2015年05月22日

因果応報

小学校2年生になり2か月が経とうとしている娘は、日々学校で人間関係を学んでくる。学校は勉強だけを教えてくれる場ではなく、人間関係もしっかり教えてくれる場でもある。ことさら兄弟がいない娘にとって、学校は人間関係を学ぶ大切な場になる。

親として、子どもが何でも話してくれる事は嬉しく思う。しかし、娘の話す人間関係の悩み(と言えるほどのものでもないけど)は、得てして自分が正義で相手が悪、更には悪口にもなり兼ねない。そこまで行くと、さすがに聞いていて気持ちの良いものではないのだが、それでも彼女のはけ口とも言える「抱えていることを話せる場所」を閉ざすことはできない。さらには、娘の気持ちを鎮めるどころか、「それはあなた(もしくは相手)が悪い」と、その場で安易に判断して、娘の気持ちを煽るのは言語道断。

そこで、隊長と私は、娘の話を聞く時について、以下のことを決めた。
1)まず娘の話(気持ち)を黙って聞く
2)どうしてそんな事が起きたのかを一緒に考える
3)どうして相手は、そんな事を言って(して)しまったかを考える
4)解決法(自分はどうすべきか、気持ちをどう整理するか)を一緒に考える

しかし、解決法を見つけるのは簡単ではないし、頭で解っても、気持ちが理解できないことがある。それは小学校2年生の娘に言えることではなく、大人の私自身がそうであるように。

「相手に悪気があったわけじゃない事は理解している。でも、なんだかモヤモヤする」そんな事は、子どもの世界に限ったことではないのだ。私なんてショッチュウだ。

そんな時こそ、自分自身に言い聞かせる。
「〜因果応報〜」
良い行いをしてきた者には良い報いが、悪い行いをしてきた者には悪い報いがあるという仏教用語である。

私たちは神様でも仏様でもない。だから相手に対して制裁などできない。そんな立場にない。しかし、それを行った相手には必ず同じ事が降りかかる。勿論、自分も然り。

小難しいことは小2の娘には分からない。が、たいていの場合、話の最後に辿り着くのは、「自分がして欲しくない事は相手にしない。自分がして欲しいことは相手にする」という結論。

自分が悪口を言われたくないなら、人の悪口も言わない。自分が褒めて欲しい(認めて欲しい)なら、人も褒める(認める)。話を聞いて欲しいなら、人の話を聞く。相手に求めるものを、まずは自分が相手に施す。

「明日からそうしよう」となって、話は幕引きとなる。それでもまた、同じような人間関係のネタを持ち帰るのだが(笑)。

大人も然り。自分だって言ってほしくない言葉を、つい子どもに言ってしまう。優しい言葉掛けが欲しいのに、疲れが溜まると苛立ってしまう。今、話を聞いて欲しいのに、「後で」と後回しにする。やろうと思ったことを頭ごなしに反対する。人に嫌われたくないのに、自分が気に食わない人を蔑む。求めてもいないのに不平不満を言いまくる。それではいけないと解っているが…。

そもそも私のような未熟な人間が、子どもを育てている事がどうなんだろう?とも思うのだが、子育ては親育て。娘という人に、私は育てられている。こうして、こんな毎日を繰り返しながら、これからも娘を通して学んでいこう。

「因果応報」自分のやった行いの結果は、自分に返ってくるのです。


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posted by Sue at 06:28| Comment(0) | 愚母の苦悩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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