。その恵みを受けながら豊かに生活させてもらっている。

それなのに、なぜだか追われる日々。あれもしなくちゃ、これもしなくちゃ。そんな事を思いながら暮らしている。南会津とみなかみ町。その地形や歴史は異なるが、どちらもゆっくりと時間の流れる自然豊かな地なのに。思う事がたくさん湧いてくる。

自分で火を越し、それを調理に使用し、できた料理を頂く。すべてが自然とつながる瞬間。その瞬間を感じ取ることができる、とても贅沢で、とても楽しくて、とても勉強になった2日間だった。

名人、スタッフの皆様、そして森の神様、ありがとうございました。


…そう言えば
隊長はみんなが夕食を作っている最中、サイトの端っこで、名人に伝授してもらったのか「軸だよ、軸!軸が大切なんだ」とブツブツ言いながら、ず〜〜〜っと火越しに挑戦してたっけ。みんなが夕飯作ってるってのに、よくまぁ飽きもせず、あれだけず〜〜〜〜っとできるもんだ。腹が立つのを通り越して呆れてしまったよぉ。

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posted by Sue at 09:28| Comment(2) | TrackBack(0) | 悪妻のボヤキ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月11日

マイホーム

一般企業に勤めている同年代たちに役職が付き始めている。自分が会社勤めをしていた時、係長、課長はおじさんがやる事だと思っていたけど、同年齢の友達から「旦那が今年から役に就いて」と聞くと、もうそういう年齢なんだな〜とつくづく思う。

で、そういう友人たちから「念願のマイホームを建てました」なんてお便りも頂いたりする。いいなぁ。「でも25年も返済をしてかなくちゃ」と言いながらも嬉しそう。それでもいいわよ。私たちなんて銀行もお金を貸してもくれない職業だもの(笑)。

マイホームかぁ。なんだかふんわりと温かい言葉に聞こえる。

英語で「家」をhouse(ハウス)とhome(ホーム)があるが、ニュアンス的には「house=建築物」「home=家庭」とでもなるだろうか。ゆえにマイホームは語訳すると「我が家」になろう。

子供が生まれてから今住んでいる物件は、降雪量はすごいけど、空気もいいし、日当たりも悪くない。しかし少々手狭になってきているのも確か。

結局のところ、もう少し降雪量が少なく、もう少し広く、もう少し便利が良く…などと、どんどん欲が出てきてしまう。言ううち周囲がマイホームを建てているのを見ると「ならばウチもマイホームを!?」なんて思ってしまう。

houseを考えた時、より良い場所に、より良い質で、より広く…またもや欲が深くなる。しかしhomeを考えた時、今のままで十分幸せだと思えてくる。

明るくて、楽しくて、ホッとして、「ただいま」と帰る場所がhome。帰ってくる家族を「お帰りなさい」と迎える人がいるのがhome。それは場所や広さ、環境、デザインなど関係ない。自分が幸せと感じる場所が、大切な人がいる場所が、自分を迎えてくれる場所が「マイホーム」なのだ。

さて、この季節、朝は「ホ〜ホケキョ」と至る所から聞こえる。

以前、子育てする環境として、朝は「カア、カア」というカラスの鳴き声よりも「ホ〜ホケキョ」のウグイスの鳴き声を聞きたいと思ったことがある。今はまさにそうなっている。厳しい雪の季節を我慢してきた事へのご褒美かもしれない。

あ〜それでも…う〜ん、やっぱり庭付きの広々した一軒家、憧れるわ〜。


posted by Sue at 15:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 悪妻のボヤキ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月10日

人間はカメレオン

知り合いから「旦那さんのチームのこと、○○○○クンに話をしてみたら?今、マスコミ関係の仕事をしているそうだから、何かチカラになってくれるかも」と、地元の友人から連絡があった。

○○○○クンの事は私も知っている。しかし、それも子どもの頃の事。同級生でもないし、友達というほどの知り合いでもないし、急に電話してもなぁ…と躊躇したが、友人は「Sueのこと連絡しておいたからさ」と強く推す。せっかくの友人の好意だし、まぁ電話するくらいなら大丈夫かと思い、電話をしてみた。

