2011年03月29日

自然は常に想定外

いしだ壱成さんのブログに目が留まった。幼い頃、伊方原子力発電所(愛媛県)建設に対する親の反対運動に直面したという内容。

このブログを読んで、福島原発の建設でもこうやって反対運動を起こした地元住民がいたのではないかと勘ぐる(それが実際に起っていたがどうかはわからないけど)。

あくまでも「もしも地元住民による反対運動があったとしたら」と想定した場合の話だが、反対した人たちは伊方原子力発電所と同じく体を張って国や電力会社に抗議したとしたら?今実際に建築物があるということは、反対勢力を押し切って建設したのだろうと勝手に想像する。当然、国や企業は原発の安全性について住民に説明会を開催しているだろうが。

しかし今回の原発事故は「東電が津波の上陸を想定していなかった」という事も影響しているとマスコミに報じられている。地震大国と言われる島国で、しかも一歩間違えれば大惨事を招きかねない危険性もある原子力発電所を沿岸に建築する際、なぜ津波の上陸を考慮しなかったのか?

いやいや。今の技術は想定外の出来事も「想定外の事態」として想定しているはずである。これだけのモノを創り上げるのだ、最悪の事態も考慮していないはずがない。少なくとも考慮済みであって欲しい。

しかし結局大きな被害を受けるのは地元に住む人たちだ。ひょっとしたらこの中に(私の勝手に想像する)反対運動に参加していた人もいるかもしれない。その人たちもすでに子どもたちの代になっているとしたら…どれだけ悔やまれるだろう。
(再度、すべては私の妄想に過ぎない話です)

いずれにしても自然の破壊力というのは人間の想定を超える。アドベンチャーレースをしている時、常にそういった事に出くわす。当然、規模は小さいけど。

レース開催地の気温をあらかじめ聞き、対策や準備をしていても、実際その中で動くのは容易ではない。「これくらい対策をしておけば大丈夫」と思っていても、人間のコントロールできない自然界の中では事前対策に大なり小なり穴は出てくる。

50度にも達する灼熱地獄の中で脱水症状、日焼け(というより火傷に近い)、熱射病、熱中症も起こすことは多々ある。充分だと思うほど水分を持っていても、熱波は想定外に襲う。

気温は10度くらいでも、山から吹き降ろす強風は体感温度にして2~3度くらいになることもある。そんな中カヤックで沈したり、川を泳いで横切ったり、しかも衣類がまったく乾かなくて低体温症になることだってよくある。

レースの場合、自然環境による最悪の事態を避ける手段に「棄権」というのがある。文字通り、レースを辞めることだ。もちろん残念な方法だが、命を守るための確実な手段だ。

しかし今回の原発事故には「棄権」は存在しない。収束するまでやり遂げるしかない。所内にいる作業員は1日2回の食事(しかも朝はビスケットと野菜ジュース)のみで、廊下に毛布にくるまって寝ているという(毎日新聞より)。

彼らに中には、職務に対してその責任を果たすべく自らの命を省みず働く人もいるかもしれない。「子どもたちに安全な水を飲ませてあげたい」と思い動き続ける人もいるのかもしれない。こうして命を張って日本を守ろうとしている職員もまた被災者とも言えるだろう。

自然の猛威に対抗できると信じて人間が作り出したモノであるゆえ、自然に負けてしまった今となっては色々と非難される事もあるだろう。

それでも日本を守るため命がけで原子炉と闘ってくれる人たちにお礼が言いたい。「ありがとうございます」

一日も早い復旧と、そして一日も早く皆様が家族の元に帰れる事をお祈りします。
posted by Sue at 10:36| Comment(6) | TrackBack(0) | 干物女の行水 | 更新情報をチェックする

