2015年01月30日

イスラム

イスラム国の日本人拘束事件が連日報道されている。イスラムの事をよく知らない娘には「イスラム教徒は恐ろしい」というイメージがついてしまわないことを願う。

17年前、私は総務庁主催「世界青年の船」に乗船した。日本人約150名、海外からの青年が約130人、船員や事務局併せて約200人。2か月間の世界航海の旅だった。

海外青年は欧州人、アフリカ人、中東人、アジア人で、彼らと共に閉鎖的空間で過ごした2か月間は、人生の中で最も濃密であり、得難い経験となった。

中でも私はUAEの青年たちと気が合った。宗教上、酒は一切呑まない彼らだが、素面であそこまで陽気になれるのが、真面目な日本人にとって少々うらやましい。

すぐに歌う。屈託のない笑顔で声を掛けてくる。時に子供じみたいたずらを仕掛け、それが成功すると無邪気に喜ぶ。仕掛けられた方もついつい笑ってしまうほど。本当に明るく、素直で、愛らしく、陽気な人たち。

下船後、友達を訪ねて現地に遊びに行った。初めてのイスラム教国ステイは、とても新鮮だった。女性はみなアバヤという黒い伝統的民族衣装で全身を覆い、誰が誰なのかさっぱり見当がつかない。街中で男性と女性が一緒に歩くことはめったに見ない。図書館もレストランも公園もすべて男女別々。

日中は50度にも昇る砂漠地帯で、汗水垂らして働く人の多くは外国からの出稼ぎ労働者。もちろん労働に対する報酬はきちんと支払われるフェアな国だ。

私も現地で職を得た。宗教も国民性も異なる国の女性が一人でこの地に住むことは楽ではなかった。もちろん不安もあった。タクシーに乗れば、目的地に着いてもいないのに「お祈りしてくる」と言って運転手が降りてしまう。買い物に行けば値段をふっかける。道を聞けば、知らないくせに無理矢理教えてくれるから、余計に迷う。知らないなら知らないと素直に言ってくれた方が親切なのだが。それでも銃社会のアメリカにいた頃とは身構え方が異なった。敬虔なイスラム教徒たちは却って安心感があった。

私が住んでいたのは小さなアパートの2階。1階はパン屋だった。パン屋で働くのはシリアからの出稼ぎ労働者たち。まだ19〜25歳の青年たちだった。英語が話せない彼らとアラビア語が話せない私だったが、コミュニケーションはすぐに図れた。祖国を離れ、遠い地に一人で来ているという背景が互いを理解させた。

仕事から帰ると、パン屋さんが私を呼び止め、片方の手でお腹を擦り、もう片方の手を口に持っていく。どうやら「腹、減っただろう」と言っているようで、用意していた紙袋を差し出し、たどたどしい英語で「We are friends」と言ってニッコリ笑った。中にはチーズがたっぷりのパンが入っていた。この地に来なければ、私が単なる旅行者であれば、私が一人ぼっちでなければ、「We are friends」の一言がどれだけ心強いか測り知れなかっただろう。

職場ではタジキスタンから亡命した夫婦が親切にしてくれた。「あんなに素晴らしくて美しい国を捨てるのは辛かった。でも仕方なかった。内戦が悪化し、外では銃声が響き渡り、隣の家では泣きながら血糊を拭いている。私たちには子どもがいた。この子たちに教育を施したかった。だから亡命という道を選んだ」。

私にはイスラム教を語ることなど到底できない。まだまだ意味や真理など、わからないことばかり。宗教戦争は絶えず起きている。8割とも言われる在UAE海外労働者の誰もが何かを抱えているように見えた。それでも前を向いて歩いている。抱えたものの大きさに押し潰されそうになりながらも、日々健やかに暮らせることに感謝し、祈りを捧げ、穏やかに生きている。

だから娘には、少なくとも娘だけには、私の知るイスラム教徒は、優しくて温かくて逞しいと言うことを教えていかなくてはいけない。それが出会ったイスラムの人達への恩返しだと思う。

私たちはイメージで人を判断することがある。マスコミやタレントはそれをうまく利用する。私たちがそれを求める。やがてイメージが強くなれば、真の判断力が鈍くなっていく。そんな小さなことが原因で諍いや争いが起き、やがては戦争になることもある。