ところが彼は私の知っている頃の彼とは別人だった。「俺はすごいんだ」と言葉にはせずとも電話からもそんな気持ちをバンバン発信しているのだ。故郷に居続ける人間を田舎者と思っているのか、オレはお前たちとは違うんだと言いたいのか…。前はそんな事なかったのに。ともかく変わったのだ。

「アドベンチャーレースなんて聞いたことないですね」と言うので、とりあえず説明をしてみた。しかし忙しいのか、面倒くさいのか、けんもほろろ。彼もまた共通の友人からの連絡を断れなかったのだろう。

結局、それ以降、電話は一切していない。共通の友人にこの電話の事を伝えたところ、「そうかぁ。あいつ、地元を出てから威張り出したって噂にもなってるんだ」と教えてくれた。な〜んだ、最初に教えてくれれば、嫌な思いもしなかったのに。でも友人も私のためを思ってしてくれたこと。友人に罪はない。しかも○○○○クンには地元に戻っても会うこともないし、今後もお世話になる事もないからどうでもいいけどさ。

どのみち彼は変わった。彼が変わった原因は分からない。
ただ、これは私の個人的な想像に過ぎないが…

今の時世、大きい会社に籍を置き続けるのは大変だろう。場合によっては人を蹴散らして、のし上がらなくてはいけない事もあるだろう。今の東電だって部外者はある程度理解はするものの、賛同する人や応援する人はあまりいない。どうにかして自分の身を守り、荒波を生き抜いていかなくてはならないのだ。

社内では仲間同士で抜きつ抜かれるのレースを繰り返し、それに勝てば社名や名誉を着て歩く。社名を着る事でことで気分が大きくなり、自分はすごいと勘違いをする。そして一番残念なこと「友を失う」。

前記したが、これは私の勝手な想像である。彼がそうだったどうかはまったく知らない。しかし古い友人が噂をするほど変わってしまった事だけは事実だ。

人間はカメレオン。
古代よりその時々の環境に合わせて生きてきた。人は周囲の環境に合わせられるからこそ、どんな場所でも生活を営むことができるのだ。

普段の生活もしかり。文句や悪口の多い人、愚痴っぽい人たちが集まると、とんでもなくマイナスのオーラになる。そして気が付くと自分も愚痴っぽい人間になる。

反対に学べる人、心休まる人、意識の高い人、尊敬できる人など、自分がなりたい人を身の回りに置けば、自分もそうなってくる。

ならば貧乏生活にあえいでいる自分だってお金持ちとお付き合いすればいいのに。どうしても人生が面白い人たちと付き合ってしまうのは、やはりそれを求めているからだろうなぁ。

posted by Sue at 16:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 干物女の行水 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月07日

アドベンチャーレースでは運も実力

今年のパタゴニアエクスペディションレースで準優勝をした隊長。

「山は雪が降ったけど、自分たちがそこに入った時は、足元に積もっていた程度。でも徐々に雪が激しくなってきて、僕たちの後に来たチームは膝まで雪があったらしい。僕らはラッキーだった」

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果たしてイーストウインドは運が良かっただけなのか?

単純に幸運だったと思える話だが、隊長の話を聞いていると「運も実力のうち」という言葉が浮かぶ。もし、あれが膝まで来る雪だったとしても「まだマシだよ。後のチームなんて胸の辺りまで積もってたよ」とでも言うだろう。「前のチームは進めなくて停滞してたんだ」ということもあり得る。天候によって左右されるアドベンチャーレースは、それで順位が大きく変わったり、リタイヤしたりすることも少なくない。

天候は人間の力では変えられない。自然が生み出す力に、時にはとまどいながらも、人間はそれを越えて生きてきた。隊長は先人たちが自然に対して調和してきた方法を活かしてアドベンチャーレースを楽しんでいるように思えるのだ。自然に対して無理をしない。素直に受け入れているように見える。

