2016年02月24日

Patagonian Expedition Race への想い

Patagonian Expedition Raceが始まって4日目。朝6時前、自宅に電話が入った。

こんな早くに電話が入るのは、良くない知らかイタズラだ。ふと2013年のコスタリカレースでの自転車転倒事故の事が脳裏をよぎる。嫌な予感がする。イタ電であるといい。

一呼吸置いて、受話器を取る。バサバサバサという音に阻まれ、相手の声が聴き辛い。「・・キタです・・スーさんで・・・」嫌な予感が的中した。電話はヤマキーからだった。「田中さんが・・・田中さんが・・・転んで・・・」風が強すぎて全部が聞き取れない。ともかく何か起きている。

ようやく彼らの居場所と状況を知り、本部に連絡(ヤマキーが医療班に連絡したが、スペイン語だったため、本部に連絡をいれるよう私に電話してきた)。すぐにスタッフが動いた。

スタッフが到着するまでの間に、再びヤマキーから電話。隊長が話せるというので、電話を代わった。「こんなに応援してもらっているのに・・・・ホント・・・申し訳ない・・・申し訳ない・・・もう・・しわけ・・ない・・・」鼻から空気が漏れている感はあるが、安否の確認はできた。しっかりしている。

救急車が到着し、4人は病院に搬送された。その後、ヨーキから電話があり、詳しい状況を聞いた。そして彼の口からでたのは「ここで終わります」という言葉だった。

夢にまで見た優勝。それに手が届くかもしれない。そんな矢先のことである。それを伝える彼も辛かったし、悔しかっただろう。

しばらしくして隊長は鼻骨骨折だという連絡が入った。また、転倒時にかなりのけぞったらしく、ムチウチの恐れもあった。程度はよくわからないが、入院するほどのこともないというので、病院を出たらしい。

その後にコース責任者のStjepanと事務局のTrishが病医院に駆け付けた。隊長が、すでに病院を後にしたことを知らず、かなりの剣幕で隊長を探したそうだ。

こんなハードなコースを設定し、調査し、選手を待ち受けるStjepanだけど、心根の優しい穏やかなレースの総責任者だ。

PERは開催するにあたり、莫大な時間と費用がかかる。国境付近やら氷河を行かせるために、軍に掛け合い、許可を取る。スポンサー獲得も年々厳しくなっていく。2年間のブランクは、それらと戦うための期間だった。そうして苦労した末に開催したPER2016。Stjepanがこのレースにかける想いは、いかばかりか。

ここで止めるには、あまりにも悔しい。
隊長がアドベンチャーレースを始めて22年。始めた当時は、アウトドアスポーツをお家芸とする欧州、オーストラリア、ニュージーランドには、装備も技術も体力もノウハウも、すべてが及ばなかった。大人と子どもくらいの差があった。

そもそも彼らはアウトドアが生活に密着している環境だ。会社が終わればカヤックを楽しみ、道路は自転車専用の道がちゃんと整備されている。最終電車まで仕事をしている我々とは生活スタイルが違う。

しかし、この競技において日本人が決して負けないものがあった。スピリッツだ。体力が及ばずとも、精神力がある。技術はなくとも、学ぶ力がある。体力も技術も徐々に身につければいい。

そして隊長の孤独で長い戦いが始まった。興味のありそうな人に声を掛け、年間300日の練習。会社は休みがちになり、やがて日割り計算での給料形態にしてもらったが、結局は退社。明日からの収入源、一切なし。活動プラン、皆無。あるのはアドベンチャーレースへの熱意だけだった。

協賛をお願いしに行った企業には一蹴されまくった。アドベンチャーレースのビデオをダビングするのに潰したビデオデッキは3台(当時はDVDなんて便利なものがなかった)。でも諦めなかった。このレースをやりたかった。

やがて「話だけでも聴くよ」という人や「面白そうだね」という人が現れた。そこから少しずつ広がっていく人の輪。協力してくれる人が出てきた。レースをやりたいという仲間も集まった。隊長は一人じゃなくなった。


さて、病院から戻った隊長。チームで長い間協議したようだ。そして出した結論は「レース継続」だった。22年にして「優勝」を目の前にした今大会だ。ここで止められない。ひょっとしたら隊長は、今まで長い間支えてくれた人の顔を思い浮かべたのかもしれない。「継続することを今から主催者に伝える」とだけ、電話があった。「リタイヤする」と私には電話で伝えたものの、まだ主催者に言ってなかったのだ。

チームはレース継続の意思をStjepanに伝えた。Stjepanは「自分が何を言っているのか、わかっているのか」と隊長に聞いたそうだ。過去、アドベンチャーレースでメンバーが骨折をしながらもゴールしたことは幾度かある。逆に棄権したこともある。自身が肋骨を骨折しながらゴールした経験もある。そんないくつもの経験があっての判断だろう。何より、Patagonian Expedition Raceに掛ける隊長の想いは凄まじい。医師は継続可能と診断。StjepanはチームにGOサインを出した。

GOサインを出した後、Stjepanは静かに泣いたそうだ。「ここまでMasatoがこの大会を愛してくれていたとは・・・。苦労してこのレースを再開して良かった」と。

たかがアドベンチャーレース、されどアドベンチャーレース。これに、すべてを賭けた人たちが、この世界にはいる。Stjepanも隊長も、孤独に耐えて諦めずに一所懸命に頑張ってきた。

そして、もう一人じゃない。20年前では考えられなかった。こんなクレージーなPERを愛して止まない人がいることを。こんなに多くの人が応援をしてくれることを。なんて幸せなことだろう。

22年にして、届きそうだった優勝台である(まだレースは終わってないけれど)。事務局としては、あるまじき発言ではあるが、妻としての発言を許されるなら、言ってもいいかな?「もう充分だよ」(応援してくださる方、本当にごめんなさい!!)。


さて、レースは残り58q。これから氷河に突入する。きっとStjepanが「どうだ!」と胸を張るくらい、とてつもないコースが待っているだろう。

もう一人じゃない。頼もしいメンバーがいる。22年間、リーダーとして引っ張ってきたが、今度は隊長を引っ張ってくれる3人がいる。Stjepanが仕掛けたコースを、うんと苦しんで、うんと楽しむといい。

posted by Sue at 14:03| Comment(0) | 悪妻のボヤキ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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