大会には1年生から3年生の全員が出場。1チーム3~4人で、1クラスが10チームに分かれて編成される。1チームずつクジで対戦チームが決まり、取った札の数で勝ち負けが決まる(同じクラスで戦うことはない)。1回勝負。クラス対抗で、1クラスで勝ったチーム数の多さで順位が決まる。つまり10戦全勝に近ければそこが優勝となる。
さて時は12月。百人一首にまったく馴染みのない娘は、百人一首が趣味というクラスメイトに歌人の人物像や歌の背景を訊いた。それが趣味と言うにはあまりにも言葉が足りない彼女は、百人一首を語らせたら一晩中話ができるという、いわゆるマニアを超えたオタク以上の人だった。彼女の熱い説明から、百人一首の奥深さにすっかりハマった娘。本を購入し、毎日読みふけった。お風呂でも通学電車の中でも、それを読んだ。
「お母さん、この歌の意味、知ってる?面白いんだよ~」
真顔で説明する娘。勉強せい、勉強を!と言いたいところだが、そのドハマりっぷりがなんだか隊長に似ていて可笑しくて。気が済むまでやらせようと傍観することにした。
そこから毎日が百人一首色に。掃除の時は、友達と上の句を読んで下の句を答えるというクイズをしながら。部活(バドミントン部です)では、下の句と上の句を言い合いながらラリーを。
すぐにクラス中にその雰囲気が広がった。IT大好き少年が独自の百人一首アプリを開発し、クラス全員で取り組んだ。事あるごとにクラスメイトからの要望を取り入れ、最強のアプリに生まれ変わった。
そうこうするうちに、百人一首を部活動で行っている文化部所属のクラスメイトが大会に向けたチームを編成した。百人一首の向き・不向き、利き手、性格などなど、あらゆる事を加味してチームを組んだ(私だったらジャンケンかくじ引きだよ)。できあがったチーム編成に誰も文句言わなかったそうだ。こうして大会本番に挑むチームが始動した。
娘のチームは、自身を含めて3人(男子1名、女子2名)。娘以外はバリバリの理数系で、数字や公式は大好きだが、暗記があまり得意ではないらしい。案の定、クラス内の練習試合でコテンパンにやられた。
そこから3人に火が付いた。まずは対策を練る。3人で分担して歌を覚えることにした。配置もトライ&エラーを重ねた。クラス内で練習試合を重ねるごとに改善、改善、改善。取られてしまった時は「大丈夫。次、取れるよ」と声を掛け合った。そうしているうちに、硬い信頼関係が築きあがった。
娘の学校は各学年4クラスある。本番前に行われた1年生のクラス対抗練習会(対3クラス戦)では、10-0、9-1、9-1引分けで圧勝。うち、娘たちも3勝。これでクラスの雰囲気が一気に盛り上がる。
そして本大会の前日。対戦の組み合わせが決まった。
娘のチームは2年生と当たった。いくら学年全勝したとは言え、相手は年上だ。しかも百人一首大会の経験だってある。そのうえ相手チームには学年トップクラスに君臨する才女がいるという。部活の先輩らに聞いたら「あ~あ、そりゃヤバいよ」と声を揃えて言われたそうな。大将を仰せつかった娘には相当なプレッシャーだ。
ちなみにクラスには文化部の部長が率いるチームと当たった班もあり、そこにはクラスのチーム編成を行った文化部の友達がいた。つまり百人一首をお家芸とする文化部の先輩と後輩が対戦することになったのだ。
大会当日。緊張状態で学校に向かった。
ハナから負けはわかっている。それでも少しは…。
と、そこに初めは暗記が得意ではなかった同じチームの子がこう切り出した。
「百首、全部覚えてきたよ」
その一言で娘の腹は決まった。
「よし!行こう!」
できる限りのことはやった。後は3人がひとつになって立ち向かうだけだ。3人は札の前に腰を下ろした。
試合開始。
歌が詠まれ始める。上の句の頭一字で下の句を探す。さすが2年生(しかも超才女!)。素早い。しかし3人も必死でくらいつき、2年生に引けを取らない。札を取られても「惜しい!次、行こう!!」と励ましあう。
このまさかの出来事に2年生チームが焦り始めた。1年生が札を取ると苛立ちの空気が2年生らを覆う。
両チーム、一歩も譲らない。
そして残るは2枚。大将戦である。
娘と才女の一騎打ち。
最後の歌の上の句が詠まれた瞬間、二人の手が動く。
わずかに娘が遅れを取り、札は才女が取った。
結果、49-51で娘のチームは惜敗。
娘たち3人は泣いた。悔しくて、悔しくて、泣いた。百首覚えてきたチームメンバーは声を出して泣いた。彼女のためにも勝ちたかった。クラス中が「よく戦った!!!」と言ってくれた。きっとその声は3人に深く響いたことだろう。
総合の結果が出た。娘のクラスは9勝1敗で優勝。部長と戦った文化部の友達チームも見事に勝った。
1年生が優勝するというのは大挙だった。国語の先生いわく「今まで自分がこの学校に来てから1年生が優勝したことはない。最高で9位だった」とのこと。
同点優勝チームがあったため、最後の大将戦が余計に悔やまれたが、やるだけやった。
チームメンバーは苦手だった暗記を克服した。掃除の時間も、部活動の時間も、わずかな時間も、すべて仲間と共有して練習してきた。みんなで手にしたゴールは感動も大きい。
たかが百人一首、されど百人一首。
オリンピックであれ、校内大会であれ。どんな重大であれ、どんな些細であれ。
努力を惜しまず、苦手から逃げず、仲間と励ましあい、そして最後まで仲間を想い遣る気持ちが自然と結果に導いた。
娘よ、君がこんなにもステキな学生生活を送っていることを心底嬉しく思うよ。
帰りのホームルームで担任の先生が感極まって泣いたことは、ここだけの話にしておこう。