2009年10月07日

自己無価値感

親友でもあり姉的存在でもあるTさん。なんでも素直に話せる友達がいるって幸せだと思う。

彼女にはいつも叱咤激励される。先日も叱咤された。
「Sueはいつも自己無価値感(自分には何の才能もなく、更には存在意義すらないと思うこと)に思っているけど、そんな事ゼッタイにないの。いいね、わかるまで、電話をする度に言い続けてあげる。アナタはすごいのよ」

そんな話を隊長にしてみた。隊長はこう切り出した。
「カッパスタッフのMってさ、いつも周りの人の事を『いや〜、スゴイッスね』って褒めてるだろ?でもって『自分にはできないッスよ』って謙虚に言ってるけど、彼のすごさはSueさんも知ってるだろ?彼は自己無価値感まではいかないにしても、周囲と自分を比べて自分にはかなわないと思っている。でも本当はそうじゃない。彼はすごいんだよ。どうすごいか分かるよね」

うん、よく知っている。彼がいるといないだけではその場の雰囲気がまったく異なる。彼は自分がいる時の雰囲気しか知らないから、その違いが分からないのかもしれない。

彼は話もし易く、老若男女問わず、みんなが彼を好きだ。彼の持つ<人を惹き付けるパワー>はすごいものがある。

彼はそれに気がついているのだろうか。気づいていたら「僕には無理っすよ」なんて事は言っていないのかもしれない。そこがまた好かれる謙虚さなのかもしれないのだが。

無価値な人間はいない。私もそう思う。だけど世の中こんなにたくさんの価値がある人がいて、たった一人だけ価値のない人間がいる。それが私なのである。

しかし、徳や隊長にとって、私は無価値ではない。特に徳にとっては<価値>どころではなく、自分を守ってくれるすべてである。自分を無価値と思う事は、自分の事はまったく分かっていないという事なのかもしれない。

徳を出産した時、最初に彼女に対して出た言葉
「よくがんばったね。生まれて来てくれてありがとう」

この時、誰が私を無価値と思っただろう。そして何も分からないまま丸裸でこの世に誕生した徳を、どれだけ宝物と思っただろう。

私の親もそうだったに違いない。親の親もそうだったに違いない。みんなそうだったに違いない。生まれてくれただけで幸せ。そして幸せをたくさん運んでくれている。それは決して目に見える物ではなく、普通の生活の中でたくさん感じる事。

親友Tさんもそうだ。私を見捨てない。「いい?言い続けるからね」と弱気になった時の私の尻を叩く。そしてその後は必ず優しく包んでくれる。

自己無価値感とはそろそろ別離をしなければならない。私を想ってくれている人がいるのなら、その人のために、わずかながらの価値を発揮すればいい。精一杯。
posted by Sue at 13:37| Comment(3) | 干物女の行水 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
文豪、お久しゅうございます。
なにげに愛読者にならせていただいております。
先生の「日々精進」、時に笑い、時に一緒に考えておりますよ。
先生が無価値ですと?それが無価恥でも「?」とツッコみたくなりますですよ(笑)。
「想い想われ、想い想われ」
ということではないでしょうか。
余談ですが、ワタクシ「想」という漢字、隊長殿が「ようこそ先生!」で小学生に書いてその意味を教えていたことを、すごく大切にして使っております。
人生てんこ盛りの毎日が続きますが、楽しくまいりましょう、先生!
Posted by ふくちん at 2009年10月07日 14:53
ふくちん、コメありがとうございます。
どうやら無価値感は第一子が感じ易いというデータがあるそうです。第二子ができた時に一子は「弟・妹のために我慢しなくちゃいけない」と思うようになるそうです。親はどちらも大切に育てているけど、やがて「お姉ちゃん(お兄ちゃん)でしょ!」みたくしつけていくので、子供もそう感じていくらしいです。
Posted by Sue at 2009年10月08日 11:03

>彼は話もし易く、老若男女問わず、みんなが彼を好きだ



そこに何の価値があるの?
口先だけで好き好き言われても嬉しくもなんともない。
所詮口だけ。
言うだけなら何でも言える。
あんたも彼のことをすごいと思っても、どうせ何もしないだろ?
所詮口だけ。そんなものに何の価値もない。
Posted by 通りすがり at 2013年09月04日 20:59
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