2012年08月28日

初めてのアドベンチャーレース参戦にて

インドア派の象徴ともいえる「読書が趣味」という私が、そもそもこの世界(アドベンチャーレース)にいるのが、おかしいのかもしれない。

アドベンチャーレーサーが天職と言い切っても良い隊長を見ていると「はて、では自分の天職って何だろう???」と思わずにはいられない。天職を見つけるのは案外と難しい。

アケちゃんから「Sueさん、一緒にレース出ませんか?」と、とんでもなく暴挙なお誘いを受けたのがTJARスタート前。

だってレイクカヤックだってやったことないし、マウンテンバイクなんて5年以上乗ってないし、ウェアだってない。しかし、せっかくのお誘い、無下に断るのもなんだし…。

とりあえず付け焼刃でいいから、カヤックは1~2回練習しておけばいいか。隊長も教えてくれるって言うし。ということで「他にアテがなければ、最終手段として声かけて」と、OKともNOとも取れる返事で返した。

「メンバーはTJARに出場するタック(東山選手)とSueさんと私でエントリーするんで、必要情報を送ってください」ふ~ん。狭い世界だもの、すぐに通じるもんだな~。なんて思っているうちにTJARの準備で超激務。何も考えず「はい、はい」と言われた通りにアケちゃんにデータを送って、あとはアケちゃんにお任せしてしまった。

TJARの最中は1日の睡眠が2~3時間程度。昼夜問わずで走っている選手や現地スタッフを想うと、自分なんかラクな方だ。そう思うと、休むのは悪い事のように思えてくる。徐々に疲れてきていた。そんな中、陣中見舞いに来てくれた星野ミドリちゃん(TJARでは2度も完走している)に、何も考えずに「レースに代わりに出て」と言ってしまった。疲労感から無理に押し付けようとしている私を配慮してくれたのか、その場ですぐの返事はなかったが、ご家族に相談してみる、というところまで漕ぎ着けた。

TJARが終わり、大仕事も一区切り。選手やスタッフに事故もなく終了したことで力が抜けた。
あ!あかん、今週末のレースのこと、すっかり忘れてた!

大仕事を終えた感で、レースに出る気なんて毛頭なくなっている。しかもカヤックの練習どころか、隊長は帰るなり、早々に美ヶ原に飛んでった。う~ん…やばい。かなり弱気だ。

アケちゃんは「散歩に出る感覚でいいんです。勝つことなんて目的じゃない」と言ってくれたが、経験上、チームの足を引っ張る事の罪深さをよく知っている。罪を被りたくない自分が、今まさに子育て真っ最中のミドリちゃんにそれを押しつけている。深く考えすぎかもしれない。けれど自分には深いことなのだ。

TJARで忙殺されている最中、娘がこう言っていたのを思い出した。「きょうね、保育園のプールでね、アキラ、初めて顔を浸けられたよ」。周囲の子にとってはとても簡単なことであっても、当人にとっては一大事。水が怖いのを、がんばって克服したのだ。

「おかーちゃんもレースがんばるね」と娘と約束したのに、ここで「やっぱりや~めた!」と言ったら娘はどう思うだろう?数センチも走らない私に、暴挙であろうと、せっかく「一緒にやろうよ」と声をかけてくれたアケちゃんの気持ちはどうなるんだろう?

一日で潰れてもいいや。声を掛けてくれたアケちゃんと、初めて会うタックと3人で、思い切り楽しんでみよう。

そしてそれをミドリちゃんに伝えた。私の一時のわがままに振り回されたミドリちゃん。なのに、私の気持ちをすぐに解ってくれて、「応援してますよ~」とにっこり笑ってくれた。素晴らしい友達に感謝。

そしてレース当日の朝。現地まで4時間のドライブ。「眠いから運転して」と言う隊長。「あのね、今日は私が選手だよ!?少しはケアするとか…」なんて言ってる場合じゃない。遅れちゃう。仕方ない。連なる峠道を運転。

今回「人生初」が3つあった。

まずは5年以上は乗っていないマウンテンバイク(MTB)。当然シングルトラックなんてやったことない。スタート前の試乗がまさに5年ぶりくらいのMTBだ。ブレーキの仕方がよく分からず「アケちゃ~~~ん!!止めて~~~~~~!!」アケちゃんもタックも、レース直前のこのザマにドン引きしたに違いない。

1日目はタックの牽引のお蔭でなんとかなった。しかし、2日目のコースでのシングルトラックの下り。へ?ここを通れってゆーの?歩いたって大変よ、ココ?シングルトラック初挑戦の上、軟弱な私にとっては、もうお手上げ。そう、人生初のひとつめはシングルトラックだった。

タックが下っては自分のバイクを置いて、私のMTBを受け取るために急坂を登り上がり、また下る…。それを繰り返し繰り返し、やっと平地に出た。その間、アケちゃんも気持ちが切れてしまいそうになる私を気遣って、ずっと声を掛けてくれていた。

人生初の二つ目はレイクカヤック(ポリ艇1人乗り)。これも直前にちょろっと練習。このために持って行ったダッキーにアキラを乗せた隊長が、あ~だこ~だと付け焼刃の操舵法を教えてくれる。なに~~!?ラダーはどっち???あ~~も~~「グルグル回る~~ 回転木馬~~~」。

それを見ていた主催者のプーさん。よっぽど心配だったのか「初めてカヤックをする人はSueさんだけなんで、田中さんにプライベートレスキューをお願いします」って。へ?初めてなの、私だけ???まぁそうだろうなぁ。普通だったら1回は乗っておくよね。スミマセン…。

そしてすぐに本番。まっすぐに進まずに、かなりオーバーしたし、クル~ンって回ったけど、なんとか岸にたどり着いた。岸にはすでに漕ぎ終わったアケちゃんとタックが手を振って待っていてくれた。「チームっていいな~」と改めて思った一幕。

そして人生初の3つ目は背丈以上に生い茂る藪漕ぎ。藪漕ぎというのは経験したことがあるが、あれだけ濃くて深くて痛いのは初めてだ。どうやらルートの目論見を間違えたようだ。入っていったはいいが、出るに出られない。ならば下まで行っちゃえ!と、かなりな藪を遅々として進む。

途中で、グローブを持っていないことに気が付いた。トゲのある藪の中で、なんとアケちゃんとタックは片方ずつを私に貸してくれた。そして肩や腕に突き刺さるトゲの植物を、後ろから来るアケちゃんが、手を伸ばしてそれを除けてくれるのだ。

ようやく藪を抜け出した時は、すでに関門時間を越えていた。私でなかったら、二人ともこんなに苦労しなかっただろうに…もっとスイスイと楽しいレース展開ができただろうに…とても申し訳なく思った。

「ごめんね…」口に出すのがやっとの私に、タックもアケちゃんも「平気、平気!ここでは勝つことが目的じゃないんだし。まずは楽しまなくちゃ!」とあっけらかん。チームっていいな~。どんな時も励ましてくれる。

今回の藪漕ぎは、ルートチョイスのミスだったとしても、私たちに課された運だったのかもしれない。激しい藪漕ぎがあったから、私たちはひとつになれた。遅くなっちゃったけど、ね。

こうしてレースは終わった。関門時間を思い切り突破してゴールした私たちは最下位だった。2日目は本気で隊長に代わってもらう気でもあったが、それを止めて最後までやりきったことの意味は大きかった。

そして私を誘うという暴挙に出たアケちゃんも「楽しかったなぁ」と後悔なしの顔。TJARで痛めた足がまだ完全に回復していない上に、私という荷物を背負ったタックも「楽しかった!」と笑顔。悔しそうな顔なんてどこにもない。ありがとう。最後までつきあってくれて本当にありがとう。


こうして私の初ARは終わった。改めてアドベンチャーレーサーは私の天職ではないと思った。しかしアドベンチャーレースに関わることこそ、私の適職だ、と思えた。

私はアドベンチャーレースと自分の関係をずっと探していた。天職ではないことは分かっていたからこそ、そこにいていいのかどうかを模索していた。

そして今回の初挑戦でわかった。アケちゃんとタックが私を引っ張っていってくれた先は、ゴールだけではなく、もっともっと大きくて意味のある場所だったと。

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TJAR2012が放送されます!
『金とくスペシャル 激走!日本アルプス大縦断 ~トランス・ジャパン・アルプス・レース2012~』
平成24年9月21日(金)午後7:30~8:43 NHK総合(名古屋放送局、金沢放送局、静岡放送局、福井放送局、富山放送局、津放送局、岐阜放送局、長野放送局)
posted by Sue at 14:22| Comment(9) | TrackBack(0) | 干物女の行水 | 更新情報をチェックする

2012年08月13日

お盆に想うこと

TJARが始まり、なんだかせわしい。

私は特別何をするというのではないが、選手の到着状態をチェックし、HPにアップしている。「GPSがあるんだから、そんな事しなくてもいいじゃん」とは思うものの、それでもマップで追うのと文字を見るのでは感じ方が違う。

GPSも機械だ。電池がなくなったり、場合によってはヘソを曲げたりする事もある。「念のため」に細かくアップしておけば、家族や友達も安心するかもしれない。「誰が見るんだ?」と言われるアナログな作業は、選手を想う家族や友達のため、である。

そんな私も4年前は、まさに山の真ん中でもがきながら歩いている選手の妻であった。ブログを更新しつつ、隊長からメールが届くと(当時は選手自身で通過報告とメールをしていた)「まだメールしている余裕があるんだ」と自分自身を安心させるようにつぶやいてたっけ。

こんな作業内容ではあっても、レースはスタート時が一番忙しい。その忙しさですっかり忘れていた。今日(8/13)は迎え盆だ。生前、とても愛された魂たちが帰宅する時期だ。

そうは言ってもウチの近所にはお墓がない。幸いにも娘が通うこども園は曹洞宗の寺でもある。と言うわけで、ベランダのゼラニウムを切って、登園時にお地蔵様に手向けた。私と娘だけの迎え盆だ。

小さなお地蔵様に手のひらを合わせながら、ふと思う。
20代の頃は「お盆と言えば長期休暇!」ここぞとばかりに、予定をパンパンに詰め込んで遊びまくっていたっけ。しかしここ数年、そんな気持ちにならない。それどころか、この時期になると「死」というのに対してあまり恐怖心がなくなる。どうしてだろう?