2011年03月05日

耳治療のための鍼灸治療

西洋医学に見放された耳鳴り。ワラをも掴む思いで治療法を探す。

昨年の11月、隊長が山岳ガイドの研修会に行った際、宿泊先のキャンプ場で知り合った石井さん。千葉で鍼灸をしてみえる方で石井さんに私の難聴の話をしたら、石井さんの先生が自由ヶ丘で鍼灸医院を開いているという情報を得た。

そして今日、やっと行けた。待っていてくれた先生は台湾王宮で東洋治療を施していた鍼灸師の直径の弟子の王さん(台湾出身)。ものすごくパワフルでエネルギッシュ。

最初は問診。中国なまりの日本語で耳の状態を聞く。話をしていくうち、王先生の明るさに場が和む。鍼治療は初めてじゃないからそんなに緊張はしていなかったが、もっと自分の状況を説明ができた。

問診が済み、王先生が「痛みに強い?」というので「普通に痛がります」と答えた。それ以外どう答えていいのか…?

「方法は2つある。痛くないけど時間がかかる治療と、痛いけど早く治る治療とどっちがいい?」と聞かれて前の質問の意味わかった。「痛くても早く治るほうがいいです」と即答。

「じゃ痛いの、やりましょうね」

へ?以前行った鍼灸の先生は「痛くないよ。チクッとするだけ」って説明して、本当にそんなチクッだけだったのに、この先生ったら平気で「痛いよ」と言ってのける。本当に痛いのかも…

そうこうしているうちにイスに座らされ、ティッシュを何枚も何枚も取って「はい、顔につけて」と左の頬にティッシュをあてる。横になったり足や手の先とかじゃなくて顔????

「き、緊張します」とつぶやいたら、王先生は「あなたは緊張しなくていい。緊張するのは私の方です」って。ごもっとも!

あきらかに以前の鍼灸と異なる器材を持ち出す王先生。何するんだろう?不安になってきた私をよそに、王先生は左の額からこめかみにかけて、いきなりブスッブスッブスッと何度も何度も鍼を刺す。

ってか、鍼じゃない(汗)!彫刻刀のきりみたいな大きさに感じる。しかも「チクッ」どころか、ブスブスって音がするし。いった~~~~~~~~い!

「せ、せんせい・・・痛いです・・・・」と嗚咽のような言葉で口に出すと「痛くない!」って何の根拠もないダメだし。先生は手を休めずにブスブスブス・・・・

横にいる隊長がドン引きしてる。なんで????

一通りブスブスした王先生はティッシュで刺した顔をぬぐって「ほら」と見せてくれた。すごい血!その後その血をピストンみたいなのでキュイーンって吸いまくる。

おいおい、これって新人のお笑いの登竜門みたいなもの?い、い、痛いです!!

左耳は終了。右はお灸を耳の穴に入れた。こっちはブスブスされないんだ。よかった~と思ったら「右は明日やりましょう」って。え?また明日、彫刻刀のキリでブスブスすんのぉ?

あんな荒治療でよくなるんだろうか?治療後の顔を鏡で見たらエレファントマンのようにボコボコと腫れてる。でもって鍼の後もしっかり見える。自分の顔なのになんだかおかしい。これで自由ヶ丘の街を歩くの?そりゃちょっと・・・・

3年も放置した耳鳴りは、そんなすぐには取れない。けど不思議。少し小さくなった感じ。そして王先生の「絶対に治るから」という言葉に神に会った感覚。大丈夫だ。ぜったいに治る!

