2012年10月04日

上毛新聞『オピニオン21』全稿終了

9月24日、最後の上毛新聞「オピニオン21」が掲載された。これで6回分の投稿すべてが終了。長い様で短かった。

この話を持ってきたのは、当時地元記者だった上毛新聞社のKさん。物静かで温厚な人柄をいいことに「こんなイベントあるんですけど…」と厚かましくも毎度電話をして、取材に来てもらっていた。そんなKさんは、このブログを時折見ていてくれて、「視点が面白い」と言ってオピニオン21の事務局に私を推薦をしたそうな。

「田中正人じゃなくて、ですか?」何度もそう聞いたが、「いいえ。国内第一人者として活躍する旦那さんを、ずっと傍らで支えてきた竹内さんに書いて欲しいんです」とKさん。

レースを経験した選手の言葉(文字)は新鮮で、強く、現場の香りが伝わる。が、レースに参戦していない私は、どれだけ間近でレースをみていたとしても、どうしても「いつ、誰が、どうした」レポート的な文になってしまい、匂いを伝えるまでにはいかず、どうにも面白みに欠ける。

「このコラムはレース参戦記ではないんです。竹内さんの経験した事を、竹内さんでしか見れない事を、竹内さんの言葉で書いてもらえればいいんです」。

早速、知り合いの執筆家に相談した。「Sueは十分にアドベンチャーレースを経験してる。レーサーとしてではなくても、イーストウインドのサポーターとして、そして第一人者の妻として、ずっとレースを見てきた。

隊長には隊長の経験があるけど、それと同じくらいSueにはSueの経験がある。Sue自身がずっと観てきたアドベンチャーレースを伝えればいい。きっとKさんは、隊長じゃなくて、Sueの持つ『エネルギー』を感じたんじゃないかな。文書は上手にまとめようと思わなくていい。思う事を発信していけばいい」

以前、プロの物書きの人に「文字使いが乱雑だ」と言われたことがある。いくらエネルギーがあっても、その乱雑さを公開されるのは恥ずかしい。ゆえに、そのエネルギーはひっそりとこのブログに発向している。

物事には表舞台に立つ立場と、裏舞台でそれを支える立場がある。常に選手を表に立たせ、前に出ないようにするのが、裏舞台に居続ける私の美学である。だからこそ、その裏舞台を見てきた者にしか分からないことも多い。ならば、あまり表に出ない裏舞台を少しだけ発信したら意外と面白いかもしれない。こうして今回、今年度のオピニオン21を受けることとなった。

こうして6回のオピニオンが終了した。5回のオピニオンはあらかじめ書く内容を考えていたが、最後のオピニオンだけはノープランだった。何を書こうか、締切日が過ぎてもパソコンの前に一日中座っているだけで、アイデアが浮かばない。

「上手にまとめようと思わなくていい。思う事を発信していけばいい」友人のその言葉を思い出した。そうか、きれいにまとめなくてもいいよね。裏舞台で見続けてきた者の言葉で、裏舞台として思う事を書こう。

最後の投稿文は、こうなった。

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 子どもたちの間で不動の人気を誇る戦隊ヒーロー番組。幼いころは欠かさず見ていた。あれから30余年、今では私の子が欠かさず見ている。ヒーローの種類は変わったが、仲間と助け合いながら悪に立ち向かう、いわば「和」を重んじる内容は30年以上たっても同じだ。

 以前、米国にこれを持ち込もうとした企画があったが失敗に終わったという。スーパーマンやスパイダーマンなど「個」のヒーローを好む国で「和」を大切にする戦隊物は受け入れられなかったらしい。「個」を大切にする欧米文化と「和」を大切にする日本文化。古来、日本人は他との調和を重んじる民族である。いくら海外から新しい文化やスポーツを取り入れても、DNAに刷り込まれた意識は随所に出てくる。

 今年のロンドン五輪において日本は団体種目やチーム競技での活躍が目立った。比較的新しい種目である女子サッカーは瞬く間に世界のトップレベルに立った。女子バレーボールは身長差という壁を越えて銅メダルを獲得した。競泳、卓球、体操、フェンシング等も次の選手へつなぐ団結力でメダルを取った。この根底には、もちろん選手のたゆまぬ努力があるが、もうひとつは日本人が最も大切にする「和」を正しく重んじたことにあると私は思っている。

 アドベンチャーレース(AR)はアウトドアスポーツの種目を複合するチーム競技である。メンバー全員で全種目をこなさなければならない。一人でもレースを継続できない場合、そのチームは棄権となる。一度スタートしたら選手交代はできない。四六時中チームで動くことがルールだ。しかし、仲間割れが原因で途中棄権するチームも少なくない。不眠不休で進み続ければ、当然あちこちに故障が出始める。肉体的にも精神的にも追い込まれたメンバーが漏らすささいな言動でチーム内に摩擦が起こり、摩擦がやがて割れ目となり、その割れ目が修復できなくなった時点で、チームはレース棄権を余儀なくされる。メンバーの現状をチーム全体でどれだけ把握・理解し、フォローし、助けられるか。文字通り「和」が鍵となる競技だ。

 日本ではアウトドアスポーツ自体なじみが浅く、パワーや技術もまだ欧米には追いついていない。しかし、どんな時もチームでこなしていかなくてはならないARの競技形態は、「和」を大切にする日本人の気質に適している。チームイーストウインドが今年のパタゴニアエクスペディションレースで準優勝を成し遂げたのも、彼らにしっかりと根付いている「和」の気質、すなわち互いを思いやる気持ちが、不足したパワーや技術を補強したからだ。

 未来のアスリートを目指す子どもたちには、「和」を大切にする日本の美しい文化を正しく活かしながら、新しいことに果敢に挑戦してほしい。

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第2稿「信じた道へ踏み出して アドベンチャーレースへの第一歩」
第3稿「信頼し合い目標へ進む チームイーストウインド準優勝の鍵」
第4稿「家族イベント通し育む ファミリーアドベンチャー」
第5稿「己に打ち勝つため挑む TJAR」

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裏舞台、今後もしっかり表舞台を支えて行こうと思う次第。日々、精進である。








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2012年09月22日

奇木に学ぶ自力治癒

先日、新潟県湯沢町にある雪國奇木館(ゆきぐにきぼくかん)に家族で行ってきた。風雪・豪雪、雷雨など、あらゆる自然の猛威に耐え抜いた巨木を見ていると、木というのは、たくましいほどに自然治癒力が備わっているものだと、つくづく感じた。

この木は落雷に遭い、ど真ん中が空洞になった。しかし、その後もどんどんと成長をしていた。
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成長する過程で、その場にあった石を巻き込んでしまった根。
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雪の重みで横に広がった木。どんな重圧を受けようと、それを受け入れてたくましく生きた。
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自然を迎合し、その猛威に耐えてきた木々たちをみているうちに、先日治療をしてもらった鍼灸の王先生の言葉を思い出した。「治るも治らないも、全部『氣』のせい」。

先生は冗談交じりにおっしゃっていたが、実はとても真意を突いた言葉に思えてならないのだ。受け入れるも、拒否するも、痛いも、痛くないも、実はすべて『氣』がコントロールしているのではないか、と。

王先生は「治す」という言葉を使う。「間違った状態や具合の悪い状態などを本来あるべき姿にする」という意味を持つ。鍼灸は西洋医学とことなり、体を切除したり、体内に機具を付けたりはしない。まさに「鍼灸は、カラダを元通りにするもの」だと思うのだ。

人類は何千万の精子から生き残った強い精子が生命となり誕生する。だから私たちのカラダは、ちょっとやそっとじゃヘコタレない、強くて丈夫なはず。しかし生きているうちに、様々な習慣により、強いはずのカラダが壊されていく。

例えば暴飲暴食。せっかくカラダを癒しに温泉に行っても、夜は遅くまで酒をガブ呑み。朝食がバイキングであれば、なぜだか「食べなくちゃ、もったいない」という気持ちになって、また暴食。

長年、培ってきた習慣により、大人はそれができる。しかし、まだその習慣のない子どもはカラダが素直で、夜はいつもの通りの時間に眠くなる。お腹が空いていなければ、どれだけ美味しそうなバイキングであっても食べない。まるでその小さいカラダで計量でもしているかのようだ。

科学的な事はさっぱり分からない。しかし、彼らなりに無理をした時に襲ってくるウイルスと、その小さいカラダは熱を出してウイルスと闘っているんだな~と、暴飲暴食を重ねる私に教えてくれているようだ。

私たち大人は、暴飲暴食を重ね、そのツケの支払いを他に頼るようになってしまう。高額なサプリ、ダイエットエステ、健康器具、痩身器具…。病気ならば別な話。しかし、健康な人用に販売して売り上げを伸ばしているという宣伝を見ると、なんだか哀しい気分になる。まずは根源を自分で断ち切らなくては、これらに頼っていても治癒にはならない。

健やかなカラダに健やかな魂は宿る。生まれたばかりの赤ちゃんの、その神聖で美しいカラダには、とても健やかな魂が宿っている。

だからこそ、私たち大人は、生まれ落ちた時に自分が備えていたカラダに戻すことが、ストレス社会に生きるうえで、必要なことなのではないだろうか。


何度も痛い目に遭ってきた奇木たちが「まずは自分のカラダの声に耳を傾けなさい。どこか悲鳴をあげてないですか?その悲鳴を聞き取りなさい」とでも言っているように思えた。

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2012年08月18日

自分自身で乗り越えるTJAR

TJARも4選手がゴール。後続選手も佳境に入った。

すでに正念場を経て、今は痛みや睡魔との闘い。この2つはどれだけ周囲が応援したところで、そう簡単にコントロールできるものではない。戦地に出向いた経験のあるおじいちゃんが言ってたのを思い出す。「戦場では、飯の時間があるなら眠りたかった」