こうして毎日をチビチビと生きている事が案外幸せだと思っているからだろうか。小さい悩みやイザコザからこそ大きな学びがあると信じてる、おめでたい人間だからだろうか。

ふと隣で手のひらを合わせる娘を見てみる。「今日もよろしくお願いします」彼女のお参りは具体的な事がなにも含まれない。ただ「よろしくお願いします」だけで、何をどうよろしくして欲しいのかわからない。が、それでいい。お地蔵様は神様ではない。何かあれば自分で解決するだけである。

生物は種の保存に対する潜在意識がある。私も娘を産んで育てているが、義務感はこれっぽっちもなく、自分の意志で「種の保存」を営んでいる。

すでにお地蔵様に向って「よろしくお願いします」と言えるくらいになった娘を見て、潜在意識にある自分の働きをひとつ終え、それが着実に死に向うという、生物に課されたさだめを受け入れようとしているからだろうか。

いやいや。きっとただ年を重ねただけだろう。私は、おばちゃんになったのだ。

今頃、隊長は中央アルプスでカメラを片手にTJARの選手を追っかけているだろう。任された役目として選手の動向を追いかける私だが、なしのつぶてになっている夫の留守を守るのも私だ(選手の時の方が動向がよくわかった)。

隊長は選手の勇姿を追う役目だが、連絡が取れない私たちを想っている事は十分理解している。おばちゃんは、そんな事を、もう何度も経験してきたから、よく知ってる。

「帰ってきたら冷たいビール飲もうね。アキラが注いでくれるってさ」。そんな小さい事が幸せなのだ。
小さい幸せがいくつもあるから、それを失うことは絶対にないから、死ぬことが怖くないのかもしれない。

お盆は、幸せをくれた魂たちに感謝をする日なのかもしれない。


※現地にて選手の写真を撮影した方で、使用可能な写真をお送りいただけると助かります。その際に、場所と選手の状況もコメントいただけると嬉しいです。
送り先:info@east-wind.jp(TJAR実行委員 竹内)

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2012年08月09日

TJAR2012を間近にして想う

TJAR開幕の日が近づいてきた。

今回は実行委員会の体制を強化した。前回までは、TJARの産みの親である岩瀬さん、このレースを誰よりも愛している飯島さん、レースに対する信念を持つ隊長、そしてブログ更新役という半分実行委員?の私の3.5人だった。

前回のTJARでは、スタート1週間前に娘が肺炎で入院するという事態に陥り(スタート日にギリギリ退院)、これ以上足を踏み入れると迷惑を掛ける、そう思っていた。こども園に通う娘がいるため、都内で行われた実行委員会のための会議にも行けなかった。

その会議から帰ってきた隊長が言った「Sueさん、おめでとうございます!実行委員に決まりました!」へ?何?だって子どもいるし、現地にだって行けないし、体力ないし、山小屋がどこにあるかも知らないし、山の名前もまともに読めないし(当て字っぽい地名はどうにも)…つらつらと言い訳をする。

が、隊長は「現地に行かなくても、体力がなくても、山小屋を知らなくてもいいんだよ。もっと大切な事があるから」と言われた。「全員が現地に行くと、それをバックアップする人がいなくなる。そのバックアップをしてほしいんだ」ふむ。日中、子どもは保育園に行くし、それなら頑張れるかも…。それでも山の名前くらいは覚える必要はあるけど(笑)。

でもさぁ~…
そもそも私みたいな悪条件の人間を選んでくれた皆様に感謝である。とりわけデジタルが得意というわけでもないし、何か秀でるものがあるわけでもない。ただそこにいただけという無益な人間を必要としてくれる場所があることが有難い。この人たちのためにできる限りのことをしよう。

こうして実行委員は飯島さん、岩瀬さん、武田さん、船橋さん、湯川さん、隊長、そして私の7人となり、まるっきり無償で、過酷で、壮大な挑戦が始まった。

人が増えるとアイデアも膨らむ。まずはホームページを立ち上げることになり、ロゴを作ることになり、資金が必要になり、選手にGPSを持ってもらうことになり、テレビ撮影が入る事になり、選考会をやり、隊長は撮影班になり、スタッフを探し、備品を準備し、実行委員の飯島さん、湯川さん、船橋さんは選手としても出場をすることにもなり…。

色々とやることが出てきた。と同時に至るところからご意見が湧き出る。それもまぁ想定内。このレースに家族や自分の時間を削ってまで没頭している私たちにとっては凹むような事も。それでもこのレースの理念や真意を理解している人も多く、そんな人たちから支えられてきた。

ある時、同じ実行委員の武田さんと、これについて話をした。武田さんは私がもっとも信頼を寄せる人物で、彼の度量の大きさや天に伸びるようなまっすぐな信念を私は心底尊敬している。

「大会自体が大きくなればなるほど、いろんな考え方の人が加わり、いろんな意見が出てきます。当然、意味のない文句や愚痴やら不満やら(笑)。でも主催者が毅然として、本当に伝えたいこと、やっていきたいこと、理念をしっかり持っていればブレません。

TJARにはその理念がしっかり在ります。ゆえ、どこから何を言われても、その意見になびくこともない。私たちにはちゃんと理論があるし、それを伝えられる理想もある。それは出場する選手自身もわかっています。

人が正しくないと言えど、自分が正しいと思った道であれば、気にせず進みましょう。そしてその真意を解ってくれる人はいる。そして仲間になるんです。そうやって大きい事になっていくんです」

神々が住む山である。人間が踏み入って良い領域にも一線が敷かれるだろう。山に入る事自体にもご意見もあるだろう。しかし考え方には限界も正しいも間違いもない。だから私たちはルールを作り、それを守り、己にも厳しく課し、自分の信じたことをやるだけ。

たった4人で始めたTJAR。それが今はその理想をしっかり受け止めた7人で引き継いでいる。今は飯島さんの熱くまっすぐな理念が人を動かしている。私も彼のTJARに対する情熱に動かされた一人。仕事を終えて帰宅は午前様になる湯川さんも、常に忙しくて動き回る隊長も、他にイベントを抱える武田さんも、家族の時間を犠牲にしてまでこれに打ち込むご主人を支える飯島さんの奥様も…みんな飯島さんの情熱に動かされていると言っても過言ではない。

そして隊長が課した「自分より走れるボッカ」という厳しい条件を満たすため、トライアスリートの市岡くんが、会社の休みを取るため毎日午前2時近くまで残業を重ねている。なかなか連絡つかずに困っていたが、連絡がつかなかった理由はここにあった。

飯島さんの情熱はここまで人を動かした。彼が間違っているならば、ただのご都合主義ならば、自己満足だけの世界ならば、誰も彼についてはいかなかっただろう。あまり役に立つことがあるように思えない私ですら、それでも何かできる事があるはずと、模索しながら飯島さんについていこうと思う。

トランスジャパンアルプスレース2012 間もなく開幕だ。

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2012年07月26日

ファミリーアドベンチャー 家族の絆編

ファミリーアドベンチャーを通して、その子の成長が見える。

昨年来てくれたチームのAちゃん。Aちゃんについては昨年のファミリーアドベンチャー感動秘話にも書いたが、高いところ怖い。そのブログから一部抜粋。

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『Aちゃんは木登りが苦手だった。高い所が嫌いだった。高所が怖いのが悪いとは、私たちスタッフはちっとも思っていない。それはAちゃんの個性。テッペンまで登れる子は、それが個性。怖いのは怖いで個性。しかし、それが「できない」とイコールにはならない。

ヨーキ(木登り担当)は何もクリアしないまま止めて欲しくなかった。少しでも「できた!」と喜びを感じ、自分に自信がついてくれれば、それでいい。だからハナからあきらめることを許さなかった。

Aちゃんは最初のコブまで足が届くよう、お父さんが肩車をしようとするが、それすら怖がる。足が木に触るのも怖いようだ。

そのうちAちゃんの瞳からポロポロと涙が出てきた。これを見たパパ、ママはどんな気持ちだっただろう。もう可哀想だからやめて。そう喉元まで声が込み上げただろう。

しかしヨーキは依然としてあきらめない。逆に「自分を信じて。大丈夫。できる!!」そうAちゃんに何度も言い聞かせていた。ヨーキの熱い気持ちが伝わったのか、パパもママも一所懸命にAちゃんを励ます。どんどん時間が経過する。スタッフも集まってAちゃんを応援しだす。がんばれ、Aちゃん!!

