2017年09月19日

10年ぶりの講演

 先日、町内の友人Hさんよりみなかみ町での講演のお話をいただいた。平日の昼間ということで、私も聴講に行った。

 産後は仕事で外出することが減った。子供が小学校に入ってからは、更にその機会が減っていった。時折レースの報告会はお手伝いに行くこともあるが、きちんと講演を聞くのはまさに10年ぶりになる。

 さて10年前の彼の講演と先日の講演。アドベンチャーレースをテーマにしている事には変わりないが、コンテンツが少し変わっていることに気が付いた。

 10年前は主にアドベンチャーレースの醍醐味や過酷さ、そして自然の中の自己管理をメインに講演していた。しかし月日が流れると共に、経験が重なり、環境も変わってきた。自然やアドベンチャーレース自体は変わらないが、そこで起きるトラブルや人間関係の話が厚みを出してきているのだ。

 この10年、隊長にいろんな事が起きた。若手・後輩としばし起きる軋轢と、それを乗り越えてきた道程。親子ほどの年齢差の女子メンバーとは、感覚のあまりの違いに戸惑い、悩み、もがいてきた。そして加齢とともに落ちていく体力。自身も父親となったこと。大切な友を失ったこと、…。

 思えば、普段の私たちの生活とさほど離れていない。一般社会の中で50歳に差し掛かると、部下や後輩の扱いに戸惑う。殊に娘くらいの年齢差の女子社員との距離感を縮めるのは難しい。環境は非日常的なアドベンチャーレースではあるが、誰もが出くわす難題に隊長も当たっている。

 スポーツの場合、勝つことが目的である。会社であれば利益を出すことが目的である。しかし、そこまで持って行くのが非常に難しい。「勝利」が目的とは言え、1位が勝利なのか、3位じゃダメなのか?利益はいくら出せば「利」と言えるのか?個人的にライバルに勝てばいいのか?勝ち組になればいいのか?
 結局のところ、目的はそれぞれ。ゆえに目的が異なれば衝突するのは当然だ。

 しかし目的と目標は違う。目標は組織(チーム)で決める。目標に向かうベクトルがひとつになれば、気持ちがぶれた時、そこに立ち戻れば「今自分はその目標のために何をすべきか」が自ずと見えてくる。会社組織はもちろん、家族という更に小さい組織の中にも集中すべきベクトルは存在する。己の目的を達するために目標があり、目標を達成するために手段がある。

 時に目標に辿り着くための考え方や手段が異なり、トラブルも起きる。しかしトラブルは人が成長するチャンスである。また思いがけない絆が生まれる機会でもある。個々がどう成長するか、絆がどう編み出されるのか。きっと過去に起きたトラブルや困難のうちいくつかは、何らかの絆を生み出しているのではないだろうか。

 10年間に起きたトラブルは様々だ。しかし、そこに生まれた絆の強度はテンションがかかった分だけ強くなっている気もする。隊長の講演を聞いていると、彼自身もチームや家族だけではなく、周囲との信頼関係も強くなっているのを感じる。

 これからも何が起きるかわからない。しかし、起こったことには必ず意味があり、絆を更に強くしてくれるだろう。だから面倒くさがらずに、私自身の目的を達成するための目標に向かっていこうと思う。

posted by Sue at 16:25| Comment(0) | 悪妻のボヤキ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月17日

呑気と心配性

隊長はマイペースである。それが先日のクレイジージャーニー(TBS)の放送で露呈した。もともと呑気な性格ではあるが、レースとなると一変する。では、なぜあの時一変しなかったのか。
その話しは来週のクレイジージャーニーを観ていただくとしよう。

さて、隊長と私は正反対の性格である。呑気な隊長と心配性の私。レースの準備にせよ、仕事にせよ、いつも私が「あれどうなった?」「これやった?」とまくし立てる。何事も早めにやらないと心配で仕方がない私に対し、「まだやってない」と気の抜けた返事をする隊長。これが日常会話。よくまぁこれで夫婦、相棒が務まったもんだ。

思えば陽希も私と同じ心配性。彼も早め早めにスケジュールを出し、それに沿って行動したいタイプ。レースでは陽希が、日常では私が隊長の尻叩き役だ。ところが、どんなに私らに尻を叩かれても隊長のマイペースはあまり変わらない。それどころか、あまりのマイペースさにイライラが募りに募り、こちらがオーバーヒートしてしまう。心配性がマイペースとチームを組むには、忍耐力が要るようだ。

しかし、隊長の感心するところは、最後はどうにかしてしまうこところにある。ほっとすると同時になんだか悔しい気持ちもあるが、あれは彼の天性なのかもしれない。


3月は様々な組織が編成されるシーズン。私も某組織役員(名義は隊長であるが、実務は私)をやっていたが、先日、任期を終えた。任期交代の総会が近くなり、それまでの事がちゃんとできているか、手抜かりはなかったか等々、いつものように在らぬことまで想像し、心配をした。それを見た隊長が一言。

「やるだけの事はやったんだから、自信を持てばいい」

要らぬ心配は無駄な時間を過ごす。やるだけの事をやってどうにもならなければ、またその時に考える。間違っていることに気が付いたら、そこで直していけばいい。そこを面倒臭がらないでやっていけば大丈夫。

レースに勝つためには、体力だけではなく、装備などの工夫も必要になる。しかし、わずかな工夫や確認を怠たっただけで時間をロスし、順位に繋がることもある。一見呑気でいる隊長だが、今までの経験から工夫や確認が生まれている。増してや起きてもいない事に対する要らぬ心配がレースにどんな影響をもたらすかを分かっているのだ。

先日発売された雑誌『山と渓谷』のコラムに隊長が書いた一部分。
「トレーニングをして筋力をつけると、発熱量が増えるから寒さに強くなる。結果、余分な保温着を持たなくてすむ」
寒さが心配なら普段からトレーニングして筋力を身に纏えばいい。

真摯に向き合ってきたのであれば心配することはない。胸を張ってドンと構えていればいい。

もしそこに困難な事が起きたなら、それは今、自分が次の段階に行くためのテストである。逃げずに立ち向かおう。クリアできないテストなど神様は与えないのだから。

と言いつつも、これからも陽希と私は隊長の尻を叩き続けるだろう。呑気な人にはそういう人が必要なのだ。そして心配症を鎮静化させる隊長は私にとっても必要なのだ。様々な角度からぶつかり合いながら前に進む。互いに必要な存在なのである。だから、まぁチームメイトとしても、夫婦としても、相棒としてもやっていけるんだろうな。

あ、でも山に行く時は、保温着を持って行くことをお勧めいたします。上記は、あくまでも一部分抜粋しただけであります。詳しくは山と渓谷4月号を。


posted by Sue at 15:56| Comment(0) | 悪妻のボヤキ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月30日

ありのままで 2016

 先日、世界選手権2016の報告会を東京で開催した。こういった報告会は、回を重ねるごとに選手の話がうまくなっていくのがわかる。もともと大勢の前で話をするのが得意ではなかった選手も、場数を踏めば踏むほど言葉数が多くなる。

 百名山一筆書きをしていた時の陽希は、常時テレビカメラに向かって話しをしていた。今では毎日のように講演で大勢の聴衆者を前に話をしている。百名山をやる前に比べたら、話しもまとまっているし、内容もかなり変わった。
 マチマチも最初の報告会と比べると、とても話がうまくなっている。彼女はカッパクラブ(アウトドアツアーカンパニー)で働く。日々お客様にセーフティなどの説明をしていることもあり、話しをする場数は少なからず踏んでいる。急に振られた質問でも、うまく答えることができるようになった。


 さて、来年は隊長と知り合って20年目となる。ってことは彼の話を19年間も聞いていたことになる。思えば、彼の話すスタイルは、この19年間で、かなり様変りをした。

 以前は冗談など言わなかった。自分を落とすような発言もなかった。周りに強いと見せたいわけでもないし、優れていると思わせたいわけでもない。過酷な環境ではあるが、男女混成、年齢差、体力差、考え方の違いの中でゴールを目指すアドベンチャーレースは、日常の社会生活と重なる部分が多い。なのに、それがどうにも遠いものに感じていた。至って真面目で、気の利いた洒落ひとつ言えない。話の内容は凄いなぁとは思うものの、なんだか面白みに欠けていた。無理もない。隊長は幼少期より人と話すことが大の苦手だったのだから。

 それでもアドベンチャーレースという目新しいスポーツを国内で知ってもらうためには、伝えていかなくてはならない。強制的に話をしなくてはいけない機会が増えた。口下手だった隊長にとっては悪魔の修練だっただろう。初めて講演のお話をいただいた時は二晩も徹夜で内容を考えていた。事によるとアドベンチャーレースで二晩徹夜するより辛かったかもしれない。

 ところが先日の報告会では、隊長の冗談めかしい言葉が、ドカンドカンと会場の笑いを誘っていた。厳しくて苦しいはずのアドベンチャーレースだが、隊長の話は「なんだか楽しそう」と思えてしまうほど。
 決して話術が長けているわけではない。それは「話すこと」と「レースをすること」の場数を踏んできたことで、その面白さや日常生活に近い場面を伝える余裕が出てきたようにも見える。

 隊長は、家庭内においても会話の面白さに磨きがかかってきている。
 結婚した頃は、アドベンチャーレースやアウトドアスポーツの事となると身を乗り出して話をするが、それ以外の事は聞いてるんだか、いないんだか、まったく会話にならないこともあった。レース関連以外のことは、ほぼ私一人が決めていた。

 しかし、今では私の事を慮ってか、いや、きっと恐ろしいのであろう、私に会話を合せてくれるようになり、しかも話しが続くようになった。我が家にとっては、えらい進歩である。
 時折「あの店で選ぶべきは味噌ラーメンか塩ラーメンか」で激論を交わす。内容のレベルはともあれ、一昔前に比べると、私が分かる内容で激論する。これは素直に楽しい。

 それどころか、今では隊長自身、自分を落とすことになんの抵抗もない。落としまくっては、笑いを誘う。落とすということは、自分の弱さを受け入れること。自分を落とすこと、つまり弱い部分を受け入れる事ができれば、人間はこの上なく強い。頑な意地やプライドもないし、虚栄を張る必要もない。自分らしくいられるのだ。

 私も自分を落とすことに抵抗はない。それは小学校4年生の時にイジメに遭った事が原因である。きっと生意気だったのだと思う。バカにされる事を嫌い、意地になっていた。意地になればなるほど、イジメはエスカレートした。やがてイジメを克服するために編み出したのが「自分を落とすこと」。バカにされてもいいや。それなら自らバカになればいい。凄い(と見せかける)自分である必要は一切ない。こうして自分の弱さを曝け出したのだ。そこからプライドや虚栄心が削られていき、イジメは収まった。決して卑屈になったのではない。バカにする子たちは放っておいて、同じく自分を落とせる子たちと面白い事を求めるようになったのだ。そして5年生以降は楽しい学校生活を送れた。その経験から初めて会う人にも虚栄を張らず、素直な自分でいろと脳が指示を出すようになった。

 長いこと一緒に暮らしていると性格や考え方が似てくる。同じ物を食べ、同じ物を観て、同じ場所にいて、その都度感じたことや考えたことを伝え合う。次第に似てくるのは、至極当然なことだろう。
 私たち夫婦も、同じ物を観て、同じ物を食べ、その時に感じたことを伝え合うことを繰り返してきたからだろうか、隊長も自分を落とせるようになった。つまり人前で自身の弱さを曝け出すようになったのだ。もちろん卑屈になったのではない。ただ純粋に「こんな事しちゃった」と、失敗を表に出し、素直に謝る。素直に「僕が悪い」と認める。そして、それがなぜか笑いになり、話しが身近に感じられ、アドベンチャーレースを更に面白くさせている。アドベンチャーレースが大好きな隊長は、ありのままでいられるようになった。

 そうこうしているうちに、飾らない面白い人たちが自然と集まってきた。虚栄だとか、社会的地位だとか、プライドだとか、そんなもの一切存在せず、ただ自然でいられる仲間が集い、とても心地よい空間を創り出す。いわゆる「友達」だ。

 今年も貴重な面白い人たちに出会えた。また、従来の面白い友と、たくさんの面白い会話を交わしてきた。今年出会った面白い友や、面白かった話しに敬意をこめて一言。
「ありがとう。また来年も面白い事を語ろう」


posted by Sue at 21:02| Comment(0) | 悪妻のボヤキ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月23日

麗しき中高年の空気感

 日本海をスタートし、北アルプス、中央アルプス、南アルプスを抜け、太平洋を目指す。動力は一切使用しない。使うは己の脚のみ。その距離約415q。これを8日間内で走破するレース『Trans Japan Alps Race』。二年に一度のこの大会が、今年もやってくる。今週末はいよいよ選手選考会だ。