結局、テロ撲滅なんてできやしないのではいだろうか、と思うことがある。テロリストにも家族がいて、その家族がテロリストじゃないにしても、自分の大切な人が殺されてしまったら?いくら過激なテロであろうと、家族は家族。復讐を誓うかもしれない。そして、それが新たなテロリストを生むかもしれない。

毎日、その日クラスで起きたことを話す娘だが、お友達と意見が異なった時、それを頭ごなしに「間違っている」と我を押し通さず、自分の物差しで相手を測ることはせず、相手気持ちをまず聞いて、そして相手の立場(自分だったらどうするか)を聞き出すようにしている。きっとどこかに誤解があるだろうから。

どうかイスラムの人達が、平穏で幸せでありますように。
posted by Sue at 10:39| Comment(0) | 干物女の行水 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月17日

リーダーシップ

先日、隊長に「リーダーとして支える」をテーマとした講演のご依頼を頂いた。

イーストウインドのリーダーとしてチームを牽引する役割の隊長だが、昨年はグレートトラバースで主役となる陽希を、カメラマンとして支えたことから「リーダーとしての裏方サポートの重要性」をテーマに企業のリーダー対象に話をすることになったのだ。

17年前、隊長は自己実現のためガムシャラに突っ走っていた。「勝ちたい」という気持ちが人一倍強かった。自分ができることは他人もできて当たり前。だから他人にもそれを求めた。自分に厳しいのはもちろん、メンバーにも厳しかった。

海外のアドベンチャーレースに出場するのは費用がかかる。自らのトレーニング時間を割いて毎日のように回った協賛のお願い。当時、まだ誰も知らないようなアドベンチャーレースであったが、徐々に応援者が増えてきた。しかし、それが「勝たなくてはいけない」という重圧ともなる。レース中、体力的に弱いメンバーへの叱咤が強まっていった。肩肘張っていたわけではない。ただ、その重圧との戦いをチームメンバーは理解し難かった。

それから何度も悔しい思い、辛い思いをしてきた隊長を、私は傍らで見てきた。隊長のやり方について行けず、去ってゆくメンバーもいた。見ているこちらが辛くなった。「もう止めてもいいよ」言いかけたこともあった。でも隊長は投げ出さなかった。どんなに辛くとも、またレースに出る。そしてリーダーシップを試行錯誤する。何度も何度もぶち当たる壁。ぶち当たりながらも進む。まるで、そこには彼にしか見えないレールが敷かれているかのように、当然な成り行きで。

もうひとつ私が隊長の傍らで見てきたものがある。それは「辛い思いは人を成長させる」ということ。「アドベンチャーレースは自分を成長させてくれる」と言う隊長の言葉の意味を、フィールドだけではなく、もっと大きく総体的に捉えることができる。

もう何年も前にアドベンチャーレースから去ったメンバーが、こんな事を言っていた「本格的なアドベンチャーレースに出るなら田中さんと出たい」。隊長のやり方が合わずに去って行ったと思っていた。しかし、そうではなかった。「やり方や考え方が合わない事が度々あった。その時は悔しいとは思っても、田中さんの言うことは勝つためには当然なことだったと後にしてわかった。またいつか田中さん率いるチームで戦いたい」と。

あのストレスだらけの極限の中ではエゴが爆発する。憤懣やるかたないこともあるだろう。レース後、チームが粉砕することは珍しくない。レース中、このメンバーと隊長の間に何が起きたのかは分からない。ただ、生死関わる状況下で、真剣にぶつかり合ったことが、互いを成長させたのだろう。ぶつかり合いが、ただの喧嘩別れで終わるのか、それとも互いの成長となるのかは、当人次第だと思うが、すべての出来事には意味がある。

それでも今なお、リーダーシップの難しさを痛感する隊長だが、グレートトラバースでのサポート経験は、今、隊長がまさに必要とする意識へのヒントを与えてくれたようだ。今回、陽希を主役にカメラを回し続けた事は、隊長の生涯において、最も貴重な糧となった。そしてその時の撮影班のチームワークは、それまでにない種の緊張と感動があった。それを聴講されたリーダーの皆様からいただいた所感が語っていた。