長くかかった時間からして、Aちゃんは、ものすごく怖かったに違いない。それでもAちゃんは、その小さなカラダで、目一杯に恐怖と闘っていた。

するとパパの肩車すら怖い怖いと泣いてたAちゃんが、パパの肩から離れて、最初のコブに足を乗せた。

その時のAちゃんはすでに泣いていなかった。唇を噛み締め、グラグラする片足をそのコブに置き、もう片方の足を引き吊るようにして、そのコブに足を乗せ、両足でコブに立ったのだ。自分の力で。

Aちゃんは恐怖に勝ったのだ!』


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昨年のAちゃんの課題は「コブに足を掛けること」であった。そして今年もAちゃんは、木登りに挑戦した。

「Aちゃん、大丈夫だろうか…」昨年の事を知っているスタッフたちは少々心配。本番。昨年通り、パパの援助で最初のコブに足を運ぶ。

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と、どうだろう。次の一歩をAちゃんは自分で上に運んだ。

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そして手を上の枝に掛けて、もっともっと上を目指し始めた。

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目標は上だ。

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そして鈴を鳴らした!(これでポイントになる)

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「木登り、できたよ!」ゴール(本部)にたどり着いたAちゃんが私の顔を見て笑った。とても元気で、とても誇らしげだった。そしてAちゃんのママが「今回は行きました」と優しく微笑みながら、でもしっかりとした声でつぶやいた。私は涙が出そうなほど嬉しかった。

表彰式で「成長しましたで賞」に輝いたAちゃん。その時にパパが言っていた言葉「今回、木登りの練習をしてきました」。たった一言だが、あれだけ怖がっていたAちゃんにとって練習は相当勇気が要っただろう。パパだって大変だったに違いない。それを本人任せではなく、ちゃんと家族で克服して、本番では、その功を成した。

まさにファミリーアドベンチャーの目的とする「家族の絆」を見せてくれた温かい家族だ。Aちゃん、ありがとう。

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2012年07月25日

ファミリーアドベンチャー2012 準備編

ファミリーアドベンチャー(通称ファミアド)は、今年も子どもたちの笑顔をもって無事に終了した。

自分たちで考えて行動をしてくれる、素晴らしいスタッフたちに支えられた。プロデューサーとして、この大会のすべては私に責任がある。腹をくくらなければならない事も多かった。しかし頼りないプロデューサーだったためか、スタッフは何一つとして「これ、どうしますか?」という問いはしない。不足しているならある物の中で、人が足りなければ互いをフォローし合いながら、スムーズにこなしてくれていた。

通常のイベントであれば「これ、どうしますか?」と聞く。当然である。が、ファミアドのスタッフは不思議とそれがない。自分たちで考え、自分たちで行動をする。もちろん「これ、こうしていいよね?」と相談や報告はある。私も信じたスタッフの決断に任せる。彼らがその状況を一番知っているからだ。

このスタッフだったから、子どもたちも笑顔で「また来年も来たい」と言ってくれたに違いない。感謝してもしきれない。

ファミリーアドベンチャーを「やりたい」と言った瞬間から、ビレッジに来る子どもたちはもちろん、大人もスタッフもスポンサーも各関係機関に対しても全責任は私にある。

準備不足でスタッフや参加チームに責められたり、関係機関からクレームがついたり…そんな夢を大会1カ月前から見るようになる。自分の気の小ささが情けない。

目が覚めてブルッとする。先に先にと手を打たなくては…。スタッフに相談しながらも、準備を整える。しかし天気だけはどうにもならない。「イベントは天気が良ければ8割成功」いくつかイベント主催をしてきて常々思うことだ。

大雨なら内容を変更、警報が出たら中止。どれだけ歳月をかけて準備したとしても、こればかりはどうにもならない。ヘタをすれば命に関わる。

大会を運営するにあたって、一番怖いのは事故やケガ、そして何より、それによって発生する心の傷。擦り傷は治るが、心の傷は治りにくい。大きくなっていく事もある。それだけは絶対にあってはならない。それだけが心配でならないのだ。

1年かけて準備をしてきたファミリーアドベンチャーは、搬入日(金曜日)から大雨となった。マスつかみの池に水がない。掃除もされていない。1か月前程前に関係機関から了承が出ていた。予定ではこの時点で終了しているはずだった。

隊長が言った「今いるスタッフで池の清掃をしよう。今からでも水を出してもらうように、機関にあたってくる」。搬入作業を終えたばかりのスタッフは、その場に来ていた雑誌取材班の方を巻き込んで、池の掃除を始めた。暗くなる直前になんとか作業が終わった。

その夜、私は眠れなかった。降りしきる雨の音を聞くたび、胸が痛くなった。「少し眠ろう」そう思っても、雨音が気になって眠れない。こういう時に限って難聴の私が雨の音を聞き取れるなんて。

大会当日の土曜日の早朝。みなかみ町は大雨洪水濃霧注意報が発令された。上越線もストップ。しかし天気予報は曇り。雨はあがるかもしれない。

峠道を登って行く中で、徐々に雨脚が弱くなった。そして最北集落の藤原地区を通り過ぎた時、わずかに空に光が差した。

その光を見た瞬間、「ファミアドは神様が守ってくれている!」そう直感した。「大丈夫!きっと大丈夫!信じよう」その想いを胸に、私は会場に入った。

つづく(かなぁ?)

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ファミアド2012 スタッフ

posted by Sue at 06:50| Comment(2) | TrackBack(0) | 干物女の行水 | 更新情報をチェックする

2012年06月23日

自分の力を信じること

最近、私はとがっている。
私の持つ棘は先端がかなりシャープで長い。棘の数は少ないから、傷つける事は少ないが、一度刺さったら奥深くの静脈までたどり着きそうな長さである。

棘は耳鳴りからくる。数日前、お風呂に入っている最中、左の耳に鳥のさえずりのような音が聞こえた。一緒に入浴していた娘に「何か、キュッキュッって音、してる?」というと「ううん、してないよ」と言う。急に怖くなった。

脳検査でも耳科検査でも異常なしと言われている(ただ難聴と診断はされたけど)。「仲良く付き合っていくしかないですね」西洋医学にはそう言われている。

翌日、ライダー整体へ。いくぶんかはラクになったが、すぐに治らない。それは最初からわかっているのだが、なんだか落ち込む。

自分の体に異変。何をしていても、どこまでもついてくる不快な音。もうやめて!誰に向かうともなく声が出る。おぞましい生き物が私の耳の中に住みついているような感覚。「出ていけ!」当然、音は止まない。イライラが募る。

ついには爆発。自分より弱者である娘にあたってしまった。この不快を解ってくれない(と自分で決めつけている)隊長にも…。

「お母ちゃん、お母ちゃん。アキラが悪いならごめんなさい」と泣きわめく娘。自己嫌悪。「アキラが悪いわけじゃない。悪いのはお母ちゃんだよ」と言うと「ひっく ひっく おかあちゃん、悪い人じゃない。いい人だよ。ひっく ひっく」嗚咽を漏らしながら一所懸命に私を励ます。何も言えずに涙が出てきた。そして二人で抱き合って泣いた。どうして私は優しくなれないのだろう。

爆発して少し落ち着いた私に向って隊長が言う。「科学的に原因がわからないから不安で、イライラするんだよ。ライダーには何と言われたの?」
「リンパが詰まってるって。左側が固まってる。機能してないって」と私。「なら、リンパを流す運動をすればいい。今、毎日(娘の送迎で)歩いてるから、これを続けよう。運動を始めると、カラダに異変が起きる。きっと今、一番辛い時だよ。それを耳が敏感に感じてるのかも。でも、これを超えるとカラダを動かすことが楽しくなるし、すごく軽く感じるようになる。歩くことでリンパに悪いことはないから」と隊長は運動科学的(?)に分析する。以前ブログに書いた見えない事に対する不安を取り除くに通じる。

カワハギさんの言葉を思い出す。若いときに原因不明の難聴になってしまったが、今の聴力を保つために走り始めたとか。今も走ることで聴力を維持しているとおっしゃっていた。発端は何であれ、今では様々な大会に出場するトレイルランナーとして活躍している。ブログを読んでいると、人生がとても楽しそうなのだ。

カワハギさんを想う。人は前を向いて生きることの大切さ。「おかあちゃん、がんばって治すから、アキラも父ちゃんも一緒にがんばってくれる?」「うん」。ありがとう。

まずは隊長の言うとおり、リンパを流すため、歩くことは続けてみよう。そして生活パターン決めて規則的にし、食事も肝腎に負担がかからない味付けにする。普段の生活でできる事から始めてみる。

そもそも人間の体は部分が別々できているわけではない。すべてつながっているのだ。
耳が肝腎とつながり、冷えからくることもある。目の疲れも肩のコリとつながる。ボランティアとして子育てセンターで足裏のマッサージをさせてもらっているのだが、お母さんたちの足からもそれが分かるようになってきた。他人の事は見えても、自分のことになるとなぜか分からず、パニックになってしまった。

落ち着け、落ち着け。第一に自分を信じる事。自分の体に宿る「力」を。

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2012年05月10日

人間はカメレオン

知り合いから「旦那さんのチームのこと、○○○○クンに話をしてみたら?今、マスコミ関係の仕事をしているそうだから、何かチカラになってくれるかも」と、地元の友人から連絡があった。

○○○○クンの事は私も知っている。しかし、それも子どもの頃の事。同級生でもないし、友達というほどの知り合いでもないし、急に電話してもなぁ…と躊躇したが、友人は「Sueのこと連絡しておいたからさ」と強く推す。せっかくの友人の好意だし、まぁ電話するくらいなら大丈夫かと思い、電話をしてみた。

ところが彼は私の知っている頃の彼とは別人だった。「俺はすごいんだ」と言葉にはせずとも電話からもそんな気持ちをバンバン発信しているのだ。故郷に居続ける人間を田舎者と思っているのか、オレはお前たちとは違うんだと言いたいのか…。前はそんな事なかったのに。ともかく変わったのだ。

「アドベンチャーレースなんて聞いたことないですね」と言うので、とりあえず説明をしてみた。しかし忙しいのか、面倒くさいのか、けんもほろろ。彼もまた共通の友人からの連絡を断れなかったのだろう。

結局、それ以降、電話は一切していない。共通の友人にこの電話の事を伝えたところ、「そうかぁ。あいつ、地元を出てから威張り出したって噂にもなってるんだ」と教えてくれた。な~んだ、最初に教えてくれれば、嫌な思いもしなかったのに。でも友人も私のためを思ってしてくれたこと。友人に罪はない。しかも○○○○クンには地元に戻っても会うこともないし、今後もお世話になる事もないからどうでもいいけどさ。

