2016年01月11日

ダメだし

先日、ある仕事がうまくいかず落ち込んでいた。隊長と議論するも、「そこが良くない」「もうちょっと上手くやらないと」。出てくるのは落ち込んでいる原因をグリグリと抉るばかりで、気持ちが更に深く落ちていく。哀しい事に、改善するようなアイデアは出てこなかった。

隊長になら落ち込んだ気持ちを言える。しかし、他者には仕事の失敗で落ち込んでいるなどと言えない。いわゆる「ダメだし」を受け続けなくてはならないのだ。

もういいよ。もうその話は止めようよ。心がチクチクするよ。黒くてドロドロした波に呑まれるような気分だった。

そんな中での一本の電話。主は昔から馴染のあるYさんで、私たちのことをよく知っている人物。今回の私の失敗を受け、電話をくれたのだ。

「あれは失敗だね」そんな分かり切ったことをまた言われるのかと構えたのだが、彼はひとつも責めることはなかった。むしろ改善を一緒に考えてくれる励ましに聞こえた。「次はこうしない?」「あ、いいこと思いついた!これってどう?」「僕がこれやるから、すーさんはこれやってよ。大丈夫、うまくいくよ」深く凹んでいた心が、徐々に盛り上がっていくのが分かった。

落ち込む原因であるはずの内容が、彼と話をすると、ともかく楽しい。なんだろう、この前向きな感覚。声のトーン?電話越しの笑い声?

じわじわと救われていく心。「次は巻き返すぞ!」という意欲。失敗のはずが、なぜだかワクワクしてくる感覚。「失敗しても落ち込まなくてもいいんだ。ワクワクしてもいいんだ」なんだかそんな気分になっていった。

「人間はダメだしの天才」と心理学者アドラーは言う。「あれじゃダメだ」は誰でも言える。テレビに出てくるタレントやアスリートはもちろん、会社内や家庭内でも、人は他者の言動に対して簡単にダメだしする。その人がどんな気持ちでそうしたか、どんな理由があるのか、陰でどんな努力があったのかなど、何も知らないのに。

思えば、私も簡単にダメだししている。特に娘に対しては「これじゃダメ」「もっとちゃんとしなさい」など、漠然とした注意ばかりで、改善方法を一緒に探すことはしていない。これじゃ活を入れるどころか、凹ませるばかりだ。

失敗は誰にでもあるし、成功するためにはついて回る。失敗をして一番反省し、凹んでいるのが当人であれば、それ以上責める必要はない。当人が事の事態をしっかり受け止めて、落ち込むだけ落ち込んだら、同じ失敗をしないように気を付けるだろう。ならば、これ以上は責め立てず、娘が顔をあげて、背筋を伸ばして、再び一歩踏み出すよう背中を押すことが、親の役目かもしれない。

今年でアドベンチャーレース歴22年となる隊長。今までに幾度も幾度も失敗を重ねてきた。その度に、多方面からダメだしを食らう。親身になっての温かいダメだしもあるが、中には心無いダメだし、意味不明のダメだし、単に他人事のダメだしもある。そして、これからも新たな失敗と、そのダメだしに苛まれるだろう。しかし、温かいダメだしには愛情と優しさがあり、出された方は、それをきちんと感じるものだ。

隊長が22年間もダメだしをされながらもアドベンチャーレースを止めないのは、温かいダメだし(励まし)をしてくれる人たちによって、常にアドベンチャーレースに対しするワクワク感があるからなのかもしれない。私が感じたYさんからの励ましと同じく、次につなぐ意欲になるのだろう。

さて、2月はPatagonian Expedition Race。これまでの失敗と、親身になった温かいダメだしと、そしてワクワクする意欲と、新たな決意を抱え、これまでの集大成とされるこの大会に隊長は出場する。田中正人48歳、現役アドベンチャーレーサー、まだまだ日々精進。




posted by Sue at 09:28| Comment(0) | 悪妻のボヤキ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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