2019年11月08日

毒親のデトックス

最近よく目にする「毒親」。過干渉や暴言・暴力などで、子どもを思い通りに支配したり、自分を優先して子どもを構わなかったりする親のことを言う。

毒親と言われる人たちは、自分に悪いことをしている意識はなく、我が子を思って、我が子をちゃんと、正しく、良い子に育てようと思うからこそ、そのような接し方になってしまう場合が多いという。

私は感情的になることが多い。映画や本でもすぐに泣いちゃうし、人の話を聞くと簡単に同調して泣いたり怒ったりするし、褒められると調子に乗っちゃうし、妄想でゲラゲラ笑ってるし。

感情にドタバタな起伏がある。この厄介な感情の一番の被害者は娘である。特に娘を叱った後、猛省をする時がある。「あの言い方はまずかったかな」とか「怒りすぎたかな」とか。で、落ち込む。
さっきまで怒りまくってたのに、今はドヨ~ンと落ち込む姿に、娘は理解に苦しむだろう。反省するなら言わなきゃいいのに、その場になるとどうにもコントロールができなくなってしまう。う~ん、私は結構な毒親なのかもしれない。

自分のやっていることが絶対とは思わない。時には間違っている。この叱り方は間違っているとわかっても、一度噴火したらなかなか鎮火しない。

感情をコントロールするのは難しい。泣いて、笑って、怒って、そしてまた泣いて。そんなコロコロと変わる感情を、きっと周囲は扱いにくいだろう。「お母さん、今日は不機嫌だね」「お母さん、今日はご機嫌だね」なんて。家族が私に変な気遣いしていると思うと、またもや不機嫌になるもんだから、厄介だ。あ~それじゃダメじゃん。



毒親は家庭での子育てのみならず、社会組織でも然り。部下や後輩は子どもではないから、上司(先輩)は毒親とは言わないにしても、毒親の定義である「自分に悪いことをしている意識はなく、部下(後輩)を思って、部下(後輩)をちゃんと、正しく、良い部下(後輩)に育てようと思うからこそ、そのような接し方になってしまう」は当てはまることもある。

新入生は知らないのが当然。一度言えばわかるだろう?は、言い方による。一度言ってわからない場合は自分の言い方を見直した方がいい。

叱るだけなら親や上司(先輩)じゃなくてもいい。でも叱った先にあるもの、上司(先輩)ならば指導だったり指示だったり、親であれば導きであったり、正しい方向を教えてあげなければ、それこそ毒親になってしまう。

子どもは間違いをしながら成長する。部下(後輩)の失敗も必要悪なのだ。失敗して学んでいくもの。自分もやってきた。だから親や上司には、そんな失敗や間違いを包み込む余裕がほしい。

感情が激しいのは悪いことだとも思わない。喜怒哀楽が豊かの方が、のっぺらぼうな人生よりも楽しい。だから自分の気持ちを大切にする。感情も大切にする。それと同様に子どもの気持ちも大切にする。子どもの感情も大切にする。そうやってデトックスしていけたらいいな。

あ、でも鬼軍曹の言動は必要悪であり、デトックスはできないと、この場は解釈しておきたい。


posted by Sue at 18:12| Comment(0) | 悪妻のボヤキ | 更新情報をチェックする
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