どのみち彼は変わった。彼が変わった原因は分からない。
ただ、これは私の個人的な想像に過ぎないが…

今の時世、大きい会社に籍を置き続けるのは大変だろう。場合によっては人を蹴散らして、のし上がらなくてはいけない事もあるだろう。今の東電だって部外者はある程度理解はするものの、賛同する人や応援する人はあまりいない。どうにかして自分の身を守り、荒波を生き抜いていかなくてはならないのだ。

社内では仲間同士で抜きつ抜かれるのレースを繰り返し、それに勝てば社名や名誉を着て歩く。社名を着る事でことで気分が大きくなり、自分はすごいと勘違いをする。そして一番残念なこと「友を失う」。

前記したが、これは私の勝手な想像である。彼がそうだったどうかはまったく知らない。しかし古い友人が噂をするほど変わってしまった事だけは事実だ。

人間はカメレオン。
古代よりその時々の環境に合わせて生きてきた。人は周囲の環境に合わせられるからこそ、どんな場所でも生活を営むことができるのだ。

普段の生活もしかり。文句や悪口の多い人、愚痴っぽい人たちが集まると、とんでもなくマイナスのオーラになる。そして気が付くと自分も愚痴っぽい人間になる。

反対に学べる人、心休まる人、意識の高い人、尊敬できる人など、自分がなりたい人を身の回りに置けば、自分もそうなってくる。

ならば貧乏生活にあえいでいる自分だってお金持ちとお付き合いすればいいのに。どうしても人生が面白い人たちと付き合ってしまうのは、やはりそれを求めているからだろうなぁ。

posted by Sue at 16:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 干物女の行水 | 更新情報をチェックする

2012年04月25日

自己責任力を育てる

最近、反抗的になってきた娘。が、これも成長している証。喜ぶべきだろう。

反抗期を経ずに育った友達がいる。人に悩みを言えず、その悩みをずっと抱え込み、最後には自分が自身を責め、自ら命を絶った。そんな事を間近で見ているせいか、反抗期の大切さは理解しているつもりだ。しかしなかなか素直に受け入れられない我が子の反抗期。どうしたらいいものか。

変なもので、大人になっても反抗期が続いている人もいる。自分の思うようにならないと周囲を責め、最後は離れるよう逃げていく。まったく自分を反省せず、他人に責任を押し付ける。そのような人は、場面は違えど展開はいつも同じ。哀しいかな、自分も然りである。

自分はちゃんと責任を持って活動している。親にも頼っていない。そう思い込んでいたが、実はまだ反抗期を抱える40代であると気がついたのはイーストウインドが2位になった事による。

以下は4月18日付け上毛新聞に書かせていただいたオピニオン21

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 毎年2月にチリで開催されるパタゴニア・エクスペディションレースは完走率が3~5割という世界で最も冒険的でハードなアドベンチャーレース(AR)である。今年は世界各国から19チームが挑んだ。3回目の出場となるチームイーストウインド(TEW)はアジア代表として臨んだ。初回は7位、2回目は5位で完走している。今回は目標を3位以内と設定。そしてそれを見事にクリアして準優勝を果たし、念願の世界トップチームの仲間入りをした。

 それまでのTEWは困難な壁に突き当たるたびに立ち止まって話し合い、ベストルートを見つけようとしていた。しかし、それがベストなルートかどうかは、先に進まないと結果的にはわからない。不眠不休で数日間も動き続けるレースでは肉体的にも精神的にも追い詰められる。ここぞと決めたルートがやぶであれば、そのルートを選んだメンバーを非難することさえあった。やがてささいなことからチーム内に亀裂が入り、徐々に信頼が崩れ、ゴールどころか足を引っ張り合う状況になることもある。ARでリタイアするチームは、こうしたチーム内の亀裂が原因になることが多いのも事実だ。

 一方、トップチームはいったん方針を決めたなら、やぶがあろうと川があろうと目的地に向かって一丸となって直進する。時には想像以上の深いやぶに出くわすこともあるが、ちゅうちょせずに突き進む。もっと適切なルートがあったのかもしれないが、決めたルートがベストルートと認識し、チーム全員がぶれない。それどころか起きてしまったミスを「大丈夫さ!」とフォローし合う。そして壁をクリアした時は互いを思いきりたたえ合う。こうした言動は、他人に責任を転嫁するのでなく、互いを信頼し、個々に自己責任を持つことで生まれてくる。実はこれが一番難しいことでもあるのだ。

 今回のレースでTEWは常にこうした言動を維持してきた。その結果、今までになく良いレース展開が作り上げられた。「信頼と自己責任を胸に、目指す方向に一途に進むだけ」。それが世界でトップになるチームの戦い方だとキャプテンの田中正人は言う。

ARに限ったことではない。私たちは家族、会社、学校、地域、国家という何かしらの組織の中で日々を過ごしている。時には壁にぶつかることもある。そんな時は目指すべき方向へ一丸となって進んでみる必要がある。家族を、仲間を、地域を信頼し、ベクトルを合わせ、自己責任で目標に向かって直進する。不平不満が出るのは自己責任の欠如、他人に責任を転嫁しているからである。ミスがあれば責めるのではなく、「大丈夫さ」と声を掛けフォローし合おう。うまくいったらたたえよう。そうすれば今まで越えられなかった壁をきっとクリアすることができるだろう。

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ARは10日間程度で終わるし、目指すものがはっきりしている。しかし人生はそうはいかない。思うようにいかない事も度合いが大きければ大きいほど、人のせいにしたくなる。実際、他人のせいだったり、自然災害のせいだったり、環境のせいだったりすることは多いだろう。

娘の反抗(言い訳)は「だっておか~ちゃんが・・・」と人のせいにする事も多い。人間関係を学んでいる最中ゆえ、そうなるのも自然なこと。

大人になってからの言動はすべて自分の責任にある。しかし子どものうちに責任転嫁・責任逃れをしない心を育成するのは義務であろう。言い聞かせることはとても難しい。しかも4歳の子どもとは言え主張はある。それを上から畳み込むこともしたくない。

ならばまずは親がその姿を見せるしかない。誰かのせいにしたり、非難することを止めて、自分のすべきことを忠実にしていく。そして家族や仲間のフォローも精一杯していく。

子どもにこうなって欲しいと思うのであれば、まずは自分がやること。これは子育てだけじゃなくて、どんな組織においても同じかもしれない。

そう言いつつも、ビールを飲んでただの酔っ払いになるお父ちゃん。どうなんだろう・・・(笑)

ファミリーアドベンチャーのエントリー開始は6月1日より

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2012年04月23日

みんなで支えあってできた大会

ARJS岐阜長良川大会終了。あいにくの雨ではあったが「アドベンチャーレース、初めてです」「マウンテンバイクに乗るのは今日で3回目」等等のビギナーが多く、想定外の展開も想定外に起こり、それが結構面白かった(やっていた人は必死だったと思います。ごめんなさい)。

初めてのARということで要領を得ず、なかなかポイントを取れなかった人もいたけれど、落ち込むなかれ。誰だって初回はそんなもの。隊長だって何度そんなミスをやらかした事か(笑)。それがあって、でも2回目もやってみて、3回目もやってみて・・・そうやって世界2位なったわけで、そこに至るまでには実に18年もかかっている。

この「2回目」というのに踏み出すのが一番大変だったのかも、と今にして思う。「全然ダメでした」で辞めていれば、今の自分たちはいなかったし、今の素晴らしい仲間たちとは出会えてなかったし、そもそも私とは結婚していなかっただろう。

自分と言えば産後はずっと事務方でお手伝いをしてきたから、今回の岐阜長良川大会は久しぶりの現場(大会会場)になる。やはり間近で見るレースは面白い。大雨の中、マップ片手に右往左往している選手の姿を見ると「いいな~」と思う。

今回もディレクターの高梨くんよる恒例の「高梨トラップ」で、選手たちも「してやられた!」であろう。昨年はケービングを仕掛けたスペシャルステージ。今年はボルダリングだった。よくまぁ考えるもんだと感心してしまう。

そもそもARJS運営のコンセプトは「地元が作る地元特有の自然を活かしたレース」にある。地元の人たちが「ここは見て欲しい!」「こんな楽しいことができる!」という場所をふんだんに盛り込んでコースを作り、地元の活性化とARの普及を目指す事にある。私たちの役目はレースをバックアップすること。

この岐阜長良川大会はまさにそのコンセプトが活きている。高梨くんの手掛けるハイセンスなコースをODSSがガッチリとバックアップ。ウチで言うところのカッパクラブであり、この手のイベントを作るには欠かせない存在。なにせアウトドアのプロだもの、結構無茶もできる。初参戦のチームでもラフティングの舵を取れるなんてのは、早々できるもんじゃない。

雨だし、お腹は空くし、道は間違えるし、辛いところに頭を使うスコアOが・・・いろんな事が一日にして起きるAR。それでも最後は、美濃の情緒ある街並みを抜け、2輌のワンマン電車に乗って温泉まで移動する選手たちを見ていると、インドアの自分までをも「やってみたいな」と思わせるような選手たちの顔。あんな表情を見られたのも、高梨くんとODSSの力なのだろう。

さて、そんな大雨の中のレースでは、アキラも外に出て遊ぶことができず、車内待機が続いた。レース応援に来ていた高梨くんの次女のモモちゃん(アキラと同年齢)と仲良くなり、ポンコツハイエースを恰好の遊び場として大盛り上がり。子どもはどんなところでも遊び場にする天才だ。

レース展開中の選手を見ては、こどもたちと「がんばれ~」と声援を送る。モモちゃんに「このレースはね、モモちゃんのお父さんが作ったんだよ。お父さん、すごいね」と言ったが、モモちゃんはアキラと遊ぶのに必死で、真意が伝わったかどうか?