 このレースが始まったのが2002年。隊長がこのレースに出場したのが2004年(優勝)、2006年(リタイヤ)、2008年(優勝)。
 2004年は伊豆アドベンチャーレースの準備の最中だった。
「1週間ほど留守するから」
私ひとりを伊豆に残して自分だけさっさと富山(日本海)に行ってしまった。まだこのレースをよく知らなかった私は、ゴール寸前の隊長から「大浜海岸(静岡)まで下着を持ってきて」という電話にブチ切れた。とは言え、くっさ〜い服で戻られても困るから、知り合いの静岡大学のM先生に「100円ショップでパンツと靴下だけ買って大浜海岸に持って行ってやってください」と、やけっぱちのお願いをした。それも朝5時くらいに。驚くことにM先生は快く引き受けてくれた。M先生には感謝しつつも、そこまでの人の良さがいまだに不可解である。
「大学教授を顎で使うな!」
100円ショップ(だと思われる)パンツを履いた隊長に叱られたのは後の祭でホイサッサ。
 2006年は取材としてレースに関わった(記事はターザンに書かせていただいた。人生初のライター業)。直前までアメリカのアドベンチャーレースに出場していた隊長は、その影響か、中盤で足が動かなくなった。その年の完走者は2名。関門時間ギリギリ2位で完走した故・高橋香さんは、実は私の中のTJARヒーローである。あの穏やかな顔が、太平洋に近づくにつれ、増していく痛みと残りわずかな時間を相手に、どんどん歪んでいった。それでも足を止めない。ボロボロの脚を引き摺って太平洋を目指す。最後の最後、真夜中の大浜伊海岸で高橋さんを待つ数名の仲間を見た瞬間、歪んだ形相が収まり、いつもの穏やかな顔になってゴールした。
 2008年は、私がこの大会に関わり始めた年。当時はまだ公式サイトがないので、外部ブログを立ち上げて、レースの行方を日々アップしていた。24時間パソコンに張り付きの8日間。娘が生まれたばかりだわ、睡眠時間が極端に少ないわ、買い物にも行けないわの8日間。苦しかったけど、なぜか辛くはなかった。更なる苦しみの中でもがく選手の力走を見ると、俄然、力が湧いてきた。

 それまでは愛好者だけで運営していたこの大会だったが、以降、実行委員会が設立され、ウェブページも始動し、協賛企業も増え、テレビ番組でも放送され、チャレンジを熱望する人が急増した。TJARは、予想をはるかに超えて大きくなっていった。
 大きくなればはるほど、実行委員会の負担も大きくなる。やる事が莫大に増え、責任も怖いほど増える。選手たちが不眠不休で山を歩く間に、何が起きるかわからない。台風が来たり、落石があったり、落雷があったり、滑落だってあり得る。実行委員は神様じゃない。壮大なチャレンジのチャンスをお膳立てしているだけで、自然や選手自身の体調はコントロールできない。当然ながら命の保証はできない。選手は自分の身は自分で守るしかない。逆に言えば、それができる人しか、この大会のスタートラインには立てないのだ。

 こんな壮大なチャレンジだが、実行委員は8人だけ。皆それぞれ仕事と家庭を持っている。住むところもバラバラ、年齢もバラバラ。平均すると50代。胸を張るほどの若いパワーは持ち合わせていない。そんな熱き中高年8人が「TJARを成功させる」と言う士気だけを統一させ、この壁に挑んでいる(そもそも、その中に自分がいる事自体、大丈夫なのだろうか?と疑ってしまうのだが)。
 私を抜いて(ここは明白!)全員が精鋭。誰ひとりとして受け身はない。自分からすべて能動的に動く。だからイベントに対する疑念がない。互いに「この人、大丈夫かな?」という不安も不信感もない。あるのは敬意と信頼。だから安心してメンバーに仕事を任せられるし、自分の持ち場にも集中できる。
 それは「目的がひとつ」だからだろう。私たちは「TJARを成功させる」一点に集中している。自分の持ち場は最初から最後まで責任を持って行動する。言いっ放し(案だけ出して、後は何もしない)とか、責任転嫁のような無責任な言動がない。かといって仲良しグループとは違う。問題点は全員でシェアし、とことん論議する。一人でも納得いかいなら、納得いくまで話し合う。だからだろうか、その場にいると、とても気持ちがいい。空気感がスッと締まり、背筋が気持ちよく伸びるような感じ。でもって穏やかであり、優しくもある。
 しかし、切るべきところは切っていかなくてはいけない。時に周囲に対し、我々の判断がきついと思われる事もあるが、2年間すべてを費やしてきた選手の気持ち、山小屋の立場、そして応援者の立場も十分に理解した上での決議である。命のかかった挑戦に真剣に向かい合っていることを分かってもらえたら有難い。

 同じような空気を感じる場がもうひとつある。みなかみ町で行うキャンドルナイトだ。こちらは半日完結型のイベントだが、職種様々な町在住の有志が集まり、イベント会場をキャンドルで彩る。単にキャンドルを灯すだけではない。事前にキャンドルの仕込み作業をし、火が何時間もつかを確認し、どこに何個、どのようなレイアウトで置くかなど、細かい仕事がわんさかある。目立ちすぎてもいけないし、目立た無すぎてもいけないのがキャンドル。微妙な存在だからこそ、気持ちがひとつにならないと美しく彩れないのだ。
 キャンドルナイトの実行委員会も若いパワーはない。地元のおじちゃんやおばちゃん(私を含む)で構成されている。配置も担当箇所も決まっていない。ただ、スタッフが足りない、キャンドルが足りない、火が弱い、風が強い、など、自分が見つけた問題点は自分がそこに入って対処する。その時の空気感は、とてつもなく心地いい。この実行委員会に入って、この町を一段と誇りに思えるようになった。

 TJAR実行委員会やキャンドルナイト実行委員会も、首長がともかくよく動く。組織の中で一番汗を流し、プライベートや仕事を犠牲にしてまで、一銭も入らないイベントに力を入れる。TJAR実行委員会のI委員長は徹夜で書類を書き上げ、時間を見ては山小屋や関係省庁を回る。キャンドルナイト実行委員会のF委員長は重い荷物を運び、細かい作業も進んでやっている。この姿を委員たちは見ている。だからこそ、尊敬すべき首長の指揮に合わせて私たちも個々の楽器を奏でる。その一帯となる空気感は作ろうとしてできたものではなく、自然と生まれてきたものなのだ。

 さて、残念ながらイーストウインドに、その空気感に至っていない。至っているのかもしれないが、私はその空気を感じない。思うに、私情(感情)がその一体感を邪魔するのではないかと。目的(レース)があまりにも過酷だし、長時間だからなのかもしれない。準備も含めれば、かなりの時間をアドベンチャーレースに費やすこととなる。そうなるとプライベートの犠牲も多くなる。それがストレスとなり、やがて「私情(感情)」に、自分の都合のいいようにしか行動しない「御都合」が重なる。私情主義&御都合主義のチームになると、その空気は、北京の大気質汚染指標を上回ることとなる。チームワークが鍵となるアドベンチャーレース。すでに準備の段階からレースは始まっているのだ。

 では、TJAR実行委員会やキャンドルナイト実行委員会と何が違うのだろうか?
思えば中高年の実行委員会に比べ、イーストウインドは若いパワーが満載。その若さこそが、原因なっているのかもしれない。若い時は「自分はこれがしたい」という想いが強く出る(私もあったあった)。それは決して悪いことではないし、むしろ人生のモチベーションともなる。そこに社会経験が積まれ、どんどん受け皿が広くなり、やがて「これをより良くするためには、自分は何をしたらいいだろう」と言動を考えるようになる。こうして人は組織の中での自分の役割を見出していくのだろう。若い時に抱く「これがしたい」は、大切な取っ掛かりなのだ。

 アドベンチャーレースを見ていると、欧米選手は「個」を大切にするようだ。自分が強くなり、メンバーを引っ張っていくと言う意識が働いている。代々培ってきた遺伝子なのだろうか、それら「個」は、きちんと出来上がっている。だから「個」でレースをしていても、互いに通用しあえている。スーパーマンやバットマンのように一人一人がヒーローであり、さながら濃いキャラのピン・ヒーローたちが集まってレースをしているようだ。今の日本の若い世代は、この「個」の感覚に近づいているように思う。
 一方、日本人は「和」を大切にする。一人ではできなくても、仲間と一緒なら越えられると信じる。いや、災害時など、実際にいくつもの壁を越えてきた。人を信じること、思いやることができる民。欧米がスーパーマンなら日本は複数のメンバーで1人の敵に立ち向かう戦隊ヒーローたちであろう。無責任な他力本願では成し得ない。この「和」は、きちんと責任を持ち合わせた上に派生した信頼である。

 アドベンチャーレースを始めた頃の隊長は正論をぶちかましていた。それがもう中高年だ。その間、正論を振りかざしても人は変わらない事を学んできた。加えて年代のギャップ。特性上、イーストウインドは若いパワーが必要になる。このギャップもうまく活かしていかねばならない。
 従って、これからの私たちの課題は、我々のDNAに染み込んだ「和」と、若い世代が持つ「個」をいかに融合させるか、であろう。これが絶妙な配分で融合すれば、より強いチームとなるし、良き部分を引き出せば、必ず結果はついてくる。
 それはアドベンチャーレースだけに非ず。一般社会においても家庭内においても、これこそが私たちの世代が立ち向かうべき壁かもしれない。

呑気にせんべい食べてる場合じゃない。おばちゃんの悶絶的苦悩は、まだまだ続くのであります。





posted by Sue at 10:33| Comment(0) | 悪妻のボヤキ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月04日

「夫を支える妻」という見間違い

 私は、よく「夫を支える妻」と見間違われる。どこをどう見たらそうなるのだろう?
夫はただ好き勝手な事をしているだけだし、それがなんだか楽しそうだから放っておいてるだけなのだが、それを「支えている」と言われると、なんだか後ろめたい。なんというか、「100点取りました」と嘘をついて褒められているような気がするのだ。


 先月末からやるべきことが重なり、かなり疲れていた。睡眠時間も少なかったり、食事の支度も適当だったり、散らかった物も片付かなかったりと、そんな小さなこと苛々を積もらせ、余計に気持ちを疲れさせた。
 そんな時に限って、事務所兼住居の我が家で事務仕事をしている隊長。焦りなど一切見せず、マイペースで作業をしている隊長に対し、またもや苛々が積もる。
 それに輪をかけるかのように、宿題も片づけもせずに遊んでいる娘を見ると、更に苛々が蓄積され、先日、とうとう苛々のキャパが限界に達し、爆発してしまった。

「少しはこっちの身になってよ!」
女にこう言われた時の男の顔ってのは、たいていがキョトンだ。
「何をすればいい?」
返事もたいてい同じ。いやいや、何をして欲しいわけじゃない。ただ分かって欲しいだけなのだよ。男ってのは、どうしてこうも解決策を求めるのだろうか?

隊長だけかな?いや、少なくとも、これについて話をしたK家も同じだと言っていた。ゆえに、ここではK家と我が家を男女代表とさせてもらおう。(このブログをお読みくださる方へ。ここでいう男と女というのは、田中家とK家のみとさせていただきますので、あらかじめご了承ください)

 こうして私は隊長にあたる。隊長はまだいい(んー、よくないか)。反省すべきは、ダメだと理解しつつも娘にもあたってしまった事だ。
 小学校3年生ともなると、親に言い返す力をつけ始めている。少し前までは親が一方的に怒り、それを素直に聞き入れていたが、今では一丁前に口論にまで発展する。女同士の口論だからか、論点がズレまくる。相手の話など聞いちゃいない。言葉尻だけ捉えるもんだから、話があっちやらこっちらやに飛びまくる。自分の非は認めず、相手の非を探しては、そこをこれでもかと言わんばかりに攻撃。
 要は自分を正当化したいのだ。こうして論破してスッキリする。そらね、何の生産性も発展性もないですよ。でも、これが女の心理なのですよ。

 ゆえに女が怒っている最中は男が捻出したがる「解決策」など通用しない。だって女は、自分を正当化したいだけだもの。だから男よ、女が何か不満を言っている間は自分から会話(特に解決策)をかぶせないことです。そうか、そうかと同意・同情をしてください。時間が経てば何もなかったようにケロッとしますから。理解し難いかもしれません。でもね、それでもいいんです。『黒の舟歌』でもあるじゃないですか「男と女の間には深くて暗い川がある」って。理解できないんです。
(再度申し上げます。ここで言う男と女は、あくまでも田中家とK家の場合であります)