家族や友人の顔を思い浮かべ、沿道で出会う人たちの温かい応援に、「辞めたい」との一言が出せなくなることもあるかもしれない。「このまま大雨で実行委員から下山命令でも出ないだろうか。その方が気がラク」そんなことまでも考えてしまうかもしれない。疲労も限界に来ているころ。選手たちは、様々な想いを胸に自分と、そして無情にも止まってくれない時間と苦闘している。

このレースはスタートラインに立つまでもが厄介だ。家族や職場の理解を得て、休暇を取り、厳しい選考会にパスし、切りがない準備に追われ(こだわればこだわるほど、目途が立たない)…ともかくクリアしなくてはいけない課題が多い。

たとえゴールラインに踏み入れなかったとしても、スタートラインに立つだけで、すでにゴールと等しいくらいの困難をクリアしてきたようなもの。本戦は沿道で応援をしてくれる人がいるが準備は孤独だ。

だから「TJARはスタートラインに立つだけでも勝者である」と私は思っている。今回出場している28名の選手も、大きさや内容は異なれど様々な壁を乗り越えてきたことだろう。

しかしどれだけ事前準備が大変だったとしても、目的は本戦にある。本戦がすべてだ。

相手は自然。現代の科学ではまだコントロールできない。実行委員会は神様じゃない。だから天候、気候はどうにもならない。だからこそ、このレースはあらゆる自然環境での自己管理能力が求められ、最終的には各選手の自己判断にすべて委ねられる。

多くの壁を乗り越え、多くの人に応援されて出場したTJAR。そんなレースゆえ、途中で止めるのは極めて苦しい決断である。しかし人類がコントロールできない自然の下、危険と判断すればレースを止めざるを得ない。自然には逆らえない。自然は受け入れるしかないのだ。

長丁場であるこのレースは完全完走すら難しい。想像以上の痛み、予測していなかった悪天候、何より一番辛い自分との闘い。しかしルールが設定されている「レース」だからこそ、自分を追い込み、『自分と戦う=自分に向き合う』ことができるのだ。

一度出場した選手のほとんどが「また出たい」と思う。それだけ強い何かカタルシスのようなものがこのレースにはある。

隊長も過去3回ほどこのレースに出場した。私も取材させてもらった経験がある。そして今は夫婦で実行委員をやらせてもらっている。食事中、車で移動中、1年に1回あるかないかのデートでもTJARの議題は極めて多い。それだけ私たちの生活に影響しているレースだ。

そんな話を横で聞いている娘も「ビバークするなら…」な~んて、普通に話題に入ってくるようになるのも遠い先ではないのかも。

さて、「TJAR2012」。今現在、28人中、4人がゴール、7人がリタイヤ、17人が継続中。太平洋は待っている!

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2012年08月11日

TJAR今夜スタート

世界中がオリンピックで湧き上がっている裏で、今夜、たった28人が出場する競技がスタートする。その開幕は静かで、厳かで、そして個々の選手の心に秘める勇気は身震いするくらい壮大である。トランスジャパンアルプスレース。

28人の勇者たちは、日本海を背に、太平洋に向う。これから彼らを待ち受けるのは、壮大な山脈、大自然、緑まぶしい木々、穏やかな空気、温かい応援、感動…。

しかしそれだけではない。闇、猛暑、睡魔、疲労、痛み…。これらとの闘いも彼らの必須課題だ。どうか強い気持ちで踏ん張って欲しい。

さて。最初の私の課題は、いかに娘を早く寝かせながらも自分が起きていられるか、である。選手と比べると小さいなぁ~。

TJARのGPSトラッキング(位置情報)開始は今夜(11日)23:00を予定している。

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2012年07月17日

TJARにて想うこと

この夏、トランスジャパンアルプスレース(TJAR)が始まる。微力ながら私は実行委員の一人として、選手の連絡係を担当する。

※トランスジャパンアルプスレース(TJAR)
日本海/富山湾を午前零時にスタ-トし、北アルプスから中央アルプス、そして南アルプスを越え、太平洋/駿河湾までの距離:約415Kmの道程を交通機関を一切使わず、自身の足(走り、歩き)のみで1週間 (+予備日1日)以内に踏破することをめざす、ちょっとハ-ドな山岳アドベンチャ-レースです。(大会HPより)

この大会には少々思い入れがある。

第二回(2004年)、第四回(2008年)の大会では、隊長が優勝している。

第二回(2004年)の時は、いったい何が何だか分からず、ともかく「とんでもないレースに旦那が出る」くらいしか聞かされてない私。気が付いたら隊長の留守が続き、幾日か後に象のように足をパンパンに腫らした隊長が帰ってきた。

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(第二回ゴール寸前の隊長。走るというより歩く程度。足は破壊寸前。)

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(レース後の足は足首などなく、象のようになってしまった。)

第三回(2006年)はプライマルクエスト(アメリカ)での遠征後だったため、長丁場であるTJARまでに調整が間に合わず、出るには出たが、早々にリタイヤをした。

この時の参加人数はたった6名。参加者数28名の今年に比べると、認知度もなく、情報も極端に少なかった。情報がないゆえ、適した持ち物すら模索しながら挑戦しようという6人。どんだけ好奇心旺盛なのか!かなりの冒険人間が揃ったものだと今にして思う。

第三回(2006年)の大会で私は取材に入った。その時の原稿第1稿があり、このレースが始まる前には読み返すのが私の習慣になっている。私にとっては初めてのレースレポートで、第一稿はかなり力が入っている感あり。結局は、ここからかなり添削して(文字数をぐっと減らして)「ターザン」に掲載されたけど(笑)

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【TJAR2006 レースレポート】
文:竹内靖恵
誌:ターザン

日本には様々な冒険を考える人がいる。それが「想像を超えるもの」だったり「不可能に近いもの」だったり「バカバカしいもの」だったりする。しかし何故だか大の大人が、そんな冒険に遊び心をくすぐられ、真剣になって挑戦して、泣いたり笑ったりしてしまうのだ。

そんな冒険のひとつ『トランスジャパン・アルプスレース』。2年に1度開催される長距離レースで、今年は8月13日~20日に開催された。ルールは至ってシンプル。8日間以内で、富山県魚津市の日本海をスタートし、北アルプス、中央アルプス、南アルプスを縦走し、静岡県静岡市の太平洋まで、ひたすら走る。

スタートしてからゴールをするまで競技時間は止めないので、寝る場所や時間も自分で決める。事前にスタッフに預けた補充荷物の受け取り(デポジット)はコース中盤の市野瀬の1箇所のみ。それ以外はサポートもないので、食事は携帯するか途中で購入するしかない。

ルールはシンプルではあるが、誰からの補助もない分、自己管理もできなくてはならない。実はこのレース、走力だけではなく、山の知識、サバイバルスキル、体のメンテナンス知識なども必要となるのだ。

この大会に参加するにはクリアしなければならない条件がある。その条件とは①2年以内に、標高2000m以上の場所において1回以上のファーストビバーク体験があること。②1日に、コースタイム20~34.2時間以上の山岳トレイルコースをコースタイムの70%(14~24時間)以下のタイムで走りきれる体力と全身持久力を有すること。このたった2項目ではあるが、かなり厳しい条件である。(※条件は当時のもの)

今年この大会に参加したのは、考案者の岩瀬幹生、二児のママであり大会参加者で唯一女性の間瀬ちがや、前回6日間2時間という大会記録を出したアドベンチャーレーサーの田中正人、前回惜しくもタイムオーバーとなった高橋香、前回に続き今年も完走を狙う飯島浩、初挑戦でランナーの岩崎勉の6名である。
 
優勝候補の田中正人は「今年は5日間のゴールが目標です」とコメント。しかしスタート直前におびただしく脚全体に巻きつけるテーピングが気になる。前回の大会で田中より25時間遅れて2位でゴールした間瀬は、家族が応援に来る。一家の主婦が長期レースに出場するには、家族が結束しての応援があってのものだ。

8月13日00時00分、いよいよスタート。富山県魚津市早月川河口を6名が一斉に飛び出した。

まずトップに出たのは間瀬。持ち前の走力をスタートから活かし、ハイペースで進む。男性陣も彼女のペースに引っ張られ、異常な速さで馬場島を通過。しかし岩崎のペースだけがあがらない。「この大会に来るために毎晩徹夜同然で仕事を必死に片付けてきたから眠くて…」と言う岩崎は、馬場島で早くもビバーク。他の選手よりかなり遅れをとった。

夜が明け、スタートしてから7時間28分、間瀬と田中が同時に剣岳に到着。前回の田中の記録を1時間更新している。かなりのハイペースだ。そしてここから田中が間瀬を引き離す。

睡眠をあまり取らずに猛進撃を続ける田中。双六小屋に1日2時間20分で到着。槍ヶ岳、上高地と順調に飛ばしていた田中だが、北アルプスを下りた時点で極端に脚が痛み出す。体のいたるところに故障が見え始める。「この痛みを取るには寝るしかない」と、沢渡温泉付近で1時間半程度の仮眠を取り、続く野麦街道ではペースをなんとか盛り返す。

沢渡温泉地点で間瀬は田中より7時間遅れているが、足取りはしっかりしている。続く選手達もあまり時差はなく、淡々と進む。

アスファルトの野麦街道をいいペースで進んでいた田中だが、境峠からペースが落ちる。長く続くアスファルトは選手にとって地獄そのもの。山で酷使した脚に、アスファルトの衝撃は実に耐え難いものがある。実は選手のほとんどは山中ではなく、アスファルトで脚を故障するのだ。田中もこの地獄のアスファルトと戦い続けた。