しばらくしてモモちゃんがふと言った「お父さん、お山に走りに行っちゃう。行かないでって言うけど、行っちゃう」。チクッと痛む。

ARは毎回異なるコースのため、大会準備が始ると高梨くんは毎週末、山に入ってコース調査をするのだろう。モモちゃんもお姉ちゃんのハルちゃんも、本当は遊んで欲しいけど我慢をしてるのかもしれない。高梨くんの奥様のキコさんがうまく伝えているのかもしれない。

下世話な想像だが、会社勤務している彼が週末にいないのは、やはり子どもにとっては寂しいことだろう。キコさんも大変だと思う。「仕事だ」と言われれば、諦めもつくが、ARはあくまでも趣味の範囲。

いて欲しい時にいられない。そんな事でのしわ寄せがどこかにかかるとしたら、それは家族であったり、人によっては恋人であったり。

この大会は高梨くんとODSSの名スタッフがガッツリ組んだレースである、と先に書いたが、実はその裏側には、それぞれの家族や恋人の支えがあるからである。決して表に出ないバックアッパーに心から感謝。

何より選手たちが、高梨トラップに果敢に挑み、そして思い切り楽しんでくれたからこそ、この想いが湧く。そう思わせてくれた選手の健闘とガッツに感謝。

私自身もアキラと現場に来てよかった。こうして父ちゃんが頑張っている姿を見せられること。だからモモちゃんもきっと「お父さんが、みんなを楽しませている」という事を感じ取っただろう。

言い聞かせる必要はないし、言い聞かせても上辺だけでしかない時もある。親は背中で語り、子どもはその背を見て育つ。親が誰かのために、誰かの幸せにするため働く姿、何かに向かって頑張る姿は子どもの誇りと自信になるだろう。

この大会は選手、スタッフ、そして応援者、みんなで作り上げたレースなのだと、久しぶりの現場で感じた。

そんな事を漠然と思いながらも、2人の4歳児相手に「じゃ、あたしはキュア・ゴージャス(プリキュア)ね」ゴージャスな変身法をしたら大ブーイングだったことも陰にあったことは3人の秘密だ。


ファミリーアドベンチャーのエントリーは6月1日より開始

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2012年04月17日

「準優勝」は4人だけで勝ち取った物ではない

「僕に任せてもらえませんか?」

簡単なメールが来た。送り主はエイ出版社の森山憲一さん。「パタゴニアレースの写真見ました。田中さんがVサインしている写真をどうしても使いたいんです」その写真1枚から、これまでの隊長の軌跡が見えるかのような森山さん。その簡単なメールで、この人がずっと応援してくれていた事がしみじみと伝わってきた。

そして刷り上がった「PEAKS 5」が送られてきた。3ページ目に大きく映し出されている隊長の写真。そして短いながらも、この18年間、ずっと背中を押し続けてくれた森山さんのメッセージが書かれていた。「静かながらも、ものすごく熱いね」隊長と私は、この文章にジ~ンと胸を熱くした。

『なかなか結果を出せなかった18年間に腐ることもなく、つねに第一線でARを引っ張り続けた田中』(文中より一部抜粋)

ずっと見ていてくれる人がいる。そう思うと涙が出てきた。

思えばこの18年間、最初は物珍しさに声を掛けてくれても、成績がパッとしないからとソッポを向く人も少なくなかった。素人チームだと非難もされた。

私自身、先の事が不安になって気持ちが負けそうになった事が何度もあった。

しかし、応援してくれる人の数は、ソッポを向く人の数を上回る。だから隊長はどんな状況に落ちようとも腐らない。だから私も腐るわけにはいかない。信じた人だから、納得がいくまで支えて行こうと思った。

そして私たちは、ひとつひとつの経験を大切にしてきた。

森山さんの文中にあるように隊長の経験を素に商品の開発に取り組んでくれる人もいた。そしてそれが商品化された時はどんなに嬉しかったか。

レースは雪山だったり、熱帯雨林だったり、怒涛の海であったりと、装備だけでも何種類もいる。それがチームの人数分。それこそパッとしない成績でも腐らずに、そのレースに似合った商品を提供し続けてくれた人もいる。

いつも温かいメールや電話をくれる仲間たち。
自ら支援金活動に動く仲間たち。
「ページ取りましたから!がんばってきてください」と、成績が出る前から掲載を約束してくれる無謀な(?)編集者さん。
これからどうなるかも分からないのに、私たちを信じてトレーニング生を一手に受け入れてくれるカッパクラブの仲間たち。
いつも深いところで支援してくれるT会長。この方の優しさは本当に心に響く。
そして人から何を言われても、黙って信じて応援してくれる家族。

ずっとずっと応援し続けてくれる人たち。長年、腐らなかったのは私たちだけじゃない。みんなが腐らずに背を押し続けてくれていたのだ。

そんな温かい人たちに囲まれて、私たちはここまで来れた。この準優勝はイーストウインド4人だけで勝ち取った物ではないと、改めて思わせてくれたのが森山さんの文章だった。

多謝。

PEAKS.jpg
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2012年04月12日

支え合う事で驚くような力が湧きあがる

この手の番組は、慈悲を無理やり作り出そうとしているように思えて苦手だった。関係者に裏話を聞いたこともあるせいか、少々胡散臭い感じもして、ほとんど目にしない番組であった。

なんらかの拍子に番組の一部の映像に行き当たった。どれほど練習したことだろう。本番を迎えるまでに、どれだけ頑張ってきたことだろう。人と人が支え合うと、こんなにも大きな力になるという事を教えてくれるような気がした。



今こうしてこの歌を聴いている最中も、世界のどこかで戦火を逃れるために、息を殺して隠れて生きている人たちがいる。

争うことで何が得られるのだろう?戦争を通して何を守ろうとしているのだろう?ミサイルを飛ばして何になるんだろう?
支えうことでの方が、自分でも驚くような大きな事ができる気がするのだが…。

そんな事を考えさせられるような映像に朝から出会ってしまった。出会ってしまったから、今日一日、誰かを精一杯に支えようと思う。

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2012年04月10日

人間関係は一生の修練

徳(アキラ)は新学期を迎えた。新しい持ち物などの準備で右往左往するのは私だけで、進級した当の本人は普段と変わらず。それでも「ちゅうりっぷ組」から「さくら組」になった事で、ひとつお姉ちゃんになった自覚はあるようだ。

それまでは自分遊びが中心だったが、3歳、4歳になり、友達と遊ぶ事が多くなる。「今日は●●ちゃんと遊んだよ」と話をする。こうして人間関係を学んでいくんだな~と、人間の成長を目の当たりに。面白い。これからはケンカも頻繁にしていくことだろう。

人生は人間関係でできていると言っても過言ではない。良かれ悪しかれ、人間関係は最後までついて回る。ゆえに、娘に言いたいのは「真に良い友を 長きに渡り 大切に」ということ。

これから成長するにつれイジメという場面にも出くわすであろう。私もいくつもそんな事を経験した。そして大人になった今でも、そんな場面に突き当たる。人はそうやって一生をかけて自分自身を修練していくのだ。

そして、そうなる度に「どうしてそうなったのか」。感情ではなく、理性で考えること。何が本当の原因なのかを冷静に探り、もし自分に非があれば、きちんと反省し、謝ること。そして正していくこと。そしてそれに気づいた事とそれを教えてくれた相手に感謝すること。

もし自分が人に迷惑をかけたり、不快な思いをさせたのでないなら、堂々としていればいい。背筋を伸ばして前を向き、お天道様の下を堂々を歩けばいい。そして今自分のすべきことに集中すること。学生なら学業や夢への前進。社会人なら仕事。途中に何があっても、笑顔で「柳に風」と吹き流せばいい。

ともかく人間関係での悩みが発生した時は、相手が何かを知らせてくれている時なのだから。今、自分が必要である事をその人が持ってきてくれるのだ。相手を恨む前に、自分には今、何が必要とされているかを考えてみるのも良い。

元来、人間は格差をつけたがる。そしてその格差に対し、優越感に浸る生き物である。

江戸時代には「士・農・工・商」を付けたし、今の社会でも「格差」が横行闊歩している。日本だけではない。海外だっていろいろな差別が存在している。

国、宗教、言語、民族(グループ)を作り、異なる事の対象を作っては、それと比較をし、優劣を決めようとする。もし国境や宗教がなければ、社会秩序は乱れていただろうが、流す涙は少なかったかもしれない。

もっと身近で言えば、立場、地位、家庭環境と、人の芝が青く見えてしまう事もある。それが「お金はあっても家庭が崩壊しているそうだ」などと、下世話な噂話で優越感に浸る。そんな人間だけにはなりたくない…そう言いながらも、これだけ芸能人のスッタモンダ取材が高視聴率を取るのだらか、やはり人間は些細なところで優越感に浸りたいものなのだと感じる。

ある番組でマサイ族の長老がこんな事を言っていたのを思い出す。「私たちは境界線を作らない。私たち種族は、みんなで力を合わせなければ生きていけないから。もし自分の土地だとか人の土地だとかを作れば、そこから同じ種族同志で戦うことになるからね。ここにある土地も家畜も、何一つ自分の物はない。種族全員のものなんだよ」

娘には、人間固有の優劣意識を取っ払い、生類すべてに慈悲深く、これからの時代を生きて欲しいと願っている。

まぁ、どのみち、ウチの子に生まれちゃったんだもん。金銭的に「優」じゃないよね~(笑)


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2012年03月31日

世界の中心から一歩ずれてみる

今回のパタゴニアレースでも、チーム内で亀裂が入った。不眠不休の長丁場。イライラしてくるのは当然のこと。その当然の事をどうやってコントロールするかが、勝負の大きなカギだ。