 
 先日、男の子がしつけとして山中に置き去りにされた事件があった。この親がやったことはとんでもないことだ。が、どうにも子どもが言う事を聞かないとき、そんな気分になるのはまったく解らないわけではない。特に苛々要素がメいっぱい絡んでくると、「もうあんたなんて知りません!」的な気分になることもある。
 とは言え、いずれ子どもは言い返すようになるし、それも成長の過程だもの、親はウェルカムしなきゃいけないのです。それは重々に分かっている。分かっちゃいるが、一度火がつくとなかなか収まらない。沸騰ヤカンのように熱くなる私に対し、隊長が冷静に言う。
「親子のガチゲンカも成長過程に必要だね」
(ほら、また無理矢理解決しようとする!あ〜この冷静さも腹立つ!!)
 それにしてもガチゲンカで山に置き去りにされたのでは、溜まったもんじゃない。しかし、その男の子が自力でシェルターを探し、そこでサバイバルしていたのはあっぱれである。この子は、一旦は入院するということだが、そのうちお家に帰ってママの作る温かいご飯を食べるのだろう。生きててよかった。


 どんな時も温かいご飯と共に迎え入れてくれるのが家族である。八つ当たりしたり、ガチゲンカしたりするのも、結局は何も言わずに受け止めてくれる。どんな事があっても包み込んでくれるゆえ、思う存分、甘えることができる場所なのだ。
 だから爆発できる私は夫や子どもに思い切り甘えているのだ。わけのわからない事で自分を正当化しようとしても、むちゃくちゃな理論で相手を論破しようとしても、一緒にいてくれる。純粋に甘えても許される場所なのだ。

 私は「夫を支える妻」ではなく、実は「夫に支えられている妻」なのである。





posted by Sue at 09:34| Comment(0) | 悪妻のボヤキ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月24日

Patagonian Expedition Race への想い

Patagonian Expedition Raceが始まって4日目。朝6時前、自宅に電話が入った。

こんな早くに電話が入るのは、良くない知らかイタズラだ。ふと2013年のコスタリカレースでの自転車転倒事故の事が脳裏をよぎる。嫌な予感がする。イタ電であるといい。

一呼吸置いて、受話器を取る。バサバサバサという音に阻まれ、相手の声が聴き辛い。「・・キタです・・スーさんで・・・」嫌な予感が的中した。電話はヤマキーからだった。「田中さんが・・・田中さんが・・・転んで・・・」風が強すぎて全部が聞き取れない。ともかく何か起きている。

ようやく彼らの居場所と状況を知り、本部に連絡(ヤマキーが医療班に連絡したが、スペイン語だったため、本部に連絡をいれるよう私に電話してきた)。すぐにスタッフが動いた。

スタッフが到着するまでの間に、再びヤマキーから電話。隊長が話せるというので、電話を代わった。「こんなに応援してもらっているのに・・・・ホント・・・申し訳ない・・・申し訳ない・・・もう・・しわけ・・ない・・・」鼻から空気が漏れている感はあるが、安否の確認はできた。しっかりしている。

救急車が到着し、4人は病院に搬送された。その後、ヨーキから電話があり、詳しい状況を聞いた。そして彼の口からでたのは「ここで終わります」という言葉だった。

夢にまで見た優勝。それに手が届くかもしれない。そんな矢先のことである。それを伝える彼も辛かったし、悔しかっただろう。

しばらしくして隊長は鼻骨骨折だという連絡が入った。また、転倒時にかなりのけぞったらしく、ムチウチの恐れもあった。程度はよくわからないが、入院するほどのこともないというので、病院を出たらしい。

その後にコース責任者のStjepanと事務局のTrishが病医院に駆け付けた。隊長が、すでに病院を後にしたことを知らず、かなりの剣幕で隊長を探したそうだ。

こんなハードなコースを設定し、調査し、選手を待ち受けるStjepanだけど、心根の優しい穏やかなレースの総責任者だ。

PERは開催するにあたり、莫大な時間と費用がかかる。国境付近やら氷河を行かせるために、軍に掛け合い、許可を取る。スポンサー獲得も年々厳しくなっていく。2年間のブランクは、それらと戦うための期間だった。そうして苦労した末に開催したPER2016。Stjepanがこのレースにかける想いは、いかばかりか。

ここで止めるには、あまりにも悔しい。
隊長がアドベンチャーレースを始めて22年。始めた当時は、アウトドアスポーツをお家芸とする欧州、オーストラリア、ニュージーランドには、装備も技術も体力もノウハウも、すべてが及ばなかった。大人と子どもくらいの差があった。

そもそも彼らはアウトドアが生活に密着している環境だ。会社が終わればカヤックを楽しみ、道路は自転車専用の道がちゃんと整備されている。最終電車まで仕事をしている我々とは生活スタイルが違う。

しかし、この競技において日本人が決して負けないものがあった。スピリッツだ。体力が及ばずとも、精神力がある。技術はなくとも、学ぶ力がある。体力も技術も徐々に身につければいい。

そして隊長の孤独で長い戦いが始まった。興味のありそうな人に声を掛け、年間300日の練習。会社は休みがちになり、やがて日割り計算での給料形態にしてもらったが、結局は退社。明日からの収入源、一切なし。活動プラン、皆無。あるのはアドベンチャーレースへの熱意だけだった。

協賛をお願いしに行った企業には一蹴されまくった。アドベンチャーレースのビデオをダビングするのに潰したビデオデッキは3台(当時はDVDなんて便利なものがなかった)。でも諦めなかった。このレースをやりたかった。

やがて「話だけでも聴くよ」という人や「面白そうだね」という人が現れた。そこから少しずつ広がっていく人の輪。協力してくれる人が出てきた。レースをやりたいという仲間も集まった。隊長は一人じゃなくなった。


さて、病院から戻った隊長。チームで長い間協議したようだ。そして出した結論は「レース継続」だった。22年にして「優勝」を目の前にした今大会だ。ここで止められない。ひょっとしたら隊長は、今まで長い間支えてくれた人の顔を思い浮かべたのかもしれない。「継続することを今から主催者に伝える」とだけ、電話があった。「リタイヤする」と私には電話で伝えたものの、まだ主催者に言ってなかったのだ。

チームはレース継続の意思をStjepanに伝えた。Stjepanは「自分が何を言っているのか、わかっているのか」と隊長に聞いたそうだ。過去、アドベンチャーレースでメンバーが骨折をしながらもゴールしたことは幾度かある。逆に棄権したこともある。自身が肋骨を骨折しながらゴールした経験もある。そんないくつもの経験があっての判断だろう。何より、Patagonian Expedition Raceに掛ける隊長の想いは凄まじい。医師は継続可能と診断。StjepanはチームにGOサインを出した。

GOサインを出した後、Stjepanは静かに泣いたそうだ。「ここまでMasatoがこの大会を愛してくれていたとは・・・。苦労してこのレースを再開して良かった」と。

たかがアドベンチャーレース、されどアドベンチャーレース。これに、すべてを賭けた人たちが、この世界にはいる。Stjepanも隊長も、孤独に耐えて諦めずに一所懸命に頑張ってきた。

そして、もう一人じゃない。20年前では考えられなかった。こんなクレージーなPERを愛して止まない人がいることを。こんなに多くの人が応援をしてくれることを。なんて幸せなことだろう。

22年にして、届きそうだった優勝台である(まだレースは終わってないけれど)。事務局としては、あるまじき発言ではあるが、妻としての発言を許されるなら、言ってもいいかな?「もう充分だよ」(応援してくださる方、本当にごめんなさい!!)。


さて、レースは残り58q。これから氷河に突入する。きっとStjepanが「どうだ!」と胸を張るくらい、とてつもないコースが待っているだろう。

もう一人じゃない。頼もしいメンバーがいる。22年間、リーダーとして引っ張ってきたが、今度は隊長を引っ張ってくれる3人がいる。Stjepanが仕掛けたコースを、うんと苦しんで、うんと楽しむといい。

posted by Sue at 14:03| Comment(0) | 悪妻のボヤキ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月11日

ダメだし

先日、ある仕事がうまくいかず落ち込んでいた。隊長と議論するも、「そこが良くない」「もうちょっと上手くやらないと」。出てくるのは落ち込んでいる原因をグリグリと抉るばかりで、気持ちが更に深く落ちていく。哀しい事に、改善するようなアイデアは出てこなかった。

隊長になら落ち込んだ気持ちを言える。しかし、他者には仕事の失敗で落ち込んでいるなどと言えない。いわゆる「ダメだし」を受け続けなくてはならないのだ。

もういいよ。もうその話は止めようよ。心がチクチクするよ。黒くてドロドロした波に呑まれるような気分だった。

そんな中での一本の電話。主は昔から馴染のあるYさんで、私たちのことをよく知っている人物。今回の私の失敗を受け、電話をくれたのだ。

「あれは失敗だね」そんな分かり切ったことをまた言われるのかと構えたのだが、彼はひとつも責めることはなかった。むしろ改善を一緒に考えてくれる励ましに聞こえた。「次はこうしない?」「あ、いいこと思いついた!これってどう?」「僕がこれやるから、すーさんはこれやってよ。大丈夫、うまくいくよ」深く凹んでいた心が、徐々に盛り上がっていくのが分かった。

落ち込む原因であるはずの内容が、彼と話をすると、ともかく楽しい。なんだろう、この前向きな感覚。声のトーン?電話越しの笑い声?

じわじわと救われていく心。「次は巻き返すぞ!」という意欲。失敗のはずが、なぜだかワクワクしてくる感覚。「失敗しても落ち込まなくてもいいんだ。ワクワクしてもいいんだ」なんだかそんな気分になっていった。

「人間はダメだしの天才」と心理学者アドラーは言う。「あれじゃダメだ」は誰でも言える。テレビに出てくるタレントやアスリートはもちろん、会社内や家庭内でも、人は他者の言動に対して簡単にダメだしする。その人がどんな気持ちでそうしたか、どんな理由があるのか、陰でどんな努力があったのかなど、何も知らないのに。

思えば、私も簡単にダメだししている。特に娘に対しては「これじゃダメ」「もっとちゃんとしなさい」など、漠然とした注意ばかりで、改善方法を一緒に探すことはしていない。これじゃ活を入れるどころか、凹ませるばかりだ。

失敗は誰にでもあるし、成功するためにはついて回る。失敗をして一番反省し、凹んでいるのが当人であれば、それ以上責める必要はない。当人が事の事態をしっかり受け止めて、落ち込むだけ落ち込んだら、同じ失敗をしないように気を付けるだろう。ならば、これ以上は責め立てず、娘が顔をあげて、背筋を伸ばして、再び一歩踏み出すよう背中を押すことが、親の役目かもしれない。

今年でアドベンチャーレース歴22年となる隊長。今までに幾度も幾度も失敗を重ねてきた。その度に、多方面からダメだしを食らう。親身になっての温かいダメだしもあるが、中には心無いダメだし、意味不明のダメだし、単に他人事のダメだしもある。そして、これからも新たな失敗と、そのダメだしに苛まれるだろう。しかし、温かいダメだしには愛情と優しさがあり、出された方は、それをきちんと感じるものだ。

隊長が22年間もダメだしをされながらもアドベンチャーレースを止めないのは、温かいダメだし(励まし)をしてくれる人たちによって、常にアドベンチャーレースに対しするワクワク感があるからなのかもしれない。私が感じたYさんからの励ましと同じく、次につなぐ意欲になるのだろう。

さて、2月はPatagonian Expedition Race。これまでの失敗と、親身になった温かいダメだしと、そしてワクワクする意欲と、新たな決意を抱え、これまでの集大成とされるこの大会に隊長は出場する。田中正人48歳、現役アドベンチャーレーサー、まだまだ日々精進。




posted by Sue at 09:28| Comment(0) | 悪妻のボヤキ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月27日

ブラジルレースを終えて

今回のブラジルレースは、前代未聞のオンパレードであった。

まずは参加費の国際送金。国際レースにしては今どき珍しい地銀指定。時間はかかるわ、手数料はかかるわ。挙句の果てにブラジル全体の銀行がストライキに入り、入金できずにこちらに戻るわ。すったもんだあって、最終的には、日本出発ギリギリになんとか入金完了。

次にスタート地点までの移動。なんたって遠い!!地球の裏側だもの、フライトに時間がかかるのは致し方ないけれど、現地では最寄の空港から車で6時間のところが集合地。スタートラインはここから軍の船で12時間遡上した場所。

そしてコース。隊長は「アドベンチャーレースを20年以上もやっているけど、ここまでワイルドな地域は初めて。人間が入ってはいけない場所、本物のマザーネイチャーに入ってきてしまったという感覚」と言う。案の定、コースディレクターも調査に入っていない場所がコースになっていた(通常のレースは、コースディレクターが全コースの調査に入り、安全性を確認し、所要時間の見積もりを出す)。

コース調査に入っていないせいか、所要時間の見積もりもかなりいい加減。「早ければ、この日にはゴールする」という日ですら、トップチームで、まだ3割しか進んでいない。後続チームに至っては、時間もないからと、順にセスナで搬送。しかし急な悪天候によってセスナを飛ばせず、イーストウインドは22時間のセスナ待ち。