この大会の約1ヶ月半前に出場したアメリカのアドベンチャーレース「プライマルクエスト」。これに田中はリベンジとチームの名を賭けてすべてをぶつけて戦った。そしてこのレースで受けたダメージで体の至る所に不調を訴え、帰国後は病院、整体、鍼灸などに通い詰めた。今回の大会は完治しないままの出場だった。

スタート時点から体に違和感があり、北アルプスは騙し騙し進んできた。足が重く、すでに神経すら麻痺し始め、着地が骨の髄まで響く。脚をかばっていた為か、腰に負担がかかり、ついにはまっすぐに立っていられない。しかし前回の6日間2時間という記録を更新しなければならないというプレッシャーもあり、意地で北アルプスを抜けた。

だが体は正直でとうとう騙すことができなくなり、やがて体中の筋力が破壊されたように全ての力が喪失されていく。日義木曽駒の道の駅に着いたときには、ついに体が動かなくなった。

2日間4時間44分、日義木曽駒道の駅。田中正人、リタイヤを決断。中央アルプスは目の前だった。記録更新を目標にしていた田中にとって苦渋の判断だった。

田中の無念のリタイヤ後、トップに出たのは間瀬ちがや。「調子が良くない。脚が痛くて登りが辛い」とつぶやく彼女。彼女もまた長いアスファルトと30度を超える気温で体力を消耗していた。

間瀬から遅れること6時間半、飯島がアスファルトにいた。「足底が痛い」と腫れた母子球をなでる。今回は前回ほどタイムがよくない。気合をいれるために道路脇にある焼肉店に入って、焼肉を平らげた飯島。「足は痛いけど、まだまだ続けます」と、足を引き摺って進む。しかし木曽駒ケ岳入口の木曽駒高原スキー場まで登った所で、とうとう限界となった。前回ゴールテープを切っているだけに、あきらめたくない。一晩スキー場で体を休めたが、結局最後まで足の痛みは治らなかった。

3日間4時間、木曽駒高原スキー場にて飯島浩リタイヤ。彼もまた中央アルプスを目前にしていた。

間瀬を追う高橋は日本山岳耐久レースで10時間半を記録するランナーだ。前回、彼は静岡市井川でタイムオーバーという苦汁を飲んでいるだけに、今回はなんとか完走を果たしたい。「眠くて、眠くて、吐き気さえする」と高橋。「途中で眠くてペースが落ち、普通のおばさんハイカーに抜かれた(笑)」この大会は寝る時間は特に規定されていないので、自分で体調を管理しながら休憩を取る。よって無理をして進めば当然睡眠時間は少なくなる。規定時間内のゴールをするため、高橋は睡魔と戦いながら、前回のリベンジに挑戦していた。

この大会の考案者でもある岩瀬は仕事の都合で、3日間15時間目にレースを中止せざるを得なかった。呼び掛け人ゆえに辛い選択だが、ここで岩瀬は中央アルプスを終え、駒ヶ根高原にて終了。

8月17日20:00。デポジットポイントの市野瀬の関門時間である。すでにリタイヤしたのは田中、飯島、岩瀬の3名。そして継続しているのは間瀬、高橋、岩崎の3名だ。既に間瀬も高橋も市野瀬のデポジットを通過。しかし岩崎だけが極端に遅れている。市野瀬は空木岳を下り駒ヶ根スキー場に出て、そこからアスファルトを24.5キロも行かなければならないが、足にダメージがあるため、どんなに早くても5時間はかかる。よって駒ヶ根スキー場には15:00には着いていなければ関門に間に合わない。しかも岩崎のペースから考えると13:00には通過していないと厳しい。時間が刻一刻と迫る。辺りが暗くなるが岩崎の姿はない。結局、彼が駒ヶ根スキー場に姿を現したのは22:00であった。

4日間22時間、駒ヶ根スキー場にて岩崎勉、タイムオーバーでリタイヤ。

「足のマメが悪化して、昨日の午後から急に走れなくなった。実は今までマメで走れなくなるなんて、想像もつかなかった。マメができた事は何度もあるが、走れなくなる程痛くなることはなかった」と岩崎。しかし彼はこのレースで実に深く大きい事を学んだと言う。「途中で一般ハイカーから多くの応援をもらいました。ある山小屋に行った時、そこのおじさんが他の山小屋のおじさんに『こんなレースをしている人が行くから、よくしてやってくれ』と連絡をしてくれて、そこに行くとおにぎりを用意していてくれた。嬉しかった。この大会中、いろいろな人たちに出会った。応援をしてくれた人たちに感謝している」トランスジャパン・アルプスレースは、ただのタイム競技ではない。究極の世界での、自分への挑戦、新しい己の発見、温かい出会い、そして改めて知る感謝でもあるのだ。

中央アルプス・南アルプスを終えた間瀬が6日間8時間42分で畑薙ダムに到着。どうやら左足首に炎症を起こしているようだ。山中で拾ったであろう棒切れを突きながら痛々しく引き摺って歩いている。「あの足はかなりきてる。最後までもつかどうか・・・」既にリタイヤした田中が心配をする。しかし間瀬は一言も弱音を吐かない。応援に来ている子供たちにも笑顔を見せる姿は、真に強い母の姿を思わせる。前回7日間3時間55分でゴールした間瀬は「今は7日間を切る目標だけが頼りです」と言って歩き続ける。

南アルプスを越えた後は80キロ以上もある長いアスファルトを通って太平洋を目指す。この80キロは下り基調なので、筋肉の同じ場所に負荷がかかる。トランスジャパン・アルプスレースで一番堪えるのが、この最後のアスファルト「畑薙ダム~大浜海岸」である。「・・・足、痛いです(笑)」と足を引き摺りながら、相変わらず笑顔を忘れない。

と、その瞬間、信じられない事が起きた。精魂尽きているはずの間瀬が走り出したのだ「今日中(7日間以内)に太平洋に着きたい」その思いが間瀬の足に拍車をかける。彼女の目標タイムの残り時間から計算すると、このアスファルトを15時間程度で突破しなければならない。ちなみに2年前のレースで、田中でもここは17時間かかっている。間瀬の最後の賭けが始まった。

足を速める間瀬がアプト式汽車で有名な井川駅に到着したのは6日間15時間34分。炎症で足の痛みが増してきたため、家族が見守る中、ここでアイシングをするためしばし座り込む。パンパンに腫れ上がる足首。もう立つ事さえ困難だ。精神的にも肉体的にも限界がきたのか、ここで間瀬がつぶやいた。「みなさん、応援してくれていているのに、この時間では7日間以内は無理そうです。申し訳なくて・・・ここでリタイヤしようかとも思っているんです・・・」今回のレースで初めて弱気になった間瀬。そんな時、彼女をずっとずっと見守ってきた子供たちが言った、「ママ、止めないで!」。驚いた事に、間瀬はこの声で再び立ち上がり、そして歩き出したのだ。

とうとうレース7日目0時間00分を回った。間瀬には太平洋は見えていなかった。ひたすら続く峠道のアスファルトを気力だけで進んでいた。7日目の朝を迎えた時点で長かった峠道をやっと終えた。「もう足が動かないんです・・・どうしよう・・・」何度も座り込んでアイシングをする。そしてまた立ち上がり、歩き出す。彼女が止まる度、家族も立ち止まり、励ます。一晩中、その繰り返しだった。

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そして静岡市内。間瀬が最後の力を振り絞る。その足は、痛みではなく、ゴール出来る事の嬉しさと家族への感謝を持って、力強く突き進む。いよいよ大浜海岸(太平洋)だ。じんわりじんわりと海に向かう。

7日間10時間48分、大浜海岸。間瀬ちがや、ゴール!

「遅くなって皆さんをお待たせした事を、本当に申し訳なく思っています」が第一声だった。レース中に左足を挫いて足首の筋を損傷したにも関わらず、最後まで本当によく戦った。「家族がいなければゴールできませんでした」と目を細めて我が子を見る間瀬はレーサーではなく母親の顔になっていた。文字通り家族とともにゴールをした 間瀬だった。

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間瀬が太平洋に着いた時、最後のレーサー、高橋は井川駅を通過し、80キロの「地獄のアスファルト」の中間地点にいた。高橋が畑薙ダムに到着したのは7日間5時間6分。このタイムでは今日中(規定時間の8日目)にゴールが厳しいと予想されていた。

ところが、周囲の予想を覆すかのように、高橋はどんどん追い上げている。なんと、高橋は「地獄のアスファルト」をひたすら走り続けているのだ。とても山から下りてきたばかりとは思えない程のスピードである。高橋は、前回のリベンジとして、自分自身と最後の時間を賭けて戦っているのだ。ただひたすらゴールを目指して・・・。

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やがてあたりが暗くなってきた。しかし高橋は立ち止まる事はもちろん、歩く事すらしない。ただ走る。彼の走り続ける姿に周囲の関係者も熱くなり、感動し、応援をし続ける。そして「無理だ」と予想していた誰もが、この時点で高橋の勝利を確信した。

7日間19時間25分、大浜海岸。高橋香、ゴール!高橋は遂にやった。自分自身に勝ったのだ。

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この大会は、まさに「自分と戦う冒険」である。完走した選手もリタイヤした選手も支えてきた家族も全員が一丸となってこの「冒険」を成功させた。

このレポートを続け、私はある事に気が付いた。参加している選手は、悪天候、肉体的な痛み、満足に取れない食事(見つけた店が閉まっていたなど)など、多くの困難に遭遇した。しかし誰一人として不満を言わないのだ。「行けるところまで行きます」と笑顔で言い、たった一人で漆黒の山に入っていく選手たち。どんな状況にも笑顔でいられる選手たち。

自然に対して敬意を払い、仲間を励ましあう。自分の選択に文句を言わない。この大会を通し、真のスポーツマンシップを垣間見たような気がする。

再来年はどんな勇者が挑むのか、どんな感動を見せてくれるのかが楽しみだ。

(以上がナマ原稿)
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高橋さんに会ったのは2006年12月の忘年会だった。
高橋さんは、ターザンの原稿を読んだらしく「ボク、そんなにかっこよくないですよ~」と照れ笑い。そんな高橋さんの顔は、あの地獄のアスファルトと戦う猛虎な姿はどこにもなく、とても穏やかで優しかった。

この約半年後、高橋香さんは他界した。

ご両親は彼の短かった生涯を一冊の本にした。私のターザンへのナマ原稿の一部も冊子に引用してくれている。

この夏も、高橋さんの心は私たち実行委員と共にアルプスに行くだろう。

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posted by Sue at 11:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 悪妻のボヤキ | 更新情報をチェックする

2012年07月07日

DVにて想う

先日、新聞に「昨今、DVが増えてきている」と書かれていた。

DVにはいくつか種類があるそうな。「身体的暴力」「性的暴力」「精神的暴力」「経済的暴力」「子どもを巻き込んだ暴力」など。「身体的暴力」「性的暴力」はダイレクトすぎて私にも理解できるが、はて、「精神的暴力」「経済的暴力」「子どもを巻き込んだ暴力」はどこまでを指すのだろう?