雪山もトレーニングを重ねてきた。胸まで積もる雪山をラッセルしながらラントレーニングをしてきた。初めて雪山にランニングをしに行くと聞いた時「この人、頭がどうかなっちゃったんだじゃないだろうか」と思ったものだ。それまでの私の常識として「雨の日は走るどころか、外にすら出ない」であったのだ。

しかし14年以上も彼のそういったアブノーマルな行動(私から見たら、であるが)に慣れて、今ではそれが普通になってきた。雪山に行く隊長を「行ってらっしゃい」と普通に送り出せるようになった。

イーストウインドは運が良かっただけではない。それだけトレーニングを重ねてきているということなのだ。

1日24時間という決まった時間の中で、いかにそれに時間を費やし、いかに集中するか、である。一気に複数の事をこなそうとすると24時間内ではうまくいかない。ならば的を絞ってそれに集中する。

隊長は仕事を辞めて、その分の時間をアドベンチャーレースに集中してきただけなのだ。種目も多いし、金銭的にも厳しいし、まだ馴染みの少ない競技であることも助長し、思った以上に時間はかかる。しかし飽きもせず、気持ちも折れずにコツコツやってきた。雪山をクリアしてきた事の要因はそこにある。

PERの後、クラッチはトレイルランニングに集中している。トレランは仕事を辞めてこれに集中している人がグンと増えているから彼にとっても厳しい状況になるが、ひとつのことに集中することはとてもいいことだと思う。修練を続ければ力が身に付き、やがてその実力で運を開くだろう。

そんな事を思いながらも、「あれもしなくちゃ。これもしなくちゃ」と気持ちだけが焦り、時間だけが無情に過ぎてしまう日々を送っている。私の場合、集中力が維持できない。だから人が1時間でできる仕事を2時間かけてやるというスローペース(しかもポカミスが多い)。

私は人の2倍努力してやっと普通。もし雪山をクリアしたかったら3倍の努力が必要だ、と思う今日この頃である。あ〜日々精進…。

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ファミリーアドベンチャーのエントリーは6月1日より

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2012年05月01日

人から評価を気にするのは自分本意の表れ

私はアドベンチャーレースをしない。できないし、やる気もない。

そんな私は、アドベンチャーレースの企画・運営をしたり、選手を海外に送り出す事を生業としている。しかし嫌々やっているわけでもなく、隊長がアドベンチャーレーサーだから無理にやっているのでもなく、やっているうちにどんどんそれが好きになっていくのだ。地味な仕事なので、当然陽は当たらない。

人によっては陽の当たらない仕事を頑張っている事だろう。というか世の中、蔭となり縁の下の力持ちとなって仕事をしている人の方が多い。一人のアイドルを生み出すのに、どれほどの人が水面下で動いていることか。

だが、人は「認めて欲しい」という気持ちがある。陽の当たる場所にいる人はそれが分かりやすいが、水面下で動く人にとっては、そのバロメーターが不明確である。だから自分が認められているかどうかが気になって仕方ない。恥ずかしながら、私がまさにそうである。

しかし最近はこの「認めて欲しい」という自己顕示欲が、とても自分本意であることに気がついた。

「自分は、こんなにやってるのに・・・」「あの人は私の能力を分かってない」という気持ちは、実は自分主体の価値観であり、人にその価値を押し付けているだけなのだ。しかも自己顕示をすればするほど、人は離れていってしまう。

「認めて欲しい」という気持ちは、人から評価を得たいため、自分の利益のために動くから、思ったとおりの評価が得られないと苦しくなり、仕舞いには「まったくわかってない」と人を責める。

本当に自分ができる人間であれば、世間は無視しない。仕事もちゃんと与えられる。自分が押し付けなくても、言葉がなくても、陽が当たらなくても、人はちゃんと評価をしている。だから能力のある人は気にする必要はない。