再スタートしたものの、途中で渡船場所があり、そこで大渋滞が起きた。24時間渡船可能と説明があったのだが、どうやら夜間渡船をしていない。これまたスタッフもいない。選手だけがどんどん集まり、立ち往生。最終的に主催者が下した判断は、ここの到着順でゴール順位が決まる、というものだった。なんともスッキリしないゴールである。

リザルトが出た。釈然としない。なぜ、このセクションの所要時間この時間なのか?11位〜19位の順位の出し方がめちゃくちゃだ。何度見てもよくわからない。どうしてこうなる?解せないことが多すぎる今回のレースだ。

「誰もクレームをつけなかったの?」隊長に聞いてみた。熱中症に倒れ、足のマメや痛みに耐え、噛みつき蟻や、蚊の大群にも耐えてのレース。こんなに必至に戦っているのに、腑に落ちないルール変更で、さぞやみんな怒り心頭かと思った。

しかし、隊長の返事は、拍子抜けするほどあっさり。「うん。誰も言わない。言って何か良い状況に変わるということはないし、それでどうこうなるもんでもない」

言うまでもなく、順位は大事だ。選手たちはそれを競う。しかし、彼らは、どうやらそれだけじゃないようだ。そこには、その場に立った人間のみが得られる計り知れない何かがあるようだ。「人間が入ってはいけない場所に入れたんだ。それだけでもすごいこと。レースの運営はともあれ、環境は大絶景だったよ。二度と行かれないだろうなぁ、あんなところ」と隊長。なんとも呑気な発言にも思える一方で、透き通るほどピュアな響きと、余分なものすべてが削ぎ落とされたような感覚。

私なら、きっと激怒していただろう。「コースに調査に入らないなんて、何かあったらどうするつもりなの!」「この時間設定はおかしすぎるでしょ!」「順位の出し方があやふやすぎる!」怒りの訳を挙げれば、きりがない。

そう。きりがないのだ。怒っても事態は変わらない。だから怒っても仕方ない。怒るだけ体力を使う。ならば、その事態を受け入れ、そこからどうするかを考える。さらには、そんな滅多に陥る事のない窮地を味わう。選手たちは想像以上に大人だった。

「アドベンチャーレースは大人の究極に贅沢な遊び」とは言うが、これは装備にお金がかかるという意味ではなく、このスポーツでしか味わえない醍醐味があり、辛さがあり、喜びがある。彼らはそれを子どものようにストレートに感じられるのである。

なるほど。それだけでも行った甲斐はあったようだ。危ない目には遭いたくないけど、でも、そんな話を聞くと選手がちょっと羨ましい。

私はどうだろう。子育ても、仕事も、人間関係も、家事も、思うようにならないと、イライラして怒り出す。だれかのせいにしたがる。怒ったって何ひとつ変わるわけでもないし、増してや、それが改善されることもない。

ならば、そこからどうするか。偶然起きた事は必然性でもある。悪いのは誰かを探すことより、なぜそうなったのか、そして、そこからどうするかを考えていくようにしたい。

頭では分かっていても、いざとなって実行に移せない。もう少し大人になりたいものだ。
悪妻愚母、来年も日々精進していきます。



posted by Sue at 09:21| Comment(0) | 悪妻のボヤキ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月10日

Team EAST WINDの約束事

ブラジルで開催されるアドベンチャーレース世界選手権まで、約2カ月。

大会中はずっと重い荷物を背負って進むので、今から慣らしておくために、13sの荷物(砂)を背負って走ってランする隊長。10月からは20sにアップする計画。レース中にメンバーのペースが落ちたら、そのメンバーの荷物を背負わなくてはいけない。急に重いものを背負うと肩が痛くなるし、それが全身の痛みにつながるため、今から慣らしておく必要があるのだそうだ。

荷物を持ってもらう側にしてみれば、普通に歩くことができない事に申し訳なく思うものの、その負荷をメンバーが背負ってくれるのだから「痛いから止めたい」などと口にするわけにはいかない。結局、チームの負荷はメンバー全員で抱え、支え、前に進む。それが「アドベンチャーレース」なのだ。

隊長自身も語っているように、そもそも彼はチーム競技向きの性格を持ち合わせていなかった。完全なる自己主義。小学生の頃は、常に自分が正しいと思っていたという。意見の合わないクラスメイトとは徹底的に、しかも勝つまでケンカしたとか。まったく嫌なタイプだ。

私が隊長と出会った当初、その傾向を垣間見るようなレース展開がいくつもあった。所詮チームの和なんてきれいごと。実力がある奴が勝つ。だから、チーム競技は実力のある奴が集まったチームが勝つ。メンバーが固定しなかったのも、常に「勝つための強いメンバー」を探し求めていたからなのかもしれない。

ある年のレースで、イーストウインドには最強とも思われるメンバーが集まった。個々に能力が備わっているので、国内でチームトレーニングなどしなくとも、充分に世界と戦える。そう思えた。

しかし、結果は惨敗。「強いメンバーが集まれば勝てる」という考え方は見事に裏切られた。しかもチームは崩壊。そもそもこのチームには、日本人が強みとする「和」は存在しなかったのだから、崩壊するも何も、最初から何もなかった。しかし、もしそれがあったら、このレースはかなりの上位に食い込んでいただろうと思う。

あれから隊長は幾度も、幾度も、幾度もレースを経験した。その度に「チームワークとは何か」という課題を突きつけられた。

自問自答を何度も何度も繰り返すうちに、少しずつ、自分たちなりにその意味や大切さを感じ取っていった。机上で学ぶのではなく、実地から学ぶことの意味を知っていくことになるのだ。

やがて私たちの間に子どもが生まれた。2人が3人になり、ある種のチームができた。子どもができたことで学ぶことは多い。私たちは親として、子どものためにできることをする。それは決して、子どものわがままを聞く事ではなく、親の意見を押し付けることでもない。ただ純粋に「今、何をしたらこの子のためになるだろうか」という思考が物事を決める上でのベースになった。

実際のところ、家族が最も身近なチームである。子どもも、まずは家族間でチームワークを学ぶ。家族間におけるチームワークは、きっと社会においても、レースにおいても、他者との人間関係においても、通じるところがあろう。

家族やチームに関わらず、この世は人と関わって事は進む。当然、自分と意見の合わない人も出てこよう。互いの主張が噛み合わず、ケンカになり、終には相手の人間性までを否定し始める、なんて事もある。

意見を言い合うのならまだいい。相手に意思を示しているから。しかし最終的に人間関係を崩壊してしまうのが「無視」である。アドベンチャーレースでは、これが一番簡単にチームワークを乱す方法だ。アドベンチャーレースにおいて「無視」は、チームメンバーに負荷を掛けるよりも、甘えるよりも、言い争うよりも、感情的になるよりも、何よりも自己中心極まりない行動だ。

「人は人を想う時、いつも以上の力を出す」と隊長が言う。その極みが、戦争中の特攻隊なのかもしれない。本当は自爆攻撃などしたくない。怖くて怖くて仕方ない。しかし、家族や国家を想って奮い立つ。あまりにも極端ではあるが、それもひとつなのだろうと思う。

私たち人間は、時に意見をぶつかり合わせながらも、支え合って生きている。自分の考えや意見を相手にうまく伝えられずに、悔しい思いもすることもあるし、孤独に陥る時もある。「自分はこんなに頑張ってるのに、どうしてわかってもらえないの?」なんて落ち込むこともしょっちゅうだ。

そんな時、少しだけ中心を変えてみてはどうだろう。「私は辛いの!」という気持ちを枠外に持っていき、そこに「今、この場を良くするためにはどうしたらいいのか?」といった、大義を中心に持って行く。そうすると、今まで自分のことしか見えていなかったことに気が付き、大きな枠で課題と自分自身を捉えられるかもしれない。



さて、後にTeam EAST WINDの約束事を作った。
『レース中、壁にぶつか時、自分の感情を言うのではなく、今チームのためにできるベストな方法を言い合う』


さて、以下は、以前は完全なる自己主義だった隊長の談。

『初めてアドベンチャーレース(’94レイドゴロワーズ・マレーシア大会)に出場した時、思い切り叩きのめされたんです。個人競技は自分の実力次第ですが、チーム競技であるアドベンチャーレースでは、自分だけがいくら強くても勝てない。

しかもそれに自然条件が絡んできます。数時間前にそこを通ったチームは天候に恵まれていても、自分たちが通る時は土砂降りになっていたり、川の水量が増えてたり。すべてにおいてイーブンではない。

ストレスが溜まり、些細な事でメンバーとの諍いも起きる。益々、苛立ちが募る。どんどんと悪循環に陥るんです。そして何より自分自身のコントロールがもっとも難しいと教えられました。

だからこそ「これだ!」と思ったんです。「アドベンチャーレースこそ自分を成長させてくれる場だ」と。

協調性のなかった自分が、アドベンチャーレースによって多くのことを学び、欠けているものを教えてくれると思ったんです』



ブラジルの世界選手権までのこり約2か月。
さてさて、今回はどんな展開になるか、楽しみだ。
イーストウインドのホームページ







耳は1分でよくなる!─薬も手術もいらない奇跡の聴力回復法

新品価格
¥1,404から
(2015/9/14 15:53時点)


posted by Sue at 11:52| Comment(0) | 悪妻のボヤキ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月12日

アドベンチャーレース世界選手権inブラジル 出場にあたり

今年11月、ブラジルで開催されるアドベンチャーレース世界選手権に出場することにした。文字通り2015年の世界王者を決定するレースである。

結成して19年となるイーストウインド。今では世界でも老舗チームとなり、大会会場に行けば、外国人スタッフから「自国のチームより、イーストウインドを応援してるよ」とこっそりと声を掛けられる。

イーストウインドは、老舗チームではあるがメンバーが固定しない。隊長以外は、なかなか継続しなかった。そんな中、大学院を卒業したばかりの陽希が現れた。社会科教師の資格を擲ってまでトレーニング生に応募してきたのだが、アドベンチャース経験はなかった。ただチームコンセプトの『世界大会で優勝することを最優先目的として活動する。そのためにも競技志向に徹し妥協のないレース活動を実践する』の一文に惹きつけられ、門を叩いた。

当時、ラフティングも読図も未経験、持っていたマウンテンバイクは重いし、トレランの大会にすら出場したことがなかった。しかし、彼は野性的本能とも言えるアウトドアスキルを備えていた。それが見る間に頭角を現し、周囲を驚かせた。

今では2回目の百名山に挑戦しているが、当時は、何が何だかわからずのまま、隊長を追いかけるようにトランスジャパンアルプスレース(TJAR)に出場。同じくしてトレーニング生となったヤマキー(山北)は、当時TJAR最年少出場者で、学生だった。二人とも、それまでは部活に勤しむことはあっただろうが、TJARは桁が違う。身体中に走る激痛、負けるわけにはいかない睡魔との闘い、体の芯から感じる寒さ…。恐らく、かなり痛い目に遭ったことだろう。それでも二人は最後までやり通し、太平洋に辿り着いた。本部担当であった私は、その連絡を受けて安堵すると共に鳥肌が立ったのを覚えている。

さて、チームにとって主力である陽希は、二百名山一筆書きに挑戦するため、今年はいない。メンバーはどうするのか?レースができるのか?そもそも世界チャンプを決めるレースに、陽希なくしてまともに戦えるのか?来年2月にあるパタゴニアレースに焦点を合わせているイーストウインドとしては、何も11月に無理に出場することはないのでは?そこまでして費用を使うのは無駄なのでは?その資金はどうするのか?不利が重なる。

当然ながらこの大会への出場はないものだと私は思っていた。

ところが、隊長は「出場する」と決意した。どんなことになってもこのチャンスは受けると言う。「チャンスが巡ってきた時はそれを受ける。これから世界のアドベンチャーレースに挑戦したいという若者たちへの夢を築いていくのが自分の使命。マチマチ(チームトレーニング生の西井万智子)を育てていくためにも、出場しよう。ヨーキが頑張ってるんだから、俺らも頑張ろう。それがあいつの励みにもなる」

こうして隊長は「行く」を前提に動き出した。だが「どうせ行けない」と思っていた私は、その行動に納得がいかなかった。

そんな時、ある一件が起きた。

私たちの大切な友人の死だった。カッパクラブで隊長と同じ釜の飯を食っていた仲間で、独立してカヤックツアー会社を立ち上げて頑張っていた。奥様にナイショで湖用のヨットを購入し、「バレたら殺される」と笑っていた。外見は穏やかだけど、内面は熱い人だった。そしてアキラとあまり変わらない年齢の一人娘を、彼はこの上なく可愛がっていた。病魔と闘った末のことだった。

冷たくなった彼が自宅に戻って対面した時、彼がどんなに辛くて長い闘いをしてきたかが伺えた。「お帰り。お疲れ様でした。よく頑張ったね」もう目を覚まさないと知りつつ、彼に話しかけた。と、その時、彼が語りかけてくれるようだった。「やれる時に、やりたいことをやった方がいい」と。