男女参画基本法には以下のように定義付けされている。

◆精神的暴力
・家庭内で無視し続ける
・何でも従えと言う
・発言権を与えない
・交友関係や電話の内容を細かく監視する
・外出を禁止する
・何を言っても無視する
・人前で侮辱する
・大事なものを捨てる、壊す
・罵詈雑言を浴びせる
・夜通し説教をして眠らせない
・脅かしや嫌がらせを黙ってし続ける
・言葉の暴力を浴びせる
など

◆経済的暴力
・生活費を入れない
・妻が外で働くことを妨害する
・洋服などを買わせない
・家庭の収入について何も教えない
・家計を厳しく管理する
など

◆子どもを巻き込んだ暴力
・子どもに暴力を見せる
・子どもを危険な目に遭わせる
・子どもを取り上げる
・自分の言いたいことを子どもに言わせる
・子どもに暴力をふるうと脅す


なるほど。しかしこれって、被害者と加害者に相当な意識の差が出るのではないだろうか。
例えば、我が家の場合だが…
■隊長は新聞を読んでいる時、私がしゃべる声は届いていない → 何を言っても無視する
■我が家の日常をFacebookなどに書く → 人前で侮辱する
■どうにかこうにかやりくりして生活をする → 家計を厳しく管理する
ん?これってDV???まぁ程度もあるだろうけど。

ウチは大丈夫ね。多少のケンカはあっても、基本的には仲が良いし、暴力は一切ない。

「でもね…」ふと考える。私、隊長に対して「言葉の暴力を浴びせる」事をしてるんじゃないかな。イライラして言い方がきつくなったり、八つ当たりしたり。やる事が増えれば増えるほど、思う様に事が行かないほど、「アンタが悪い」的な発言を取ってしまう。自分は被害者で相手が加害者。自分は一切悪くなくて相手がすべて悪い。仕事の負担が大きくなるほど、そう決めつける傾向がある。

傍にいた隊長にDVの定義を話してみた。そして「でさ、ウチってDV発生してると思わない?」という私の質問に対し、しばし考えた隊長は「うん」と答える。

やっぱりね~、私キツいよね…と思った瞬間、隊長が意外な事を言い出した。

「ボクね、Sueさんの耳を悪くしているのは僕に原因があると思ってるんだ。Sueさんの耳鳴りは明らかにストレスから来てるでしょ?そのストレスの要因を作っているのは全部ボクなんだよね。それもDVかなぁって…」

そうか。この人も私と同じく、加害者意識になってるんだ。だから私たち、色々あってもなんとかやっていけてるんだ。

軌跡のない世界に飛び込み、軌跡のないことをやり続け、将来も見えない生活をする私たちは、もしどちらかが被害者意識を持ち始めたら、その時点で終わっていたかもしれない。

互いに加害者意識を持っていれば人間関係はどうにか維持できる。むしろ自分を被害者に仕立て「私は悪くない」と正当化する事の方が人間関係を崩す。


昨日、3日間苦しんだ嘔吐下痢からやっと復活(まだ完全じゃないけど)。その間、激務であるはずの隊長は娘と私の面倒をよく看てくれた。この多忙な時に病気になる私は、まさに加害者である。長時間、立つことすら辛かった私に代わって、娘のために慣れない台所仕事と戦う隊長の後ろ姿を見て思った。
「復活したらすべてを巻き返そう」

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2012年06月02日

ファミリーアドベンチャーを始めた理由

6月1日 ファミリーアドベンチャーの申込みを開始。

朝早く起きて、エントリーフォームを開示したのはいいが、HPが開かない。ボランティアのごとくウチのHPを管理しているアドベン・プロダクツ(本来はプロフェッショナルです)に電話。「サーバーを移設しようと思ってて…」なんで今なん(泣)????アドプロの働かない社長の「死ぬ気でやる」との約束で午後3時になんとか開示。働かない社長、ありがとう!!

ファミリーアドベンチャーの精鋭スタッフは言うまでもない。が、事前段階でもこうやって助けてくれる人がいることに感謝。私個人の思い入れで開催するイベントに、多くの人が利益など求めずに力を貸してくれることが何よりうれしい。協賛も予想以上に集まった。本当にありがとう。

そもそもこのファミリーアドベンチャー、3年前の冬に隊長を半ば強引に説得して始めたイベントだ。最初は「ファミリー向けのアドベンチャーレースかぁ」と渋っていた隊長も、私の熱意を理解し、今回は私の補佐として動き始めた。


私の想いは3つ。

1:未来のアドベンチャーレーサーの種を撒く
ファミリーアドベンチャーに参加してくれる子どもたちは10年もすれば海外レースに出場できる年齢となる。10年はあっという間(田中正人がアドベンチャーレースをやりだした時期、元イーストウインドで世界大会に出場した山北道智は小学校に入学)。そのためにも、私たちは草分け的作業、アドベンチャーレースの楽しさを知ってもらう事の種蒔きをしていくことが、これからのアドベンチャーレースの普及に繋がる事だと思った。

2:家族の絆を取り戻す
仕事でほとんど家にいないお父さん、教育欲旺盛なお母さん、塾に通って親と話をする機会の少なくなった子ども…。自身も親になり、そんな風景が気になるようになった。そんな家族関係の昨今だからこそ、ファミリーアドベンチャーを通して「家族で作戦を練る(チームワーク)」「思い切り遊ぶ(自然に触れる)」「仲間を応援する(信頼)」「がんばる(競争意欲)」を認識して欲しいと思った。

理由3:アドベンチャーレースへのお礼
アウトドアをまったくしない私がアドベンチャーレースに関わって15年。『アドベンチャーレース』によって人生が大きく変わった。仕事としてはもちろん、結婚、出産、育児。これもすべて『アドベンチャーレース』がくれたものである。まさに『アドベンチャーレース』は運命を切り開いてくれる神様からの贈り物。だからこそ、その根を絶やしたくない。ファミリーアドベンチャーは優劣を競う競技だが、「強い者が勝つ競技」ではなく「アウトドアが楽しくて仕方ない競技」としたい。競技によって物事に真剣に取り組むこともできる。いずれ子どもたちも大人になってバリバリの競技選手になるかもしれないし、オリンピックに行く選手が生まれるかもしれない。私なりにアドベンチャーレースを日本に維持していく手段はないかと考えたのがファミリーアドベンチャーだった。

(以上)

子ども達に伝えたい要点だけをまとめ、競技内容はプロでもある隊長やヨーキ、また国内でアドベンチャーレースを長年愛好してきた人たちに一任。スタッフはそれぞれの持ち場を、全責任を持って仕切る。素晴らしいスタッフに支えられていると感謝でいっぱいになる。

さあ、今年はどんなドラマが起きるか、すごく楽しみだ。


2010年のファミアドの一幕

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2012年05月15日

森の遊学舎にて

「火越し名人の火越し、見に行こうよ」

珍しく隊長が家族旅行を提案したはいいが、彼の提案の内容がよく分からない。火越し名人の技を見に行く?なんだ、それ?

その火越し名人の事は、ずっと前から隊長から聞いていた。テレビに出演されている時も観た。名人は数秒で火種を造る。私もアドベンチャーフェスティバルファミリーアドベンチャーでもマイギリ法で試した事はあるが、どれだけやっても火種は産まれない。隊長も然り。

私は「無理だ」と、あっさりとあきらめてしまったが、なぜだか隊長は数年来、火越しにとてもこだわっている。「男ってのは火が好きだな~」と漠然と思ってはいたが、何も家族旅行に火越しを見に行かなくても…。

普段、どこかに行くとなるとその計画や下準備は私がするのだが、今回ばかりは隊長みずからが申込むという。そこまで言うなら「じゃ、行きますか」。こうして私たちは火越し名人の技を間近で見るために、福島県南会津に向った。

那須塩原のインターを降りてから南会津までの道のりはキラキラした新緑が息吹く。美しくて気持ちがいい。長く厳しい雪の季節を耐えた木々たちが、やっと来た春を喜ぶかのごとく、輝きだしている。こんな美しい高原の近くで、あの未曾有の原発事故が発生したのかと思うと哀しくなる。

さて、3時間半かけてたどり着いた場所は森の遊学舎の10周年記念イベントだった。火越し名人はそのオーガナイザーと言う。

「こちらが火起師(ひおこし)の大西さん」標高5000mでの火越しを成功させた野人だもの、よっぽど野生化したターザンの様な人だろうと思っていたが、目の前にいたのは人懐こい笑顔のクリクリ坊主。ターザンと言うより、どこぞのお寺の珍念さん(ごめんなさい)という印象。