一方、残念ながら私の能力は無に等しい。が、非力ではあっても無力ではないはず。そう信じてもバチは当たるまい。

だから、その微力を嘆くよりも、なんとか人に喜んでもらえるような、役に立つような事に使えばいい。評価など気にせず、どれだけ相手が喜んでくれるか、役に立つかに焦点を当ててみる。

神学博士の竹内修一氏がこんな言葉を言っていた。

「いのちが目指すもの。それは仕合せに他なりません。この仕合せは、お互いに仕え合うことによって与えられます。人に仕えることは、惜しみない心で自分を与えることにあります」

私はアドベンチャーレースをしない。だから評価はされない。むしろ評価はいらない。ただ、それを通して人に仕える何かができるとに仕合せ感じて生きたい、と思うこの頃である。

posted by Sue at 17:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 悪妻のボヤキ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月28日

女は強し

先日、実家の父母と一緒にはままつフラワーパークに行った。初夏の花は見頃で、とても美しい。

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ここは動物園と隣接していて、両園を廻ると1日かかるほど広い。

15:00〜「ライオンのお食事タイム」とあったので、獣舎に行ってみる。そこにはオスとメス別々に部屋があり、各部屋には15キロくらいの生肉がゴロッと置かれていた。これをガッツくところを間近で見られるシステムになっている。

いよいよお待ちかねのお食事時間。係員が外と部屋の鉄製の仕切り版を開ける準備に入った。ライオンちゃんたちも心得たもので鉄の仕切り版をドンドンとものすごい音でたたいている。そりゃ、動物園にいて何が楽しいかって、食事時間ほど楽しみなものはないだろう。それがモチベーションで生きている。

まずはメスライオンのお部屋の扉が開いた。そこに文字通り獲物を目の前にした猛獣が現れた。

ところが!!!!

何故だか、オスライオンもつられて入ってきてしまった。入った瞬間に鉄の扉は封鎖。外に出られないようになっている。

「あかん!部屋、まちがえてしもた!!」そう思ったのか、オスライオンは踵を返して扉をガンガンと叩き出した。「出して〜な〜」。当人は必死だろうが、めちゃくちゃ面白い。

しかし一度閉まった扉はなかなか開かない。(係員さん、どうして開けなかったのかな?)目の前ではメスライオンは実にうまそうに生肉をがっつく。

それをチラリと横目で見て、なおも必死に扉を叩くオスライオン。「頼むわ、あけ〜て〜」

しかしオスライオンはメスライオンのエサを取ろうとしない。というか、一度、試みたが「ウリャッ
!何すんねん!!!」みたいにメスライオンが反撃しかけたため、オスライオンは「ご、ご、ごめんちゃい」みたいにシュンとしてまた扉を叩く。

気の毒に・・・

それを見た4歳の娘が言う。「おとうちゃんライオン、かわいそうだねぇ。おかあちゃんライオン、こわいねぇ。半分こ、すればいいのにねぇ」。

そうそう。そうやって困っている人に自分の物を差し出すという慈悲深い心が大切よ。

「あのライオンってさ、おとうちゃんがプリンを食べてるのを見て、おかあちゃんが『あたしのだっ!』って怒ったときと同じだね」

絶句。気をつけよう。

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posted by Sue at 18:29| Comment(0) | TrackBack(0) | アドベンチャーな家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月27日

コースディレクターは大変!?

レースのコース調査は大変な作業である。

道なき道を、どこまで行けるか、どのルートだったら安全に楽しめるか。ARはすべてコースディレクターの腕ひとつで決まると言っても過言ではない。

藪や直登ルートだって少しはなくては、困難なことを越えた時の達成感は味わえないし、気持ちのよいシングルトラックや一眺できる景色も頑張ったご褒美として欲しい。

チーム経験値によっては辿り着く力量も異なるゆえ、出来る限り多くの選手に楽しんでもらえるようなルート設定が必要。すべてを加味して1日で終結するコース設定は、想像以上に大変な作業なのだ。そして今期のARJS南信州大会では隊長がコースディレクターを請け負う。選手のために、南信州の美しい山の中を思う存分に駆け回り、ベストコースを探し出している。