その彼の言葉に背を押された。隊長も47歳になる。今後、何年現役でいられるかわからない。大好きなアドベンチャーレースを続けられるうちは、打ち込ませてあげたい。私がすべきことは、全力でサポートすること。

お金はどうにかなる。生活もどうにかなる。いや、どうにかする。私がどうにかする。もう迷いはない。反対することもない。躊躇もない。やろう。

そう決めた時、眠ったままの友人が、小声で「おう」ってハニカんだ気がした。いつもの彼の顔だった。

まずはヨーキの代わりとなるメンバー探しから始まった。それまでの実績はもちろん、家族や会社からの理解、資金面と条件は厳しい。私たちは幾人かの名前を挙げながら、知り合いにも相談した。

そして、高濱康弘くんがメンバーとして参戦してくれることとなった。国内のレースはいくつか経験しているし、何よりレースに対する姿勢がストイックであるところがイーストウインドに合致する。こうして隊長、ヤマキー、マチマチ、高濱くんの4人で出場することとなった。

「今回の大会出場はより厳しい新たな挑戦になります。正規メンバーの陽希の不参加。高濱、西井の2名は海外アドベンチャーレース初出場と不利な条件があることは否めません。しかしながら、新たな人材育成もチームの課題として必須であり、避けて通れないステップであると認識しています。

また、どんな条件下でもチームイーストウインドの戦い方、スピリッツの体現をしたいと思います。

チームとして不十分さがあるほど厳しく苦しいレースになることを自覚し、最後まで諦めることなく地獄の苦しみを味わい尽くしたいと思います。

正直、上位入賞を目指す状況ではありませんが、違った戦いを精一杯やり遂げる決意ですので、応援のほどをよろしくお願い致します」

上記は今回のレースに出場するにあたっての隊長の言葉である。「どんな条件下でもチームイーストウインドの戦い方、スピリッツを体現する」その一文は、私がこだわっていた事が、なんとも小さく、つまらない事であったことを教えてくれた。

人は、その生命を全うする間に、それぞれ役目や行うべきものがある。それが数値になったり、お金に換算されたりと、いわゆる富や名声であれば他人に理解し易いのかもしれないが、本来のその人の生きる道や大義は、何を持っても測れない。

隊長とアドベンチャーレースは、私が想っている以上に大義があるのかもしれない。隊長がアドベンチャーレースを通して、その大義を果たそうとするように、私は、私自身の大義を果たすこととする。



スリーエム マルチポア スポーツ ホワイト 非伸縮固定テープ 38mm x 12M 8巻入り 298038

新品価格
¥2,937から
(2015/8/25 11:30時点)




スリーエム マルチポア スポーツ ハード 伸縮固定テープ 50mmx4.75M 6巻入り 2763-50

新品価格
¥3,243から
(2015/8/25 11:30時点)




BRSチタニウムシングルガスバーナー アウトドアウルトライトコンパクトガスストーブ 親指サイズ世界最少 2700W 収納袋付き

新品価格
¥1,950から
(2015/8/29 20:29時点)




ニュースキン NU SKIN オーバードライブ 03102989

新品価格
¥4,000から
(2015/8/29 20:29時点)




LIFE STYLE ファーストチョイス フィットネス 30袋

新品価格
¥5,389から
(2015/8/29 20:30時点)




【第3類医薬品】ビオフェルミン健胃消化薬錠 160錠

新品価格
¥1,918から
(2015/8/29 20:31時点)




小林製薬の栄養補助食品 ナットウキナーゼ EPA DHA 約30日分 30粒

新品価格
¥1,000から
(2015/8/29 20:31時点)




Kenko クリーニング用品 ハイテククリーニングペーパー 140x170mm 10枚入り

新品価格
¥89から
(2015/8/29 20:32時点)



posted by Sue at 09:04| Comment(0) | 悪妻のボヤキ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月09日

“ない”から学ぶ

先日、久しぶりに20年来の友人に会った。気が置けない数少ない友人で、今では会う機会が少なくなってしまったが、会うたびに新鮮であり、刺激的である。

その友人は長い間、酷い乾燥肌に悩んでいた。洗顔の後にクリームやら液体をグイグイと塗り込んで肌の潤い状態を保っていた。ところが今はクリームやら液体やら、要するに外からの人工物を一切使用していないと言う。しかも乾燥しているようには見えない。「今まではお化粧をして、それを落とすためにゴシゴシ洗うことで肌を痛めて、そこにクリームやら液体を押し込んできた。それによって人間自身が持つ再生力や治癒力を失っていくことがわかった」と友人は言う。

私は激しい耳鳴りに悩んでいるのだが、前に整体師さんに「耳が探してしまうんだよ」と言われた。なるほど。某健康促進テレビ番組でも耳鳴りの原因のひとつには脳過敏症があると言っていた。どうやら脳が聞こえないはずの音を探してしまい、聞こえないから脳自身がその音を作り出すらしい。良かれ悪しかれ、人のカラダは本当によくできている。

私たちのカラダは、“ない”ことにきちんと反応し、きちんと作り出す。しかし即効性や簡易性を求め、外から異物を取り入れることで、人間固有の治癒力が減衰してしまうという友人談は理に適っている。

さて、友人と会った後、春休みを迎えた娘と愛知の実家に戻った。実家には、たいしたおもちゃやゲーム機はない。小学生にとっての娯楽はほとんど皆無である実家滞在中、娘は、じいちゃんと将棋三昧、ばあちゃんには裁縫を教えてもらい、私にエプロンを作ってくれた。もしゲーム機があったら、じいちゃんやばあちゃんとも、こんなにコミュニケーションをとっていなかっただろう。

“ない”ならば、楽しいことを創りだす。そもそも子どもは、その天才である。子どもの頃の私たちもそうであった様に。なぜ今は外的要因や物質に頼ってしまうのだろう。

“ない”ならば、あるものを工夫して使う。今の私にはその力が足りない事が、この数日間でわかった。ないなら買う。欲しいなら買う。今や世界中のおいしいものが手に入る。白髪だって茶色や金色になる。まつ毛だって長くできる。乾燥肌を潤すことができる。若さや健康だって買える。お金があれば何でも手に入る。そんな時代なのだと思っていた。

それで良しとする傍ら、自分の中にある再生力、治癒力、思考力、もっと言えば生きる力を脆弱にしているのかもしれない。

そう言えば、娘はクラスでも大人気のDSを持っていない。以前は欲しがったが、今は言わなくなった。それには理由があった。

学校ではDSソフトに出てくるキャラクターの話題で盛り上がるらしい。そのキャラクターを知らない娘は「それ、なーに?」と聞くと「え〜!?知らないのぉ〜?」と言われると言う。所詮子ども同士の会話、悪意はない。しかし、その一言が娘を哀しい気分にさせたそうだ。「だから、あたしは、あたしが知っていることで、友達が知らないことがあっても『え〜!?知らないのぉ〜!?』って絶対に言わない!! ちゃんと説明してあげるもん!!!」DSを持っていないことで気が付いた心の痛み。それも彼女なりに“ない”から学んだことである。

ひょっとしたら“ない”は、私たちを成長させてくれる素晴らしい要因なのかもしれない。

ふと隊長のこんな話を思い出した。
1995年エコチャレンジ・オーストラリア大会でのこと。レース中、女性メンバーが足首を炎症で歩けなくなった。リタイヤをするかどうかの決断を迫られた時、山岳経験の豊富なメンバーが、ザックの上下をひっくり返すと、それが背負子(しょいこ)のようになることを思い出した。「この方法で彼女を担ぎ、行けるところまで行きます」イーストウインドはレース継続を決めた。

男性メンバーが交代で女性メンバーを担ぎ、標高1000メートルも上った。藪の中もひたすら進んだ。このレース展開は主催者やメディア班を驚かせた。「信じられない!! 彼らは行くぞ!! どんなことがあってもやり遂げるぞっ!!!」イーストウインドの姿を捉えた空撮カメラマンが、思わず声に出したその言葉が映像に残っている。残念ながら完走はできなかったものの、その行動により、それまでになかった「Special Sprits Award(特別賞)」が生まれ、イーストウインドはその初回に輝いた。それは入賞とはまた違ったイーストウインドの誇りとなった。

“ない”は人間力を育む外的要因なのかもしれない。

1995年エコチャレンジ・オーストラリア大会


Team EAST WIND 場面
1) 15:21〜16:50(継続を決断する場面)
2) 20:03〜22:39(標高1000m登った場面)
3) 27:45〜29:51(継続中の場面)
4) 39:00〜42:10(ゴールを目の前にして無念のリタイヤの場面)
『Special Sprits Award』を、苦難と喜びを共にしたメンバーの倉田和輝選手に捧ぐ

posted by Sue at 10:22| Comment(0) | 悪妻のボヤキ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月30日

ナビゲーション講習会に想うこと

先日、ナビゲーション講習会を開催した。不定期ではあるが、隊長とナビゲーション(地図読み)講習会を始めて10余年になる。

とは言っても、私は事務作業担当ゆえ、当日はバタバタして講習をしっかり聴いたことはない。だから地図読みを私自身がどこまで理解しているかもよくわからない。それでも「継続は力なり」とはよく言ったもので、10年も関わっていると、ぼんやりと地図が解るようになってくる。そんなこともあり、数年前から娘とオリエンテーリングの大会に出場するようになった。結果はとても人に言えたものではないが、山中でフラッグ(目的地)を探す行程を楽しむことができるようになった。

さて、私は、隊長の講習を聞く度、ナビゲーションは人生に似ていると思うのである。

地図読みに正しい方法はない。そもそも地図が完全というわけではない。所詮、人が作成したものである。海外のアドベンチャーレースでは40年も前の地図が配布されることがある。いくら自然の中とは言え、現状とは異なる。当時はなかったであろう路も、今では獣や人が踏み慣らしたことで小径ができていたり、地磁気も永年変化している。地図は必需品ではあるが、最終的には自分のナビゲーションスキルが頼りになる。

人の生き方に正しい方法はない。社会のルールは守らねばならないが、それ以外の基準は個々の道徳意識に任せられる。与えられた環境(地図)に沿って歩いていても、その地図が決して正しいとは限らない。しかし環境(地図)は変えられない。自分の観点で地図の見方を変えるしかない。環境はひとつの指針ではあるが、結局は自身の意識が頼りになる。



アドベンチャーレースでは、必ず決まったチェックポイント(CP)を通過しなくてはならない。しかし特別規制がない限りCPとCPの間はどこを通っても良い。ルールはひとつ、必ずチームで行動すること。あるピークにCPがあるとすると、かなりの回り道としても安全な登山道を行く方法もあるし、距離は短いが濃い藪を突き抜ける方法もある。どちらを行くかはチームの選択だ。

時には選択を誤ることもある。あるはずの登山道が途中で消えていたり、反対に増えていたり。背丈の低い藪ルートも実はトゲだらけの植生であったり。

そんな想定外の時に発生するのがチーム内の不協和音である。

数時間ならまだしも、下手をすると丸一日も迷い続けることになる。その時のナビゲーターの焦りはいかほどのものか。自分のナビゲーション・ミスで長時間ロスし、チームメンバーに余計な体力を使わせている。プレッシャーが自責の念に変わる。やがてメンバーが苛立ち始める。

地図読みをしないメンバーも、ナビゲーターに任せているからと自覚しているうちはまだいい。しかし丸一日無駄に歩き続ければ、それが不満へと変わるのは当然。本当にそのルートチョイスは合っているのか?あとどのくらい進めばいいのか?いつ果てるのかもわからない山中をさまよい続けていると、ナビゲーターへの疑心、蓄積する疲労、そして他チームに対する焦りが重なり、ナビゲーターを責める事も少なくない。

「あの人がこういったから」。人の指図通りに行動するのは、案外、簡単なのかもしれない。しかし、それが思っていた方向と違ってきた時、不安と疑心が生じる。やがて完全に藪の中(困難極める状態)に入ってしまった時、「あの人」の責任にする。人が言った事を選択するもしないも自分自身であったはずなのだが、それを忘れて、人の責任にすることで自分を正当化する。もっともラクで、もっとも卑怯だ。結局、人は変わらない。環境も変わらない。変えられるのは自分自身だけなのだ。



「アドベンチャーレースでは、地図が読める方が断然面白い」と隊長は言う。ナビゲーターは、どのくらいで次のCPなのか、どこをどう行ったら負担が少ないのかなど、戦略が立てられる。しかし地図読みができなければ、ただついていくだけになる。それはアドベンチャーレースの楽しさを半減してしまうことになる。

後で人のせいにするくらいなら、最初から自分で地図を読んで、進むべき道を選び、自己責任を持って進んだ方が楽しいのかもしれない。その方が人生(アドベンチャーレース)の醍醐味を味わえるとも思うのだ。



コンパスは少し角度を変えただけで、進行方角が大きく変わっていく。コンパスの指す方向を見誤ると、取り返しのつかない事になりかねない。間違えた方角にどんどん進めば、やがて正規ルートから大きく離れてしまうことになる。尾根にいくはずが沢に落ちていってしまった、という話はよく耳にする。隊長は言う「間違ったルートに入っているのに、不思議と辺りの地形が地図通りに見えてくる。人は思い込みをする。これがとても怖い」。

私たちは、時に自分の進むべき方角を見誤る時がある。欲が絡めば尚更だ。ほんの数度、欲の方向に向いて歩き出せば、やがて欲の谷に陥り、取り返しのつかないことになりかねない。早期発見、方向修正が必要になるが、ひとつ欲が満たされれば自分の位置が正しいと思い込んでしまう。



アドベンチャーレースはゴールを目指す。CPはその過程である。しかしその過程をひとつでも飛ばすと、ゴールは成立しない。時にCPへのルートは極端に難易度が高かったり、地図と異なる場所に設置されていることもある(レースを主催しているのも、これまた人間。完璧ではない)。それでもCPは避けて通れない。そんな時こそ、支えとなるがチームメイトだ。励まし合い、信じ合えば、たどり着けないCPはない。

人生もゴールに行くには、困難なCPを通過しなくてはいけない時がある。どんなに遠回りしようと、そこは決して避けては通れない場所なのだ。だから進むしかない。しかし一人じゃない。絶対に心励ます人がいる。仲間がいる。



ならば私自身の向いている方向は正しいのだろうか?ペース配分は大丈夫なのか?ゴールまでどうやって行けばいいのだろう?