亀裂の原因をレース後に考え、話し合う。しかし、この場で出てくる多くは「あの時、あなたがああだった」「私はこう思った」という事実と感想の水掛け論。

元来、人は防衛するようにできている。
相手から指摘された事が心にグイグイと入り込めば、自然と防衛してしまうから、受け入れるどころか、「こう思ったんです」と反論してしまう。

言い換えるとその指摘はかなり良い線(ストレートにその人を傷つける事)をついているということだ。そして最後は「フン」となり、チームや組織によっては解散となることもある。

イーストウインドも今大会後、レース後にチームミーティングをしたそうだ。互いに思った事を言ったという。そこで全員が一人一人のメンバーの本当の心情を理解したかどうかは不明だが(作家でもない限り、言いたいことを言葉にするのは3割程度だろう)、言い合える環境にいることは良い。最悪なのは言わないで溜めこむことになる。そうなればチームの明日はない。

※誤解がないように伝えると、クラッチはそんな事が原因でイーストウインドを去るのではありません。本人の説明通り、トレイルランに専念するためです。


さて、その経緯を隊長から聞いて、なぜ亀裂が入るのかを考えてみた。

先にも書いたようにレース中に亀裂が入ることは当然である。イーストウインドが2位だったからといって、このチームに亀裂がないわけではない。家族という一番身近な組織でも、不眠不休で働いている人がいればギクシャクするものだ。

そんな時、人は「自分が世界の中心にいる」ように思う。

自分が世界の中心にいるから、微妙にずれている横の人の位置は間違っている(中心ではない)のだ。

そして「ずれている」と思い込んでいる人と「中心にいる」自分の感覚を比較をするから、わずかにある二人の差がストレスになってくる。

では自分が少し中心から外れてみたらどうだろう。今立つ緯度・経度から一歩ずらしてみる。そうすると横にいる人が中心になる。

であれば、中心から外れている自分が、中心のために今すべきことは何だろうかが、見えてくるような気もする。

私の場合、結婚をし、それまで立っていたはずの世界の中心がずれて、世界の中心は隊長になった。そして母となった今は、中心は子どもである。

最初は中心でなくなる事に戸惑いもあり、諦めもあったが、今は深く思う。

それでいい。
それがいい。

中心から一歩脇にずれたところから、家族の事を想う位置は、とても幸せだと感じる。その上で、小さな小さなことでいいから社会に貢献できる何かがあれば、自分の幸せはそこにあると思えてくる。

中心に立つ必要はない。ずれる事で見えてくることは、意外とある。



4/14(土)18:30~チームイーストウインドのパタゴニアレース報告会を開催します!


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2012年03月27日

「大丈夫だよ。なんとかするから」

「りょ~~~かい。なんとかするよ」彼のこの言葉にどれだけ救われてきたか。

みなかみ町に来てから、もう何回アドベンチャーレースを開催してきただろう。毎度コースが変わるゆえ、渉外やルート策定に苦労をする。それでもレーサーたちに楽しんでもらうため、スタッフは全力で自分のできる事を精一杯やる。

みんなが全力になるから、主力となるはずの自分も頑張らなくちゃ、と思う。が、その思いが時々負担になり、精神的に参ってくる。しかし時は止まらない。だから自分も止まれない。そして頑張らなくちゃと自身を鼓舞させる。そしてまた参る…その繰り返しだ。

里山アドベンチャーやX-Adventureは、ロープセクションが目玉になる。ここは絶対に気を抜けない。景観、ダイナミックさ、面白さ、そして何よりも安全性。これを加味して創造するのは容易ではない。

しかもやれる場所が限られる。そうなるとマンネリ化する。それを毎回異なったシステムにして、いかにレーサーが楽しんでくれるかを考える。

ロープセクションはアドベンチャーレースにおいて絶対に欠かせない一番の見せ場なのだ。「このセクションをすべて任せたい」そう言える人がいることがどれだけ有難いか。

それがタカくんだった。

「タカくん、ここでロープやりたいんだけど、どうにかできる?」そんなすべてを投げやったような依頼の仕方に対し、彼はいつもこう応える。

「りょ~~~かい。なんとかするよ」

この「りょ」と「かい」の間の「~~~~~」のわずかな時間で、できる限りの景観、ダイナミックさ、面白さ、安全性を加味したシステムを考えていたようだ。

私の焦りやパニックを見抜いているように「大丈夫だよ、Sueさん。なんとかするから」とクリクリした目を細める。彼の口から出るその言葉はマジックであった。

力がでガチガチに硬くなっていた全身がフワ~~~っとラクになる。吹き出そうな感情を抑えることができず、涙があふれ出たこともあった。不思議なくらい人の心を受け止められる大きな人だった。

そして相棒のヒロちゃんと共に、専門スタッフの調達から下見、ロープ張、本番の安全確保に至るまで、私たちのすべき事ですらも、すべてこのセクションをすべて引き受けてくれる頼れる存在だった。

タカくんにここまで頼れるのは、彼が真っ先に安全管理を考える人であったからだ。レーサーに無理はさせても無茶はさせない。レースの醍醐味を味わってもらえるさじ加減を熟知しているかのようだ。

「みなかみ町でのレース = イーストウインドからレーサーたちへの挑戦状 = 壮大なロープセクション(キャニオニング)」という独特な図式がいつしか出来上がった。

タカくんが支えてくれたのはアドベンチャーレースだけではない。被災地レスキュー隊のチームみなかみの陣頭に立った。東北が被災して間もない頃、「何かしよう」と息巻く我々を「ちゃんと組織にして動こう」と落ち着かせ、システマチックな隊を作り上げたのもタカくんだった。

ホワイトボートの前に立ち、派遣部隊会議の進行を務めるタカくんを見ながら、何の役にも立たない自分が何か少しでも貢献できる事があるはずだと心臓が高ぶった。

すぐに実行部隊となり、動くことのできる仲間たち。「この町はなんて素晴らしいんだろう。なんて素晴らしい仲間なんだろう」と、この町にいる事に誇りを持ったくらいだ。

そんな頼れるタカくんが、一足先に天国に行った。

彼のやってきた事の壮大さとは相反するような小さい箱の中で眠るような彼の顔を見て、改めて彼から支えてもらった日々が思い出される。

仲間の弔辞で「これからどうしたらいいのか分からないけど…」との言葉が連呼される。その度に「ほんとだよ、タカくん」とつぶやいてしまった。

レース運営にしても、レスキューチームにしても、私なんて何もできてないくせに、気持ちだけは一丁前になっちゃったりして。そんな小さい自分に僅かながらも誇りが持てたのは、タカくんの「りょ~~~かい。なんとかするよ」の言葉の力があったから。ずっと支えられていたのだ。

「ハイエース買っちゃったんだよね~。ヒロに何て言おうかなぁ」あれだけ頼りになるタカくんの、あの時の頼りない顔が妙におかしかったっけ。

どこかでさ、私みたいに「やらなくちゃ、やらなくちゃ」で精神的に追い込んでいる人見たらタカくんのように声を掛けようと思う「りょ~~~かい。なんとかするよ」って。

タカくん、ありがとう。本当に…ありがとう。


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2012年03月20日

「責めのチーム」から「フォローし合えるチーム」へ

3度目のパタゴニア遠征は2位という好成績を収めたイーストウインド。この成績には多くの要因がある。その中の要因のひとつがヨーキだ、と隊長は言う。

ヨーキがイーストウインドのトレーニング生として入ってきたのは、大学を卒業してすぐのだった。所属していたクロカン部の上下関係がしっかりしていたようで、掃除や片づけは最後までやるし、他メンバーのストレッチも手解きしていた。ずば抜けた身体のバランス感覚で、稀な速さでカッパクラブのガイドにもなった。

やがてイーストウインドとして海外レースに出場。ところが長期間のレースになると、理性より感覚が上を行き、思ったことを口にしてしまう事が目立ってきた。しかもネガティブな言葉。

例えば「あ~眠い」。何日間も不眠不休で動き続ければ眠くなるのは、どの選手も同じ。しかしこれはレース。他のチームより少しでも早く前に進まなければいけない。場合によっては「眠い」なんて言っている場合ではないのだ。

またナビゲーションをミスして数時間ロスした時も、ナビ担当者を責めることがよくある。1分でも無駄にしたくないし、ただでさえ疲れ切ったカラダを引き摺って歩いているのだから、無駄な体力は使いたくないのだ。ナビを担当しない選手は、分かっていてもついつい「何やってんだ!」と口に出てしまう。

しかし、ここで一人が感情を出してしまえば、他のメンバーに悪影響を与える。環境はどの選手も同じだ。

昨年迄のレースにおいて、ヨーキはこの傾向が強かった。だから隊長と衝突し、最後は隊長が克を入れる事になるのだが…。

しかしヨーキは、自分自身にその傾向がある事を理解している。ここが彼の素晴らしいところ。自分の欠点から目を背けるのはなく、向かい合ってちゃんと反省をする。

それがよくわかる出来事。

昨年のレースで、隊長がゴール手前で、このままゴールをしてしまえばチーム内に悔いが残ると思い、ヨーキに克を入れる事にした(クラッチが隊長の形相に驚き、止めに入ったくらい)。「ヨーキ、歯を食いしばれ!」と拳を振り上げた時、「お願いします!」と受け入れたと言う。彼は分かっていたのだ。

そして今年のパタゴニア。レース終了後、隊長が私に語ったのは「ヨーキがものすごい成長してる」だった。

今までネガティブな感情をむき出したヨーキだったが、今年はそれがない。隊長がルートミスをすると「田中さん、大丈夫です。行けます」とフォローに回ったと言う。

メンバーの細かいミスも「大丈夫、大丈夫!」と励ました。それを感じた隊長も、ヨーキのミスにも「OK、OK!行ける」と常に盛り上げ、チームの志気を下げない事に集中した。