「また明日来ます」ということで本日の治療は終了。

めちゃくちゃ明るい王先生。隊長の顔をみて「とても良い相ですね。そしてご夫婦仲、すごくいいでしょ。二人の顔の相はとてもいい」と言ってくれたのが嬉しかったな~。

明日もブスブス行ってこよ~っと。
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2011年03月01日

難聴を治してみせる

昨晩、慢性化している耳鳴りの音に変化があった。物音、人の声、自分の呼吸音がハウリングする。あきらかにおかしい・・・・。

今日、慌てて前橋の耳鼻科に直行。前回の検査結果より悪化。医師から発せられた言葉は「治療方法はありません。すぐにとはなりませんが、やがては補聴器になるでしょう」。

これから徳が大きくなって女同士の会話が出来るようになるのも楽しみだし、家族で(レースじゃなくて)海外旅行も行きたいし、映画も音楽も楽しみたいのに・・・・

でもあきらめない。以前にもブログに書いたが西洋医学に見放されても東洋医学がある。鍼治療、整体・・・。
そして自己治療。運動、栄養、睡眠、生活リズム、すべて東洋に通じる。ともかく良いと言われる事をしてみよう。できるだけ補聴器に頼らないようにしたい。

まだ聞こえている。ちゃんと徳の泣き声も笑い声も私を呼ぶ声も聞こえている。これを悪化させないようにすればいいのだ。だから、やるだけやってみよう。絶対に大丈夫。
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2011年01月11日

ツキが呼べる人

最近読んでいるものの本に「ツキが呼べる人の資質は、自分の長所と短所をよく知っている人だ」とあった。

長所を知っていれば、それを活かした仕事(入学)をすれば、自ずと成績が伸びる。

しかし日本人は「短所をいかに克服するか」というのに利点を見るとある。例えば数学が得意で英語が苦手な場合、なんとか英語を克服するために一生懸命に勉強をする。で、平均的に何でもできる方が有利とされる。

しかし実生活においては、あまりそれは関係がない。実際、私は化学がチンプンカンプン。もちろん知っていればライフワークももっと楽しいかもしれないが、今のところ不自由はしない。その分、隊長が化学を得意としているから(以前は化学会社に勤務して研究者してたくらいだもの)、むしろ知らない事は彼に聞けばいい。逆に隊長は英語が不得手。ならば多少彼よりも英語を理解している私がフォローすればいいだけのことだ。

しかしそれは勉学の話。その本には続きがある。

「性格の長所を認知すること」
例えば神経質の性格である場合、常に心配と不安がついて回る。それが取り越し苦労だってことも多々ある。でも、この性格はウラを返せば先読みができる性格でもある。

「頑固」は「粘り強い」で、「自己内省的」は「客観視できる」である。こう見ると長所と短所は表裏一体だ。

長所を把握しておけば、仕事をするにしても「そんな事はできません」と思わずに「粘り強いんだから、少しやってみようか」とか「こんなことになったらどうしよう」と思うより「こうならないように手を打っておこう」と切り替えができる。

こうして長所を伸ばしていけば、運はついてくるとある。

じゃ、私の長所は???
短所はいっぱい浮かぶけど、なかなか長所は浮かばない。

隊長に聞いてみると「バイタリティだね」と言うけど、それって何?そのバイタリティってどう活かしていけばいいんだか・・・・結局のことろ使い道がわかならい。

それじゃダメじゃん(苦笑)

さてさて、皆様の長所は?
粘り強いところ? 向上心があるところ? プラス思考?

じゃ、短所は?
その短所、是非とも長所に変換してみてください。で、運がついてきたら教えてください。

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2010年12月31日

誠意のない人間は信用されない

年の締めくくり、なんとも残念な事件勃発。

11月中旬に知り合いを通じて、車検の切れたハイエースを購入した。売主のいる八ヶ岳まで車を引き取りに行った。

さて、これから個人売買で、色々と諸手続きをしなくてはいけない。

購入してから雪が降るまでに約1ヶ月くらいはある。その間に名義変更、車庫証明、自賠責保険加入、そして車検と動かなくてはいけない。

まずは売主に名義変更に必要な書類を送ってもらうように依頼。その間、車庫証明をとりに行った。車庫証明の期間は40日間。これだけあればなんとか車検にも行ける。

放置されていた車はサビだらけゆえ、修理に出す。締めて20万円。痛たたた・・・・
が、ちゃんと乗れるようにするには致し方ない。馴染みの修理屋さんは「雪が降る前にやっちゃわないとね」と早々に修理を終わらせてくれた。後は名義変更の書類を待つばかり。

