2019年01月17日

まわるまわるよ、時代はまわる

来年度、イーストウインドには3人の若者がトレーニング生として入団する。それぞれが安定した職を持っているにも関わらず、どうしてもアドベンチャーレースをやりたいという熱い気持ちが煮えたぎったと言う。いいねぇ、その熱き血潮!

彼らは20代。私は実に彼らの親世代になる。
20代の頃は「新人類」と言われた私たちが親となるのだ。バブル全盛期、売り手市場だった新人類社会も、いまや景気回復もぐらつき、大手企業も経営を彷徨う時代。そんな時代だからこそ、安定した職業に就くのは、ある意味「勝ち組」(って言葉もすでに古いけど)なのかもしれない。

もしうちの娘が成人だとして、「どうしてもやりたい」と安定職を投げ捨ててまで身を投じる不安定な未来に向かうと言い出したら?

「やめておきなさい」「生活ができない」「収入なければオシャレするどころか、服も買えない」「貯金もできない」「旅行もできない」などなど。

う〜ん、どんな事を言ったところで隊長と私じゃ説得力に欠けるなぁ。

まぁ、生きていくにはどうにかなるか。ならば、やりたいことをやりなさい。それが人様に喜んでもらえる事なら尚よし。若いうちは苦労をすることも特権だ。
と、言うような気がする。

「すべてを擲ってでもやりたいこと」が見つかるのは、本当はすごく幸せなことかもしれない。たとえそれが周囲に理解されず、誰が見ても「こっち方が絶対に得なのに」と思われても、それでも「これだ!」と思うことに巡り合えるのは、何百分の一の巡りあわせなのかもしれない。

私たち大人は自分の経験で物事を判断してしまいがちだ。もちろん経験に基づく判断はとても大切で、おそらく9割が正しい。そうやって私たちは先人の知恵を継承して安全に暮らしている。

しかし時代は変わる。環境も変わる。
バブリーでやりたい放題ではあった一方で、自分の足でその場に行き、直接人と会い、自分の目で物を観てきた私らの青年時代。
今は動かなくても端末を通して知らない人とチャットし、クリックひとつで欲しい物が手に入る。小さな端末の中に人も物も情報も選択肢が無限に詰まっている。

いうなれば自分の生き方も選択できる。良くも悪くも自分の気持ち次第で動ける時代なのだ。
こうして私たちは先人の知恵をその時の環境に適合させていきながら、生まれた時代を生きていく。

今私たちが経験していることも、やがては「先人の知恵」の一部となるのだろう。その中で、苦労から生まれてくる知恵はもっとも貴重な財産となる。

だから、娘よ。やればいい。苦労しながらも、尊い巡りあわせに感謝し、突き進むがいい。

私たち大人は若者たちにその機会を与えよう。「こうしなさい」と指示や命令するのではなく、道を間違えないように、人を傷つけないように、良い方向に導きながら、穏やかに見守っていこう。
その先にあるものが何かは、若者自身が発見し、意味を学んでいくだろう。大人が教えなくとも、自身が掴んでいくだろう。


そんな事を想う中、相方の「パワハラ上等!」男は、今日も除雪車に対抗し、パワハラ全開で雪掻きしております。



posted by Sue at 10:09| Comment(0) | 悪妻のボヤキ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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