コースディレクターは大変な職務であることは、私もよ〜〜〜〜く理解している。
理解していますがね、「この道はどこまで続いているのかな?」と気になるのは、分かりますがね。
そんな“道なき道”を探すのに、だよ。
なにもハイエースで行くことはないでしょう。

「突っ込みすぎて、出れなくなってしまいました・・・」と、隊長から陽も暮れる頃に電話が入った。

どうやら回転もできない細い山道で、無理に回転したらしく、切り株にドッカ〜ン。「マフラーが取れちゃいました・・・」どんどん声が小さくなる隊長。

私に電話せずにJAFに電話せい!
「JAFもこんな山道には入れないだろうし、ここの位置をうまく説明できません・・・」だとぉぉ??
終わったね。あーた、アドベンチャーレーサーなんだから、なんとか出てきなさい。

皆様、この連休中、色々なところに遊びにいく予定でしょう。どうぞ、JAFが入ってこれないような山奥に車で行くことだけは止めてください。

ファミリーアドベンチャーのエントリー開始は6月1日より
posted by Sue at 06:47| Comment(6) | TrackBack(0) | アドベンチャーな家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月25日

自己責任力を育てる

最近、反抗的になってきた娘。が、これも成長している証。喜ぶべきだろう。

反抗期を経ずに育った友達がいる。人に悩みを言えず、その悩みをずっと抱え込み、最後には自分が自身を責め、自ら命を絶った。そんな事を間近で見ているせいか、反抗期の大切さは理解しているつもりだ。しかしなかなか素直に受け入れられない我が子の反抗期。どうしたらいいものか。

変なもので、大人になっても反抗期が続いている人もいる。自分の思うようにならないと周囲を責め、最後は離れるよう逃げていく。まったく自分を反省せず、他人に責任を押し付ける。そのような人は、場面は違えど展開はいつも同じ。哀しいかな、自分も然りである。

自分はちゃんと責任を持って活動している。親にも頼っていない。そう思い込んでいたが、実はまだ反抗期を抱える40代であると気がついたのはイーストウインドが2位になった事による。

以下は4月18日付け上毛新聞に書かせていただいたオピニオン21

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 毎年2月にチリで開催されるパタゴニア・エクスペディションレースは完走率が3〜5割という世界で最も冒険的でハードなアドベンチャーレース(AR)である。今年は世界各国から19チームが挑んだ。3回目の出場となるチームイーストウインド(TEW)はアジア代表として臨んだ。初回は7位、2回目は5位で完走している。今回は目標を3位以内と設定。そしてそれを見事にクリアして準優勝を果たし、念願の世界トップチームの仲間入りをした。

 それまでのTEWは困難な壁に突き当たるたびに立ち止まって話し合い、ベストルートを見つけようとしていた。しかし、それがベストなルートかどうかは、先に進まないと結果的にはわからない。不眠不休で数日間も動き続けるレースでは肉体的にも精神的にも追い詰められる。ここぞと決めたルートがやぶであれば、そのルートを選んだメンバーを非難することさえあった。やがてささいなことからチーム内に亀裂が入り、徐々に信頼が崩れ、ゴールどころか足を引っ張り合う状況になることもある。ARでリタイアするチームは、こうしたチーム内の亀裂が原因になることが多いのも事実だ。

 一方、トップチームはいったん方針を決めたなら、やぶがあろうと川があろうと目的地に向かって一丸となって直進する。時には想像以上の深いやぶに出くわすこともあるが、ちゅうちょせずに突き進む。もっと適切なルートがあったのかもしれないが、決めたルートがベストルートと認識し、チーム全員がぶれない。それどころか起きてしまったミスを「大丈夫さ!」とフォローし合う。そして壁をクリアした時は互いを思いきりたたえ合う。こうした言動は、他人に責任を転嫁するのでなく、互いを信頼し、個々に自己責任を持つことで生まれてくる。実はこれが一番難しいことでもあるのだ。

