2013年11月07日

X-Advenureを終えて

主催者側として、これほどまでに身震いしたレースはなかった。

伊豆大島に甚大な被害をもたらした台風26号。約10日後、その26号を上回る大きさの台風27号が、ズタズタにされた日本に追い討ちをかけるかのごとく、ゆっくりと動いていた。

私たちは決断を迫られていた。『国内史上初 4日間ノンストップのアドベンチャーレース』と掲げたX-Advenureをその週末の開催する予定だったのだ。

コースは登山道、林道、川を行く。万が一のことを考えると怖くなる。テレビで連日流れる伊豆大島の土砂で家族を失った人たちの泣き崩れる姿が頭から離れない。自然の猛威の前では非力な人間。どうすることもできないのは分かっているが…。泣き崩れている人たちの悲しみは計り知れない。やり切れない想いで胸が苦しくなる。

27号は勢いを溜めながらスピードを遅くして、じわじわ迫る。予報士でもコースが見えない。関西からエントリーしてくれている選手は明日出発となる。このまま待っていてもコースはわからない。時間がない。どうするべきか。

「やろう」隊長が言った。選手たちはこの4日間のために、仕事を休み、家族を説得し、装備をそろえ、トレーニングを重ね、準備をしてきた。みんな多くの障害をクリアしてきたのだ。それだけでも勝者である。勝者にはスタートラインに立ってもらおう。

「やろう」という隊長の言葉の根底には「その場に応じて柔軟に対応できる素晴らしいスタッフがいる」という完全なる信頼があった。小橋社長率いるカッパクラブと高月ヒロちゃん率いる冒険小屋。そしてこんなクレージーで大変なレースに関わろうとしてくれているボランティアスタッフ。そして私たちの決断を信じてくれたスポンサー。

このレースは田中正人&陽希の挑戦状である。それを受けて立った勇者たち。みんなの力を信じよう。きっと神様も味方してくれる。

こうして予定通りレースを開催することにした。

選手たちは野沢温泉に集結。幸い台風のコースは日本から逸れている。それでも冷たい雨は容赦なく降り続く。予報ではレース中はずっと雨だ。暴風は逸れたとしても、土砂崩れや川の氾濫の恐れは十分にある。そして山頂は雪が降る可能性もある。

祈るような気持ちの中、レースの幕が切って落とされた。

最初は順調だった。しかし1日目、2日目、と時間が経つにつれ、選手たちに疲労が重なっていくのを感じる。チーム内にも亀裂が入る頃。体力が奪われていく中、寒さとの戦いだ。スタッフの判断でキャニオニングセクションは無くなったものの、腰まで浸かる川の渡渉が待ち構える。濡れた躰も十分に乾かす間もなく、次のセクションに進む。もはや相手は他のチームではなく、自分自身だった。

3日目の夜。私は集計と速報をアップするため自宅にいた。この数日間、まともに寝ていなかったが、まったく眠くはならなかった。むしろ緊急連絡のベルが鳴ることに怯えていた。

深夜、続々とリタイヤするチーム、関門にかかるチームの報告が入る。「自力で下山します」そんな言葉を耳にしつつ、今晩、何もなく過ぎれば、なんとかなる!そう信じていた。

アドベンチャーレースはチーム競技だ。メンバー誰かの体調が崩れたとしたら、時には励ましあって進むこともあるし、時には無理に引っ張るときもある。チームゆえに功を奏する時もあれば、レースを終わらせてしまうこともある。ケガをしたメンバーを無理に引っ張り、後に大変な事態を招くこともある。ケガをした選手も、メンバーに気遣って「やめたい」と言えないこともある。その逆に、メンバーがいたからこそ自分の限界に挑戦できるし、今までに味わったことのない達成感も体感できる。

私たちは、そんな限界を経験してもらうために、安全を第一にできる限りのことをする。選手もそれに全力で挑む。

大丈夫、きっと大丈夫。この大会に関わるすべての人を信じよう。神様は味方してくれているのだから。そう念じていた。

そう信じる要素のひとつは、選手たちのレースをサポートするのがアシスタントの存在であった。アシスタントポイントでは、温かい食事を作って選手たちを迎え、乾いたウェアに着替えさせ、次のセクションの装備を準備しておく、選手たちにとっては『HOME』とも言える役割。長丁場のレースには欠かせない存在だ。アシスタントの存在がなかったら、このレースはもっと早くに打ち切っていたのかもしれない。

スタッフも雨の中を移動した。予想通りにはいかないレース展開の中、柔軟に対応してくれていた。「少しでも温かい物を」と、スタッフのためスタッフが食事を作る。その名も『パンチ食堂』。

パンチ食堂のマリッペが言っていた。
「私、第1回の里山アドベンチャーに出て、その時にものすごくやられたんです。その時は保育士してて、アウトドアなんてラフティングくらいしか経験なくて。偶々カッパクラブに遊びにいったら田中(正人)さんに、マリッペも里山アドベンチャー出たら?大丈夫、大丈夫、って言われて。騙されましたよ(笑)。

とりあえずの装備を揃えて出たのはいいけど、何もかもが辛くて(笑)。でもね、そんな経験したら、それまでに設計していた人生(保育士して、結婚して、出産して…)より、もっと可能性のある人生があるんじゃないかって思えたんです。里山アドベンチャーできたんだから、何でもできるなって(笑)。

人生を変えちゃうんですよ、アドベンチャーレースって。そんなレースに出ている人のために働くスタッフのために、その人たちの支えとなる食事を作ることが、とてもうれしいんです」彼女のそんな気持ちもこの大会を支えているのは間違いない。

この4日間、本当に凄まじかった。レース中、体調を崩す選手が後を絶たなかった。伊豆大島で家族を失った人たちの涙を思い出す。「もう、やめてしまおう。大会中止だ」そんな言葉すら脳裏に浮かんだ。

それでも大会は進んだ。やがて終盤を迎えた。レース中に病院に搬送された選手もいたが、閉会式には戻ってきてくれた。大きなケガ人が出なかったのは奇跡なのかもしれない。

完全完走チームなし。それでもどの選手も想いがあった。あれだけやられたというのに、なぜか選手たちは清々しい顔だった。そしてみんなカッコよかった。みんなのコメントをじっと聞き入るスタッフ。彼らも全力だった。

そうか。今回は神様が味方してくれたのではない。全員の想いが神様を味方につけたのだ。強いエネルギーが神様をも動かした。そう思えてきたのだ。

そんな神様を味方につけるだけの強い想いを一緒に作り上げた仲間と、「どうせなら4日間のレースをやろうよ!国内初だっ!俺たちにしかできないし。なっ!」と、屈託ない笑顔で、こんな無茶なレース企画を扇動した小橋社長に心から感謝したい。
posted by Sue at 18:33| Comment(0) | 干物女の行水 | 更新情報をチェックする
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