リーダーシップはメンバーがいなければ成り立たない。引っ張っていくだけがリーダーではなく、支えていくのもリーダーである。メンバーの開花のため、肥やしとなり、水となり、陽となり、時には耐久性を保持するために強風となることも必要。メンバーの開花はチーム発展の、否、アドベンチャーレース発展につながる。まさに隊長が目指していたものだ。

チーム内におけるリーダーシップは、社会生活において普遍的な課題であろう。企業、団体、学校、部活、時には家庭内においても必要となる。

これからはチームに加えて、親としてのリーダーシップも私たち夫婦の課題になる。これは手ごわい。人は常に成長する場が与えられるものだ。

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posted by Sue at 20:20| Comment(0) | 悪妻のボヤキ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月04日

謙虚であれ

今冬は雪がよく降る。積もった雪が溶ける間もなく、ひたすら降っている。

雪国に嫁いで間もなく14年目。それでも雪の中の生活は、慣れ切っていない。いまだに車の運転は怖い。家の中も凍てついて、温度は一桁。朝方は窓が凍って開かない。すぐに車を出すこともできない(まずは雪かき)。隊長のトレーニングもままならない。

「現代の科学の力では自然はどうにもコントロールできない。アドベンチャーレースでは、そんなコントロールできない自然の猛威が降りかかってくる。だから人は自然に対して謙虚でなくてはいけない」。隊長が講演でよく題材にしていることだ。

「自然に対して謙虚であること」。
アドベンチャーレースでは、荒れ狂う波に漕ぎ出すこともある。吹きすさぶ嵐の中、前に進まなくてはいけない。肌が焼けるような灼熱地獄をひたすら歩き続けることもある。見渡す限り氷に覆われた氷河を命がけで歩く。いつ果てるかもわからない藪を永遠とこぎ続けもする。「だから人は自然に対して謙虚にならなくてはいけない。人間が驕(おご)り高ぶると痛い目に遭う。まずは自分の能力・技術を知ること。レースで勝つためには、それを補うための努力をしなければいけない」。それはトレーニングであったり、装備であったり、地図読みの技術であったりと、シミュレーションであったり、チームワークであったり。それが不足していたら、身の丈に合った行動を取らなければならない。それは自分自身に対しても謙虚であるということ。こうして自分にない物を補いながら、かつ謙虚に、選手たちはゴールを目指していく。

自然界だけではなく、社会生活も同じかもしれない。
時に自分の力ではどうにもならない巨大な力、空気感があり、そこから逃げようともがいてみるが、どうにも逃げられない。人間社会でも、自分の力ではコントロールできないことがある。増してや、相手をねじ伏せることなど、もっとできない。どうせ相手が変わらないのならば自分が変わるしかない。相手の欠けている部分を指摘するだけではなく、自分に欠けている事を凝視する。それはあまり気分のいいものではないし、できれば避けて通りたい。しかし、それができて初めて、今自分がすべき事、補うべき事が見える。自然と同じく、謙虚で素直な姿勢で向き合うから、それが見えてくる。

深々と降り続く雪の中で暮らしていると「人は自然に沿って生きている」というのを、じんわりと実感できる。叩きつけるような吹雪でも、人はそこに根付く。だからこそ、そんな環境を迎合するように人は肩を寄せ合う。人を想い、人の温もりを感じ合いながら、極寒の生活に耐えている。そして訪れる春を目指す。雪の下でもしっかり芽吹く麦のように、謙虚で素直に。

「秋に蒔かれて芽吹いた麦は、冬の間、こうして雪の下で春を待つのです。陽射しの恩恵をじかに受けるわけでもなく、誰に顧みられることもない。雪の重みに耐えて極寒を生き抜き、やがて必ず春を迎えるのです。その姿に私は幾度、励まされたか知れない」(高田郁『残月』より)

平成27年、平穏な正月を迎えることができた。今年、大きな展望に向かって、日々を丁寧に過ごしていこうと思う。
posted by Sue at 21:48| Comment(0) | 悪妻のボヤキ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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