現地に着いてやっとこのイベントの全貌が見えた。「みんなで何か楽しい事を作り出そうよ」的な空間。普段、スケジュールをバシッと組んで動いている私たちのレースイベントは異なり、何をしてもいいよん的なゆる~~~い空間。これが全貌なのだ。だから隊長もよく分からなかったし、説明もできなかったのだ。

あちこちで、いろんな人が得意な事を教える。

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習字にトライする娘。タイトルは「星空」だそうな。

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地元のおばさんたちが「ちまき」の作り方を教えてくれた。

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家族そっちのけで竹細工に没頭する隊長

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いよいよ火越しに挑戦!まずは名人の説明から

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名人の道具



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起こした火でごはんを炊く

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火越しから始まり、みんなで作った夕食

ゆっくりと時間が流れる。2日目。

みんなで散策の途中、森の神様にごあいさつに行くことになった。神様は登山道もない山の中腹に居るらしい。必死で大人たちについて山を登る子供たち。やっとの思いでたどり着いた先は、何万年もかけて波で浸食した岩。その中に小さな祠(ほこら)があった。ここに神様がいて、ずっとずっと住民たちを見守っている。

神様にごあいさつを終え、みんなで下山。娘にとって登山道のない下山は初めてになる。火越し名人の丁寧な誘導と前を行く1歳上のお友達のお蔭で、頑張る事ができた。


撮影:お父ちゃん

もう少しで降り切るというところで、張りつめていた緊張がほぐれ、ついには涙が出てきてしまったようだ。よくがんばった、と母は思うよ。

動画の中盤、アキラを待っていたお友達が自然に手を出し、それを自然に握り返すところがある。その場面を見ると心が温かくなる。人は困った人に無意識に手を差し伸べ、困った人は差し伸べられた手を握って、そうやって助け合って生きてきたんだと、小さな二人の無意識な行動が教えてくれる。

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2日目の昼食はスタッフのみなさん手作りのチャパティ

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地元の移動手段

何もない場所だけど、とても気持ちの良い場所。気持ちを穏やかにしてくれる時間だった。

思えば私たちも自然と身近に暮らしている。雄大な谷川岳と利根川。その恵みを受けながら豊かに生活させてもらっている。

それなのに、なぜだか追われる日々。あれもしなくちゃ、これもしなくちゃ。そんな事を思いながら暮らしている。南会津とみなかみ町。その地形や歴史は異なるが、どちらもゆっくりと時間の流れる自然豊かな地なのに。思う事がたくさん湧いてくる。

自分で火を越し、それを調理に使用し、できた料理を頂く。すべてが自然とつながる瞬間。その瞬間を感じ取ることができる、とても贅沢で、とても楽しくて、とても勉強になった2日間だった。

名人、スタッフの皆様、そして森の神様、ありがとうございました。


…そう言えば
隊長はみんなが夕食を作っている最中、サイトの端っこで、名人に伝授してもらったのか「軸だよ、軸!軸が大切なんだ」とブツブツ言いながら、ず~~~っと火越しに挑戦してたっけ。みんなが夕飯作ってるってのに、よくまぁ飽きもせず、あれだけず~~~~っとできるもんだ。腹が立つのを通り越して呆れてしまったよぉ。

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2012年05月11日

マイホーム

一般企業に勤めている同年代たちに役職が付き始めている。自分が会社勤めをしていた時、係長、課長はおじさんがやる事だと思っていたけど、同年齢の友達から「旦那が今年から役に就いて」と聞くと、もうそういう年齢なんだな~とつくづく思う。

で、そういう友人たちから「念願のマイホームを建てました」なんてお便りも頂いたりする。いいなぁ。「でも25年も返済をしてかなくちゃ」と言いながらも嬉しそう。それでもいいわよ。私たちなんて銀行もお金を貸してもくれない職業だもの(笑)。

マイホームかぁ。なんだかふんわりと温かい言葉に聞こえる。

英語で「家」をhouse(ハウス)とhome(ホーム)があるが、ニュアンス的には「house=建築物」「home=家庭」とでもなるだろうか。ゆえにマイホームは語訳すると「我が家」になろう。

子供が生まれてから今住んでいる物件は、降雪量はすごいけど、空気もいいし、日当たりも悪くない。しかし少々手狭になってきているのも確か。

結局のところ、もう少し降雪量が少なく、もう少し広く、もう少し便利が良く…などと、どんどん欲が出てきてしまう。言ううち周囲がマイホームを建てているのを見ると「ならばウチもマイホームを!?」なんて思ってしまう。

houseを考えた時、より良い場所に、より良い質で、より広く…またもや欲が深くなる。しかしhomeを考えた時、今のままで十分幸せだと思えてくる。

明るくて、楽しくて、ホッとして、「ただいま」と帰る場所がhome。帰ってくる家族を「お帰りなさい」と迎える人がいるのがhome。それは場所や広さ、環境、デザインなど関係ない。自分が幸せと感じる場所が、大切な人がいる場所が、自分を迎えてくれる場所が「マイホーム」なのだ。

さて、この季節、朝は「ホ~ホケキョ」と至る所から聞こえる。

以前、子育てする環境として、朝は「カア、カア」というカラスの鳴き声よりも「ホ~ホケキョ」のウグイスの鳴き声を聞きたいと思ったことがある。今はまさにそうなっている。厳しい雪の季節を我慢してきた事へのご褒美かもしれない。

あ~それでも…う~ん、やっぱり庭付きの広々した一軒家、憧れるわ~。


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2012年05月07日

アドベンチャーレースでは運も実力

今年のパタゴニアエクスペディションレースで準優勝をした隊長。

「山は雪が降ったけど、自分たちがそこに入った時は、足元に積もっていた程度。でも徐々に雪が激しくなってきて、僕たちの後に来たチームは膝まで雪があったらしい。僕らはラッキーだった」

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果たしてイーストウインドは運が良かっただけなのか?

単純に幸運だったと思える話だが、隊長の話を聞いていると「運も実力のうち」という言葉が浮かぶ。もし、あれが膝まで来る雪だったとしても「まだマシだよ。後のチームなんて胸の辺りまで積もってたよ」とでも言うだろう。「前のチームは進めなくて停滞してたんだ」ということもあり得る。天候によって左右されるアドベンチャーレースは、それで順位が大きく変わったり、リタイヤしたりすることも少なくない。

天候は人間の力では変えられない。自然が生み出す力に、時にはとまどいながらも、人間はそれを越えて生きてきた。隊長は先人たちが自然に対して調和してきた方法を活かしてアドベンチャーレースを楽しんでいるように思えるのだ。自然に対して無理をしない。素直に受け入れているように見える。

雪山もトレーニングを重ねてきた。胸まで積もる雪山をラッセルしながらラントレーニングをしてきた。初めて雪山にランニングをしに行くと聞いた時「この人、頭がどうかなっちゃったんだじゃないだろうか」と思ったものだ。それまでの私の常識として「雨の日は走るどころか、外にすら出ない」であったのだ。

しかし14年以上も彼のそういったアブノーマルな行動(私から見たら、であるが)に慣れて、今ではそれが普通になってきた。雪山に行く隊長を「行ってらっしゃい」と普通に送り出せるようになった。

イーストウインドは運が良かっただけではない。それだけトレーニングを重ねてきているということなのだ。

1日24時間という決まった時間の中で、いかにそれに時間を費やし、いかに集中するか、である。一気に複数の事をこなそうとすると24時間内ではうまくいかない。ならば的を絞ってそれに集中する。

隊長は仕事を辞めて、その分の時間をアドベンチャーレースに集中してきただけなのだ。種目も多いし、金銭的にも厳しいし、まだ馴染みの少ない競技であることも助長し、思った以上に時間はかかる。しかし飽きもせず、気持ちも折れずにコツコツやってきた。雪山をクリアしてきた事の要因はそこにある。

PERの後、クラッチはトレイルランニングに集中している。トレランは仕事を辞めてこれに集中している人がグンと増えているから彼にとっても厳しい状況になるが、ひとつのことに集中することはとてもいいことだと思う。修練を続ければ力が身に付き、やがてその実力で運を開くだろう。

そんな事を思いながらも、「あれもしなくちゃ。これもしなくちゃ」と気持ちだけが焦り、時間だけが無情に過ぎてしまう日々を送っている。私の場合、集中力が維持できない。だから人が1時間でできる仕事を2時間かけてやるというスローペース(しかもポカミスが多い)。

私は人の2倍努力してやっと普通。もし雪山をクリアしたかったら3倍の努力が必要だ、と思う今日この頃である。あ~日々精進…。

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ファミリーアドベンチャーのエントリーは6月1日より

posted by Sue at 06:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 悪妻のボヤキ | 更新情報をチェックする

2012年05月01日

人から評価を気にするのは自分本意の表れ

私はアドベンチャーレースをしない。できないし、やる気もない。

そんな私は、アドベンチャーレースの企画・運営をしたり、選手を海外に送り出す事を生業としている。しかし嫌々やっているわけでもなく、隊長がアドベンチャーレーサーだから無理にやっているのでもなく、やっているうちにどんどんそれが好きになっていくのだ。地味な仕事なので、当然陽は当たらない。

人によっては陽の当たらない仕事を頑張っている事だろう。というか世の中、蔭となり縁の下の力持ちとなって仕事をしている人の方が多い。一人のアイドルを生み出すのに、どれほどの人が水面下で動いていることか。

だが、人は「認めて欲しい」という気持ちがある。陽の当たる場所にいる人はそれが分かりやすいが、水面下で動く人にとっては、そのバロメーターが不明確である。だから自分が認められているかどうかが気になって仕方ない。恥ずかしながら、私がまさにそうである。