 今回のレースでTEWは常にこうした言動を維持してきた。その結果、今までになく良いレース展開が作り上げられた。「信頼と自己責任を胸に、目指す方向に一途に進むだけ」。それが世界でトップになるチームの戦い方だとキャプテンの田中正人は言う。

ARに限ったことではない。私たちは家族、会社、学校、地域、国家という何かしらの組織の中で日々を過ごしている。時には壁にぶつかることもある。そんな時は目指すべき方向へ一丸となって進んでみる必要がある。家族を、仲間を、地域を信頼し、ベクトルを合わせ、自己責任で目標に向かって直進する。不平不満が出るのは自己責任の欠如、他人に責任を転嫁しているからである。ミスがあれば責めるのではなく、「大丈夫さ」と声を掛けフォローし合おう。うまくいったらたたえよう。そうすれば今まで越えられなかった壁をきっとクリアすることができるだろう。

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ARは10日間程度で終わるし、目指すものがはっきりしている。しかし人生はそうはいかない。思うようにいかない事も度合いが大きければ大きいほど、人のせいにしたくなる。実際、他人のせいだったり、自然災害のせいだったり、環境のせいだったりすることは多いだろう。

娘の反抗(言い訳)は「だっておか〜ちゃんが・・・」と人のせいにする事も多い。人間関係を学んでいる最中ゆえ、そうなるのも自然なこと。

大人になってからの言動はすべて自分の責任にある。しかし子どものうちに責任転嫁・責任逃れをしない心を育成するのは義務であろう。言い聞かせることはとても難しい。しかも4歳の子どもとは言え主張はある。それを上から畳み込むこともしたくない。

ならばまずは親がその姿を見せるしかない。誰かのせいにしたり、非難することを止めて、自分のすべきことを忠実にしていく。そして家族や仲間のフォローも精一杯していく。

子どもにこうなって欲しいと思うのであれば、まずは自分がやること。これは子育てだけじゃなくて、どんな組織においても同じかもしれない。

そう言いつつも、ビールを飲んでただの酔っ払いになるお父ちゃん。どうなんだろう・・・(笑)

ファミリーアドベンチャーのエントリー開始は6月1日より

posted by Sue at 07:45| Comment(2) | TrackBack(0) | 干物女の行水 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月23日

みんなで支えあってできた大会

ARJS岐阜長良川大会終了。あいにくの雨ではあったが「アドベンチャーレース、初めてです」「マウンテンバイクに乗るのは今日で3回目」等等のビギナーが多く、想定外の展開も想定外に起こり、それが結構面白かった(やっていた人は必死だったと思います。ごめんなさい)。

初めてのARということで要領を得ず、なかなかポイントを取れなかった人もいたけれど、落ち込むなかれ。誰だって初回はそんなもの。隊長だって何度そんなミスをやらかした事か(笑)。それがあって、でも2回目もやってみて、3回目もやってみて・・・そうやって世界2位なったわけで、そこに至るまでには実に18年もかかっている。

この「2回目」というのに踏み出すのが一番大変だったのかも、と今にして思う。「全然ダメでした」で辞めていれば、今の自分たちはいなかったし、今の素晴らしい仲間たちとは出会えてなかったし、そもそも私とは結婚していなかっただろう。

自分と言えば産後はずっと事務方でお手伝いをしてきたから、今回の岐阜長良川大会は久しぶりの現場(大会会場)になる。やはり間近で見るレースは面白い。大雨の中、マップ片手に右往左往している選手の姿を見ると「いいな〜」と思う。

今回もディレクターの高梨くんよる恒例の「高梨トラップ」で、選手たちも「してやられた!」であろう。昨年はケービングを仕掛けたスペシャルステージ。今年はボルダリングだった。よくまぁ考えるもんだと感心してしまう。

