2014年03月06日

ヨーキの『百名山一筆書き』に想うこと

関東最北端のみなかみ町も、ようやく三寒四温を迎えた。やがてダウンがジャケットに代わる頃、イーストウインドにも期待の新人トレーニング生が二人入る。娘はピカピカの1年生になる。そしてヨーキの「百名山一筆書き」が始まる。

ヨーキがこの「百名山一筆書き」をやろうとしたきっかけのひとつが、2011年のパタゴニアレースのテレビ放送にある。全国に彼の欠点が如実に放送されてしまったのだ。テレビという特異な表現を通して傍観した自分自身を「言いたいことを言って決断は人任せ。結果が悪ければ人を責めた」と語った(山と渓谷3月号に掲載)。彼はレースでの自分を客観的に見て、向き合った。そして反省をした。そこから急激に変わった。彼のレースへの取り組み方も変わった。彼の取り組み方が変わったことでチームの成績が上がった。

自分の間違いや失敗を勇気を出してきちんと向き合い、受け入れることができれば、それを謝ることができる。そこからより良い人間関係が生まれる。良い人間関係は良い結果をもたらす。

偉い先生方も同じこと。偉い社長だって、偉い政治家だって、みんな人間である。間違ったことを言うこともあるだろう。しかし自分の発言に対し、マスコミが騒ぎだしてから「その言葉は取り消す」という粗末な方法では、相手の怒りが収まるわけなどない。その言動がどれだけ人を苦しめ、傷つけ、哀しませたかを受け入れ、考え、納得し、そして心から反省をして陳謝をしなければ、どれだけ取り消し(もみ消し)にあくせくたって騒ぎを収めるだけの片手間作業としか思えない。増してや人の責任に転嫁するなど言語道断。そして必ず人はそれを見抜く。

娘はこんど小学校に入学する。彼女は「ありがとう」は素直に言える。しかし、ここ最近「ごめんなさい」はきつく叱られたときにこそ出るが、普段なかなか出難い言葉となってきた。成長するにつれ、自分なりの意見だけ主張し、失敗や間違いに目を背けるようになってきた。他人のせいにする技も覚えた。

確かに5歳の彼女だって自身がやってしまったことに理由がある。聞けば理解できる。しかし、実際に相手に迷惑を掛けたことや、その子が悲しい想いをしたことに対しても、自分勝手な正当性で蓋をしてしまうような時もある。だからこそ、親として、その主張も理解しつつ、自分の間違いにもちゃんと気が付き、向き合い、反省し、そして謝ることを教えていかなくては、と思うのだ。

かくいう私も「ごめんなさい」が素直に出ない。とりわけ甘えられる相手になればなるほど。娘に対しても然り。エラそうに言う自分の方こそ、気を付けなければいけない事だ。まさに「子育ては親育て」である。

さて、話はヨーキの一筆書きに戻る。
チームで行動するアドベンチャーレースとは違い、一筆書きは単独だ。しかも日数が比にならないほど長い。「イーストウインド」という、「田中正人率いるチーム」と言われる傘の中でプレイしてきたヨーキだが、今回は「田中陽希」個人としてのレースだ。今度は人を責めることもできないし、甘えることもできない。不平不満を言う相手もいない。そんな環境は必ず彼の人生を大きく変えるだろう。

毎年海外レースに挑むことを方針とするイーストウインドだが、主要メンバーのヨーキがいないことで今年は大きなレースには出られないが、それでもこれからのアドベンチャーレース界にとって大切なヨーキという人の巡業とも言える旅だもの、気持ちよく送り出し、登山中もできる限りはフォローしていこうと思う。

田中陽希「日本百名山 ひと筆書き」壮行会について
posted by Sue at 11:18| Comment(0) | 干物女の行水 | 更新情報をチェックする
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