2016年12月30日

ありのままで 2016

 先日、世界選手権2016の報告会を東京で開催した。こういった報告会は、回を重ねるごとに選手の話がうまくなっていくのがわかる。もともと大勢の前で話をするのが得意ではなかった選手も、場数を踏めば踏むほど言葉数が多くなる。

 百名山一筆書きをしていた時の陽希は、常時テレビカメラに向かって話しをしていた。今では毎日のように講演で大勢の聴衆者を前に話をしている。百名山をやる前に比べたら、話しもまとまっているし、内容もかなり変わった。
 マチマチも最初の報告会と比べると、とても話がうまくなっている。彼女はカッパクラブ(アウトドアツアーカンパニー)で働く。日々お客様にセーフティなどの説明をしていることもあり、話しをする場数は少なからず踏んでいる。急に振られた質問でも、うまく答えることができるようになった。


 さて、来年は隊長と知り合って20年目となる。ってことは彼の話を19年間も聞いていたことになる。思えば、彼の話すスタイルは、この19年間で、かなり様変りをした。

 以前は冗談など言わなかった。自分を落とすような発言もなかった。周りに強いと見せたいわけでもないし、優れていると思わせたいわけでもない。過酷な環境ではあるが、男女混成、年齢差、体力差、考え方の違いの中でゴールを目指すアドベンチャーレースは、日常の社会生活と重なる部分が多い。なのに、それがどうにも遠いものに感じていた。至って真面目で、気の利いた洒落ひとつ言えない。話の内容は凄いなぁとは思うものの、なんだか面白みに欠けていた。無理もない。隊長は幼少期より人と話すことが大の苦手だったのだから。

 それでもアドベンチャーレースという目新しいスポーツを国内で知ってもらうためには、伝えていかなくてはならない。強制的に話をしなくてはいけない機会が増えた。口下手だった隊長にとっては悪魔の修練だっただろう。初めて講演のお話をいただいた時は二晩も徹夜で内容を考えていた。事によるとアドベンチャーレースで二晩徹夜するより辛かったかもしれない。

 ところが先日の報告会では、隊長の冗談めかしい言葉が、ドカンドカンと会場の笑いを誘っていた。厳しくて苦しいはずのアドベンチャーレースだが、隊長の話は「なんだか楽しそう」と思えてしまうほど。
 決して話術が長けているわけではない。それは「話すこと」と「レースをすること」の場数を踏んできたことで、その面白さや日常生活に近い場面を伝える余裕が出てきたようにも見える。

 隊長は、家庭内においても会話の面白さに磨きがかかってきている。
 結婚した頃は、アドベンチャーレースやアウトドアスポーツの事となると身を乗り出して話をするが、それ以外の事は聞いてるんだか、いないんだか、まったく会話にならないこともあった。レース関連以外のことは、ほぼ私一人が決めていた。

 しかし、今では私の事を慮ってか、いや、きっと恐ろしいのであろう、私に会話を合せてくれるようになり、しかも話しが続くようになった。我が家にとっては、えらい進歩である。
 時折「あの店で選ぶべきは味噌ラーメンか塩ラーメンか」で激論を交わす。内容のレベルはともあれ、一昔前に比べると、私が分かる内容で激論する。これは素直に楽しい。

 それどころか、今では隊長自身、自分を落とすことになんの抵抗もない。落としまくっては、笑いを誘う。落とすということは、自分の弱さを受け入れること。自分を落とすこと、つまり弱い部分を受け入れる事ができれば、人間はこの上なく強い。頑な意地やプライドもないし、虚栄を張る必要もない。自分らしくいられるのだ。

 私も自分を落とすことに抵抗はない。それは小学校4年生の時にイジメに遭った事が原因である。きっと生意気だったのだと思う。バカにされる事を嫌い、意地になっていた。意地になればなるほど、イジメはエスカレートした。やがてイジメを克服するために編み出したのが「自分を落とすこと」。バカにされてもいいや。それなら自らバカになればいい。凄い(と見せかける)自分である必要は一切ない。こうして自分の弱さを曝け出したのだ。そこからプライドや虚栄心が削られていき、イジメは収まった。決して卑屈になったのではない。バカにする子たちは放っておいて、同じく自分を落とせる子たちと面白い事を求めるようになったのだ。そして5年生以降は楽しい学校生活を送れた。その経験から初めて会う人にも虚栄を張らず、素直な自分でいろと脳が指示を出すようになった。

 長いこと一緒に暮らしていると性格や考え方が似てくる。同じ物を食べ、同じ物を観て、同じ場所にいて、その都度感じたことや考えたことを伝え合う。次第に似てくるのは、至極当然なことだろう。
 私たち夫婦も、同じ物を観て、同じ物を食べ、その時に感じたことを伝え合うことを繰り返してきたからだろうか、隊長も自分を落とせるようになった。つまり人前で自身の弱さを曝け出すようになったのだ。もちろん卑屈になったのではない。ただ純粋に「こんな事しちゃった」と、失敗を表に出し、素直に謝る。素直に「僕が悪い」と認める。そして、それがなぜか笑いになり、話しが身近に感じられ、アドベンチャーレースを更に面白くさせている。アドベンチャーレースが大好きな隊長は、ありのままでいられるようになった。

 そうこうしているうちに、飾らない面白い人たちが自然と集まってきた。虚栄だとか、社会的地位だとか、プライドだとか、そんなもの一切存在せず、ただ自然でいられる仲間が集い、とても心地よい空間を創り出す。いわゆる「友達」だ。

 今年も貴重な面白い人たちに出会えた。また、従来の面白い友と、たくさんの面白い会話を交わしてきた。今年出会った面白い友や、面白かった話しに敬意をこめて一言。
「ありがとう。また来年も面白い事を語ろう」


posted by Sue at 21:02| Comment(0) | 悪妻のボヤキ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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