2016年06月23日

麗しき中高年の空気感

 日本海をスタートし、北アルプス、中央アルプス、南アルプスを抜け、太平洋を目指す。動力は一切使用しない。使うは己の脚のみ。その距離約415q。これを8日間内で走破するレース『Trans Japan Alps Race』。二年に一度のこの大会が、今年もやってくる。今週末はいよいよ選手選考会だ。

 このレースが始まったのが2002年。隊長がこのレースに出場したのが2004年(優勝)、2006年(リタイヤ)、2008年(優勝)。
 2004年は伊豆アドベンチャーレースの準備の最中だった。
「1週間ほど留守するから」
私ひとりを伊豆に残して自分だけさっさと富山(日本海)に行ってしまった。まだこのレースをよく知らなかった私は、ゴール寸前の隊長から「大浜海岸(静岡)まで下着を持ってきて」という電話にブチ切れた。とは言え、くっさ〜い服で戻られても困るから、知り合いの静岡大学のM先生に「100円ショップでパンツと靴下だけ買って大浜海岸に持って行ってやってください」と、やけっぱちのお願いをした。それも朝5時くらいに。驚くことにM先生は快く引き受けてくれた。M先生には感謝しつつも、そこまでの人の良さがいまだに不可解である。
「大学教授を顎で使うな!」
100円ショップ(だと思われる)パンツを履いた隊長に叱られたのは後の祭でホイサッサ。
 2006年は取材としてレースに関わった(記事はターザンに書かせていただいた。人生初のライター業)。直前までアメリカのアドベンチャーレースに出場していた隊長は、その影響か、中盤で足が動かなくなった。その年の完走者は2名。関門時間ギリギリ2位で完走した故・高橋香さんは、実は私の中のTJARヒーローである。あの穏やかな顔が、太平洋に近づくにつれ、増していく痛みと残りわずかな時間を相手に、どんどん歪んでいった。それでも足を止めない。ボロボロの脚を引き摺って太平洋を目指す。最後の最後、真夜中の大浜伊海岸で高橋さんを待つ数名の仲間を見た瞬間、歪んだ形相が収まり、いつもの穏やかな顔になってゴールした。
 2008年は、私がこの大会に関わり始めた年。当時はまだ公式サイトがないので、外部ブログを立ち上げて、レースの行方を日々アップしていた。24時間パソコンに張り付きの8日間。娘が生まれたばかりだわ、睡眠時間が極端に少ないわ、買い物にも行けないわの8日間。苦しかったけど、なぜか辛くはなかった。更なる苦しみの中でもがく選手の力走を見ると、俄然、力が湧いてきた。

 それまでは愛好者だけで運営していたこの大会だったが、以降、実行委員会が設立され、ウェブページも始動し、協賛企業も増え、テレビ番組でも放送され、チャレンジを熱望する人が急増した。TJARは、予想をはるかに超えて大きくなっていった。
 大きくなればはるほど、実行委員会の負担も大きくなる。やる事が莫大に増え、責任も怖いほど増える。選手たちが不眠不休で山を歩く間に、何が起きるかわからない。台風が来たり、落石があったり、落雷があったり、滑落だってあり得る。実行委員は神様じゃない。壮大なチャレンジのチャンスをお膳立てしているだけで、自然や選手自身の体調はコントロールできない。当然ながら命の保証はできない。選手は自分の身は自分で守るしかない。逆に言えば、それができる人しか、この大会のスタートラインには立てないのだ。

 こんな壮大なチャレンジだが、実行委員は8人だけ。皆それぞれ仕事と家庭を持っている。住むところもバラバラ、年齢もバラバラ。平均すると50代。胸を張るほどの若いパワーは持ち合わせていない。そんな熱き中高年8人が「TJARを成功させる」と言う士気だけを統一させ、この壁に挑んでいる(そもそも、その中に自分がいる事自体、大丈夫なのだろうか?と疑ってしまうのだが)。
 私を抜いて(ここは明白!)全員が精鋭。誰ひとりとして受け身はない。自分からすべて能動的に動く。だからイベントに対する疑念がない。互いに「この人、大丈夫かな?」という不安も不信感もない。あるのは敬意と信頼。だから安心してメンバーに仕事を任せられるし、自分の持ち場にも集中できる。
 それは「目的がひとつ」だからだろう。私たちは「TJARを成功させる」一点に集中している。自分の持ち場は最初から最後まで責任を持って行動する。言いっ放し(案だけ出して、後は何もしない)とか、責任転嫁のような無責任な言動がない。かといって仲良しグループとは違う。問題点は全員でシェアし、とことん論議する。一人でも納得いかいなら、納得いくまで話し合う。だからだろうか、その場にいると、とても気持ちがいい。空気感がスッと締まり、背筋が気持ちよく伸びるような感じ。でもって穏やかであり、優しくもある。
 しかし、切るべきところは切っていかなくてはいけない。時に周囲に対し、我々の判断がきついと思われる事もあるが、2年間すべてを費やしてきた選手の気持ち、山小屋の立場、そして応援者の立場も十分に理解した上での決議である。命のかかった挑戦に真剣に向かい合っていることを分かってもらえたら有難い。