しかし最近はこの「認めて欲しい」という自己顕示欲が、とても自分本意であることに気がついた。

「自分は、こんなにやってるのに・・・」「あの人は私の能力を分かってない」という気持ちは、実は自分主体の価値観であり、人にその価値を押し付けているだけなのだ。しかも自己顕示をすればするほど、人は離れていってしまう。

「認めて欲しい」という気持ちは、人から評価を得たいため、自分の利益のために動くから、思ったとおりの評価が得られないと苦しくなり、仕舞いには「まったくわかってない」と人を責める。

本当に自分ができる人間であれば、世間は無視しない。仕事もちゃんと与えられる。自分が押し付けなくても、言葉がなくても、陽が当たらなくても、人はちゃんと評価をしている。だから能力のある人は気にする必要はない。

一方、残念ながら私の能力は無に等しい。が、非力ではあっても無力ではないはず。そう信じてもバチは当たるまい。

だから、その微力を嘆くよりも、なんとか人に喜んでもらえるような、役に立つような事に使えばいい。評価など気にせず、どれだけ相手が喜んでくれるか、役に立つかに焦点を当ててみる。

神学博士の竹内修一氏がこんな言葉を言っていた。

「いのちが目指すもの。それは仕合せに他なりません。この仕合せは、お互いに仕え合うことによって与えられます。人に仕えることは、惜しみない心で自分を与えることにあります」

私はアドベンチャーレースをしない。だから評価はされない。むしろ評価はいらない。ただ、それを通して人に仕える何かができるとに仕合せ感じて生きたい、と思うこの頃である。

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2012年03月03日

物事にはすべて適切な時期がある

物事にはすべて適切な時期がある。出会い、結婚、出産、別離、死期。出発、到着、引越し、始める時、辞める時・・・。すべては自分だけではなく、なるべくしてなった物事のように思う。

先日、旧友たち6人と食事に出かけた。年齢はさほど離れていない6人だが、子育てを終えて人生エンジョイ中の人、不妊治療中、未婚、介護中…環境は様々。私は娘をどうしてもおいて行くことができず、連れて行った。言わば子育て中の類。

周囲が楽しそうにおしゃべりする中、「オシッコ!」「ねぇねぇ、きいて~」と、まるで私が話しの輪に入るのを阻止しているような言動の娘。最初からわかってはいたものの、せっかく楽しい食事というのに、これでは他の友達に迷惑を掛けてしまう。早々にして帰ってきた。

後日、食事をした友達のひとりに会ったので、食事会の失礼を謝ると、若くして出産し、すでに子育てを終えている彼女は「この時期の子はみんな手が掛かるのよ。私の時もそうだったもん。外に連れて行くことを考えちゃうんだよね。でもみんなわかっているから大丈夫だよ」

20代で子育てをした彼女は、その当時、育児と家事と仕事(自営業)と姑の世話に明け暮れていたが、50歳を目前とした今は、習い事に徹して、その師範となり、毎日忙しくも充実した日々を送っている。

逆に20代の頃の私は、ちょろっとお金を貯めては海外を飛び回り、自由奔放に好きな事をしていた。30代にしてアドベンチャーレース事業に没頭。今は子育て。体力的にはキツいが、精神的には20代だった頃の自分より落ち着いている。私自身の今の年齢は子育てに向いている。

彼女とは環境も異なるし、年齢的に逆パターンではあれ、子育ての苦労は同じだ。子どもが生まれれば、どの道、その苦労は味わうことになる。それでも子どもがいる事で学ぶことはたくさんある。ふと気がつく幸せがある。

もう一人の友達は数年前に子宮頸ガンを患った。今は定期健診を受けている。ご主人も糖尿病でふたりで闘病中だが、とても幸せだと言う。病気をして分かったことも多いと言う「毎日、元気なことに感謝して、一日一日を大切にしてる」。

物事にはすべて適切な時期がある。悲しい出来事も、うれしい出来事も、それはきっとなるべくしてなったもの。

隊長がアドベンチャーレースに初めて出場してから今年で18年。ここにきてイーストウインドは2位になった。ヨーキにとっては5年目、クラッチは3年目、ワッキーは2年目にしてこの結果である。早い、遅いではない。これが彼らにに適した時期なのだ。2年目であるワッキーにとってもこの時期の2位は適切なのだ。きっとこれから彼女の人生に大きく影響していくだろう。

一方、18年目の隊長の2位は、随分ゆっくりだったようにも思える(私も15年目)。しかし、この間たくさんの経験をしてきた。金無し、仲間割れ、非難、中傷・・・。それでもここにしがみついてこれたのは、温かく応援してきてくれた人がいたから。

隊長ひとりの努力ではない。私の努力でもない。隊長の後ろには、18年もの流れの中で、しっかりと温かく支えてくれた人がいる。ひとりでも欠けては有り得なかった。出会うべくして出会った苦労。出会うべくして出会った悔しさ。出会うべくして出会った人たちの優しさ。その人たちと得た2位なのだ。

だからこの時期にしてこの結果は、なるべくしてなった事。18年という歳月は遅くも早くもなく、隊長にとって適切な時期だったのだと思う。

そしてそんな隊長を傍らで見てきた私の人生も、なるべくしてなった結果。結婚7年にして生まれた娘も、生まれるべくして生まれた場所と時期。裕福ではないし、これから苦労もするだろう。それでもそれはすべて娘にとって、必要な事なのである。

物事にはすべて適切な時期がある。そしてすべてが必然なのだ。



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2012年02月22日

PER2012 ゴール間近にて想うこと

第10回パタゴニアエクスペディションレースのゴールが見えてきている。

まさに未踏の地で、これだけ冒険要素がたっぷりで、常に危険と隣り合わせのため自己管理力が必須になるレースは昨今ない。

このレースの最大の特徴は主催者がいい加減であること。あるはずの場所に荷物が来ていないことなど当たり前。それを責めても「間に合わないんだから仕方ない」とスパッと切られてしまう。

そういった特徴を知っているチームが、あえてこのPERに挑む。「主催者は最低だけど、開催場所は最高。彼らのミスは予測しておけばどうにかなる」と隊長が言っていたのを思い出す。このレースには、もうひとつ、「柔軟な心」が必要になるようだ。

19チーム中、レースを継続しているのは10チーム。そのうち5チームが悪天候のためラストステージのカヤック(47km)の出艇できず、主催者のGOサインを待つ。そこにイーストウインドの姿もある。

イーストウインドは現在2位。一度はトップにも立った。しかし前を行く1位のチームはPERでは常勝している。一筋縄ではいかない。その差は約12時間。

そして後ろの米国チームとの差は約3時間。ここの1位チームと3位の米国チームは、過去2回の大会で優勝争いをしてきた因縁浅からぬ仲である。

そこにイーストウインドが食い込んだことは、アドベンチャーレース界にアジアの足跡を残すべく、新しい歴史の一歩かもしれない。

私がイーストウインドのアシスタントを務めてから15年が経つ。この間、私はずっとイーストウインドを見て来た。自分ができることを一所懸命やればいい。そう信じて歯を食いしばってきた。辛いことも嬉しいことも隊長と共に経験してきた。やめようと思ったこともある。非難されて泣いたこともある。それでも隊長の夢をかなえるために毎日が必死だった。

今回のレースで一度でも世界のトップに立てたことは、イーストウインド4人の自信に繋がる。そして、これからの彼らの生き方に大きな影響をもたらすだろう。

そして私は「信じた道は間違っていなかった」と静かに想う。

さあ、最終ステージが待っている。まだレースが終わったわけではない。残り47㎞とは言え、どんな展開が待ち受けているか予測できない。GOサインが出れば、後は思いっきり闘うだけ。結果は自然についてくる。

あなたたち4人を信じています。悔いのないように、思いっきりやってきなさい。


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2012年02月17日

環境が自分を育ててくれる

実家方面で唯一とも言えるママ友と子どもたちと夕食。娘と同じ年齢の男の子がいて愛知での娘の友達はこの子しかいない。

そのママ友も自宅でご主人の仕事をフォローしている。自営業の子育ては、仕事と家事の時間をきっぱりと切り離すことができない。そんな悩みをシェア。しかし同じ境遇であるはずの彼女が「田中さんの奥さんはSueさんじゃないとできないですよ」と言った。

そう言えば昔から隊長を知っている人は「Sueさんがいなかったら、今の正人はいなかったよ」と言う。「Sueさんあっての正人」と言う図式イメージが強いようだ。

しかし本当は真逆。実際は隊長あっての私なのだ。

無能で何ひとつ上手にできない私を、しかもマネージメントの経験などまったくゼロの私を、よくぞマネージャーとして信用してくれた。それだけでここまでこれた。

当然のことだがスポーツ選手のマネージメント会社は儲からない選手は抱えない。アドベンチャーレースなんて何をどうするかも分からない競技の選手など抱えたところで利益にはならない。どこの会社からも声が掛からないのは不思議ではなかった。

マネージャーになると決めてから10年。少しはこの仕事にも慣れてきた。しかしまだまだ分からないことは多い。なんとか手探りでやって来てはいるが、このやり方が合っているのかわからない。ただ一所懸命にやる。それだけ。

こうして私は隊長に育てられてきた。他から見ればまったくデキの悪いマネージャーだし、一向に儲かってない。でも、まぁ、なんとか食べていけている。

まだまだできない事だらけだけど、それでも生活をしていけてるということはだよ!?
一応は・・・
一応は・・・
ほんとに仮の、隅っこの隅っこの一部分の一応だが・・
私は「マネージャー」になっているのかもしれない。

よくぞ私を見捨てずに、信じて、そしてここまで連れ添ってくれたものだと、隊長の許容量の大きさというか、単なる物好きさに感謝している。

これ、母親業も然り。
何ひとつ母親らしいことなどしていないし、そもそも私が母で大丈夫なの?とも思う。そんな私でも、娘は私を丸ごと信じている。そして彼女から注がれる愛情が私を「母」へと育ててくれている。