ナビゲーションを担当する選手は、常に緊張する。これ以上ミスをすればチームに迷惑がかかるし、責任は重要だ。間違った時は責められるが「なら、自分でやれよ」とも言いたくなる。ストレスは大だ。

ミスは誰にでもある。しかしそこを「責める」か「フォローする」かで結果が大きく変わってくる。今回のヨーキの言動で隊長も気が楽になり、前よりもずっといいレース展開になった。

「チームの雰囲気や志気を維持するのはとても難しい。でも、その雰囲気を崩すのはとても簡単だ」今回、チームの雰囲気を盛り上げようとしていた隊長の感想だ。

イーストウインドは「責め(責任転嫁)のチーム」ではなく「フォローしあえるチーム」へと成長した。一皮剥けたヨーキ。これからの彼が楽しみだ。

そんなチームイーストウインドのパタゴニアエクスペディションレース2012の参戦報告を生声で聞いてみたい方は、ぜひ報告会にお越しください。




【チームイーストウインド パタゴニアエクスペディションレース2012報告会】

期日:2012年4月14日(土) 18:30会場 19:00開演~21:30終了
場所:国立オリンピック記念青少年総合センター
参加費:1,000円
詳細と申込みはこちら






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2012年03月10日

それぞれの道へ

この春、カッパクラブからモミーが、イーストウインドからクラッチが卒業をすることとなった。

モミーはチームテイケイに行く。伴侶のエイちゃんは4月に出産予定。モミーは父親となると同時に、日本を代表するチームとしてアスリートになる。

クラッチは今後トレイルランナーとして活動をする。今まではチームの一員として活動していただけに自由が効かなかった部分もあるが、これからは単独になるから、時間やトレーニングについても自由に活動ができる。

ふたりが今ここで転機を迎えるのは、彼らのこれからの人生にとって必然であろう。これからは自分の選んだ道をひたすらまっすぐ歩いて行く。

しかし自由に動く分、責任も大きくなる。モミーで言えば、背後にカッパクラブという会社があった。クラッチもイーストウインドという組織があった。しかしこれからはそれがなくなる。ゆえに、この道に踏み込むのも、決断が要ったであろう。

だからこそ、それぞれが決断した道を(とても微力だし、何ができるわけでもないけど)精一杯応援していきたいと思う。


以下は2月24日に上毛新聞のオピニオン21で掲載された私のコラムである。

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「信じた道へ踏み出して」


 就職難と言われる時代に入って久しい。やっと企業に入社できても、希望の部署ではなかったり、リストラやパワハラもあったり。また、せっかく入社しても夢と現実のギャップに悩み、辞めていく若者も少なくない。しかし今の社会を嘆くだけでは何も変わらない。ならばその社会を自分たちの手で変えればいい。自分の得意な分野で社会を切り開いてみてはどうだろうか。不安はあるだろう。しかし、人は倒れる度に強くなって起き上がるものだし、必ず助けてくれる人が現れる。

 「人間が学ぶべきものがAR(アドベンチャーレース)にはある」。AR国内第一人者の田中正人がARと関わり今年で18年、私は15年になる。私は田中のマネジメントを職にしたが、それまでマネジメント経験ゼロ。アウトドアスポーツもしない。そんな人間がマネジメントをできるのだろうか? 最初は不安だらけだった。経験も能力もない自分だが、それでも何かできる事があるはず。それを模索するのが私の仕事の始まりだった。

 まずは知名度のないARを一人でも多くの人に知ってもらうため、当時放送されたARの番組をビデオテープに収めて持ち歩いた。ダビングを繰り返し壊したデッキは数台。「聞いたことがない」と門前払いが数社。来る日も来る日も理解者を求め歩き回った。

 やがて少しずつ話を聞いてくれる人たちが出てきた。そして一緒にレースに出たいと言う仲間や、ARを取り上げてくれるマスコミも現れ始めた。今では「元気をもらった」「大切なことを学んだ」と、多くの方から応援をしていただけるようになった。

 しかし、AR人口が爆発的に増えるわけでもなく、簡単にはいかない。収入が止まってしまった時もあった。「就職しようか」と考えたこともあった。だが、「僕らの目的は儲もうけることじゃない」と田中に言われ、自分が目先の利益だけを追っていたことに気が付いた。

「ARには人間が学ぶべきものが含まれている。それを今の日本人に伝えるべきだ。僕たちがやっているのは儲かることではないけれど、日本を元気にするための要素をつくり上げているんだ」。田中のブレない信念によって私のすべき仕事を再認識した。

 私たちの選んだ道は軌跡もなければ、平坦でもない。目立てば人からとやかく言われる。しかし、人が何を言ったとしても、自分が正しいと思ったら突き進む。どんな形にせよ人様のためになり、それに誇りが持てる。仕事とはそうあるべきではないだろうか。

 今、就職先を求めて将来を憂えている若者たちよ、自分に自信を持って、信じた道に一歩踏み出してみたらどうだろう。踏み出せばきっと次の一歩の置き所が見つかるはず。


(上毛新聞 2012年2月24日掲載)

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最後にクラッチへひとつだけお願い。

カラダは外圧(トレーニングなど)と内圧(栄養)から作られます。
そして内圧は精神面にも大きく影響します。
「強いカラダと心は食べ物から」と私は思っています。

だからさ、だからね、クラッチ。

いくらコーラが好きと言っても摂取量は適度に。
栄養はバランスよく摂って。
栄養バランスだけでも風邪を引きにくい体質にしてくれるからさ。

強いカラダと心で、そして思う存分やってきなさい。自分自身が納得するまでやってきなさい。

そして…
トレイルランを超越したら、いつでも戻っておいで。


イーストウインドの母より






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2012年02月24日

苦労の中で満たされる心

パタゴニアエクスペディションレースが終わった。

今回、準優勝というアドベンチャーレース界でアジアとしての偉業を成し遂げた4人。先程、その4人から電話があった(詳細はこちら)。4人の声は思った以上に明るく、はっきりしていた。大きい仕事をやり遂げた事から生まれる清清しさが伝わってくる。

彼らが間近に見たグレートネイチャーはどんなものだったのだろう。空から見たそれとまた違い、その大自然に直接抱かれた時の気分は、どんなものだろう。

何もわざわざこんな苦労して行かなくても、今はツアーとか、車とか、船とか、空からの遊覧という事もできる。それをあえて道のない山を何日間も歩き続いたり、カヤックで荒海を渡ったり。あんなに辛い思いをしたのに、またレースをしたいという気持ちはどこから来るのだろう。


先日、娘と一緒に近所の公園に散歩に出かけた。天気が良く、春めいていたためか、家族連れなどで賑わっていた。「おかーちゃん、ブランコ行こう!」と娘が勢い私の手を引いて、走り出した。しばらく走った娘は地面にボコッと膨らむ木の幹につまずき、見事に転倒。泣き出した。

「はい、はい。痛かったね。どこ打ったの?」となだめる私。母親のなだめる声で、余計に泣く娘。こりゃ甘えだよ。そうわかっていても抱きしめる。それは目の前で泣いている娘が可哀想だからではない。素直に気持ちを表す娘が愛おしいからだ。

お金はいくらあっても足りない。まだまだ欲しいし、どれだけあっても満たされない。
しかし人は愛される事で心が満たされる。愛してくれる人に感謝をし、それでまた満たされる。

大きな壁を一緒に乗り越える人がいる。支えてくれる人がいる。頼ってくれる人がいる。愛してくれる人がいる。だから苦しくてはあっても、決して不幸ではないのだ。

イーストウインドの4人が、あれほど苦労して、ケンカして、落ち込んで・・・それでも続ける理由は「レース自体は大変だけど、とても幸せなんだ」と言っているような気がする。

あの信じ難い環境の中で、互いを信じ合い、尊敬し合い、頼り合い、守り合い、助け合う。その気持ちが心を満たしてくれるのかもしれない。

そして、肉体的にも精神的にも限界まで追い込んだ末に見た、目線上に広がる大自然。民族、宗教、言語、文化・・・・人間たちが創り出した垣根など一切無関係に、ただ悠然と人間を包み込む大自然。その大自然の愛も全身で感じているのかもしれない。

「レースは辛いけど、とても幸せを感じるんだ」

人は苦しい環境に身を置くことで、本当の幸せが見えてくるものなのかもしれない。自分の周りのことで不平不満を言う人は、実は環境的に恵まれていて、そこにある幸福が見えていないだけなのかもしれない。

なんとなくそんな事を考えながら、昼間に転んだ娘の膝小僧の傷を、そっとなでてみた。「おかーちゃんが『いいこ、いいこ』(なでること)してくれたから、もう痛くない」と娘。私はこの瞬間、とてつもなく優しい愛で満たされた気がした。


posted by Sue at 23:18| Comment(3) | TrackBack(0) | 干物女の行水 | 更新情報をチェックする

2012年02月14日

隊長とヨーキのケンカ

パタゴニアのレースは今日の午後2:30(現地時間は同日の午前2:30)にスタートする。

先日のワッキーのブログに『田中さんはちょっと不安そうですが・・・』とある。

近くにいないため、隊長の不安が何に対してなのかはよく分からない。普段は無鉄砲なため、こうして不安になることで、自動的に心の均衡を保っているのかもしれない。

ブログには隊長の不安がチームに良い刺激を与えているよにもある。ワッキーはその前向きさからそう捉えることができるが、深く考えてしまうヨーキはどう感じているのだろうか。

そんな事を考えてしまったせいか、昨晩はヨーキと隊長が大喧嘩をする夢を見た。場所はどこぞのレストラン。発端は食べた食べないという、子どものようなことから派生して、互いのプライベートな事を責め合ってしまったために大喧嘩に発展。隊長がヨーキを殴る寸前を止める私。横で娘がオロオロ。結構リアル(笑)。