 同じような空気を感じる場がもうひとつある。みなかみ町で行うキャンドルナイトだ。こちらは半日完結型のイベントだが、職種様々な町在住の有志が集まり、イベント会場をキャンドルで彩る。単にキャンドルを灯すだけではない。事前にキャンドルの仕込み作業をし、火が何時間もつかを確認し、どこに何個、どのようなレイアウトで置くかなど、細かい仕事がわんさかある。目立ちすぎてもいけないし、目立た無すぎてもいけないのがキャンドル。微妙な存在だからこそ、気持ちがひとつにならないと美しく彩れないのだ。
 キャンドルナイトの実行委員会も若いパワーはない。地元のおじちゃんやおばちゃん(私を含む)で構成されている。配置も担当箇所も決まっていない。ただ、スタッフが足りない、キャンドルが足りない、火が弱い、風が強い、など、自分が見つけた問題点は自分がそこに入って対処する。その時の空気感は、とてつもなく心地いい。この実行委員会に入って、この町を一段と誇りに思えるようになった。

 TJAR実行委員会やキャンドルナイト実行委員会も、首長がともかくよく動く。組織の中で一番汗を流し、プライベートや仕事を犠牲にしてまで、一銭も入らないイベントに力を入れる。TJAR実行委員会のI委員長は徹夜で書類を書き上げ、時間を見ては山小屋や関係省庁を回る。キャンドルナイト実行委員会のF委員長は重い荷物を運び、細かい作業も進んでやっている。この姿を委員たちは見ている。だからこそ、尊敬すべき首長の指揮に合わせて私たちも個々の楽器を奏でる。その一帯となる空気感は作ろうとしてできたものではなく、自然と生まれてきたものなのだ。

 さて、残念ながらイーストウインドに、その空気感に至っていない。至っているのかもしれないが、私はその空気を感じない。思うに、私情(感情)がその一体感を邪魔するのではないかと。目的(レース)があまりにも過酷だし、長時間だからなのかもしれない。準備も含めれば、かなりの時間をアドベンチャーレースに費やすこととなる。そうなるとプライベートの犠牲も多くなる。それがストレスとなり、やがて「私情(感情)」に、自分の都合のいいようにしか行動しない「御都合」が重なる。私情主義&御都合主義のチームになると、その空気は、北京の大気質汚染指標を上回ることとなる。チームワークが鍵となるアドベンチャーレース。すでに準備の段階からレースは始まっているのだ。

 では、TJAR実行委員会やキャンドルナイト実行委員会と何が違うのだろうか?
思えば中高年の実行委員会に比べ、イーストウインドは若いパワーが満載。その若さこそが、原因なっているのかもしれない。若い時は「自分はこれがしたい」という想いが強く出る(私もあったあった)。それは決して悪いことではないし、むしろ人生のモチベーションともなる。そこに社会経験が積まれ、どんどん受け皿が広くなり、やがて「これをより良くするためには、自分は何をしたらいいだろう」と言動を考えるようになる。こうして人は組織の中での自分の役割を見出していくのだろう。若い時に抱く「これがしたい」は、大切な取っ掛かりなのだ。

 アドベンチャーレースを見ていると、欧米選手は「個」を大切にするようだ。自分が強くなり、メンバーを引っ張っていくと言う意識が働いている。代々培ってきた遺伝子なのだろうか、それら「個」は、きちんと出来上がっている。だから「個」でレースをしていても、互いに通用しあえている。スーパーマンやバットマンのように一人一人がヒーローであり、さながら濃いキャラのピン・ヒーローたちが集まってレースをしているようだ。今の日本の若い世代は、この「個」の感覚に近づいているように思う。
 一方、日本人は「和」を大切にする。一人ではできなくても、仲間と一緒なら越えられると信じる。いや、災害時など、実際にいくつもの壁を越えてきた。人を信じること、思いやることができる民。欧米がスーパーマンなら日本は複数のメンバーで1人の敵に立ち向かう戦隊ヒーローたちであろう。無責任な他力本願では成し得ない。この「和」は、きちんと責任を持ち合わせた上に派生した信頼である。

 アドベンチャーレースを始めた頃の隊長は正論をぶちかましていた。それがもう中高年だ。その間、正論を振りかざしても人は変わらない事を学んできた。加えて年代のギャップ。特性上、イーストウインドは若いパワーが必要になる。このギャップもうまく活かしていかねばならない。
 従って、これからの私たちの課題は、我々のDNAに染み込んだ「和」と、若い世代が持つ「個」をいかに融合させるか、であろう。これが絶妙な配分で融合すれば、より強いチームとなるし、良き部分を引き出せば、必ず結果はついてくる。
 それはアドベンチャーレースだけに非ず。一般社会においても家庭内においても、これこそが私たちの世代が立ち向かうべき壁かもしれない。