だからね。
「私がいなくては隊長も徳も存在しない」ではなく、「隊長がいたからマネージャーとしての、徳がいたから母としての私が存在する」わけよ。
だから二人に心から感謝です。


さて、イーストウインドはパタゴニアエクスペディションレースで死闘中。90㎞トレッキングの途中CP7にトップ到着を果たした。彼らの瞳にはトップが見えている。

レースは3日目。ここからがアドベンチャーレースの真髄と向き合うことになる。ベテラン選手である隊長の手腕も今からが鍵となる。

これまでの隊長のアドベンチャーレース人生も紆余曲折、様々な壁にぶつかってきた。しかしその壁ひとつひとつが彼をアドベンチャーレーサーとして育ててきてくれた。

今からが本当の意味で立ちはだかる真髄を、チームキャプテンとして育ててくれている3人の若者たちと一緒に乗り越えていく。そんな3人に感謝しながら静かに傍観していくとしよう。





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2012年02月15日

頭による理解には誤りがあっても、体による経験には誤りがない

19チームが参戦する第10回パタゴニアアドベンチャーレースの火蓋が切って落とされた。

スタートから13時間経つ。すでに選手たちは第2ステージ・85㎞のカヤックに突入。すでに2チームが関門時間にかかってしまっている様子。

イーストウインドは現時点で5位に位置する。

ここからどんな展開になるかわからないが、この大会は体力だけでは争えない。もちろん体力は必須ではあるが、後半になればなるほど精神力と感性が必要になる。ナビゲーションの難しさも世界屈指だから、冷静な判断は不可欠だ。

イーストウインドにとって今年で3回目となるこのレース。すでに経験もあるし、今年は2010年のコースと被っている場所も一部あるゆえ、レース展開には有利かもしれない。

とは言え、天候も気温も激変する土地。昨年のように豪雨で川が氾濫する事も十分に考えられる。ゆえに冷静な判断が常に求められる。

「頭による理解には誤りがあっても、体による経験には誤りがない」(スー族の格言)。

レースはまさに始ったばかりだ。


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2012年01月22日

お互いへの想いのシェア

1週間ぶりに帰ってきた隊長と言い争い。どうしてこうなってしまったのか考えてみた。

この1週間、彼は関係者様へのあいさつ回り、講演、チームトレーニング、PERの記者会見と目まぐるしい日々を送っていた。

その間、私は彼のフォローやらすべき仕事が目白押し。これにプラスして朝晩は徳の世話。仕事は大至急の物以外は切りを付けることができるが、徳の世話はそうはいかない。食事、お風呂はもちろん、彼女の園であった話を聞くことも親として大切な業務。

隊長とのやり取りは「郵送しておいて」「これ、作っておいて」「〇日の〇時に○○さんが来るから」と無味乾燥な業務連絡だけ。互いに忙しい事を知っているので無駄な事は言わない。

自分自身に課した「やらなくてはいけない事」と隊長から飛んできた事務処理が帯を重ねていく。やがてそれがギュウギュウと私を締め付けた。

同じくして隊長も外回りやトレーニングを通して様々な問題を抱えこんでいた。それでも多忙な日々が容赦なく続く。

そしてやっと帰ってきた今朝、「やらなきゃ」「言わなきゃ」と思っていた事が「不満」と化して口に出ていた。相手の都合など何も考えず、まず自分の言いたいことだけを言う。自分の至らなさを隠すために相手を責めるという、一番わかりやすく情けない自己防衛。

隊長もしんどい思いをした1週間だったはず。そんな相手の動力を労う言葉さえ掛けず、自分がどれだけ苦労したかを無理やり理解させようとする価値観の押し付け。「言わなくてもわかるでしょ?」と言うジコチュー発言(言わなくちゃワカンナイんです。しかも感情的ではなく理性的に)。

そして分かったこと。この1週間、私たちはコミュニケーションが欠落していた。

離れている分、互いがどんな事をしているかは見えていない。だからこそ、今日あった事、感じた事、学んだ事、次はどうしたらいいかを話し合わなくてはいけなかった。そしてその上で業務連絡があるはずだ。

今まではそうしてきていた。だから互いに足りない部分を補うことができていた。それでも完璧ではない。叱咤もされた。しかしそれも含めて、次はどうして行くかを二人で決めてきたのだ。

しかし今回は違った。こなすべき業務が有りすぎて、それを互いに伝えるのがやっとだった。私たちが一番大切してきた「お互いへの想いのシェア」がスッポリと抜けていたのだ。

ひょっとするとこれは夫婦関係だけではなく、会社組織やクラブ組織や自治体組織なども通じるのかもしれない。

互いの想い、互いのためにできることのコミュニケーションが図れていれば、意外とスムーズに事は運ぶのかもしれない。

久しぶりに娘の顔を見た隊長を、私が憂鬱な朝にさせてしまった。外で頑張って闘ってきてくれた父ちゃんを、朝からガミガミとやってしまったのだ。猛省。

これからはちゃんとコミュニケーションを図っていこう。そして相手が今、どんな気持ちなのか、そのために何ができるかを自分なりに考えていこう。

多忙だったこの1週間は、そんな事を改めて考える機会をくれたのかもしれない。




…そんな中、ふと「Always三丁目の夕日」を一幕を思い出していた。

ガーガー言っている私はタバコ屋のおばちゃん(もたいまさこ)で、隊長は町工場のおじさん(堤真一)。
女の方が口は達者。ガーガー言うおばちゃんに言い返せないおじさんが精一杯の力を込めて言い返す。「うるせー、ばばあ!」

隊長、きっと私にそんなセリフを言いたかったんじゃないかな~…





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2012年01月19日

怒らないことによって怒りに打ち勝て

たった数日間だけ。でも24時間ずっと行動を一緒にするアドベンチャーレース。

どんなにチームメイトが気にくわなくても、どんなに腹が立っても、どんなに不愉快になっても離れることができない。逃げ場もないし、フンと怒って帰る場所もない。行く先は「ゴール」もしくは「棄権」だ。

睡眠時間も3日で数時間。温かい食事もないし、お風呂もない。疲労は溜まる一方。何気ない「腹減った~」の一言が、他のメンバーを不愉快にもさせる事がある。普段であれば、それが何?と思うことでも、この時は苛立つ。それだけ肉体も精神も極限の状況に追い込まれるのだ。

チームメイトの言う事、する事に、いちいち文句を言ったり、他のメンバーにそのメンバーの悪口を言ったり。

自分が言うことが一番正しいと思い、人に意見を譲ることなどしない。この状況下で人の意見など受け付ける思考が働かなくなるのだ。

精神が摩耗している状況だと、他人を気遣っている場合ではなくなる。「俺の気持ち、わかってくれよ」と言われても至難の業。自分自身を守る事で精いっぱいなのだ。

これはどのチームにも起き得る。トップを走るチームも首位を守るために、中盤を行くチームもひとつでも順位を上げようと、ラストを行くチームも関門にかからないようにと、どんな位置の選手も精神的にも追い込まれる。

往々にしてケガはそのような状況で起きる。ケガは、それまでに溜まっていたチーム崩壊の危機の引き金になる。ゆえに上位のチームがレースを棄権する事は珍しくない。

では、どんなチームが完走するのか。チーム崩壊の原因となる「怒りを出さないようにする」?それこそ、そんな容易い事ではない。

だが気持ちを正反対に切り替える事を心がける人は強いかもしれない。ある高僧がこう言っていた。

怒らないことによって怒りに打ち勝て。
善い行いによって悪い行いに打ち勝て。
与えることによって物惜しみに打ち勝て。
真実によって虚言に打ち勝て。

レースは天候なども左右する。だから運もあるだろう。しかし運もその人の強さである。強い選手には強い運が宿る。

イーストウインドも当然、意見の食い違いが出る。チーム崩壊の危機だって幾度も迎えている。しかし今のメンバーで「もうコイツとは出ない」という言葉は一切出ない。4人が4人とも「この人と出たい」と思っている。

どれだけケンカしても最後は仲間を思い遣る。仲間を信じる事が怒りに打ち勝つのだ。

隊長は「アドベンチャーレースを一緒に出ると、チームメイトとは10年くらい付き合ったくらい、その人を良く知る」と言う。

なるほど、アドベンチャーレースは精神修行にもなるもんだ…と感心しながらも、いつまでも塗り絵をして布団に入らない娘を「もう、おしまい!こら!寝なさい!」と怒ってる何とも小さい私である。






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2012年01月18日

人に痛みを理解させるのは価値観の押し付け

アドベンチャーレースは人を成長させる、と私は思う。

隊長が言う「対・自然」「対・人」そして「対・自分」。とりわけこの「対・自分」は、普段の生活の中では自分で蓋をしてしまっている「己の嫌いな部分」が、アドベンチャーレースでは顕著に表れる。数人(チーム)しかいない社会の中で、休む間もなく生死を懸けた闘いだ。出ないワケがない。

以前、隊長は「自分は人の痛みが分からない」と言っていた。過去のレースにおいて、隊長は自分が正しいと思った事をチーム内に押し通していた。要するに自分の価値観を人に押し付けていたのだ。

当然、感情をうまく伝えられないメンバーは悩んでもがく。しかし彼らが悩んでいる間は、正論と思い込んで強く物を言う選手が、その意見を押し通せる隙を与えていることになる。