そんな夢のお蔭で、ヨーキと隊長の関係を考えてみた。

ヨーキがイーストウインドのトレーニング生としてみなかみ町に来たのが2007年。それまでは教師を目指していたヨーキだが、教師の道を置いて、イーストウインドとしてカッパクラブに入門。学生時代の上下関係が厳しかったせいか、目上への敬意はきちんと払う。そしてその場の空気もよく読む。自分の意見ははっきりと、しかもキツメに言うため、しばし同期との衝突も起きた。

当初、私もヨーキの言い方にカチンときたものだ。その度に言うかどうかを悩んだが「どうせ言ったところで直らないし、マイナス思考の強い彼が、どこまで理解してくれるかも分からない。逆恨みされても面倒」と思い、言葉を飲んで終わらせていた。

ヨーキとレースを何度も共にした隊長は、その度に衝突し、互いの意見をぶつけ合い、終いには互いの性格までをとやかく言い合い、殴り合う(と言っても隊長が一方的に克を入れるわけだが)。そしてゴールをする。

不思議なことに、どんなにこの二人がケンカしてもゴールする。

そんなある日、隊長が「ヨーキには思った事を言ったほうがいい」と言い出した。最初は面倒だと思っていた私もその方がいいと思い始めていた。

卒業して直接この世界に来たヨーキ。もともと人への配慮ができる。それがARを通して人間関係を含め様々な経験をした。結果、人の話をちゃんと聞き、受け入れることができるようになった。消化すべき部分はしっかり消化する。まだまだマイナス思考の時もあるが、それも自身で理解し、自分なりに戦っている。

そんな彼の成長ぶりから、彼に対して思ったことはちゃんと伝えられるようになった。チームのためではなく、自分の気持ちをすっきりさせるためでもなく、隊長も私も純粋に彼を弟のように思っている事から出る言葉である。

ケンカしても元に戻る。それが家族。ムカついたことがあっても、殴り合っても、それでも常に心配し、支え、裏切ることはない。それと同じ感覚を私たちはヨーキに対して持っているのだ。

だから他所からヨーキの事を非難されれば、ヨーキを庇う。とは言え、彼のためになるのであれば、非難であろうと包み隠さず伝える。それをヨーキも受け入れる。こうして私たちの関係は益々厚い層となっていく。

さてさて、今回もW田中はぶつかり合うだろう。このぶつかり合いは二人にとって、またナビを左右するためチームにとっても大切な事。そして何故だか、互いの心を知っているかのようにケンカをする。それを期待をしてしまうのは、完全に母親的目線だ。


今朝方、隊長からメールが来た。これから出発の準備に入るため、これでしばらくメールができなくなる。「徳は元気ですか?」やっぱりここにいる家族も心配なようだ。チリに発って初めて父親らしいメールだ。ちょっとホッとする(笑)。

posted by Sue at 08:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 干物女の行水 | 更新情報をチェックする

2012年02月08日

「強い人」とは、逃げるのではなく、弱さを受け入れて前に進む人である

娘はその環境上、「将来はアドベンチャーレーサーだね」とよく言われる。「いえいえ、普通でいいです」と答えるのだが、当の本人は飛行機になりたいそうな。しかもピンクの。

実際、もし彼女がアドベンチャーレースをしたいと言えば反対はしない。装備もある程度持っているし、隊長であればすぐに山にでも連れていくだろう。それを機に嫌になる可能性は否めないが・・・。

さて「将来は・・・」というのは彼女の選択に任せるとして、「どんな子に育って欲しいか」と聞かれれば、親の欲として願うことはたくさんある。そのうちのひとつに「強い人間」というのがある。ここで言うのは身体的なものではなく、精神的なものである。

人は嫌なことがあると、そこから目を逸らしがちだ。また無かったこととして無視する。こうした「何も気にしない」と言う人が強い人間と思われがちだ。

もちろん「気にしない」ことができるのは、ひとつの「強さ」だろう。しかし人間は、そんな簡単に「気にしない」で終わらせることなどできない。その原因となる人間関係や出来事と疎遠になればいいが、それにも時間がかかるだろう。「気にしない」は強い人間ではなく、自分に言い聞かせるマジナイでもある(効果がありそうだ)。

しかし、もしそこでうまく逃げられたとしても、必ずや同じことが繰り返される。天はその人が克服すべき「弱さ」のネタを幾度も落としてくるのだ。ならば、すっぱりと立ち向かってみることが大切。

原因も方法も自分の中にあるはず。嫌なことを引き出すのは想像以上に辛い場合もあるが、それでもここで断ち切るために、向き合うしかないのだ。その原因と向き合ううちに、かならず糸口が見つかる。

そして本当に強い人は、こうした痛み、哀しみ、怒りと向き合い、それを受け入れたた上で前に進んでいる。

私の知り合いに、どうしてこの人ばかり?と思うほど、とんでもない不幸を背負った女性がいる。しかし彼女は不幸が襲うたび、逃げずにひとつひとつ乗り越えていった。今は菩薩のような人になっている。

娘には痛み、辛さ、哀しみ、怒りなどから逃げないで、どうしてそうなったか、それに克つためにはどうしたらいいか、ちゃんと対立していって欲しいと願う。

昨日、隊長たちはなんとかプンタアレナスに到着した。最初の機内では心臓発作を起こしてなくなってしまった人がいたり、13時間も乗継が遅れたり、主催者に提出しなければいけない書類を置いてきてしまったり、極めつけにヨーキがパスポートを紛失したりと、まぁ~よくこんなにも災難が出るもんだと思わずにはいられない。

しかしレースでは、これ以上にどうにもできない災難が待ち受ける。それでも、4人で団結してひとつひとつに立ち向かって、レースはもちろん、自分自身の中にある壁を越えて帰ってくることを願う。

posted by Sue at 16:35| Comment(2) | TrackBack(0) | 干物女の行水 | 更新情報をチェックする

2012年01月26日

懲役11年の判決

寒い夜。隊長と徳(あきら)と3人で鍋を囲む。「はふはふ」と鍋をつつきながら、園の話、大好きなヒーローモノの話、娘のまったくまとまらない話は尽きない。とてもとても幸せだと感じる。

鍋の汁で汚れた娘の顔を拭きながら「幸せを与えてくれてありがとう」と心の中でつぶやく。


一昨日、2年前の9月に実家のガレージに放火した男の判決が出た。裁判員裁判が下したのは懲役11年(求刑・懲役15年)だった。
ニュース記事はこちら

実家が被害にあった事件について

元々この男、放火のクセがあった。刑務所に入っては戻ってくる。出ても行く先がないから実家に帰る。その実家にも家族はいない。しばらく顔を見ないと「また刑務所かな」と近所の人たちはささやきあう。

しかし男が戻ってきて、ひとたびその姿を見ると、町中が警戒をする。男も生きていくために仕事を探す。しかしこの小さい町では男を知らない人間はいない。当然雇用はされない。家族も友達もいない。男はムシャクシャし始める。そしてまた放火。ところどころでボヤ騒ぎが起きる。お巡りさんの姿も頻繁に見かける。誰もが心の中で「早く刑務所に「戻ってくれ」と願う。これが放火魔がいる町の実情で、放火魔もこれを繰り返した人生だ。

私の実家は、目撃者が消火活動や通報をしてくれたお蔭で器物破損程度で済んだ。が、この男の最大の悪事は放火殺人である。

この事件の日、偶然にも私は実家にいた。寒い夜だった。近所で発生したこの火災では、まるで燻されている程に煙を感じている。
その事件について

この町はまだまだ昭和の香りが残る城下町で、家は木造旧家が密集する。ゆえに火事と言えば人々が出遭って消火にあたる。

現場から顔色を変えて帰ってきた父が言った。「女の人が…外で…金切声をあげてた…子どもが中にいるみたいだ…火の回りが早くて助けられないようだ」
そう言って、私の脇でスヤスヤと眠るアキラ(当時1歳)の顔をチラチと観たのを覚えている。

翌日の朝、その火事で逃げ出せなかった小学校1年生の男の子が犠牲になったことを知った。あの金切声をあげていた母親が消防署に通報しているわずかな時間に火が回ってしまったらしい。

この子が何をしたというのだろう。たった7年…たった7年しか生きていない。

今回の3回の裁判員裁判で初回を傍聴しに行った父が「あいつの知能は7歳程度だと弁護側が言ってた。その知的障害の度合いで刑期が決まるようだ」と言っていた。

私は専門家じゃないから、7歳の知能がどれくらいなのかはよく分からない。が、少なくともやっていい事と悪いことは分別がつくだろうに…と素人ながらの見解から悔しさが込み上げる。

たくさんの哀しみを生み出したあの男には、たった11年という刑期が下された。そして10年そこそこであの男は戻ってくる。ガタガタと怯えて眠れない夜が10年後に待ち構える。できれば一生戻ってきて欲しくないと願う。

そんな風に思われるこの男は、この55年間、いったいどんな気持ちで暮らしてきたのだろうか。誰かに話を聞いてほしい。そんな風にも思ったことはあるだろう。

どれだけ知能に障害があったとしても、この男のしたことは許される事ではない。7歳程度の知能を持った人間に、7歳の子が殺された。あの子は死ななくてもよかった。

あの子は二度と鍋を囲んで幸せな時間を持つことができない。7年という短い間ではあったにしても、あの子自身も人にたくさんの幸せを与えてきたに違いない。そしてこれからは自分も幸せを与えてもらえる時間があったはずだ。

そしてもし…あの男の家族が、あの男をちゃんと守っていたら…鍋を囲んで幸せな暮らしがあったのであれば、こんな生涯を送らなかったかもしれない。

あの男もまた二度とこうした幸せを感じることはないだろう。


posted by Sue at 07:09| Comment(5) | TrackBack(0) | 干物女の行水 | 更新情報をチェックする