呑気にせんべい食べてる場合じゃない。おばちゃんの悶絶的苦悩は、まだまだ続くのであります。





posted by Sue at 10:33| Comment(0) | 悪妻のボヤキ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月04日

「夫を支える妻」という見間違い

 私は、よく「夫を支える妻」と見間違われる。どこをどう見たらそうなるのだろう?
夫はただ好き勝手な事をしているだけだし、それがなんだか楽しそうだから放っておいてるだけなのだが、それを「支えている」と言われると、なんだか後ろめたい。なんというか、「100点取りました」と嘘をついて褒められているような気がするのだ。


 先月末からやるべきことが重なり、かなり疲れていた。睡眠時間も少なかったり、食事の支度も適当だったり、散らかった物も片付かなかったりと、そんな小さなこと苛々を積もらせ、余計に気持ちを疲れさせた。
 そんな時に限って、事務所兼住居の我が家で事務仕事をしている隊長。焦りなど一切見せず、マイペースで作業をしている隊長に対し、またもや苛々が積もる。
 それに輪をかけるかのように、宿題も片づけもせずに遊んでいる娘を見ると、更に苛々が蓄積され、先日、とうとう苛々のキャパが限界に達し、爆発してしまった。

「少しはこっちの身になってよ!」
女にこう言われた時の男の顔ってのは、たいていがキョトンだ。
「何をすればいい?」
返事もたいてい同じ。いやいや、何をして欲しいわけじゃない。ただ分かって欲しいだけなのだよ。男ってのは、どうしてこうも解決策を求めるのだろうか?

隊長だけかな?いや、少なくとも、これについて話をしたK家も同じだと言っていた。ゆえに、ここではK家と我が家を男女代表とさせてもらおう。(このブログをお読みくださる方へ。ここでいう男と女というのは、田中家とK家のみとさせていただきますので、あらかじめご了承ください)

 こうして私は隊長にあたる。隊長はまだいい(んー、よくないか)。反省すべきは、ダメだと理解しつつも娘にもあたってしまった事だ。
 小学校3年生ともなると、親に言い返す力をつけ始めている。少し前までは親が一方的に怒り、それを素直に聞き入れていたが、今では一丁前に口論にまで発展する。女同士の口論だからか、論点がズレまくる。相手の話など聞いちゃいない。言葉尻だけ捉えるもんだから、話があっちやらこっちらやに飛びまくる。自分の非は認めず、相手の非を探しては、そこをこれでもかと言わんばかりに攻撃。
 要は自分を正当化したいのだ。こうして論破してスッキリする。そらね、何の生産性も発展性もないですよ。でも、これが女の心理なのですよ。

 ゆえに女が怒っている最中は男が捻出したがる「解決策」など通用しない。だって女は、自分を正当化したいだけだもの。だから男よ、女が何か不満を言っている間は自分から会話(特に解決策)をかぶせないことです。そうか、そうかと同意・同情をしてください。時間が経てば何もなかったようにケロッとしますから。理解し難いかもしれません。でもね、それでもいいんです。『黒の舟歌』でもあるじゃないですか「男と女の間には深くて暗い川がある」って。理解できないんです。
(再度申し上げます。ここで言う男と女は、あくまでも田中家とK家の場合であります)

 
 先日、男の子がしつけとして山中に置き去りにされた事件があった。この親がやったことはとんでもないことだ。が、どうにも子どもが言う事を聞かないとき、そんな気分になるのはまったく解らないわけではない。特に苛々要素がメいっぱい絡んでくると、「もうあんたなんて知りません!」的な気分になることもある。
 とは言え、いずれ子どもは言い返すようになるし、それも成長の過程だもの、親はウェルカムしなきゃいけないのです。それは重々に分かっている。分かっちゃいるが、一度火がつくとなかなか収まらない。沸騰ヤカンのように熱くなる私に対し、隊長が冷静に言う。
「親子のガチゲンカも成長過程に必要だね」
(ほら、また無理矢理解決しようとする!あ〜この冷静さも腹立つ!!)
 それにしてもガチゲンカで山に置き去りにされたのでは、溜まったもんじゃない。しかし、その男の子が自力でシェルターを探し、そこでサバイバルしていたのはあっぱれである。この子は、一旦は入院するということだが、そのうちお家に帰ってママの作る温かいご飯を食べるのだろう。生きててよかった。


 どんな時も温かいご飯と共に迎え入れてくれるのが家族である。八つ当たりしたり、ガチゲンカしたりするのも、結局は何も言わずに受け止めてくれる。どんな事があっても包み込んでくれるゆえ、思う存分、甘えることができる場所なのだ。
 だから爆発できる私は夫や子どもに思い切り甘えているのだ。わけのわからない事で自分を正当化しようとしても、むちゃくちゃな理論で相手を論破しようとしても、一緒にいてくれる。純粋に甘えても許される場所なのだ。

 私は「夫を支える妻」ではなく、実は「夫に支えられている妻」なのである。





posted by Sue at 09:34| Comment(0) | 悪妻のボヤキ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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