2016年05月11日

愛車のドクター

 私の住む町では車が生活に欠かせない。買い物に行くにも、病院に行くにも、学校に行くにも、クラスメートのお家に遊びに行くにも車。愛知県にいた頃は、公共交通機関の便もよく、友達の家も、スーパーも、病院も、レストランも、衣料店も徒歩圏内にあった。
 免許を取得してもう何十年にもなるが、実家ではほとんど運転することはなかった。たまに必要な時は、父親の車を借りるくらい。それで事足りた。

 しかし、みなかみ町は「車がないと生活が不便」と聞き、嫁入り道具のひとつとして、車を購入することになった。車にこだわりなど一切ない私としては、車種は何でもよかったのだが、観に行った中古車屋さんでジムニーを発見し、隊長がなぜか、そのジムニーを強く推薦。走行距離48000キロほどのジムニーWILD WIND。
「いいじゃん」
何も考えずに即決。

 隊長はアドベンチャーレースをする前、車大好き青年だった。いわゆるドリフト族ってやつ。終業後、ボンネットを開けては部品をいじり、週末は仲間といろは坂に行ってはドリドリ〜っとやるのがライフワーク。それじゃ彼女とか、できないわけだ。
 その頃の彼の愛車はミラ。しかも、かなりの改造車だったとか。あんな小さなミラに隊長が乗ると、フロントガラスいっぱいが顔で、そのすぐ下にタイヤという画が頭に浮かんで仕方ない。気の毒だな、ミラも。

 アドベンチャーレースを始めてからは、自転車やらカヤックやらを積むため、バン(ホーミー)に替えた。もちろんド中古。私たちが結婚した頃は、このホーミーが活躍していた。
 よく「名古屋の輿入れは派手」と言われるが、私の輿入れは買ったばかりの中古ジムニーとホーミーの2台で終わった。当時、「名古屋から嫁が来るから」と、カッパクラブの故小橋社長の指示により、荷物を下ろす準備をしていたスタッフ一同。しかし荷物はあまりにもあっさり。搬入作業は15分ほどで終わった。
「あれ?グランドピアノは?」
真顔で聞かれた。

 ハイエースは、荷物を入れて移動するにはもってこいだが、細い道を行くには大きすぎる。そこで隊長が目を付けたのが四駆・マニュアル・ジムニーだったのだ。大切な嫁入り道具には、いつの間にか脱出器が装着されていた。どうりで強く推薦するわけだ。
「まさか、これで山道に入るつもりなのか!?」
予感はあたった。「レースのコースを調査する」と言う理由で、ジムニーと共にバック、切り返し不可能な、ものすごい山ん中を連れまわされた。
「じゃここから歩いてコースを調査してくるから、(地図で指差して)このポイントに車を回して待ってて」
「へ?私一人でここを運転して下りるの?」
拒否権なし。あざ笑うかのように鹿がピーッと鳴く。そんな事が何年も続いたが、それでも4点シートベルトに替えようとしたのは、何とか食い止めた。

 そんなジムニーはいまだに愛車として活躍中。たまに調子を崩すが、近所の修理工場のYさんに「またおかしくなりました〜」って持って行くと、すぐに治してくれる。そう言えば、真夜中に高速走行中、エンジンから煙が出てきて大慌て。Yさんに電話して状況を説明し、指示通りに誤魔化し誤魔化しで、Yさんの工場まで戻ったこともあった(後、Yさんに修理してもらって回復)。こうして嫁入り道具ジムニーは、軽自動車としては珍しく19万キロを超えた。

 隊長のバンは現在三代目。初代ホーミーは、厳冬のみなかみ町でまったく使えない二駆。いろは坂に行かずとも、自然ドリドリができた。当然のごとく、なんどもYさんの工場に持ち込んだ。しかし、最後は飛び出してきた鹿と衝突し、廃車。
 二代目バンは知り合いから買った白のハイエース。元々ファミリーカーとして使用されていたので、私と娘にとっては快適だったが、アドベンチャーに使用したため、想定より早く寿命を迎えた。
 三代目バンは紺のハイエース(現在)。このハイエースがかなり厄介。横っ腹に大きな錆穴があるわ、床から火を噴くわ、男子ロッカー臭が激しいわ。一度、コース調査で無理やり林道に入り、Uターンするスペースを発見できず、やっと見つけたわずかながらのスペースで試みるも、草に隠れた切株に追突。マフラーが折れた。折れたマフラーを引き摺って走行するのには難あり。致し方なく、足でマフラーを蹴り落し、暴走族のような爆音で帰ってきたこともあった(今は修理してマフラーは健在)。もちろん、すべて隊長の仕業だ。

 前2台は満足がいくほどしっかり乗った。いうなれば、最期まできちんと看取ったという感覚かな。それでも何度もYさんのところに連れていったから、Yさんは掛かりつけのカードクターである。そして今のハイエースも、言うまでもなく何度何度もお世話になっている。ディーゼル排気微粒子の除去装置もYさんに装着してもらった。走行距離は35万キロを越すが、快調だ。

 老体とも言っても過言ではない我が家のジムニーにハイエース。これらがいまだに走り続けているのも、Yさんのお蔭である。毬栗頭のYさんは、背が高く、人懐こく、年下の私に対しても腰が低い。工場に行く度にお茶とお菓子を出してくれる。思えば、Yさんは、私がこの地に来て初めてゆっくり話をしたジモッティである。

「旦那さん、すごいっすね」
Yさんは、いつも目をパチクリさせて隊長を褒めてくれる。のせ上手だ。こちらもついつい乗ってしまうので、すぐに1時間は経ってしまう。だからYさんのところに車を持って行く時は「時間があるとき」と決めている。
 お茶とお菓子をいただき、ひとしきりしゃべった後、さて帰ろうとすると、今度は手土産をくれる。チョコレートだったり、クッキーだったり。
「娘さんに」
Yさんは、ともかく気遣いの人だ。
 先日は隊長がYさんのところに行った際、リポビタンDをもらってきた。しかも1ダース。ほぉ。車好きの二人ゆえ、きっとマニアな話で盛り上がったのだろう。

 愛車ジムニー。何かある度、助けてくれたカードクターYさんは、先日、一足先に天国に逝った。あまりにも急なことだった。
 思えば、私たちは、まだまだYさんにお世話になり得る条件の中で生活している。他にも修理工場はあるけれど、お茶しておしゃべりするカードクターYさんはない。
 今日、YさんにいただいたリポDで献杯しよう。

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posted by Sue at 08:46| Comment(0) | 干物女の行水 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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