そもそもARJS運営のコンセプトは「地元が作る地元特有の自然を活かしたレース」にある。地元の人たちが「ここは見て欲しい!」「こんな楽しいことができる!」という場所をふんだんに盛り込んでコースを作り、地元の活性化とARの普及を目指す事にある。私たちの役目はレースをバックアップすること。

この岐阜長良川大会はまさにそのコンセプトが活きている。高梨くんの手掛けるハイセンスなコースをODSSがガッチリとバックアップ。ウチで言うところのカッパクラブであり、この手のイベントを作るには欠かせない存在。なにせアウトドアのプロだもの、結構無茶もできる。初参戦のチームでもラフティングの舵を取れるなんてのは、早々できるもんじゃない。

雨だし、お腹は空くし、道は間違えるし、辛いところに頭を使うスコアOが・・・いろんな事が一日にして起きるAR。それでも最後は、美濃の情緒ある街並みを抜け、2輌のワンマン電車に乗って温泉まで移動する選手たちを見ていると、インドアの自分までをも「やってみたいな」と思わせるような選手たちの顔。あんな表情を見られたのも、高梨くんとODSSの力なのだろう。

さて、そんな大雨の中のレースでは、アキラも外に出て遊ぶことができず、車内待機が続いた。レース応援に来ていた高梨くんの次女のモモちゃん(アキラと同年齢)と仲良くなり、ポンコツハイエースを恰好の遊び場として大盛り上がり。子どもはどんなところでも遊び場にする天才だ。

レース展開中の選手を見ては、こどもたちと「がんばれ〜」と声援を送る。モモちゃんに「このレースはね、モモちゃんのお父さんが作ったんだよ。お父さん、すごいね」と言ったが、モモちゃんはアキラと遊ぶのに必死で、真意が伝わったかどうか?

しばらくしてモモちゃんがふと言った「お父さん、お山に走りに行っちゃう。行かないでって言うけど、行っちゃう」。チクッと痛む。

ARは毎回異なるコースのため、大会準備が始ると高梨くんは毎週末、山に入ってコース調査をするのだろう。モモちゃんもお姉ちゃんのハルちゃんも、本当は遊んで欲しいけど我慢をしてるのかもしれない。高梨くんの奥様のキコさんがうまく伝えているのかもしれない。

下世話な想像だが、会社勤務している彼が週末にいないのは、やはり子どもにとっては寂しいことだろう。キコさんも大変だと思う。「仕事だ」と言われれば、諦めもつくが、ARはあくまでも趣味の範囲。

いて欲しい時にいられない。そんな事でのしわ寄せがどこかにかかるとしたら、それは家族であったり、人によっては恋人であったり。

この大会は高梨くんとODSSの名スタッフがガッツリ組んだレースである、と先に書いたが、実はその裏側には、それぞれの家族や恋人の支えがあるからである。決して表に出ないバックアッパーに心から感謝。

何より選手たちが、高梨トラップに果敢に挑み、そして思い切り楽しんでくれたからこそ、この想いが湧く。そう思わせてくれた選手の健闘とガッツに感謝。

私自身もアキラと現場に来てよかった。こうして父ちゃんが頑張っている姿を見せられること。だからモモちゃんもきっと「お父さんが、みんなを楽しませている」という事を感じ取っただろう。

言い聞かせる必要はないし、言い聞かせても上辺だけでしかない時もある。親は背中で語り、子どもはその背を見て育つ。親が誰かのために、誰かの幸せにするため働く姿、何かに向かって頑張る姿は子どもの誇りと自信になるだろう。

この大会は選手、スタッフ、そして応援者、みんなで作り上げたレースなのだと、久しぶりの現場で感じた。

そんな事を漠然と思いながらも、2人の4歳児相手に「じゃ、あたしはキュア・ゴージャス(プリキュア)ね」ゴージャスな変身法をしたら大ブーイングだったことも陰にあったことは3人の秘密だ。


ファミリーアドベンチャーのエントリーは6月1日より開始

posted by Sue at 07:47| Comment(6) | TrackBack(0) | 干物女の行水 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする