2012年07月07日

DVにて想う

先日、新聞に「昨今、DVが増えてきている」と書かれていた。

DVにはいくつか種類があるそうな。「身体的暴力」「性的暴力」「精神的暴力」「経済的暴力」「子どもを巻き込んだ暴力」など。「身体的暴力」「性的暴力」はダイレクトすぎて私にも理解できるが、はて、「精神的暴力」「経済的暴力」「子どもを巻き込んだ暴力」はどこまでを指すのだろう?

男女参画基本法には以下のように定義付けされている。

◆精神的暴力
・家庭内で無視し続ける
・何でも従えと言う
・発言権を与えない
・交友関係や電話の内容を細かく監視する
・外出を禁止する
・何を言っても無視する
・人前で侮辱する
・大事なものを捨てる、壊す
・罵詈雑言を浴びせる
・夜通し説教をして眠らせない
・脅かしや嫌がらせを黙ってし続ける
・言葉の暴力を浴びせる
など

◆経済的暴力
・生活費を入れない
・妻が外で働くことを妨害する
・洋服などを買わせない
・家庭の収入について何も教えない
・家計を厳しく管理する
など

◆子どもを巻き込んだ暴力
・子どもに暴力を見せる
・子どもを危険な目に遭わせる
・子どもを取り上げる
・自分の言いたいことを子どもに言わせる
・子どもに暴力をふるうと脅す


なるほど。しかしこれって、被害者と加害者に相当な意識の差が出るのではないだろうか。
例えば、我が家の場合だが…
■隊長は新聞を読んでいる時、私がしゃべる声は届いていない → 何を言っても無視する
■我が家の日常をFacebookなどに書く → 人前で侮辱する
■どうにかこうにかやりくりして生活をする → 家計を厳しく管理する
ん?これってDV???まぁ程度もあるだろうけど。

ウチは大丈夫ね。多少のケンカはあっても、基本的には仲が良いし、暴力は一切ない。

「でもね…」ふと考える。私、隊長に対して「言葉の暴力を浴びせる」事をしてるんじゃないかな。イライラして言い方がきつくなったり、八つ当たりしたり。やる事が増えれば増えるほど、思う様に事が行かないほど、「アンタが悪い」的な発言を取ってしまう。自分は被害者で相手が加害者。自分は一切悪くなくて相手がすべて悪い。仕事の負担が大きくなるほど、そう決めつける傾向がある。

傍にいた隊長にDVの定義を話してみた。そして「でさ、ウチってDV発生してると思わない?」という私の質問に対し、しばし考えた隊長は「うん」と答える。

やっぱりね〜、私キツいよね…と思った瞬間、隊長が意外な事を言い出した。

「ボクね、Sueさんの耳を悪くしているのは僕に原因があると思ってるんだ。Sueさんの耳鳴りは明らかにストレスから来てるでしょ?そのストレスの要因を作っているのは全部ボクなんだよね。それもDVかなぁって…」

そうか。この人も私と同じく、加害者意識になってるんだ。だから私たち、色々あってもなんとかやっていけてるんだ。

軌跡のない世界に飛び込み、軌跡のないことをやり続け、将来も見えない生活をする私たちは、もしどちらかが被害者意識を持ち始めたら、その時点で終わっていたかもしれない。

互いに加害者意識を持っていれば人間関係はどうにか維持できる。むしろ自分を被害者に仕立て「私は悪くない」と正当化する事の方が人間関係を崩す。


昨日、3日間苦しんだ嘔吐下痢からやっと復活(まだ完全じゃないけど)。その間、激務であるはずの隊長は娘と私の面倒をよく看てくれた。この多忙な時に病気になる私は、まさに加害者である。長時間、立つことすら辛かった私に代わって、娘のために慣れない台所仕事と戦う隊長の後ろ姿を見て思った。
「復活したらすべてを巻き返そう」

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2012年06月02日

ファミリーアドベンチャーを始めた理由

6月1日 ファミリーアドベンチャーの申込みを開始。

朝早く起きて、エントリーフォームを開示したのはいいが、HPが開かない。ボランティアのごとくウチのHPを管理しているアドベン・プロダクツ(本来はプロフェッショナルです)に電話。「サーバーを移設しようと思ってて…」なんで今なん(泣)????アドプロの働かない社長の「死ぬ気でやる」との約束で午後3時になんとか開示。働かない社長、ありがとう!!

ファミリーアドベンチャーの精鋭スタッフは言うまでもない。が、事前段階でもこうやって助けてくれる人がいることに感謝。私個人の思い入れで開催するイベントに、多くの人が利益など求めずに力を貸してくれることが何よりうれしい。協賛も予想以上に集まった。本当にありがとう。

そもそもこのファミリーアドベンチャー、3年前の冬に隊長を半ば強引に説得して始めたイベントだ。最初は「ファミリー向けのアドベンチャーレースかぁ」と渋っていた隊長も、私の熱意を理解し、今回は私の補佐として動き始めた。


私の想いは3つ。

1:未来のアドベンチャーレーサーの種を撒く
ファミリーアドベンチャーに参加してくれる子どもたちは10年もすれば海外レースに出場できる年齢となる。10年はあっという間(田中正人がアドベンチャーレースをやりだした時期、元イーストウインドで世界大会に出場した山北道智は小学校に入学)。そのためにも、私たちは草分け的作業、アドベンチャーレースの楽しさを知ってもらう事の種蒔きをしていくことが、これからのアドベンチャーレースの普及に繋がる事だと思った。

2:家族の絆を取り戻す
仕事でほとんど家にいないお父さん、教育欲旺盛なお母さん、塾に通って親と話をする機会の少なくなった子ども…。自身も親になり、そんな風景が気になるようになった。そんな家族関係の昨今だからこそ、ファミリーアドベンチャーを通して「家族で作戦を練る(チームワーク)」「思い切り遊ぶ(自然に触れる)」「仲間を応援する(信頼)」「がんばる(競争意欲)」を認識して欲しいと思った。

理由3:アドベンチャーレースへのお礼
アウトドアをまったくしない私がアドベンチャーレースに関わって15年。『アドベンチャーレース』によって人生が大きく変わった。仕事としてはもちろん、結婚、出産、育児。これもすべて『アドベンチャーレース』がくれたものである。まさに『アドベンチャーレース』は運命を切り開いてくれる神様からの贈り物。だからこそ、その根を絶やしたくない。ファミリーアドベンチャーは優劣を競う競技だが、「強い者が勝つ競技」ではなく「アウトドアが楽しくて仕方ない競技」としたい。競技によって物事に真剣に取り組むこともできる。いずれ子どもたちも大人になってバリバリの競技選手になるかもしれないし、オリンピックに行く選手が生まれるかもしれない。私なりにアドベンチャーレースを日本に維持していく手段はないかと考えたのがファミリーアドベンチャーだった。

(以上)

子ども達に伝えたい要点だけをまとめ、競技内容はプロでもある隊長やヨーキ、また国内でアドベンチャーレースを長年愛好してきた人たちに一任。スタッフはそれぞれの持ち場を、全責任を持って仕切る。素晴らしいスタッフに支えられていると感謝でいっぱいになる。

さあ、今年はどんなドラマが起きるか、すごく楽しみだ。


2010年のファミアドの一幕

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2012年05月15日

森の遊学舎にて

「火越し名人の火越し、見に行こうよ」

珍しく隊長が家族旅行を提案したはいいが、彼の提案の内容がよく分からない。火越し名人の技を見に行く?なんだ、それ?

その火越し名人の事は、ずっと前から隊長から聞いていた。テレビに出演されている時も観た。名人は数秒で火種を造る。私もアドベンチャーフェスティバルファミリーアドベンチャーでもマイギリ法で試した事はあるが、どれだけやっても火種は産まれない。隊長も然り。

私は「無理だ」と、あっさりとあきらめてしまったが、なぜだか隊長は数年来、火越しにとてもこだわっている。「男ってのは火が好きだな〜」と漠然と思ってはいたが、何も家族旅行に火越しを見に行かなくても…。

普段、どこかに行くとなるとその計画や下準備は私がするのだが、今回ばかりは隊長みずからが申込むという。そこまで言うなら「じゃ、行きますか」。こうして私たちは火越し名人の技を間近で見るために、福島県南会津に向った。

那須塩原のインターを降りてから南会津までの道のりはキラキラした新緑が息吹く。美しくて気持ちがいい。長く厳しい雪の季節を耐えた木々たちが、やっと来た春を喜ぶかのごとく、輝きだしている。こんな美しい高原の近くで、あの未曾有の原発事故が発生したのかと思うと哀しくなる。

さて、3時間半かけてたどり着いた場所は森の遊学舎の10周年記念イベントだった。火越し名人はそのオーガナイザーと言う。

「こちらが火起師(ひおこし)の大西さん」標高5000mでの火越しを成功させた野人だもの、よっぽど野生化したターザンの様な人だろうと思っていたが、目の前にいたのは人懐こい笑顔のクリクリ坊主。ターザンと言うより、どこぞのお寺の珍念さん(ごめんなさい)という印象。

現地に着いてやっとこのイベントの全貌が見えた。「みんなで何か楽しい事を作り出そうよ」的な空間。普段、スケジュールをバシッと組んで動いている私たちのレースイベントは異なり、何をしてもいいよん的なゆる〜〜〜い空間。これが全貌なのだ。だから隊長もよく分からなかったし、説明もできなかったのだ。

あちこちで、いろんな人が得意な事を教える。

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習字にトライする娘。タイトルは「星空」だそうな。

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地元のおばさんたちが「ちまき」の作り方を教えてくれた。

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家族そっちのけで竹細工に没頭する隊長

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いよいよ火越しに挑戦!まずは名人の説明から

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名人の道具



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起こした火でごはんを炊く

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火越しから始まり、みんなで作った夕食

ゆっくりと時間が流れる。2日目。

みんなで散策の途中、森の神様にごあいさつに行くことになった。神様は登山道もない山の中腹に居るらしい。必死で大人たちについて山を登る子供たち。やっとの思いでたどり着いた先は、何万年もかけて波で浸食した岩。その中に小さな祠(ほこら)があった。ここに神様がいて、ずっとずっと住民たちを見守っている。

神様にごあいさつを終え、みんなで下山。娘にとって登山道のない下山は初めてになる。火越し名人の丁寧な誘導と前を行く1歳上のお友達のお蔭で、頑張る事ができた。


撮影:お父ちゃん

もう少しで降り切るというところで、張りつめていた緊張がほぐれ、ついには涙が出てきてしまったようだ。よくがんばった、と母は思うよ。

動画の中盤、アキラを待っていたお友達が自然に手を出し、それを自然に握り返すところがある。その場面を見ると心が温かくなる。人は困った人に無意識に手を差し伸べ、困った人は差し伸べられた手を握って、そうやって助け合って生きてきたんだと、小さな二人の無意識な行動が教えてくれる。

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2日目の昼食はスタッフのみなさん手作りのチャパティ

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地元の移動手段

何もない場所だけど、とても気持ちの良い場所。気持ちを穏やかにしてくれる時間だった。

思えば私たちも自然と身近に暮らしている。雄大な谷川岳と利根川。その恵みを受けながら豊かに生活させてもらっている。

それなのに、なぜだか追われる日々。あれもしなくちゃ、これもしなくちゃ。そんな事を思いながら暮らしている。南会津とみなかみ町。その地形や歴史は異なるが、どちらもゆっくりと時間の流れる自然豊かな地なのに。思う事がたくさん湧いてくる。

自分で火を越し、それを調理に使用し、できた料理を頂く。すべてが自然とつながる瞬間。その瞬間を感じ取ることができる、とても贅沢で、とても楽しくて、とても勉強になった2日間だった。

名人、スタッフの皆様、そして森の神様、ありがとうございました。


…そう言えば
隊長はみんなが夕食を作っている最中、サイトの端っこで、名人に伝授してもらったのか「軸だよ、軸!軸が大切なんだ」とブツブツ言いながら、ず〜〜〜っと火越しに挑戦してたっけ。みんなが夕飯作ってるってのに、よくまぁ飽きもせず、あれだけず〜〜〜〜っとできるもんだ。腹が立つのを通り越して呆れてしまったよぉ。

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2012年05月11日

マイホーム

一般企業に勤めている同年代たちに役職が付き始めている。自分が会社勤めをしていた時、係長、課長はおじさんがやる事だと思っていたけど、同年齢の友達から「旦那が今年から役に就いて」と聞くと、もうそういう年齢なんだな〜とつくづく思う。

で、そういう友人たちから「念願のマイホームを建てました」なんてお便りも頂いたりする。いいなぁ。「でも25年も返済をしてかなくちゃ」と言いながらも嬉しそう。それでもいいわよ。私たちなんて銀行もお金を貸してもくれない職業だもの(笑)。

マイホームかぁ。なんだかふんわりと温かい言葉に聞こえる。

英語で「家」をhouse(ハウス)とhome(ホーム)があるが、ニュアンス的には「house=建築物」「home=家庭」とでもなるだろうか。ゆえにマイホームは語訳すると「我が家」になろう。

子供が生まれてから今住んでいる物件は、降雪量はすごいけど、空気もいいし、日当たりも悪くない。しかし少々手狭になってきているのも確か。

結局のところ、もう少し降雪量が少なく、もう少し広く、もう少し便利が良く…などと、どんどん欲が出てきてしまう。言ううち周囲がマイホームを建てているのを見ると「ならばウチもマイホームを!?」なんて思ってしまう。

houseを考えた時、より良い場所に、より良い質で、より広く…またもや欲が深くなる。しかしhomeを考えた時、今のままで十分幸せだと思えてくる。

明るくて、楽しくて、ホッとして、「ただいま」と帰る場所がhome。帰ってくる家族を「お帰りなさい」と迎える人がいるのがhome。それは場所や広さ、環境、デザインなど関係ない。自分が幸せと感じる場所が、大切な人がいる場所が、自分を迎えてくれる場所が「マイホーム」なのだ。

さて、この季節、朝は「ホ〜ホケキョ」と至る所から聞こえる。

以前、子育てする環境として、朝は「カア、カア」というカラスの鳴き声よりも「ホ〜ホケキョ」のウグイスの鳴き声を聞きたいと思ったことがある。今はまさにそうなっている。厳しい雪の季節を我慢してきた事へのご褒美かもしれない。

あ〜それでも…う〜ん、やっぱり庭付きの広々した一軒家、憧れるわ〜。


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2012年05月07日

アドベンチャーレースでは運も実力

今年のパタゴニアエクスペディションレースで準優勝をした隊長。

「山は雪が降ったけど、自分たちがそこに入った時は、足元に積もっていた程度。でも徐々に雪が激しくなってきて、僕たちの後に来たチームは膝まで雪があったらしい。僕らはラッキーだった」

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果たしてイーストウインドは運が良かっただけなのか?

単純に幸運だったと思える話だが、隊長の話を聞いていると「運も実力のうち」という言葉が浮かぶ。もし、あれが膝まで来る雪だったとしても「まだマシだよ。後のチームなんて胸の辺りまで積もってたよ」とでも言うだろう。「前のチームは進めなくて停滞してたんだ」ということもあり得る。天候によって左右されるアドベンチャーレースは、それで順位が大きく変わったり、リタイヤしたりすることも少なくない。

天候は人間の力では変えられない。自然が生み出す力に、時にはとまどいながらも、人間はそれを越えて生きてきた。隊長は先人たちが自然に対して調和してきた方法を活かしてアドベンチャーレースを楽しんでいるように思えるのだ。自然に対して無理をしない。素直に受け入れているように見える。

雪山もトレーニングを重ねてきた。胸まで積もる雪山をラッセルしながらラントレーニングをしてきた。初めて雪山にランニングをしに行くと聞いた時「この人、頭がどうかなっちゃったんだじゃないだろうか」と思ったものだ。それまでの私の常識として「雨の日は走るどころか、外にすら出ない」であったのだ。

しかし14年以上も彼のそういったアブノーマルな行動(私から見たら、であるが)に慣れて、今ではそれが普通になってきた。雪山に行く隊長を「行ってらっしゃい」と普通に送り出せるようになった。

イーストウインドは運が良かっただけではない。それだけトレーニングを重ねてきているということなのだ。

1日24時間という決まった時間の中で、いかにそれに時間を費やし、いかに集中するか、である。一気に複数の事をこなそうとすると24時間内ではうまくいかない。ならば的を絞ってそれに集中する。

隊長は仕事を辞めて、その分の時間をアドベンチャーレースに集中してきただけなのだ。種目も多いし、金銭的にも厳しいし、まだ馴染みの少ない競技であることも助長し、思った以上に時間はかかる。しかし飽きもせず、気持ちも折れずにコツコツやってきた。雪山をクリアしてきた事の要因はそこにある。

PERの後、クラッチはトレイルランニングに集中している。トレランは仕事を辞めてこれに集中している人がグンと増えているから彼にとっても厳しい状況になるが、ひとつのことに集中することはとてもいいことだと思う。修練を続ければ力が身に付き、やがてその実力で運を開くだろう。

そんな事を思いながらも、「あれもしなくちゃ。これもしなくちゃ」と気持ちだけが焦り、時間だけが無情に過ぎてしまう日々を送っている。私の場合、集中力が維持できない。だから人が1時間でできる仕事を2時間かけてやるというスローペース(しかもポカミスが多い)。

私は人の2倍努力してやっと普通。もし雪山をクリアしたかったら3倍の努力が必要だ、と思う今日この頃である。あ〜日々精進…。

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ファミリーアドベンチャーのエントリーは6月1日より

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2012年05月01日

人から評価を気にするのは自分本意の表れ

私はアドベンチャーレースをしない。できないし、やる気もない。

そんな私は、アドベンチャーレースの企画・運営をしたり、選手を海外に送り出す事を生業としている。しかし嫌々やっているわけでもなく、隊長がアドベンチャーレーサーだから無理にやっているのでもなく、やっているうちにどんどんそれが好きになっていくのだ。地味な仕事なので、当然陽は当たらない。

人によっては陽の当たらない仕事を頑張っている事だろう。というか世の中、蔭となり縁の下の力持ちとなって仕事をしている人の方が多い。一人のアイドルを生み出すのに、どれほどの人が水面下で動いていることか。

だが、人は「認めて欲しい」という気持ちがある。陽の当たる場所にいる人はそれが分かりやすいが、水面下で動く人にとっては、そのバロメーターが不明確である。だから自分が認められているかどうかが気になって仕方ない。恥ずかしながら、私がまさにそうである。

しかし最近はこの「認めて欲しい」という自己顕示欲が、とても自分本意であることに気がついた。

「自分は、こんなにやってるのに・・・」「あの人は私の能力を分かってない」という気持ちは、実は自分主体の価値観であり、人にその価値を押し付けているだけなのだ。しかも自己顕示をすればするほど、人は離れていってしまう。

「認めて欲しい」という気持ちは、人から評価を得たいため、自分の利益のために動くから、思ったとおりの評価が得られないと苦しくなり、仕舞いには「まったくわかってない」と人を責める。

本当に自分ができる人間であれば、世間は無視しない。仕事もちゃんと与えられる。自分が押し付けなくても、言葉がなくても、陽が当たらなくても、人はちゃんと評価をしている。だから能力のある人は気にする必要はない。

一方、残念ながら私の能力は無に等しい。が、非力ではあっても無力ではないはず。そう信じてもバチは当たるまい。

だから、その微力を嘆くよりも、なんとか人に喜んでもらえるような、役に立つような事に使えばいい。評価など気にせず、どれだけ相手が喜んでくれるか、役に立つかに焦点を当ててみる。

神学博士の竹内修一氏がこんな言葉を言っていた。

「いのちが目指すもの。それは仕合せに他なりません。この仕合せは、お互いに仕え合うことによって与えられます。人に仕えることは、惜しみない心で自分を与えることにあります」

私はアドベンチャーレースをしない。だから評価はされない。むしろ評価はいらない。ただ、それを通して人に仕える何かができるとに仕合せ感じて生きたい、と思うこの頃である。

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2012年03月03日

物事にはすべて適切な時期がある

物事にはすべて適切な時期がある。出会い、結婚、出産、別離、死期。出発、到着、引越し、始める時、辞める時・・・。すべては自分だけではなく、なるべくしてなった物事のように思う。

先日、旧友たち6人と食事に出かけた。年齢はさほど離れていない6人だが、子育てを終えて人生エンジョイ中の人、不妊治療中、未婚、介護中…環境は様々。私は娘をどうしてもおいて行くことができず、連れて行った。言わば子育て中の類。

周囲が楽しそうにおしゃべりする中、「オシッコ!」「ねぇねぇ、きいて〜」と、まるで私が話しの輪に入るのを阻止しているような言動の娘。最初からわかってはいたものの、せっかく楽しい食事というのに、これでは他の友達に迷惑を掛けてしまう。早々にして帰ってきた。

後日、食事をした友達のひとりに会ったので、食事会の失礼を謝ると、若くして出産し、すでに子育てを終えている彼女は「この時期の子はみんな手が掛かるのよ。私の時もそうだったもん。外に連れて行くことを考えちゃうんだよね。でもみんなわかっているから大丈夫だよ」

20代で子育てをした彼女は、その当時、育児と家事と仕事(自営業)と姑の世話に明け暮れていたが、50歳を目前とした今は、習い事に徹して、その師範となり、毎日忙しくも充実した日々を送っている。

逆に20代の頃の私は、ちょろっとお金を貯めては海外を飛び回り、自由奔放に好きな事をしていた。30代にしてアドベンチャーレース事業に没頭。今は子育て。体力的にはキツいが、精神的には20代だった頃の自分より落ち着いている。私自身の今の年齢は子育てに向いている。

彼女とは環境も異なるし、年齢的に逆パターンではあれ、子育ての苦労は同じだ。子どもが生まれれば、どの道、その苦労は味わうことになる。それでも子どもがいる事で学ぶことはたくさんある。ふと気がつく幸せがある。

もう一人の友達は数年前に子宮頸ガンを患った。今は定期健診を受けている。ご主人も糖尿病でふたりで闘病中だが、とても幸せだと言う。病気をして分かったことも多いと言う「毎日、元気なことに感謝して、一日一日を大切にしてる」。

物事にはすべて適切な時期がある。悲しい出来事も、うれしい出来事も、それはきっとなるべくしてなったもの。

隊長がアドベンチャーレースに初めて出場してから今年で18年。ここにきてイーストウインドは2位になった。ヨーキにとっては5年目、クラッチは3年目、ワッキーは2年目にしてこの結果である。早い、遅いではない。これが彼らにに適した時期なのだ。2年目であるワッキーにとってもこの時期の2位は適切なのだ。きっとこれから彼女の人生に大きく影響していくだろう。

一方、18年目の隊長の2位は、随分ゆっくりだったようにも思える(私も15年目)。しかし、この間たくさんの経験をしてきた。金無し、仲間割れ、非難、中傷・・・。それでもここにしがみついてこれたのは、温かく応援してきてくれた人がいたから。

隊長ひとりの努力ではない。私の努力でもない。隊長の後ろには、18年もの流れの中で、しっかりと温かく支えてくれた人がいる。ひとりでも欠けては有り得なかった。出会うべくして出会った苦労。出会うべくして出会った悔しさ。出会うべくして出会った人たちの優しさ。その人たちと得た2位なのだ。

だからこの時期にしてこの結果は、なるべくしてなった事。18年という歳月は遅くも早くもなく、隊長にとって適切な時期だったのだと思う。

そしてそんな隊長を傍らで見てきた私の人生も、なるべくしてなった結果。結婚7年にして生まれた娘も、生まれるべくして生まれた場所と時期。裕福ではないし、これから苦労もするだろう。それでもそれはすべて娘にとって、必要な事なのである。

物事にはすべて適切な時期がある。そしてすべてが必然なのだ。



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2012年02月22日

PER2012 ゴール間近にて想うこと

第10回パタゴニアエクスペディションレースのゴールが見えてきている。

まさに未踏の地で、これだけ冒険要素がたっぷりで、常に危険と隣り合わせのため自己管理力が必須になるレースは昨今ない。

このレースの最大の特徴は主催者がいい加減であること。あるはずの場所に荷物が来ていないことなど当たり前。それを責めても「間に合わないんだから仕方ない」とスパッと切られてしまう。

そういった特徴を知っているチームが、あえてこのPERに挑む。「主催者は最低だけど、開催場所は最高。彼らのミスは予測しておけばどうにかなる」と隊長が言っていたのを思い出す。このレースには、もうひとつ、「柔軟な心」が必要になるようだ。

19チーム中、レースを継続しているのは10チーム。そのうち5チームが悪天候のためラストステージのカヤック(47km)の出艇できず、主催者のGOサインを待つ。そこにイーストウインドの姿もある。

イーストウインドは現在2位。一度はトップにも立った。しかし前を行く1位のチームはPERでは常勝している。一筋縄ではいかない。その差は約12時間。

そして後ろの米国チームとの差は約3時間。ここの1位チームと3位の米国チームは、過去2回の大会で優勝争いをしてきた因縁浅からぬ仲である。

そこにイーストウインドが食い込んだことは、アドベンチャーレース界にアジアの足跡を残すべく、新しい歴史の一歩かもしれない。

私がイーストウインドのアシスタントを務めてから15年が経つ。この間、私はずっとイーストウインドを見て来た。自分ができることを一所懸命やればいい。そう信じて歯を食いしばってきた。辛いことも嬉しいことも隊長と共に経験してきた。やめようと思ったこともある。非難されて泣いたこともある。それでも隊長の夢をかなえるために毎日が必死だった。

今回のレースで一度でも世界のトップに立てたことは、イーストウインド4人の自信に繋がる。そして、これからの彼らの生き方に大きな影響をもたらすだろう。

そして私は「信じた道は間違っていなかった」と静かに想う。

さあ、最終ステージが待っている。まだレースが終わったわけではない。残り47qとは言え、どんな展開が待ち受けているか予測できない。GOサインが出れば、後は思いっきり闘うだけ。結果は自然についてくる。

あなたたち4人を信じています。悔いのないように、思いっきりやってきなさい。


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2012年02月17日

環境が自分を育ててくれる

実家方面で唯一とも言えるママ友と子どもたちと夕食。娘と同じ年齢の男の子がいて愛知での娘の友達はこの子しかいない。

そのママ友も自宅でご主人の仕事をフォローしている。自営業の子育ては、仕事と家事の時間をきっぱりと切り離すことができない。そんな悩みをシェア。しかし同じ境遇であるはずの彼女が「田中さんの奥さんはSueさんじゃないとできないですよ」と言った。

そう言えば昔から隊長を知っている人は「Sueさんがいなかったら、今の正人はいなかったよ」と言う。「Sueさんあっての正人」と言う図式イメージが強いようだ。

しかし本当は真逆。実際は隊長あっての私なのだ。

無能で何ひとつ上手にできない私を、しかもマネージメントの経験などまったくゼロの私を、よくぞマネージャーとして信用してくれた。それだけでここまでこれた。

当然のことだがスポーツ選手のマネージメント会社は儲からない選手は抱えない。アドベンチャーレースなんて何をどうするかも分からない競技の選手など抱えたところで利益にはならない。どこの会社からも声が掛からないのは不思議ではなかった。

マネージャーになると決めてから10年。少しはこの仕事にも慣れてきた。しかしまだまだ分からないことは多い。なんとか手探りでやって来てはいるが、このやり方が合っているのかわからない。ただ一所懸命にやる。それだけ。

こうして私は隊長に育てられてきた。他から見ればまったくデキの悪いマネージャーだし、一向に儲かってない。でも、まぁ、なんとか食べていけている。

まだまだできない事だらけだけど、それでも生活をしていけてるということはだよ!?
一応は・・・
一応は・・・
ほんとに仮の、隅っこの隅っこの一部分の一応だが・・
私は「マネージャー」になっているのかもしれない。

よくぞ私を見捨てずに、信じて、そしてここまで連れ添ってくれたものだと、隊長の許容量の大きさというか、単なる物好きさに感謝している。

これ、母親業も然り。
何ひとつ母親らしいことなどしていないし、そもそも私が母で大丈夫なの?とも思う。そんな私でも、娘は私を丸ごと信じている。そして彼女から注がれる愛情が私を「母」へと育ててくれている。

だからね。
「私がいなくては隊長も徳も存在しない」ではなく、「隊長がいたからマネージャーとしての、徳がいたから母としての私が存在する」わけよ。
だから二人に心から感謝です。


さて、イーストウインドはパタゴニアエクスペディションレースで死闘中。90qトレッキングの途中CP7にトップ到着を果たした。彼らの瞳にはトップが見えている。

レースは3日目。ここからがアドベンチャーレースの真髄と向き合うことになる。ベテラン選手である隊長の手腕も今からが鍵となる。

これまでの隊長のアドベンチャーレース人生も紆余曲折、様々な壁にぶつかってきた。しかしその壁ひとつひとつが彼をアドベンチャーレーサーとして育ててきてくれた。

今からが本当の意味で立ちはだかる真髄を、チームキャプテンとして育ててくれている3人の若者たちと一緒に乗り越えていく。そんな3人に感謝しながら静かに傍観していくとしよう。





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2012年02月15日

頭による理解には誤りがあっても、体による経験には誤りがない

19チームが参戦する第10回パタゴニアアドベンチャーレースの火蓋が切って落とされた。

スタートから13時間経つ。すでに選手たちは第2ステージ・85qのカヤックに突入。すでに2チームが関門時間にかかってしまっている様子。

イーストウインドは現時点で5位に位置する。

ここからどんな展開になるかわからないが、この大会は体力だけでは争えない。もちろん体力は必須ではあるが、後半になればなるほど精神力と感性が必要になる。ナビゲーションの難しさも世界屈指だから、冷静な判断は不可欠だ。

イーストウインドにとって今年で3回目となるこのレース。すでに経験もあるし、今年は2010年のコースと被っている場所も一部あるゆえ、レース展開には有利かもしれない。

とは言え、天候も気温も激変する土地。昨年のように豪雨で川が氾濫する事も十分に考えられる。ゆえに冷静な判断が常に求められる。

「頭による理解には誤りがあっても、体による経験には誤りがない」(スー族の格言)。

レースはまさに始ったばかりだ。


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2012年01月22日

お互いへの想いのシェア

1週間ぶりに帰ってきた隊長と言い争い。どうしてこうなってしまったのか考えてみた。

この1週間、彼は関係者様へのあいさつ回り、講演、チームトレーニング、PERの記者会見と目まぐるしい日々を送っていた。

その間、私は彼のフォローやらすべき仕事が目白押し。これにプラスして朝晩は徳の世話。仕事は大至急の物以外は切りを付けることができるが、徳の世話はそうはいかない。食事、お風呂はもちろん、彼女の園であった話を聞くことも親として大切な業務。

隊長とのやり取りは「郵送しておいて」「これ、作っておいて」「〇日の〇時に○○さんが来るから」と無味乾燥な業務連絡だけ。互いに忙しい事を知っているので無駄な事は言わない。

自分自身に課した「やらなくてはいけない事」と隊長から飛んできた事務処理が帯を重ねていく。やがてそれがギュウギュウと私を締め付けた。

同じくして隊長も外回りやトレーニングを通して様々な問題を抱えこんでいた。それでも多忙な日々が容赦なく続く。

そしてやっと帰ってきた今朝、「やらなきゃ」「言わなきゃ」と思っていた事が「不満」と化して口に出ていた。相手の都合など何も考えず、まず自分の言いたいことだけを言う。自分の至らなさを隠すために相手を責めるという、一番わかりやすく情けない自己防衛。

隊長もしんどい思いをした1週間だったはず。そんな相手の動力を労う言葉さえ掛けず、自分がどれだけ苦労したかを無理やり理解させようとする価値観の押し付け。「言わなくてもわかるでしょ?」と言うジコチュー発言(言わなくちゃワカンナイんです。しかも感情的ではなく理性的に)。

そして分かったこと。この1週間、私たちはコミュニケーションが欠落していた。

離れている分、互いがどんな事をしているかは見えていない。だからこそ、今日あった事、感じた事、学んだ事、次はどうしたらいいかを話し合わなくてはいけなかった。そしてその上で業務連絡があるはずだ。

今まではそうしてきていた。だから互いに足りない部分を補うことができていた。それでも完璧ではない。叱咤もされた。しかしそれも含めて、次はどうして行くかを二人で決めてきたのだ。

しかし今回は違った。こなすべき業務が有りすぎて、それを互いに伝えるのがやっとだった。私たちが一番大切してきた「お互いへの想いのシェア」がスッポリと抜けていたのだ。

ひょっとするとこれは夫婦関係だけではなく、会社組織やクラブ組織や自治体組織なども通じるのかもしれない。

互いの想い、互いのためにできることのコミュニケーションが図れていれば、意外とスムーズに事は運ぶのかもしれない。

久しぶりに娘の顔を見た隊長を、私が憂鬱な朝にさせてしまった。外で頑張って闘ってきてくれた父ちゃんを、朝からガミガミとやってしまったのだ。猛省。

これからはちゃんとコミュニケーションを図っていこう。そして相手が今、どんな気持ちなのか、そのために何ができるかを自分なりに考えていこう。

多忙だったこの1週間は、そんな事を改めて考える機会をくれたのかもしれない。




…そんな中、ふと「Always三丁目の夕日」を一幕を思い出していた。

ガーガー言っている私はタバコ屋のおばちゃん(もたいまさこ)で、隊長は町工場のおじさん(堤真一)。
女の方が口は達者。ガーガー言うおばちゃんに言い返せないおじさんが精一杯の力を込めて言い返す。「うるせー、ばばあ!」

隊長、きっと私にそんなセリフを言いたかったんじゃないかな〜…





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2012年01月19日

怒らないことによって怒りに打ち勝て

たった数日間だけ。でも24時間ずっと行動を一緒にするアドベンチャーレース。

どんなにチームメイトが気にくわなくても、どんなに腹が立っても、どんなに不愉快になっても離れることができない。逃げ場もないし、フンと怒って帰る場所もない。行く先は「ゴール」もしくは「棄権」だ。

睡眠時間も3日で数時間。温かい食事もないし、お風呂もない。疲労は溜まる一方。何気ない「腹減った〜」の一言が、他のメンバーを不愉快にもさせる事がある。普段であれば、それが何?と思うことでも、この時は苛立つ。それだけ肉体も精神も極限の状況に追い込まれるのだ。

チームメイトの言う事、する事に、いちいち文句を言ったり、他のメンバーにそのメンバーの悪口を言ったり。

自分が言うことが一番正しいと思い、人に意見を譲ることなどしない。この状況下で人の意見など受け付ける思考が働かなくなるのだ。

精神が摩耗している状況だと、他人を気遣っている場合ではなくなる。「俺の気持ち、わかってくれよ」と言われても至難の業。自分自身を守る事で精いっぱいなのだ。

これはどのチームにも起き得る。トップを走るチームも首位を守るために、中盤を行くチームもひとつでも順位を上げようと、ラストを行くチームも関門にかからないようにと、どんな位置の選手も精神的にも追い込まれる。

往々にしてケガはそのような状況で起きる。ケガは、それまでに溜まっていたチーム崩壊の危機の引き金になる。ゆえに上位のチームがレースを棄権する事は珍しくない。

では、どんなチームが完走するのか。チーム崩壊の原因となる「怒りを出さないようにする」?それこそ、そんな容易い事ではない。

だが気持ちを正反対に切り替える事を心がける人は強いかもしれない。ある高僧がこう言っていた。

怒らないことによって怒りに打ち勝て。
善い行いによって悪い行いに打ち勝て。
与えることによって物惜しみに打ち勝て。
真実によって虚言に打ち勝て。

レースは天候なども左右する。だから運もあるだろう。しかし運もその人の強さである。強い選手には強い運が宿る。

イーストウインドも当然、意見の食い違いが出る。チーム崩壊の危機だって幾度も迎えている。しかし今のメンバーで「もうコイツとは出ない」という言葉は一切出ない。4人が4人とも「この人と出たい」と思っている。

どれだけケンカしても最後は仲間を思い遣る。仲間を信じる事が怒りに打ち勝つのだ。

隊長は「アドベンチャーレースを一緒に出ると、チームメイトとは10年くらい付き合ったくらい、その人を良く知る」と言う。

なるほど、アドベンチャーレースは精神修行にもなるもんだ…と感心しながらも、いつまでも塗り絵をして布団に入らない娘を「もう、おしまい!こら!寝なさい!」と怒ってる何とも小さい私である。






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2012年01月18日

人に痛みを理解させるのは価値観の押し付け

アドベンチャーレースは人を成長させる、と私は思う。

隊長が言う「対・自然」「対・人」そして「対・自分」。とりわけこの「対・自分」は、普段の生活の中では自分で蓋をしてしまっている「己の嫌いな部分」が、アドベンチャーレースでは顕著に表れる。数人(チーム)しかいない社会の中で、休む間もなく生死を懸けた闘いだ。出ないワケがない。

以前、隊長は「自分は人の痛みが分からない」と言っていた。過去のレースにおいて、隊長は自分が正しいと思った事をチーム内に押し通していた。要するに自分の価値観を人に押し付けていたのだ。

当然、感情をうまく伝えられないメンバーは悩んでもがく。しかし彼らが悩んでいる間は、正論と思い込んで強く物を言う選手が、その意見を押し通せる隙を与えていることになる。

過去、隊長は自分の価値観を基準として良し悪しを決めていた。レース中、辛いと言うメンバーには、俺だって辛いんだから、お前も頑張れ!と自分の痛みを基準にしていた。

それでチームが崩壊することを幾度も経験した。その経験から、いつしかチームでルールを作ることとなった。

「何か問題が発生したら『自分が何をしたいか』ではなく『どうしたらチームにとってベストなのか』を基準に考えること」

隊長の指示を待つのではなく、個々が考えて提案すること。あくまでも自分の感情だけを押し通さないこと。

その問題が痛みであったり眠気であったりもする。例えば、眠くて動けないとしよう。このまま継続すればチーム全体のペースが下がる。ならば1時間の仮眠を提案する。
逆に、もしこのまま眠ってしまえば関門に間に合わないかもしれない。自分も眠いが、他のメンバーも眠いはず。であれば、みんなで支え合って頑張って前に進もう。
…みたいな。



自分の価値観を人に押し付けるのはただのエゴである。増してや巧みな言葉を並べて説得にかかっても、相手には通じない。ただ平べったくて冷たくて傲慢でしか見えないのだ。

そもそも育った環境やら、今いる環境やらすべてが絡んで、人の心はとても複雑なヒダで出来上がっている。しかもそのヒダは人によって異なる。痛みは、その人だけが経験した事から発生する。だから私たち人間は、人の気持ちや痛みなど100%理解できる訳がないのだ。

隊長は言う。「人の価値観は変えられない。だから自分の考え方を変えるしかない」これも18年もARを経験した彼の得たことだ。

価値観の押し付けは子育てにも通じる。

幼児の頃は主観で物を観る。成長するにつれ自分なりの「価値観」を見出すようになるが、怖いのは、その子の価値観は親のそれをかなり受け継ぐ事にある。

「人と仲良くしなさい」と諭しながらも、子どもの前で平気で人の悪口を言っていれば、その子の価値観は「嫌いな人の悪口は言っていいんだ」と思うようになるだろう。やがては親の矛盾に気が付き、不信感を持つ。

正しい価値観を育てていくためにも、娘が何でも吸収できる幼児期に、親として言葉ではなく態度で示していかなくてはいけない。

…とこんな事を思いながらも、「虫歯になるからダメ!」と禁止しているキャラメルを、娘にナイショで食べてる私。「あなたの歯を思って、私が一所懸命食べてるのよ」は通じないだろうな〜。


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2011年12月31日

平成23年を振り返って

平成23年も今日が最後。今年も色々とあった。
私なりの大きな出来事は2つ。パタゴニアエクスペディションレース(PER)と東日本大震災である。

PERはNHKが取り上げてくれたお蔭で、多くの方にアドベンチャーレースを知っていただけた。NHKの担当の方からこのお話を頂いたのは昨年の10月末あたり。その翌月にワッキーのトレーニング生としての面接があり、入門合格した彼女はトレーニング生となったばかりというのに、すぐにこの大きなレースに出場することになった。海外の大型レースは未経験の彼女にとっては、相当大変だっただろうと思う。

隊長、ヨーキ、クラッチは2回目のPER出場。日本人の感覚からすると、かなりいい加減(?)な運営で、1回目のレースを終えた際に「二度と出るもんか!」とかなり憤慨していたのにもかかわらず、パタゴニアという大自然に魅了された男子3人は、また出場を決めたのだ。

現地に行っていない私は素直に「あんなに怒っていたのに、どうしてまた出るの????」と疑問でいっぱい。結局いつもの「あ、またこれも男のロマンなんだな」と自分に言い聞かせ、彼らの気持ちを理解できないまま準備に入ったっけ(笑)。

地球の裏側に位置するパタゴニア。そんなにロマンが満載なら、いつか娘を連とスタッフでもしに行こうか。



そして3月の大震災。
たまたま東京に行っていた隊長は帰宅難民となった。群馬北部は震度5強。揺れが続く寒い我が家で、いつでも逃げられるように携帯食、水、厚手のコートを枕元において、服を着たまま寝かせた娘を抱いて震えていたっけ。眠れなかった。不安だった。

震災から数日後。隊長は「俺、被災地に行ってくる」と突然言い出した。原発の放射能が漏れたという話も出始めたころで、まだシーベルトとかもよく分からず、どこがどうなれば被爆するのかも明確にわからず、また被災地に行くには福島回りで行っていいのかも分からないまま行くと言う。

人を助けたい!という気持ちは私も同じ。私にも何かできないかと思う。しかし何の情報もないまま実際に現地に行くという家族が心配なのは正直なところ。余震はどうなのか?燃料はあるのか?無事に帰ってこれるのか?

そこからみなかみ町のアウトドアマンたちの動きは素早かった。「チームみなかみ」を即座に結成し、観光協会の一角に事務所を置き、毎日みんなで詰めかけては集まった物資を仕分けし、運搬する派遣を送り、事務所はそのバックアップ。

町長に直談判して町中のガソリンスタンドから少しずつ燃料を確保してもらい、まだ正式な通行許可証というのもないから町長自らが作成してくれた。

そして町は被災者の受け入れを始めた。私たちの税金はこんなに温かく使われている。

そんな町の住民であることを、そんな仲間がいることを、私はどれだけ誇りに思ったか。

被災地に赴いた隊長の話はこちら


そこから細く長く支援活動は続く。未就学の娘がいるため私自身は東北に赴くことができないけれど、それでも私なりにできる事はこれからもやっていきたい。


色々考えさせられた1年だった。

「笑う門には福来る」来年は笑顔で迎えたい。若いメンバーのマネージャーとして、アスリートの妻として、そして母として…どかっと構えて微笑んでいこう。

微笑んでいれば運は開ける。思い遣りがあれば運は開ける。
未来を信じていこうと思う。


どうぞ皆様、良いお年をお迎えください。

posted by Sue at 07:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 悪妻のボヤキ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月30日

本日の上毛新聞『視点・オピニオン21』にて掲載

いよいよ今日の上毛新聞『視点・オピニオン21』が掲載される。
詳細はこちら

原稿は11月前半に提出しているためすっかり忘れていたが、今になって自分の名前が、自分の言葉が、新聞という媒体に出るというのは、めちゃくちゃ恥ずかしい。あまりの稚拙な文章で、穴があったら入りたい気分。

同じARを語るにしても自ら体験してきた田中正人の方がうまいし、リアルだし、臨場感もある。そして何より、その場に行って経験したこと、見たこと、感じたことは、その言葉を文字にしている自分よりも何倍も楽しい。

悩んだ。

まっさきに相談したのは執筆を生業としている古くからの友人。恩師でもあるその友人と数時間の電話や、長文メールのやりとりを繰り返した。そんな悩みに根気よくつきあってくれた友人。こういう時に信頼を寄せられる友がいることを心から感謝し、そしてそんな友がいることを誇りに思うのである。

彼の奥様もまた、まだ二人が結婚する前からの大切な友人。現在、二人は都内に住んでいるのだが、私たち三人がまだ愛知県にいるころからの友。一緒にいて心底、心地よいと感じる夫婦である。

恩師友と長い長いやりとりを経て、原稿を書くことになった。彼の言葉に背を押されたのだ。たとえ彼が執筆家でなくても、大工さんであろうと、アスリートであろうと関係ない。彼が私をとても理解してくれている事が背を押してくれたのだ。

思えば隊長のやっている事は、普通に生活をしている人から見たら面白いし、すごいこと(この点に関しては、私はかなり麻痺してきてる)。

「隊長の話はめちゃくちゃ面白い。報告会に行って、その場を経験してきた人の言葉ってやっぱり違うな〜と思った。それは俺たち(フィクションライター)では敵わない」

どんなに言葉で表現しようとしても、そのテクニックはあっても、やっぱりそれを経験してきた人と聞いて書いている人とでは、人への伝わり方が違うとか。でしょ。だから私ではダメなのよ。

「でもさ、そんな世界で戦っている隊長の傍らにずっといて、隊長の夢を実現するために奮闘しているのはSueだからさ。アスリートじゃないSueにしか分からない事ってたくさんあるはず」

超人の言葉は超人が、その傍らにいて奮闘している人の言葉はその人が言うのが一番いいと言う。

彼は「Sueの経験してきた事はすごく面白いと思うし、話す事もたくさんあるし、それを発信できる人だと思う」と言ってくれた。

彼の話を聞いていて、ふと思った。
今はアドベンチャーレースに至ったわけだけど、CISV(国際こども村。彼とはここで出会った)したり、世界青年の船(内閣府)に乗船したり、アラブ首長国連邦に突然出稼ぎに行ったり…すべてARとかけ離れているようだけど、でもそれはすべてが今の私に至る経路だったのかもしれない。

そしてAR(田中正人)と出会ったのは、世界最高峰と言われたレイドゴロワーズ。イーストウインドのアシスタントとして同行したことがきっかけ。私にとっては初めてのAR。もとより、テントや寝袋で寝たのも初めてだった。

それから13年(もうすぐ14年)。アドベンチャーレースにすべてを懸けた田中正人を見続けてきている。その13年もの間、様々な事を経験してきた。

悔しくて泣いたこともあった。
メンバーが固定せずに苦労したこともあった。
失敗が連続したこともあった。
スポンサードが見つからず、苦労苦労の連続だった。
アドベンチャーレースを国内で普及させようと、がむしゃらに前に進んだ。
やっと若いメンバーが入って毎年レースに出られるようになった。
マスコミが取り上げてくれて、少しずつではあるが認知度も上がってきた。

隊長と共に苦労したこと、泣いたこと、喜んだこと、学んだこと、そしてこれからのこと。
いろんな事を感じながら、これからも隊長を支えていけたら、と思う。




ちなみに…
アラブ首長国連邦で一攫千金(石油王との結婚)の夢が、はかなくも散り、隊長と結婚した時点で私の富豪生活ドリームは終焉したわけです(笑)


posted by Sue at 07:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 悪妻のボヤキ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月20日

病は気から

耳鳴りが鳴り止まない。以前、ためしてガッテンで「片頭痛、耳鳴りにはトリプタンが効く」と放送していたのを何気に思い出して、隊長に話してみた。

24時間ずっと鳴りっぱなしの耳鳴りに、当人はあまり気にしないようにしているのだが、トリプタンに反応した隊長はすぐにそれについて調べて、でもってそれを処方してくれる病院を調べ、速攻連れて行かれた。

隊長はやけに医薬品に詳しい。「どうしてそんなに詳しいの?」と聞くと「興味があるから」と答える。う〜ん…万が一の時、保険金とかを掛けて服用させられるのだろうか…と疑ってしまう。

行った先は脳神経外科で、大半がお年寄り。待つこと3時間。まずは身長、体重、血圧を計測。大の病院嫌いの私は先に体重を量っているおじいちゃんの後ろに並び、看護婦さんがおじいさんの体重を記入する前に、そこに乗っちゃって怒られる。

「初診の方はまずは身長を測りますね」というもんだから、体重計からさっさと降りて、身長計測代に乗って、計測値が出たら、また体重計に乗った。「もういいですよ。さっき量りましたから」って…だって身長からって言ったじゃないの。担当の看護師は「この人、よっぽど体重量るのが好きなんだろうな」と思ったに違いない。

続き手血圧計測。相変わらず低い。

そしていよいよ診察室へ。私より少々上の年齢の医師。すっぱいスリッパを脱いで、イスにアグラ状態。脳神経のような細かい物見てる人の勝手な私のイメージ通り(すみません)。

正直に「トリプタンを頂きに…」的な事を伝えたら「ああ、テレビ観たの?脳過敏症とかっていうやつでしょ?あれね、あんまり信じられないんだよね」と言い出す。

彼いわく、こうだ。

医師というのは脳腫瘍とか脳溢血とか、生きるか死ぬかの病気を発見して、それを取り除くのが仕事。片頭痛とかで来院しても、何もない脳だったら「よかったですね」で安心を与えて帰ってもらう。でも患者としては心配だから病名が欲しい。だから無理やりにつけたような病気が脳過敏症。

でも私の場合は難聴も伴うから、トリプタンでは効かないとか。それでも耳付近にある脳神経が何等かの原因になっているかもしれないから、と来週MRIを撮ることになった。

なんだかムツカシイ言葉を並べていたけど、トリプタンという薬はセロトニン(神経伝達物質の一つで、感情のバランスを安定させる役割を持ち、血管を収縮させる。ストレスなど何らかの理由でセロトニンが分泌され、収縮した血管は、セロトニンが役割を果たして減少するにつれて今度は拡張する。血管が拡張することによって血管に絡みついた三叉神経が刺激され、頭痛が起きる)と同じような作用を持っていて、そのためセロトニンの代わりに血管を収縮させ、拡張によって三叉神経が刺激されるのを防ぐとか。

「感情のバランスを安定させる」。ムツカシイ言葉はわからなかったけど、この言葉には反応できたせいか「そうなんですか!私、座禅にも行っちゃいましたもん」と診察と無関係な事を言ったら「そうそう。それがいい。だから釈迦はすごいわけ。どんな苦行をしても開けなかった悟りを座禅で開いたもんな。いや〜、大切なのは呼吸なんだよ」

初めて見たさ、座禅を進める医師。でもなんか合う。「もしMRI見ても何もない脳だったら、あとは耳鳴りを気にしないことです」がエンディング。「病は気から」的な事をズバッと患者に言う医師ってのも嫌いじゃない。

結局、医師にしても薬にしても鍼灸師にしても整体にしても、自分に合うか合わないか、なのさ。今回の医師は合うと直感。

で、診察は座禅で盛り上がり、あとはMRIを撮るための造影剤が適合するかどうかを看る採血室へ。

大の注射嫌いを見抜かれたのか、チックン(我が家では注射をそう呼ぶ)をする直前、看護師さんが「今日のお昼は何時に取りましたか」って聞いてきた。恐怖心をそらそうとしたんだろうねぇ…って私は子どもか!!!

でも恐ろしさのあまり「ラーメンです」とすっとこどっこいな回答をしてしまった(でも事実です)。注射針は、そのすっとこどっこいの回答に対し、「答えになってない!お仕置きだ〜〜〜」と言わんばかりにググ〜〜〜っと私の左腕に食い込んだ。

痛いよ〜、え〜ん、え〜ん(って事は絶対に娘の前では言えません)。

その晩、久々の父ちゃんも揃っての夕食。気にしてた事で病院に行ったというだけで、ちょっと落ち着いた気分になり、大好きな黒ビールを飲みながらの豆乳鍋。熱々の豆腐を「うめ〜〜」と言いながら口に「ほぐっ」と放り込む隊長と「パリッ」と音を立てて大好きなウインナーをほおばる娘を見てたら、つい口に出てしまった。

「鍋ってこんなに人を幸せな気分にさせるんだぁ」





posted by Sue at 16:06| Comment(14) | TrackBack(0) | 悪妻のボヤキ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月12日

X-Adventure開催秘話その3

X-Adventure開催秘話その1
X-Adventure開催秘話その2

タスマニアから隊長とヨーキが帰国してからは、ウチに詰める日々。小橋さんは相変わらず渉外に回る。現場が動き出せば、私も作成しなければいけない資料が増えてくる。

私が何より重きにおくのはスタッフである。スタッフはイベントの要。心臓である。
土地勘に強く小回りの利くカッパクラブのスタッフをメインに、まずは誰がどこに行くか、どの種目を担当するかを考える。
集まってくれたボランティアスタッフについては、経験、仲間、足(交通手段)を考え、グループに編成してカッパスタッフ担当についてもらう。

特に「アドベンチャーレースは初めて」というボランティアスタッフには「スタッフなんて二度とやりたくない」と思われるのだけは避けたい。ともかく事前にやり取りを重ねる。彼らの不安要素を少しでも払拭し、楽しみという気持ちに持っていきたかった。

私のモットーは「初めての人でも見ただけで動けるマニュアルを作成すること」である。

アドベンチャーレースはスタッフの動きが複雑だ。一か所に留まることもなく、自力で動かなくてはならない。ゆえにスタッフ各自で次にどこに行って何をするかをマニュアルひとつでわかるようにしておかなくてはならない。

今回、初めてで緊張している人も多い。レースが近くなるにつれ、メーリングリストでフランクに呼びかけをする。とっかかりは「呼び名は何ですか?」だった。なんとなく自己紹介が始まり、いい感じになってきた。

「雪道走行は自信ないし、アドベンチャーレースも初めてなので、足を引っ張るようならスタッフを辞退した方がよいかと思うのですが・・・」というご相談を頂いた。

「私も3歳の子どもがいて、保育園がお休みとなるイベント中は動けません。しかも10年以上もみなかみ町に住んでいるのに未だに雪道運転は苦手です 笑

もし苦手な部分があったらできる人に助けてもらいましょう。得意な部分やこれなら自分にもできると思うことがあれば、それを一緒にやりましょう。

私一人でも、コースディレクターのヨーキひとりでも、プロデューサーの隊長ひとりでもこの大会はできません。

みんながいて、それぞれが、自分にできる事を、選手のためにする。だから大会が成り立ちます。

今回、スタッフのために温かい食事を作って運んでくれるスタッフもいます。そのスタッフたちはどうやったら温かいまま、できる限りたくさんのスタッフに食べてもらえるだろうか?メニューは何がいいか?それを一所懸命に考えてくれています。

スタッフが喜んでくれる大会こそ、いい大会。いい大会だと選手も満足してくれます。それには各自ができる事をしましょう。できないことはあらかじめ言ってください。どうしたらいいか、みんなで考えましょう」

そんなメールを出してみた。辞退は取りやめ、実際に現場では大いに活躍してくれた。感謝。

スタッフ食事担当のマリッペ&オトクとも予算、場所、時間などを詰める。45人分×6食を作ってそれを運んで温かいうちに食べてもらうのは並大抵なことではない。徹夜作業になる。が、彼女たちはすごい。「だいたい分かりました。ダイジョウブです。スタッフに喜んでもらえるように頑張ります」との答え。感謝。

そして当日。常にオフィスにいた私はスタッフ飯を一食しか頂けませんでしたが(哀)、スタッフのみならず、選手からも「すごいな〜」との絶賛の声。スタッフからは「生き返る〜」「これが楽しみになってきた〜」などなど感激な声が多発。やったよ、やったよ!!感謝。

スタッフの動きは移動手段と食事の時間のルーチンで配置を考える。温泉に行く余裕もあった方がいい。山に行ける人は誰?スイーパーが休憩できる時間は?
などなどを考える。これがなかなか大変な作業。
ましてやこれを選手やアシスタントにもコラボしていくようにしなくてはいけない。選手の複雑な動きに合わせるようにスタッフの動きも考える

ともかくこれはスタッフありきの大会である。選手が到着してもスタッフがいない、スタッフが不平不満ばかりというのは大会が失敗であることを意味する。

こういう時に災難は重なる。
義母がケガ。連絡を受けて隊長は真夜中に実家へ急ぐ。病院に連れていくため、3日間くらい実家に停滞。その間、ともかくやらなくてはいけないことがどんどん山積(今では母はすっかり元気です)。

こうしてなんとかマニュアルが出来上がった。そしてアシスタントブックの作成。

そして迎えた11月24日朝。スタッフミーティングがつつがなく始まった。まずは隊長がレースの説明。ヨーキがそれを補足。

そして私はスタッフの自己紹介を促すため、初めて集まったスタッフの前に立った瞬間、目に入ったのが元イーストウインドのトレーニング生のヤマキーだった。

今から始まる3日間のレースにソワソワ、ワクワクしながらそこにいるヤマキーを目にして、その屈託のない、少年のような「今まさに楽しいことが始まるんだ!」って顔のヤマキーを見て、思わず涙が出てきた。

様々な人から厳しい言葉を浴びた日々。
多くの人に交渉をしてくれた小橋社長。
何度も何度も関係機関に頭を下げに行った隊長。
「大丈夫です。任せてください」と力強く励ましてくれたモミーやマリッペ。
業務中にまとわりつく娘を「こっちで遊ぼう」と連れだしてくれた小橋夫人。
夜遅くまでフラッグを付けに行き、その足でウチに戻って資料を作成していたヨーキ。
そんなごった返した我が家にて床でごはんを食べて、保育園のお迎えが最後になっても文句を言わずに我慢した娘。
そしてケガをした義母のところには行けなかった親不孝な自分。

やっとこの日を迎えられたのだ。

後は目の前にいる人たちにすべてを託そう。そして選手が思いっきり無茶できるように、みんなで精いっぱいフォローしていこう。何よりも、この3日間をこの人たちと楽しみたい。そうね願った。

こうしてX-Adventure2011みなかみ大会の幕が上がった。

DSCF0484.jpg

つづく

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2011年12月04日

X-Adventure開催秘話その2

この夏は猛暑だった。ディスティネーションキャンペーンもあり、避暑地みなかみ町への観光客数はグンと伸びた。

ラフティングを楽しみに来られるお客さんも多く、通常ならお盆くらいしかヘルプの出動要請がない隊長も、今年はお盆はもちろん、8月、9月は毎週末のように出動要請があった。ラフティングガイドを生業とするヨーキもフル回転。文字通りカッパクラブの書き入れ時となる。

私は私でファミリーアドベンチャーの準備や片づけに忙殺されていた(いまだにDVD作成中…ごめんなさい)。

そんな中、ヨーキが動き出した。なんとか時間を見つけてルート調査に入りだした。彼の合宿所には白地図が貼られ、徐々に赤い線(コース)が書き込まれていった。

そうこうしている間に10月になった。世界選手権の準備が停滞している。ここから一気に準備に入る。

アタフタと準備に取り掛かる隊長を見て「どうしていつもこうなのよ!もっと早くからできないの?」と喉元まで言葉が出たが、考えてみればその「早く」の時期だってとても忙しく、それに向かってフルに動きまわっていたのだから仕方ない。

もとより隊長だけのせいではない。他の事にかまけて動いていないのは私も同じ。ともかく経ってしまった時間は取り戻せない。やるしかない。

「世界選手権に行くまでに許認可は得ておくこと」そんな条件はどこかへぶっ飛んだ。ともかくルートだけは隊長とヨーキで見当をつけた。

そして「では、タスマニアに行ってきます。後は小橋さんと協力してください。よろしくお願いします」みたいな捨て台詞で旅立ってしまった。

小橋さんも私も何一つ言い返せないまま、ポカ〜ン。

そこから小橋さんの動きはすごかった。気がつくと一日で関係機関をグルグルと回っていた。カッパクラブに電話をすると「社長、今日はどこに行ったわからない」との返事。

メールは使わず、思いつきの電話連絡だけの小橋さんの、そのSWATのような動きの小橋さんについていくのは至難の業。書類作成と、どこまで話が行き、次に作成して提出するべき書類は何か・・・・まとめる方も混乱してくる。

加えて子どものいる私にとって8時半に徳が保育園に行ってから夕方5時にお迎えに行くまでの、その時間しか仕事をする時間がないことだ。

切羽詰まっている時などは子どもの話を聞く余裕すらない。もうじき学芸会が近いため一所懸命練習してるという娘の話に「ふ〜ん、そう」と素っ気ない返事でとりあえずの対応。娘も母が心ここにあらずというのを感じたのか、あまり話をしなくなってしまった。 

お風呂でじっくり聞いてみると、うまくできた事を先生に褒められたとか。あ〜、ちゃんと聞いてあげるんだったなぁ…ごめんね。

しかし時間がない。ともかく隊長とヨーキが帰ってくるまでにすべての関係機関から許可を得ていなければ次に進まない。

関係機関や団体との話し合いはここでは控えておくが、一言でいえば「いや〜、本当に大変でした」かな。

こうして隊長たちがタスマニアで死闘を繰り返している間、私たちも死闘をしていた。仕事と母親業の両立がうまくできない母親をもった徳もきっと苦労しただろう。ごめんね。徳。

つづく

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2011年12月02日

X-Adventure開催秘話 その1

X-Adventureが終わった。業務的には精算、報告書作成、片づけ、次回への申し送りなどなど、まだまだ終わらないが、レースはひとまず終わった。

今年のX-Adventureの企画はちょうど1年前くらいに持ち上がった。「3日間のレースを開催しよう」そんな夢会議に、まずはコアとなる隊長、カッパクラブの小橋社長、ヨーキ、モミー(カッパ)、コイズくん(カッパ)、そして私が出席。

この手の企画でいつも暴走する隊長とカッパクラブの小橋社長が想定内で徐々に盛り上がっていく。「3日間ならみなかみ町だけじゃダメだね。そうだ、赤城の方やら川場の方も入れよう。もっとエリアを拡大しよう」「ラフティングだけで1日使うってのもいいね。映画の『激流』みたいな旅レース」

どうして男ってのは夢を語り始めるとどんどん熱を帯びていくんだろうか。こうなったら『激流』だろうと『インディージョーンズ』だろうと『ロード・オブ・ザ・リング』だろうとなんでも来いだ。

そういえばある本に「真の友達というのは、ビジネスや愚痴の言い合いをする人ではなく、夢を語り合える人なのだ」と書いてあるのを思い出した。この二人、まったく儲からない事をわかってて、それでもワクワクする夢をずっと語る。「ったく、この人たちにつける薬はない」と思いながらも、なんだかカワイイ。

その暴走に少々引き気味のヨーキと私。なぜなら11月にはイーストウインドとして世界選手権に出場する事がすでにチーム会議で決まっているからだ。

経験上、レース開催1か月前は他事は一切手を付けることもできず、食事だってコンビニ弁当やらインスタントが続くほどの忙しさだ。そんな忙殺される事が容易に想像できる日々と世界選手権は思いっきり被る。

嫌な予感・・・・。
「大丈夫だよ。それまでにある程度決めておいて、最後はオレとSueさんでやるから」出た。小橋社長の根拠のない「ダイジョウブ」が。

3日間の大型レースとなれば準備する選手だって大変だ。切羽詰った彼らの質問だってどこまで答えられるのか。道路や林道の使用許可が出たって、工事や震災で突然通れなくなる場合だってある。そんな時、どうやってコースを変更させるのか?

アドベンチャーレース開催では許認可に一番時間がかかる。ある機関はOKでもその他の機関がNGであればコース設定は最初からやり直し。双方がOKでも自治体や関連団体がNGならまた出直し。許認可を得るまではこれの繰り返し。ともかく粘り強く、辛抱強く当たるしかない。

私は「世界選手権に行く前までにコースも組んで、関係機関からすべて許認可を得ると約束するならやります」と条件を出した。

思った通りの「ダイジョウブ」と隊長と小橋さんの即答。う〜〜〜〜〜ん…大丈夫なんだろうか。この言葉に何度騙されてきたことか。

それでもまるで夏休みに基地を作る計画してる小学生のように瞳をキラキラさせているこの人たちを見ると放ってはおけなくなるのだ。

議題はレース名についてに移行。日本一を決めるレースにしたいという事から「アドベンチャーレース全日本選手権」というレース名が有力候補となった。

が、私は反対。やがては世界中の選手に出てもらうレースにしたかったのだ。であればもっとシンプルで、できれば英語名がいい。それはどうしても譲りたくなかった。

そこで出たのがX-Adventure。我が国のアドベンチャーレースのパイオニア的イベントだ。思い入れのあるレースだし、認知度もある。そして3日間のレースにふさわしい名前だと思ったのだ。

すぐにサロモンに連絡。OKを頂いた。こうして私たちは、この3日間レース『X-Adventure』を開催する決意をした。


つづく
posted by Sue at 10:20| Comment(5) | TrackBack(0) | 悪妻のボヤキ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月11日

アウトドア環境

アドベンチャーレースの世界選手権(ARWC)も無事ゴール。

今回の世界選手権はシリーズ7戦(ARWS)の最終戦で、7戦は他国で開催されるが、チャンピオンシップは毎年持ち回りで開催する。ゆえにこの7戦のいずれかでトップ3位に入賞すれば、世界選手権に招待される。

したがって今回の招待枠は21チーム。どのチームも強豪だ。イーストウインドは世界の大会で3位内に入る事、つまり20位を目標にした。果たしてイーストウインドは目標ギリギリの20位でゴールした。

アウトドアスポーツは日本人にはまだ新しい。新しいスポーツが日本に入ってくることは、それだけ活性されるし、選択肢も増えていい。屋外スポーツの場も増えてきているし、逆に日本のスポーツにも外国選手が増えてきている。スポーツを通して切磋琢磨するのは健全だし、いいことだ。

国によってその文化や環境がその種目に適合する。日照時間の長い国などは、仕事を終えてから家族でカヤックしたり、サイクリングしたり(同僚と飲みに行こう!なんてのもあるのかな?個人的にはあまり見たことないな〜、そういう外国の人)

道路だって自転車用の道路がちゃんと設備されている。乗る側もヘルメット着用が義務だし、マナーもできている。

そもそも日本国内における自転車の交通法違反の内容を私はよく知らない。

知ってました?ハンドサインを出さずに右折、左折、停止すると5万円以下の罰金って。自転車の前籠いっぱいに野菜を詰めたおばあちゃんがハンドサインして停止します?それこそフラフラってなって危ないわよ。

それよりもヘルメットを義務付けた方がいいんじゃない?
どう見たってこのルール、乗り手よりも車両優先のルールじゃないですか。乗る人ありきで考えたルール、ちゃいますよ。

携帯とか新しい物が出てきて、それが事故の原因となれば、速攻で「禁止」にする。法律で作っていると間に合わないからとりあえず自治体で「禁止」。禁止されれば乗る側は一応それに沿う。沿うが、禁止されていないことはやる。

乗る側も「これは危ないでしょ」と思うことはしてはいけない。小さい子やお年寄りがいる街中で携帯メールしながらの運転はどうみたって危ないわよ。でも、それをしちゃうから事故が起きて、また禁止事項がどんどん増えて。結局は辛い環境を自ら招いてしまう。

自転車は移動手段に便利な乗り物やらダイエット手段になってもアウトドアを楽しむという方向には行かなくなってしまう。

それじゃもったいない。

狭いお国事情もあるゆえ、自転車用の道路を作って!とは言いません。言わないけど、もう少し自転車が走りやすい環境があってもいいかなと思う。

川や海のスポーツはそこに行かなくちゃいけないけど、自転車は一番身近で健康にいいスポーツでもある。しかも都会では移動に便利グッズ(ウチの周囲じゃ高低差がありすぎて大変だけど)。

日本もそういうのが楽しめる環境ができると、もっとアドベンチャーレーサーが増えるかもな〜…

などと思いつつ、X-Adventureのための道路使用許可申請のための書類に焦るこの頃。
隊長〜〜早く帰ってきて〜〜〜


posted by Sue at 07:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 悪妻のボヤキ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする