2013年04月17日

人は誰でも苦しみがある

昨日は慢性耳鳴りにひどく悩まされた。大きく響き、外音が聞き取りにくい。なんだかものすごい脱力感。イライラしてアキラにあたってしまった。

正直言うと、やがて音が聞こえなくなってしまうのではないか、という不安がある。テレビや音楽も、風も、雷も、雨音も、アキラの話声も…。それを考えるとものすごく怖い。

西洋医学に見放されたこの病。リラックスすることが一番いいと言われても、うまく力を抜くことができない。力を抜くことで、人から指摘されるのも怖いし、怠けることに後ろめたさもある。いや、ただの貧乏性なのかもしれない。

思えば世の中には様々な病を抱えている人がいる。私のように耳を患っている人もいれば、目を患っている人、内臓を患っている人、皮膚を患っている人、歯を患っている人、神経を患っている人…。病だけではない。夢に向かっている人に立ちはだかる障害、困難。自分の力だけではどうにもできない難問。

夢や病種は違えど、同じような苦しみを味わっている人は必ずいる。決して一人じゃない。

自分以外の人は完璧に見えるけど、実はみんな同じ。辛いのは自分だけじゃない。それを支えあって生きていくのが人間の特権。その特権を神様から与えられたのだから、不必要とする完璧な人間などこの世にいやしない。

辛くても苦しくても、人は希望を見出して生きていく。どんな辛いことがあっても笑っていられる。人はそれができる。なんて健気でいじらしんだろう。

ならば私も立ち上がろう。どうせ付き合っていかなくてはならない病なら、せめても、少しでも、気楽に、もっと言えば楽しく付き合っていけないものだろうか。その方法は必ずどこかにあるはず。

夢も、病気も、人への想いも、あきらめたら、そこですべてが終わる。かなうまでには時間はかかるだろう。いい時もあれば悪い時もある。悪い時は投げ出さずに、じ~っと我慢してみる。きっといい時がくるから。時は滞ることなく、常に流れている。それに費やされる時間に無駄などひとつもない。

まずは決心する。「あきらめない」と。






posted by Sue at 14:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 干物女の行水 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください

この記事へのトラックバック