過去、隊長は自分の価値観を基準として良し悪しを決めていた。レース中、辛いと言うメンバーには、俺だって辛いんだから、お前も頑張れ!と自分の痛みを基準にしていた。

それでチームが崩壊することを幾度も経験した。その経験から、いつしかチームでルールを作ることとなった。

「何か問題が発生したら『自分が何をしたいか』ではなく『どうしたらチームにとってベストなのか』を基準に考えること」

隊長の指示を待つのではなく、個々が考えて提案すること。あくまでも自分の感情だけを押し通さないこと。

その問題が痛みであったり眠気であったりもする。例えば、眠くて動けないとしよう。このまま継続すればチーム全体のペースが下がる。ならば1時間の仮眠を提案する。
逆に、もしこのまま眠ってしまえば関門に間に合わないかもしれない。自分も眠いが、他のメンバーも眠いはず。であれば、みんなで支え合って頑張って前に進もう。
…みたいな。



自分の価値観を人に押し付けるのはただのエゴである。増してや巧みな言葉を並べて説得にかかっても、相手には通じない。ただ平べったくて冷たくて傲慢でしか見えないのだ。

そもそも育った環境やら、今いる環境やらすべてが絡んで、人の心はとても複雑なヒダで出来上がっている。しかもそのヒダは人によって異なる。痛みは、その人だけが経験した事から発生する。だから私たち人間は、人の気持ちや痛みなど100%理解できる訳がないのだ。

隊長は言う。「人の価値観は変えられない。だから自分の考え方を変えるしかない」これも18年もARを経験した彼の得たことだ。

価値観の押し付けは子育てにも通じる。

幼児の頃は主観で物を観る。成長するにつれ自分なりの「価値観」を見出すようになるが、怖いのは、その子の価値観は親のそれをかなり受け継ぐ事にある。

「人と仲良くしなさい」と諭しながらも、子どもの前で平気で人の悪口を言っていれば、その子の価値観は「嫌いな人の悪口は言っていいんだ」と思うようになるだろう。やがては親の矛盾に気が付き、不信感を持つ。

正しい価値観を育てていくためにも、娘が何でも吸収できる幼児期に、親として言葉ではなく態度で示していかなくてはいけない。

…とこんな事を思いながらも、「虫歯になるからダメ!」と禁止しているキャラメルを、娘にナイショで食べてる私。「あなたの歯を思って、私が一所懸命食べてるのよ」は通じないだろうな~。


posted by Sue at 16:25| Comment(3) | TrackBack(0) | 悪妻のボヤキ | 更新情報をチェックする

2011年12月31日

平成23年を振り返って

平成23年も今日が最後。今年も色々とあった。
私なりの大きな出来事は2つ。パタゴニアエクスペディションレース(PER)と東日本大震災である。

PERはNHKが取り上げてくれたお蔭で、多くの方にアドベンチャーレースを知っていただけた。NHKの担当の方からこのお話を頂いたのは昨年の10月末あたり。その翌月にワッキーのトレーニング生としての面接があり、入門合格した彼女はトレーニング生となったばかりというのに、すぐにこの大きなレースに出場することになった。海外の大型レースは未経験の彼女にとっては、相当大変だっただろうと思う。

隊長、ヨーキ、クラッチは2回目のPER出場。日本人の感覚からすると、かなりいい加減(?)な運営で、1回目のレースを終えた際に「二度と出るもんか!」とかなり憤慨していたのにもかかわらず、パタゴニアという大自然に魅了された男子3人は、また出場を決めたのだ。

現地に行っていない私は素直に「あんなに怒っていたのに、どうしてまた出るの????」と疑問でいっぱい。結局いつもの「あ、またこれも男のロマンなんだな」と自分に言い聞かせ、彼らの気持ちを理解できないまま準備に入ったっけ(笑)。

地球の裏側に位置するパタゴニア。そんなにロマンが満載なら、いつか娘を連とスタッフでもしに行こうか。



そして3月の大震災。
たまたま東京に行っていた隊長は帰宅難民となった。群馬北部は震度5強。揺れが続く寒い我が家で、いつでも逃げられるように携帯食、水、厚手のコートを枕元において、服を着たまま寝かせた娘を抱いて震えていたっけ。眠れなかった。不安だった。

震災から数日後。隊長は「俺、被災地に行ってくる」と突然言い出した。原発の放射能が漏れたという話も出始めたころで、まだシーベルトとかもよく分からず、どこがどうなれば被爆するのかも明確にわからず、また被災地に行くには福島回りで行っていいのかも分からないまま行くと言う。

人を助けたい!という気持ちは私も同じ。私にも何かできないかと思う。しかし何の情報もないまま実際に現地に行くという家族が心配なのは正直なところ。余震はどうなのか?燃料はあるのか?無事に帰ってこれるのか?

そこからみなかみ町のアウトドアマンたちの動きは素早かった。「チームみなかみ」を即座に結成し、観光協会の一角に事務所を置き、毎日みんなで詰めかけては集まった物資を仕分けし、運搬する派遣を送り、事務所はそのバックアップ。

町長に直談判して町中のガソリンスタンドから少しずつ燃料を確保してもらい、まだ正式な通行許可証というのもないから町長自らが作成してくれた。

そして町は被災者の受け入れを始めた。私たちの税金はこんなに温かく使われている。

そんな町の住民であることを、そんな仲間がいることを、私はどれだけ誇りに思ったか。

被災地に赴いた隊長の話はこちら


そこから細く長く支援活動は続く。未就学の娘がいるため私自身は東北に赴くことができないけれど、それでも私なりにできる事はこれからもやっていきたい。


色々考えさせられた1年だった。

「笑う門には福来る」来年は笑顔で迎えたい。若いメンバーのマネージャーとして、アスリートの妻として、そして母として…どかっと構えて微笑んでいこう。

微笑んでいれば運は開ける。思い遣りがあれば運は開ける。
未来を信じていこうと思う。


どうぞ皆様、良いお年をお迎えください。

posted by Sue at 07:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 悪妻のボヤキ | 更新情報をチェックする

2011年12月30日

本日の上毛新聞『視点・オピニオン21』にて掲載

いよいよ今日の上毛新聞『視点・オピニオン21』が掲載される。
詳細はこちら

原稿は11月前半に提出しているためすっかり忘れていたが、今になって自分の名前が、自分の言葉が、新聞という媒体に出るというのは、めちゃくちゃ恥ずかしい。あまりの稚拙な文章で、穴があったら入りたい気分。

同じARを語るにしても自ら体験してきた田中正人の方がうまいし、リアルだし、臨場感もある。そして何より、その場に行って経験したこと、見たこと、感じたことは、その言葉を文字にしている自分よりも何倍も楽しい。

悩んだ。

まっさきに相談したのは執筆を生業としている古くからの友人。恩師でもあるその友人と数時間の電話や、長文メールのやりとりを繰り返した。そんな悩みに根気よくつきあってくれた友人。こういう時に信頼を寄せられる友がいることを心から感謝し、そしてそんな友がいることを誇りに思うのである。

彼の奥様もまた、まだ二人が結婚する前からの大切な友人。現在、二人は都内に住んでいるのだが、私たち三人がまだ愛知県にいるころからの友。一緒にいて心底、心地よいと感じる夫婦である。

恩師友と長い長いやりとりを経て、原稿を書くことになった。彼の言葉に背を押されたのだ。たとえ彼が執筆家でなくても、大工さんであろうと、アスリートであろうと関係ない。彼が私をとても理解してくれている事が背を押してくれたのだ。

思えば隊長のやっている事は、普通に生活をしている人から見たら面白いし、すごいこと(この点に関しては、私はかなり麻痺してきてる)。

「隊長の話はめちゃくちゃ面白い。報告会に行って、その場を経験してきた人の言葉ってやっぱり違うな~と思った。それは俺たち(フィクションライター)では敵わない」

どんなに言葉で表現しようとしても、そのテクニックはあっても、やっぱりそれを経験してきた人と聞いて書いている人とでは、人への伝わり方が違うとか。でしょ。だから私ではダメなのよ。

「でもさ、そんな世界で戦っている隊長の傍らにずっといて、隊長の夢を実現するために奮闘しているのはSueだからさ。アスリートじゃないSueにしか分からない事ってたくさんあるはず」

超人の言葉は超人が、その傍らにいて奮闘している人の言葉はその人が言うのが一番いいと言う。

彼は「Sueの経験してきた事はすごく面白いと思うし、話す事もたくさんあるし、それを発信できる人だと思う」と言ってくれた。

彼の話を聞いていて、ふと思った。
今はアドベンチャーレースに至ったわけだけど、CISV(国際こども村。彼とはここで出会った)したり、世界青年の船(内閣府)に乗船したり、アラブ首長国連邦に突然出稼ぎに行ったり…すべてARとかけ離れているようだけど、でもそれはすべてが今の私に至る経路だったのかもしれない。

そしてAR(田中正人)と出会ったのは、世界最高峰と言われたレイドゴロワーズ。イーストウインドのアシスタントとして同行したことがきっかけ。私にとっては初めてのAR。もとより、テントや寝袋で寝たのも初めてだった。

それから13年(もうすぐ14年)。アドベンチャーレースにすべてを懸けた田中正人を見続けてきている。その13年もの間、様々な事を経験してきた。

悔しくて泣いたこともあった。
メンバーが固定せずに苦労したこともあった。
失敗が連続したこともあった。
スポンサードが見つからず、苦労苦労の連続だった。
アドベンチャーレースを国内で普及させようと、がむしゃらに前に進んだ。
やっと若いメンバーが入って毎年レースに出られるようになった。
マスコミが取り上げてくれて、少しずつではあるが認知度も上がってきた。

隊長と共に苦労したこと、泣いたこと、喜んだこと、学んだこと、そしてこれからのこと。
いろんな事を感じながら、これからも隊長を支えていけたら、と思う。




ちなみに…
アラブ首長国連邦で一攫千金(石油王との結婚)の夢が、はかなくも散り、隊長と結婚した時点で私の富豪生活ドリームは終焉したわけです(笑)


posted by Sue at 07:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 悪妻のボヤキ | 更新情報をチェックする