今はまだ自分のゴールに何があるか解らない。ただ、今、目の前にある「通るべきCP」に向かって、コンパスを合わせ、ブレないように進もうと思う。



ナビゲーションの醍醐味は自分自身で進路を決めるところだろう。人に頼っていては、自分の本来の夢を見失う。自分の中に在る地図とコンパスで、夢の方向に整置したなら、あとはそこに向かって突き進めばいい。


ONE PIECE・ルフィーのセリフを思い出す。
「宝がどこにあるかなんて聞きたくねぇ!宝があるかないかだって聞きたくねぇ!
何もわかんねぇけどみんなそうやって命懸けで海へ出てんだよっ!
ここでおっさんから何か教えて貰うんならおれは海賊やめる。
つまらねぇ冒険ならおれはしねぇ!!!」


11084298_981715685213289_1661298374802497840_n.jpg


posted by Sue at 22:24| Comment(0) | 悪妻のボヤキ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月17日

リーダーシップ

先日、隊長に「リーダーとして支える」をテーマとした講演のご依頼を頂いた。

イーストウインドのリーダーとしてチームを牽引する役割の隊長だが、昨年はグレートトラバースで主役となる陽希を、カメラマンとして支えたことから「リーダーとしての裏方サポートの重要性」をテーマに企業のリーダー対象に話をすることになったのだ。

17年前、隊長は自己実現のためガムシャラに突っ走っていた。「勝ちたい」という気持ちが人一倍強かった。自分ができることは他人もできて当たり前。だから他人にもそれを求めた。自分に厳しいのはもちろん、メンバーにも厳しかった。

海外のアドベンチャーレースに出場するのは費用がかかる。自らのトレーニング時間を割いて毎日のように回った協賛のお願い。当時、まだ誰も知らないようなアドベンチャーレースであったが、徐々に応援者が増えてきた。しかし、それが「勝たなくてはいけない」という重圧ともなる。レース中、体力的に弱いメンバーへの叱咤が強まっていった。肩肘張っていたわけではない。ただ、その重圧との戦いをチームメンバーは理解し難かった。

それから何度も悔しい思い、辛い思いをしてきた隊長を、私は傍らで見てきた。隊長のやり方について行けず、去ってゆくメンバーもいた。見ているこちらが辛くなった。「もう止めてもいいよ」言いかけたこともあった。でも隊長は投げ出さなかった。どんなに辛くとも、またレースに出る。そしてリーダーシップを試行錯誤する。何度も何度もぶち当たる壁。ぶち当たりながらも進む。まるで、そこには彼にしか見えないレールが敷かれているかのように、当然な成り行きで。

もうひとつ私が隊長の傍らで見てきたものがある。それは「辛い思いは人を成長させる」ということ。「アドベンチャーレースは自分を成長させてくれる」と言う隊長の言葉の意味を、フィールドだけではなく、もっと大きく総体的に捉えることができる。

もう何年も前にアドベンチャーレースから去ったメンバーが、こんな事を言っていた「本格的なアドベンチャーレースに出るなら田中さんと出たい」。隊長のやり方が合わずに去って行ったと思っていた。しかし、そうではなかった。「やり方や考え方が合わない事が度々あった。その時は悔しいとは思っても、田中さんの言うことは勝つためには当然なことだったと後にしてわかった。またいつか田中さん率いるチームで戦いたい」と。

あのストレスだらけの極限の中ではエゴが爆発する。憤懣やるかたないこともあるだろう。レース後、チームが粉砕することは珍しくない。レース中、このメンバーと隊長の間に何が起きたのかは分からない。ただ、生死関わる状況下で、真剣にぶつかり合ったことが、互いを成長させたのだろう。ぶつかり合いが、ただの喧嘩別れで終わるのか、それとも互いの成長となるのかは、当人次第だと思うが、すべての出来事には意味がある。

それでも今なお、リーダーシップの難しさを痛感する隊長だが、グレートトラバースでのサポート経験は、今、隊長がまさに必要とする意識へのヒントを与えてくれたようだ。今回、陽希を主役にカメラを回し続けた事は、隊長の生涯において、最も貴重な糧となった。そしてその時の撮影班のチームワークは、それまでにない種の緊張と感動があった。それを聴講されたリーダーの皆様からいただいた所感が語っていた。

リーダーシップはメンバーがいなければ成り立たない。引っ張っていくだけがリーダーではなく、支えていくのもリーダーである。メンバーの開花のため、肥やしとなり、水となり、陽となり、時には耐久性を保持するために強風となることも必要。メンバーの開花はチーム発展の、否、アドベンチャーレース発展につながる。まさに隊長が目指していたものだ。

チーム内におけるリーダーシップは、社会生活において普遍的な課題であろう。企業、団体、学校、部活、時には家庭内においても必要となる。

これからはチームに加えて、親としてのリーダーシップも私たち夫婦の課題になる。これは手ごわい。人は常に成長する場が与えられるものだ。

ネイチャーメイド スーパーマルチビタミン&ミネラル 120粒

新品価格
¥1,600から
(2015/8/4 07:40時点)


posted by Sue at 20:20| Comment(0) | 悪妻のボヤキ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月04日

謙虚であれ

今冬は雪がよく降る。積もった雪が溶ける間もなく、ひたすら降っている。

雪国に嫁いで間もなく14年目。それでも雪の中の生活は、慣れ切っていない。いまだに車の運転は怖い。家の中も凍てついて、温度は一桁。朝方は窓が凍って開かない。すぐに車を出すこともできない(まずは雪かき)。隊長のトレーニングもままならない。

「現代の科学の力では自然はどうにもコントロールできない。アドベンチャーレースでは、そんなコントロールできない自然の猛威が降りかかってくる。だから人は自然に対して謙虚でなくてはいけない」。隊長が講演でよく題材にしていることだ。

「自然に対して謙虚であること」。
アドベンチャーレースでは、荒れ狂う波に漕ぎ出すこともある。吹きすさぶ嵐の中、前に進まなくてはいけない。肌が焼けるような灼熱地獄をひたすら歩き続けることもある。見渡す限り氷に覆われた氷河を命がけで歩く。いつ果てるかもわからない藪を永遠とこぎ続けもする。「だから人は自然に対して謙虚にならなくてはいけない。人間が驕(おご)り高ぶると痛い目に遭う。まずは自分の能力・技術を知ること。レースで勝つためには、それを補うための努力をしなければいけない」。それはトレーニングであったり、装備であったり、地図読みの技術であったりと、シミュレーションであったり、チームワークであったり。それが不足していたら、身の丈に合った行動を取らなければならない。それは自分自身に対しても謙虚であるということ。こうして自分にない物を補いながら、かつ謙虚に、選手たちはゴールを目指していく。

自然界だけではなく、社会生活も同じかもしれない。
時に自分の力ではどうにもならない巨大な力、空気感があり、そこから逃げようともがいてみるが、どうにも逃げられない。人間社会でも、自分の力ではコントロールできないことがある。増してや、相手をねじ伏せることなど、もっとできない。どうせ相手が変わらないのならば自分が変わるしかない。相手の欠けている部分を指摘するだけではなく、自分に欠けている事を凝視する。それはあまり気分のいいものではないし、できれば避けて通りたい。しかし、それができて初めて、今自分がすべき事、補うべき事が見える。自然と同じく、謙虚で素直な姿勢で向き合うから、それが見えてくる。

深々と降り続く雪の中で暮らしていると「人は自然に沿って生きている」というのを、じんわりと実感できる。叩きつけるような吹雪でも、人はそこに根付く。だからこそ、そんな環境を迎合するように人は肩を寄せ合う。人を想い、人の温もりを感じ合いながら、極寒の生活に耐えている。そして訪れる春を目指す。雪の下でもしっかり芽吹く麦のように、謙虚で素直に。

「秋に蒔かれて芽吹いた麦は、冬の間、こうして雪の下で春を待つのです。陽射しの恩恵をじかに受けるわけでもなく、誰に顧みられることもない。雪の重みに耐えて極寒を生き抜き、やがて必ず春を迎えるのです。その姿に私は幾度、励まされたか知れない」(高田郁『残月』より)

平成27年、平穏な正月を迎えることができた。今年、大きな展望に向かって、日々を丁寧に過ごしていこうと思う。
posted by Sue at 21:48| Comment(0) | 悪妻のボヤキ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月25日

『百名山一筆書き』の撮影班

『陽希の百名山一筆書き』への挑戦が幕を閉じた。209日間にも及んだ、まさに「巡礼」とも言える旅を通し、陽希に多くの感動や出会いがあったことは、すでにマスコミにも大きく取り上げられている。想像し難い挑戦に対し、覇者にだけ与えられる達成感と貴重な経験は、今後の陽希の人生をもっと豊かに飛躍したものにしていくだろう。アドベンチャーレーサーとしての彼の活躍も楽しみである。

さて、この『百名山一筆書き』では、陽希を追う裏部隊となった撮影班も様々なドラマがあったようだ。隊長もカメラマンとして陽希を追い続けた一人。隊長から出てくる撮影中の苦労話は、かなり面白い。

ペースはすべて陽希次第。陽希の休息日は撮影班も待機し、陽希がハイペースな時はスタッフもそれに続いてハイペースで動く。天候も大きく関わる。スケジュールが見えない。しかも撮り直しなどあり得ない。どの場面も一発勝負だ。「その一瞬を撮影する」という目的のために撮影班はひとつとなっていく。

そんな苦労を共有する仲間たちは日に日に結束も強くなる。「そんな撮影班の結束が、あれだけ良い番組を作ったのだろう」と、身内のひいき目で見てしまうことは許されるだろうか。

カメラマンには、登山経験が豊富な人たちが集まった。中にはピレオドール賞(優秀な登山家に贈られる国際的な賞)を受賞したクライマーや、以前イーストウインドのメンバーとして活躍した仲間もいた。また、歩荷やドライバーたちも自分の役割をきちんとこなし、しっかりとカメラマンを支えたそうだ。

隊長は撮影経験が浅く、まだまだ技術が不足しているため、よくディレクターさんから指導を受けたそうだ。最近、アスリートカメラマンとして撮影仕事をさせていただく機会もある隊長にとって、「必要な時に必要な人が現れる」のが、まさにこのタイミングだったのだろう。その一瞬に必要な、適切な指導を受けなければ、レベルは上がらない。

長期間、スケジュールの見えない撮影はダレがちになるだろうと思うが、ディレクターさんの決断力と統率力が撮影班をピシっと締めたそうだ。

後日、そのディレクターさんは「毎日が必死の現場だったから、私も撮影班につらくあたったのではないか」とおっしゃっていたが、隊長は「まったくそんは風に思っていない。逆に、しっかり言ってもらえてよかった。しかもリアルタイムでの指導。それが何より身になる。今後も機会があれば一緒にやりたい」と感謝している。

しばし人は、それまでの経験やプライドが邪魔をして、素直に人の意見を聞き入れられない時がある。また、指導する側も時として不満のはけ口になってしまうこともある。一緒にいる時間が長ければ長いほど相手に甘え、その甘えから、やがて互いを受け入れることもしなくなる。

また、隊長は「今回、これだけ長い時間一緒にいられたのは、ともかく笑いが多かったことにある」と言う。撮影時はもちろんピリピリするが、それが終われば常に笑いがある。撮影班という堅苦しい仲間ではなく、本当に「ゆかいな仲間たち」であったそうだ。

そして下山後は「よくやった」と、必ず仲間たちで握手を交わし、互いを讃えあったそうだ。一瞬一瞬の陽希の行動を逃さないよう、ディレクターもカメラマンも歩荷も、それを待つドライバーも必死なのだ。それがうまく行った時の達成感はきっととてつもないものであっただろう。

毎日が行き当たりばったりのような撮影であったにせよ、撮影時は自分の立ち位置を明確にし、OFF時は常に笑いありで、無事に撮影を終えた。互いを認め合い、敬意を払わなければできなかったことだろう。隊長は本当に良い縁に恵まれたのだと思う。

「類は友を呼ぶ」とは良く言ったものだ。異種であろうと互いを引き寄せていく。それは当たり前のごとく。それが良い影響となるか、悪い影響となるかは自分が決める。ともかく自分に必要とされる時にその人は現れる。そのチャンスを受け入れるかどうかも自分次第だ。

隊長の撮影裏話は底を尽きないが、彼が嬉しそうに語る苦労話から、約7か月間、寝食を共にした仲間たちが、どれだけ素敵だったかがよくわかる。隊長が彼らと過ごした時間の話は、過去でありながら夢を語る未来のようでもあるからだ。そして、私にとって、それがとてもうらやましい。

『陽希の百名山一筆書き』は、裏部隊であった隊長にとっても人生に大きな影響を及ぼす仲間ができた類なき旅であった。
posted by Sue at 14:44| Comment(0) | 悪妻のボヤキ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月21日

夫婦のベクトル

昨日、あまりにも腰痛がひどく、ライダーのところに行ってきた。ライダーとは掛かりつけの整体師で、元仮面ライダーアマゾン(変身後。その他、ゴレンジャーのミドレンジャーもやっていた)だったので、私は彼をライダーと呼んでいる。ライダーは60代半ばだが、以前、スタント俳優をしていた頃にある女性と出会い、結婚。この地に越して整体を始めたそうだ。

当時、整体を開業するには施設も設備も必要になる。そこで二人は借金をして家と施設を建てた。お母さん(ライダーの奥様。私はお母さんと呼んでいる)は専業主婦。チリひとつ許さないほどのきれい好きで、家事はライダーにさせたことのない人だったそうだ。

私が初めてライダーのところに行った時、トイレを借りたのをよく覚えている。築30年以上で、決して新しいとは言えない和式トイレだったが、どこもかしこもキレイに掃除されていて、とても清潔なのだ。たかがトイレだが、それが気に入ってこの整体に通い続けている。院内の掃除はすべてお母さんがやっていたという。

お母さんは借金を返済するために贅沢ひとつしなかったそうだ。つましく生活し、ライダーが仕事に集中できるように支えた。

やがて子ども達もそれぞれが独立し、借金も返済し、仕事量を少し減らして二人で旅行をするようになった。ある旅先でランチを摂ろうとした時のこと。お母さんは低価格のものを注文するも、ライダーには「お父さんはいつも働いてくれてるんだから、こういう時くらい良い物を食べなさい」と言って極上のものを注文したそうだ。セコいとか、ケチとか、そんな下等な次元ではなく、今までお母さんがどれだけライダーに感謝し、尽くしてきたかが一目で理解できる逸話だ。

そのお母さんが9月に亡くなった。急なことだった。

ライダーは施術中にずっとお母さんの話をしてくれた。「俺さ、どこに洗剤があるのかも分からなくてね。食事の支度だってやったことないしさ。家のことひとつするのも、すごく大変なんだよ」と言っていた。そして改めて思うそうだ。「あいつがいなかったら俺はこうしていられなかった。あいつがいたから借金も返せたし、幸せでいられる。あいつは本当にいい嫁だった」と。そんなライダーの気持ち、お母さんはどんなに喜んでいることだろう。

ライダー夫婦は互いのベクトルが同じ方向を見ていたように思う。外で働くことばかりが仕事ではない。家を守りながら堅実に生活をすることも借金を返すためにひとつの役割である。ライダーの話を聞いていると、それがとても当たり前のように思えてきた。

しかし、世の中はそんな夫婦ばかりではない。中には、家事や介護をしながら、または仕事をしながら子育てをしているのに、なかなか評価されない女性もいる。せめても旦那さんには分かってほしくて「私を見て」「もっと家庭を大切にして」「私がこんなに一所懸命やってるのに、あなたはどうなの?」「もっと家にいて」と、相手のベクトルを無理矢理自分の理想の方向に向けさせようとする。しかし無理強いをすればするほど、旦那さんのベクトルはどんどん太くなって外に向かってしまう。

確かに家庭を守ることは楽ではない。しかも完璧などない。それでもどんな環境であろうと、人は「家庭」を落ち着く場所にするために、それぞれががんばっている。

お母さんはライダーが仕事に専念できる家庭環境を作り上げていたのだ。だからライダーが自分の趣味で出かけて行こうが、家事に一切手を着けなかろうが、何も言わなかった。すべてはライダーがより良い環境で働き、借金の返済をするために。それをライダーも身に染みて解っていたのだろう「俺は、あいつに頭が上がらないんだ」と繰り返していた。

さて、私たち夫婦はどうだろう?おそらくベクトルは同じ方向を見ていると思う。もちろん、ブレる時もあれば、相手のベクトルを自分に向けようとすることもある。そういう時は目の前の出来事や課題に翻弄されている時が多い。そんな時は私たちの二人のベクトルを俯瞰的に見て修正してきた。

私がこうしてお金にならない事を続けていけるのは、次から次へと未知なる世界を見せてもらえて面白いからだ。そして隊長も一番身近にいる人に自分のやりたい事を理解してもらっているから、ワクワクすることに挑戦していけるのだろう。

失って初めてわかる夫婦の大切さ、有難さ。やがて私もこの世を去る日が来る。そんな時、少しでもいいから隊長もライダーと同じように思ってほしい。

けど実際は「あ〜これで自由になれる!」なんて思ったりして。今でもかなり自由であるように思うけど(笑)。

マックスマップル全日本道路地図

新品価格
¥3,360から
(2014/1/11 21:16時点)


posted by Sue at 19:00| Comment(0) | 悪妻のボヤキ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月19日

その先にあるもののために働く

いよいよ来週はX-Adventureが始まる。今回は国内初4日間のノンストップ。選手はもちろん、スタッフも初めての試みだ。

書類やら地図で埋まった光景に慣れてしまった娘は、いつもの場所にドカンと座ってお絵かきをしている。それでも時が経てば「お腹空いた〜」「おかあさん、これやって〜」と私にまとわりついてくる。大切なデータを入力している最中などは、「今、お仕事中だから後、後!」と、あしらってしまう。気にはなるが、その瞬間になると相手の都合など聞いてはいられないのだ。

「仕事だから」。5歳の子がそんなんで「はい」と引き下がってしまうなら、大人にとっては、なんと都合の良い言葉だろう。「仕事だから仕方ない」「仕事だから我慢しなさい」「仕事だから当たり前」。まるで大人だけが所有する、子ども関所の通行手形だ。

はて、子どもをも黙らせるための「仕事だから」は、一体何だろう。家族のことは後にしてまで向かい合う作業は、労働時間も営業時間もなく、大会に向かって永遠と続いている。

『仕事=professionであるべし』というのが、私の仕事に対するモットーであるが、悲しいかな、私のやることはどんくさい。人と比べて飲み込みが遅い。よく他から「こうしたほうがいい」とアドバイスを頂く。わかっていても、一所懸命にやっていても、なかなか進まない。しかも出産してからは、ペースも遅れ、現場に行けず、輪をかけて人に迷惑を掛ける。それが自分で見えるから始末が悪い。

そんなどんくさい私の「仕事だから」は、5歳の娘にはどう映っているのだろう。
そもそも私はいったい何のために「仕事」をしているのか。

X-Adventureに出場する選手からのメールを開く。質問がツラツラと書かれた最後に「楽しみにしています!」とあった。差出人のワクワクした顔が浮かぶ。

開いたフェイスブックには「X-Adventureのトレーニングを兼ねて○○山へ…」「週末のレースに向けてメンバーと集まり…」などなど、参加予定の選手のページには、レースに向けての意気込んだ笑顔や、トレーニング中の笑顔の写真がアップされている。「楽しみにしてくれている」と、なんだか嬉しくなる。

ふと思う。私の仕事は、この笑顔を作るためのものかもしれない。コースを作ったり、イベント全体を派手にするという大掛かりなことはできないけど、それでも決して欠かせないレース作りの欠片。ほんのわずかな一片ではあるけれど、「楽しみ」の欠片であることから外れてはいない。そう思うと、すべての事が「楽しみにしています」の一言に通じる気がしてくるのだ。

お母さんは、「おいしい」という声のために三度の食事を作る。「おいしい」という声のために、漁師さんは朝早く起きて船に乗って海に出る。その漁師さんたちの命を守るための船体を作る人がいる。その船がしっかり浮かぶように細かい部品を作る人たちがいる。みんな、その先にある「おいしい」の顔のために頑張っている。そんな風に思うのだ。

今では安価で簡単なレトルトもたくさんある。魚や野菜も旬や季節に関係なく売られている。安全よりもコスト削減を重視した方が儲かる。

それでも、毎日毎日食事を作り、時化た海でも漁に出て、万が一の場合を守るために費用をかけることは、「おいしい」の欠片であることに間違いない。

工事現場の交通誘導をする人が、深々とお辞儀して旗を振っていると「こんな蒸し暑い時なのに、ありがとう」と感謝の念が湧く。反対に淡々と流れ作業のごとく旗を振っている人は、なんとなくお金を稼いでいるだけの動作をしているように見えてしまう。即席仮設信号となんら変わりない。同じ作業でも感情が見えるのと見えないのでは、通行する立場の気分は変わる。

そんな光景を目にして思うのだ。どうせ仕事をするなら、「時間内に与えられた業務をこなす」という、無機質な動作はしたくない。その先に、ずっと先になるのかもしれないけど、それでも必ずある「その先のもの」のために働きたい、と。

生活は日々便利になっていく。急ピッチで流れている時代の中だけど、忘れないようにしよう。その便利の裏では、たくさんの人たちが私たちの笑顔のためにがんばっていることを。日々産まれてくる最新技術製品。今使っている製品は、あっという間に「古い型」となるけれど、このひとつを作るために多くの人が私の笑顔のために汗水垂らしてくれたのだ。大切にしよう。



隊長や私の仕事は、世の中に存在しなくても物質的に何の不自由はない。さらに言えば利益とは程遠い。けれど「その先にある笑顔」のために存在している。

だから娘に言う。「仕事だから、ちょっと待ってて。今やっているお父さんとお母さんの仕事はね、みんながワクワクして、楽しくなって、頑張ろうって思うことなんだよ。だからお母さんたち、一所懸命にがんばってるんだよ」


エミネンザ カーボンボトルケージ BOT-57 ブラック

新品価格
¥2,900から
(2013/11/13 14:35時点)




KING JIM PROテープカートリッジ 白ラベル SS18KL

新品価格
¥1,300から
(2013/11/13 14:37時点)




ELECOM キヤノンインクジェットプリンタ専用詰め替えインク BCI-325 326対応 5色セット 5回 THC-MG5230SET

新品価格
¥2,052から
(2013/12/20 14:56時点)


posted by Sue at 09:20| Comment(0) | 悪妻のボヤキ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月04日

親にできなくて 友達同士にできること

運動に関してパッとしない娘は、水泳大会で撃沈。少しくらい凹んでくれればまだいいが、ケロッとしているから始末が悪い。増してや私も尻を叩いてでもやらせようとしないから、余計にのんびりしてしまうのかもしれない。

さて、運動会では年長組の目玉に『障害物リレー』がある。私たちの子供時分と比べると『障害物』が結構大胆だ。六段の跳び箱、前転、鉄棒。毎年のことだから、全員がクリアできるくらいのレベルを設定しているのだろうが、そこは運動音痴の娘。本番に「お腹痛い」などと言い出すかもしれないと、心構えをしていた。

いくら性格とは言え、撃沈してしまうのも、それに対して凹まないのも、往々にして親にも責任がある。自分の子だけができないことで、当人に「恥ずかしくないの?」と聞くには気が引ける。当人は十分に恥ずかしいと思っていかもしれない。それとも、恥ずかしいと思っているのは子ではなくて、親の方なのかもしれない。「普通でいい」と言いながら、無理な期待をしていないといえばウソになる。

口やかましく言えばやるだろう。しかし、肝心なのは「やらせる」ことではなく「やる気にさせる」ことだとも思う。しかし、それが難しいゆえに、口やかましく言うという端的な手段に出てしまう。

これは大人社会においても同じ。口やかましく言えば「うるさいな」と渋々動くが、納得して動くことはない。そこに成長は存在しない。見ただけでは「ちゃんとやっている」になるが、本来、自分で考えて納得して行動しなければ成長はしない。

水泳大会での撃沈を哀れに思い、大会以降、せめても水に顔をつけられるようにしようと、娘とプールに行きだした。手ごわいほど水が嫌いな娘。隊長や私が強く言えば「もうヤダ」と水から上がってしまう。せっかく教えているのに、こちらのやる気もなくなる。イラっとする。「あんたは才能ないから、あきらめなさい」と、投げやりになりそうな言葉が浮かぶ。そこは私も大人。ぐっと言葉を飲み込み、根気よく練習を続けた。

娘には、水泳大会で同じく撃沈してしまった大の仲良しのお友達がいる。彼女のご両親はお店を切り盛りしていて、週末は多忙を極める。ある日、隊長と私で彼女と娘をプールに連れていくことにした。

顔をつけることすらできなかった二人だが、相乗効果なのか?それともライバル意識なのか?ふたりで「こうしよう」「これやってみよう」と工夫しながら潜る練習すること2時間。わずかではあるがバタ足ができるようになった。

一度潜れるようになってからは自信がついたようで、娘は継続的に練習に行き、数回ですっかり泳げるようになった(傍から見ていると溺れているようにも見えるけど)。今は楽しんで潜水や平泳ぎに挑戦している。

自信がついたのはプールだけじゃないようだ。今度は彼女とふたりで運動会に向かって鉄棒の練習をし始めた。園の帰りに彼女の家に寄り、彼女のパパママに鉄棒を教えてもらった(彼女のお家には屋内用鉄棒がある)。お蔭でなんとか前回りはできるようになった。

まだ運動会までに時間がある。目指すは逆上がり。

園の自由時間にはブランコなどの遊具で遊んでいる二人だが、運動会前は鉄棒に食いついていた。二人の練習は夜(自宅)や週末にも及んだ。やがてお友達はキレイな逆上がりができるようになった。鉄棒のないウチは、初動負荷トレーニング用の竹を使い、両端を私と隊長が持って鉄棒の代わりにした(邪魔で邪魔で、いつ捨てようかと思っていけど、やっと役に立つ日が来た)。なんとか回り込めるようになったものの、着地するのに手古摺っていた。

ある日曜日、彼女と娘は、ふたりで鉄棒練習。彼女はすんなりできた。私が大袈裟に褒めたことが気に食わなかったのか、着地できない娘は憮然とする。やがて着地どころか、お尻もあがらないようになってしまった。

夕方になっても帰るのを拒む娘。なんとかなだめてお友達をお家に送った後、娘は「まだ練習したい」と泣き出した。あたりは薄暗くなっている。夕食の支度もしなくては。洗濯物だって干しっ放し。

その時、ふと乙武洋匡さんの「家事は手抜きをしてもいいけど、子育ては手抜きをしてはいけない」という言葉を思い出した。そして娘が納得いくまで逆上がりの練習につきあうことにした。やっとお尻があがる頃には周囲は暗くなっていた。

そして運動会前夜。直前まで着地に手古摺っていた娘は「着地できないと遅くなって勝てないから、明日は前回りで行く」と言った。それも今まで練習していたお友達と話し合ったようだ。見せ場よりも順位を気にするところは父親似なのか。選択したことはどうあれ、そんな小さな決意が頼もしく見えた。

運動会当日。開会式前、お友達と「今日ね、二人で逆上がりをすることに決めた」と報告しに来た。そうか。やるか。がんばって。応援するよ。

プログラムはつつがなく進行し、終盤に近付いた。いよいよ障害物リレーだ。クラスが2チームに分かれてのリレー。トップバッターが勢いよく飛び出した。声援が場内に響き渡る。まずは鉄棒、そして跳び箱、続いて前転。娘は中盤の走者だ。

「クラスの中でも逆上がりができる子はまだそんなに多くないんです」と先生が言っていたのを思い出す。みんなキレイにコロっ、コロっと前回りをしていく。娘は大丈夫だろうか…。

いよいよ娘の出走番がきた。最初の障害物が鉄棒だ。
もういい。できなくてもいい。ここまでがんばった。よくがんばったね。あなたの頑張る姿は、お母さん、ずっと見ていたよ。本番できなくてもいいよ。そこまでの努力で、あなたはお母さんが思うより、ずっとずっと大きくなったよ。そう思った。

前走者から勢いよくタッチされ、娘はスタートラインを飛び出した。まっしぐらに鉄棒に向かい、棒を逆手でつかんだ。「逆手だ!やる!」私は思わず声に出していた。

あっという間だった。娘はお尻から勢いよくグルッと回り込み、キレイな逆上がりを決めた。周囲から拍手を受け、娘の顔がほころんだ。私は小さくガッツポーズ!

そしてお友達の出走。水に苦しんでいた彼女も、今、まさにある山を乗り越えようとしていた。彼女もまっしぐらに鉄棒に走り、いつも以上にキレイに逆上がりを決めた。そして拍手喝采。やった!二人とも、やった!!乗り越えた!!

水が怖くて仕方がなかったあの二人が、なかなか前に踏み出せなかったあの二人が、揃って見事に逆上がりを成功させた。共に練習し、教えあい、励ましあってきた二人。これは上から物をいいがちな親にはできない、二人の間に芽生えた何か(保育園児にとって「友情」というのはまだ早い?)が背を押したのだろう。

こうしてこども園生活最後の運動会は閉幕した。私にとっても心に残る運動会だったが、それ以上に、娘たちにとって大きな意味があったように思う。

小さな繭が、自分たちの力で未来に向かって紡いていくような、清楚でまっすぐな気持ちになった。






パロマ ガス湯沸器部品 フレキシブル出湯管  F-35L 一般地用 長さ:35cm

新品価格
¥1,395から
(2013/10/7 11:52時点)




posted by Sue at 12:30| Comment(0) | 悪妻のボヤキ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月12日

お嫁さんになったら

かれこれ四半世紀以上も前の話。
私はある人に恋をしていた。自分に自信のない私は、話すどころか、その人の前に出ることもできず、ただ目で追うだけ。それだけで充分だった。見ているだけで恥ずかしかった。淡い淡い恋心。

やがてその人は結婚した。当時の年代から言っても早婚。すてきな人だったから早婚に不思議はない。もちろんうまくいくなんて最初から思ってもいなかったけど、それでも落ち込んだ。こうして望んでいたわずかな奇跡も起こらずして私の淡い恋はTHE ENDとなるわけだが、幕が下りる直前に「自分をお嫁さんにしてくれる人には絶対に尽くす」と決めた。その人が残念がるくらい、いいお嫁さんになりたい!そう思った。

それから10年以上が経ち、私はお嫁さんになった。淡い恋心を抱いた人とは程遠く、メガネをかけた真面目そうな青年に嫁いだ。その青年を「隊長」と呼び、二人で軌道のない道を歩き出した。

そしてまた10余年が経った。

ともに年を重ねるごとに、甘えが許される家族となり、自分の我儘や主張を強くするようになった。家事や育児も互いがやって当然と思うようになった。むしろできてないとイラッとするようになった。感謝も「言わなくてもわかるでしょ」と思うようになった。近くにいることでかえって交わす言葉が少なくなった。

先日、嘔吐下痢で私と娘が同時に寝込んだ。娘は1日中吐きまくり、胃の中がなくなったのか、胃液を吐き続けていた。吐瀉物で汚れたシーツを隊長が何度も取り替えてくれたのを覚えている。私はひどい下痢と頭痛。こちらも出すものがないせいか、一口水分を取っただけで、トイレには這うようにして雪崩れ込む始末。ともかく寝ることにした。

夢を見た。あのときの淡い恋の夢だった。その人は四半世紀前のままで相変わらずかっこいい。四半世紀前と同じく話かけることもなく、目が覚めてTHE END。そしてふんわりと思い出した。「自分をお嫁さんにしてくれる人には絶対に尽くす」と決めたことを。

隊長の介護のおかげで私も娘もすっかり元気になった。娘は給食を残さず食べ、その後も調子良く遊んでいたようだ。私の下痢も完治。1日我慢したコーヒーは格別だった。

仕事に戻ると、今度は隊長が浮かない顔。どうしたの?と聞くと「う〜ん、ちょっと…疲れた」と答えた。普段、気弱な言葉など口に出さないはずの隊長の、ボソッとつぶやいた一言に「はっ」とした。

この人には自分にしかできない仕事をたくさん抱えた上に、私と娘の介護という、これまた家族の負担がのしかかっていた。今までに良かれと思って持ち込んだ仕事も実はとても負担になっていたのかもしれない。

アドベンチャーレーサーなんていう屈強な仕事をするくらいだもの、かなり頑丈だと勝手に信じこんでいた。周りに鉄人だのと言われ、相当なことでも平気だろうと思っていた。しかしレースという舞台を下りれば、普通の旦那さんであり、普通の父である。肉体的にも精神的にも疲れる時があって当然だというのに…

なぜ、私はそれを見極められなかったのか。どうして気付かなかったのか。

ともあれ今ここで「大丈夫?」と言えば「大丈夫」と返ってくるに決まっている。そもそも「大丈夫?」という質問は「大丈夫」という返答の枕詞だ。隊長のおかげで復活した腹だ。今度はできる限りのフォローをしていこう。そして嫁として家族を守っていこう。

思えば「自分をお嫁さんにしてくれる人には絶対に尽くす」は淡い恋への、あてつけのような閉幕であった。でも、あのTHE ENDがあってこそ、新たな章の幕開けになった。

あれから四半世紀。第1章閉幕時に沸いた「自分をお嫁さんにしてくれる人には絶対に尽くす」という強い決意は弱まった。新たな章になってからは「自分をお嫁さんにしてくれる人には絶対に尽くす」というよりも「支え合いながら歩いていきたい」と思うようになった。やがて私たちが老い、この章がTHE ENDになる時まで、やり通していきたい。









posted by Sue at 14:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 悪妻のボヤキ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月06日

家族の理解

パタゴニアレースは無事に終了。イーストウインドは元気に成田空港に到着した。まだまだ寒いみなかみ。『お帰りなさい会』は温かい物がいいだろうと思い、鍋を準備して待っていた。

しかしその晩、隊長は家に帰ってこなかった。東京方面でいろいろと用事があると言う。一番凍てつくこの時期、ふたりで「もうじきお父ちゃん帰ってくるから、それまで協力してがんばろうね」と励まし合ってきた。きっとお父ちゃんは春を持って帰ってきてくれる。そう信じていた。

結局、帰ってきたのは帰国してから3日後のことだった。

「『本当にお帰りなさい会』は手巻き寿司がいい」と娘がいうので、その日は二人で買い物に行き、帰ってきたら行き違いに隊長が戻っていた。娘は大喜びだった。

小さな晩餐会だったが、父ちゃんが無事に帰ってきたことは娘も私も嬉しかった。しかし「明日からまた出る」という隊長の言葉が、再び私たちを切なくさせた。

その後、隊長からは、春どころか、乾いた事務的な連絡しかない。留守の間にあった出来事や、娘の様子、レースの話もする時間もない。この人は家族のことをどう思ってるの?私やアキラはどうでもいいの?徐々にストレスが溜まった。

ガミガミ言うという手もある。しかしガミガミ言ったところで、この人には柳に風。結局この人は自分のやりたい道に進む。諦めの境地かな。

「家族をどう思ってるの?」と突き詰めたところで私が満足する答えは出るはずがない。だってこの質問の真意は隊長にわかってほしいという自分のエゴが入っているから。自分のさみしい気持ちを表現しよとしてもプライドが邪魔をして、結局は娘を引き合いに出した卑怯な質問なのだ。

そもそも娘は父親が日本にいることは理解している。そして用事があってずっとお家に帰れないことも理解している。小さなカラダで目一杯に寂しさと戦っている。理解しようとしないのは私の方なのだ。

そして隊長も十分に私たちのことを想っている。何より私たちがいるからこそ、隊長も自由に動くのだ。家族に甘えているとしたら彼の方かもしれない。

家族の様はひとつひとつ異なるが、どの家族も互いを想い、互いを理解することで成り立っている。家族には甘えていいのだ。泣きたければ家族の前で泣けばいい。悪態をつきたければつけばいい。家族は無条件にそれを受け入れるから。それが家族だから。

それでも娘は父親が帰ってくることをとても楽しみにしているようで、朝目が覚めると「今日、お父ちゃん、帰ってくる?」と最初に聞く。「ううん」と答えるのは、やっぱり切ない。

そんな娘に「アキラへのお土産、ない…」という父ちゃんの言葉は、もっと切ない。


collagenKirei 北海道産天然ビート ラフィノース純度98% ビートオリゴ糖 500g 10ccスプーン付

新品価格
¥2,400から
(2013/4/17 12:27時点)




posted by Sue at 13:45| Comment(2) | TrackBack(0) | 悪妻のボヤキ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。