2013年10月04日

親にできなくて 友達同士にできること

運動に関してパッとしない娘は、水泳大会で撃沈。少しくらい凹んでくれればまだいいが、ケロッとしているから始末が悪い。増してや私も尻を叩いてでもやらせようとしないから、余計にのんびりしてしまうのかもしれない。

さて、運動会では年長組の目玉に『障害物リレー』がある。私たちの子供時分と比べると『障害物』が結構大胆だ。六段の跳び箱、前転、鉄棒。毎年のことだから、全員がクリアできるくらいのレベルを設定しているのだろうが、そこは運動音痴の娘。本番に「お腹痛い」などと言い出すかもしれないと、心構えをしていた。

いくら性格とは言え、撃沈してしまうのも、それに対して凹まないのも、往々にして親にも責任がある。自分の子だけができないことで、当人に「恥ずかしくないの?」と聞くには気が引ける。当人は十分に恥ずかしいと思っていかもしれない。それとも、恥ずかしいと思っているのは子ではなくて、親の方なのかもしれない。「普通でいい」と言いながら、無理な期待をしていないといえばウソになる。

口やかましく言えばやるだろう。しかし、肝心なのは「やらせる」ことではなく「やる気にさせる」ことだとも思う。しかし、それが難しいゆえに、口やかましく言うという端的な手段に出てしまう。

これは大人社会においても同じ。口やかましく言えば「うるさいな」と渋々動くが、納得して動くことはない。そこに成長は存在しない。見ただけでは「ちゃんとやっている」になるが、本来、自分で考えて納得して行動しなければ成長はしない。

水泳大会での撃沈を哀れに思い、大会以降、せめても水に顔をつけられるようにしようと、娘とプールに行きだした。手ごわいほど水が嫌いな娘。隊長や私が強く言えば「もうヤダ」と水から上がってしまう。せっかく教えているのに、こちらのやる気もなくなる。イラっとする。「あんたは才能ないから、あきらめなさい」と、投げやりになりそうな言葉が浮かぶ。そこは私も大人。ぐっと言葉を飲み込み、根気よく練習を続けた。

娘には、水泳大会で同じく撃沈してしまった大の仲良しのお友達がいる。彼女のご両親はお店を切り盛りしていて、週末は多忙を極める。ある日、隊長と私で彼女と娘をプールに連れていくことにした。

顔をつけることすらできなかった二人だが、相乗効果なのか?それともライバル意識なのか?ふたりで「こうしよう」「これやってみよう」と工夫しながら潜る練習すること2時間。わずかではあるがバタ足ができるようになった。

一度潜れるようになってからは自信がついたようで、娘は継続的に練習に行き、数回ですっかり泳げるようになった(傍から見ていると溺れているようにも見えるけど)。今は楽しんで潜水や平泳ぎに挑戦している。

自信がついたのはプールだけじゃないようだ。今度は彼女とふたりで運動会に向かって鉄棒の練習をし始めた。園の帰りに彼女の家に寄り、彼女のパパママに鉄棒を教えてもらった(彼女のお家には屋内用鉄棒がある)。お蔭でなんとか前回りはできるようになった。

まだ運動会までに時間がある。目指すは逆上がり。

園の自由時間にはブランコなどの遊具で遊んでいる二人だが、運動会前は鉄棒に食いついていた。二人の練習は夜(自宅)や週末にも及んだ。やがてお友達はキレイな逆上がりができるようになった。鉄棒のないウチは、初動負荷トレーニング用の竹を使い、両端を私と隊長が持って鉄棒の代わりにした(邪魔で邪魔で、いつ捨てようかと思っていけど、やっと役に立つ日が来た)。なんとか回り込めるようになったものの、着地するのに手古摺っていた。

ある日曜日、彼女と娘は、ふたりで鉄棒練習。彼女はすんなりできた。私が大袈裟に褒めたことが気に食わなかったのか、着地できない娘は憮然とする。やがて着地どころか、お尻もあがらないようになってしまった。

夕方になっても帰るのを拒む娘。なんとかなだめてお友達をお家に送った後、娘は「まだ練習したい」と泣き出した。あたりは薄暗くなっている。夕食の支度もしなくては。洗濯物だって干しっ放し。

その時、ふと乙武洋匡さんの「家事は手抜きをしてもいいけど、子育ては手抜きをしてはいけない」という言葉を思い出した。そして娘が納得いくまで逆上がりの練習につきあうことにした。やっとお尻があがる頃には周囲は暗くなっていた。

そして運動会前夜。直前まで着地に手古摺っていた娘は「着地できないと遅くなって勝てないから、明日は前回りで行く」と言った。それも今まで練習していたお友達と話し合ったようだ。見せ場よりも順位を気にするところは父親似なのか。選択したことはどうあれ、そんな小さな決意が頼もしく見えた。

運動会当日。開会式前、お友達と「今日ね、二人で逆上がりをすることに決めた」と報告しに来た。そうか。やるか。がんばって。応援するよ。

プログラムはつつがなく進行し、終盤に近付いた。いよいよ障害物リレーだ。クラスが2チームに分かれてのリレー。トップバッターが勢いよく飛び出した。声援が場内に響き渡る。まずは鉄棒、そして跳び箱、続いて前転。娘は中盤の走者だ。

「クラスの中でも逆上がりができる子はまだそんなに多くないんです」と先生が言っていたのを思い出す。みんなキレイにコロっ、コロっと前回りをしていく。娘は大丈夫だろうか…。

いよいよ娘の出走番がきた。最初の障害物が鉄棒だ。
もういい。できなくてもいい。ここまでがんばった。よくがんばったね。あなたの頑張る姿は、お母さん、ずっと見ていたよ。本番できなくてもいいよ。そこまでの努力で、あなたはお母さんが思うより、ずっとずっと大きくなったよ。そう思った。

前走者から勢いよくタッチされ、娘はスタートラインを飛び出した。まっしぐらに鉄棒に向かい、棒を逆手でつかんだ。「逆手だ!やる!」私は思わず声に出していた。

あっという間だった。娘はお尻から勢いよくグルッと回り込み、キレイな逆上がりを決めた。周囲から拍手を受け、娘の顔がほころんだ。私は小さくガッツポーズ!

そしてお友達の出走。水に苦しんでいた彼女も、今、まさにある山を乗り越えようとしていた。彼女もまっしぐらに鉄棒に走り、いつも以上にキレイに逆上がりを決めた。そして拍手喝采。やった!二人とも、やった!!乗り越えた!!

水が怖くて仕方がなかったあの二人が、なかなか前に踏み出せなかったあの二人が、揃って見事に逆上がりを成功させた。共に練習し、教えあい、励ましあってきた二人。これは上から物をいいがちな親にはできない、二人の間に芽生えた何か(保育園児にとって「友情」というのはまだ早い?)が背を押したのだろう。

こうしてこども園生活最後の運動会は閉幕した。私にとっても心に残る運動会だったが、それ以上に、娘たちにとって大きな意味があったように思う。

小さな繭が、自分たちの力で未来に向かって紡いていくような、清楚でまっすぐな気持ちになった。






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posted by Sue at 12:30| Comment(0) | 悪妻のボヤキ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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