そこでふと思う。何かをするときに、一番大切なことは何だろう?
企業であれば「利益」であることは言うまでもない。しかし利益だけを目的とするなら、いくら儲けがあれば企業は満足するのだろうか?
私たちも利益を主な目的にしていないだろうか?車、家、服、おいしい物、家電、土地…。しかし、お金で買える物は、次から次へと新型が出てくる。お金で買える喜びは、果たしてどの辺りで永遠の満足が得られ、どの辺りで欲求を打ち切るのだろう?
若さ、健康、愛、才能、友情…お金で買えないものも含め、私たちは常に貪欲に求めていく。哀しいかな、人間はそういう生き物であり、ずっと追い求めてきた。それで生活も発展してきたのだから、それはそれでいいのかもしれない。
しかしそれを繰り返す事で、他人を羨ましがったり妬んだりもしてきた。そんな妬みが諍いをお越し、やがては戦争に発展した。その戦争は果たしてどの辺りで満足が得られたのだろう?誰が満足したのだろう?それで幸せになった人はいたのだろうか?そもそも、やるべき事だったのだろうか?
人は何かをする時に、その意義を求める。利益であり、ストレス発散であり、喜びであり、快楽であり、共有であり、安心であり。わざわざ意義を引き出して自分自身を納得させているのかもしれない。すべては自己満足の世界なのかもしれない。
ならば…それをするかどうかを迷った時は「やらなくちゃいけない」でも、「やったほうがいい」でもなく、「やりたいかどうか」で決めるのはどうだろか。「やりたい」と思うだけで幸せな気持ちになるし、どんなに辛くても、苦しくても、続けていける。
やりたい事に年齢制限などない。だから他人を気にする必要も、儲けを気にする必要も、他と比べる必要もない。
「やらなくちゃいけない」でも「やったほうがいい」でもなく、「やりたいかどうか」が一番大切だと思ったら、どんな事でも踏み出せるかもしれない。何かが変わってくるかもしれない。
人は欲望に良いも悪いも偉そうに格付けするからややこしい となんかのアニメの台詞であったけど実際私もそうだと思います。
コメントありがとうございます。なるほどですね。
今日塾の面談で散々「いつ始めるの?」と言われ、帰りには父に生活習慣や勉強に対する姿勢についてたしなめられ、今は音楽を聴きながら、某大学Global入試のいわゆる志望理由書を書いていたところでした。
日々、「受験勉強」をしなければいけないと思っているのですが、本当にそれをやりたいと思ったことがなかったので、今それが原因かなと思っています。今から「勉強したいメンタル」をつくっていきたいと思います。
今はまだ何がしたいのかが明確になってないのでしょうか。
個人的に思うことなのですが、大学は学び場ではなく、人脈作りの場でもあります。
そこで出会った人たちは、これからあなたが創造していく何かの強い味方になるかもしれません。
「人脈ならどこでもできる」のは確かですが、企業の中での人脈は利害関係になったり、趣味つながりも時期がある。逆に大学という中でできる人脈は一生ものになることもあります。
その先にある何かは、とてつもなくワクワクすること。
その先には何かものすごく面白いことが待っているし、面白い仲間が待っています。それを見つけるためにも、そして今の煮詰まった状況から抜け出すためにも、まずは目の前にあることをこなしていってみてはどうでしょうか。
努力は嘘をつきません。頑張れば頑張った分だけ、きっと面白い仲間に出会えると思います。