1週間経ち、2週間経ち・・・・一向に名義変更の書類が来ない。何度か売主さんに電話をした。「車は元々、息子が所有していて、今県外に住んでいるから、こちらでは書類が揃わない。息子に早急に言っておく」とのお返事。仕方ない、待とう。

やっとのことで送られてきた書類は、こちらがお願いしたものとは到底異なるものだった。これでは名義変更などできやしない。もう一度分かりやすいように説明したものをFAXした。

そうこうしているうちに車庫証明の期限が迫る(12月28日がその日)。官庁も28日が仕事納めゆえ、絶対に28日に車検を通したいところ。

12月22日に「27日必着で書類をお送りください」と電話した。が、まだ不安だったので26日に電話した。「昨日(25日)、速達で出しました」との返事。じゃ、27日には着くね。ここから自賠責に入って役場に言って仮ナンバーを取って前橋の車検場に行けば年内に間に合う!!

まずは車検をネットで予約。後は書類を待つ。

・・・・届いたのは28日の夕方5時過ぎ。役場も保険屋さんも閉まっちゃった。封筒を見ると12/27の消印。あれれ?25日に送ったんじゃないの????

しかもだ!!!

またもや異なる。しかも委任状には実印が必要というのに、印鑑証明にある実印と委任状にある実印が素人の私でも区別できるほど「違う」。(これについても再度送付をお願いしたというのに、まったく変わっていない)

しかも急いで電話をしても留守電になり、メッセージを残しても折り返しの返事なし(この件について売主から電話がかかってきた事は一度もないし、謝罪もない)。

こうして車庫証明の期限も終わり、雪も降り積もり、修理済みの車だけが手元に残った。

先方は遅れてでも間違ってでも書類を送ってはくるので、売る気持ちがないわけではないだろう(すでにキャッシュで車代は支払っているし)。が、ここまでくると詐欺じゃないの?とまで思えてしまう。

ご商売をされているゆえ、人様の信用がどれほど大切かくらいは分かるだろうが、それにしても・・・・である。しかもこうなっては間に入って紹介をした人の顔に泥を塗っているようなものだ。

悪気はないと信じている。が、ここまでくると、私たちにとっては「悪い人」というレッテルを貼らざるを得ない。

誠意なしの人間は、最後には信用されなくなる。

「素早く 正しく 丁寧に」は私の仕事のモットーである(でもなかなか思うようにはいきません)。が、人間ゆえ間違いはある。そういう時は「素直にあやまる」。丁寧にフォローをして謝罪し、再度、素早く正しく対応すれば、少なからず信用も回復する。

が、できなかった言い訳を重ねれば重ねるほど、相手にはそれが「嘘」に聞こえる。

でもね・・・
同じ事は誰にでも起きていて、実は偉そうにこんな事を書いている私だってあるかもしれない。ついつい軽視してしまい、それが相手にとって「対応が不親切で不明慮だ!」と思われているかも!?

車検を通すまでには、もう少し時間がかかるだろう。が、その間は、この一件を通していい勉強なのかもしれない。

偶然に起きた事は必然性であるから。だから「何で私だけが?」と思わずに、事の事態を冷静に受け止めてみる事も大切だ。来年はそんな事からのスタートである。

皆様、どうぞ良いお年をお迎えください。
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2010年11月28日

誠実に続ければきっと応援者は現われる

久しぶりに帰郷。父、母、娘と4人で碧南市の明石公園に行った。生まれ育った場所なのに、直に雪が積もるであろう現住所のある我が町と比べると、こんな温かい町だったっけ?と改めて心地のよさを感じる。

そこは大きい公園で、家族連れやカップルで賑わっていた。公園の真ん中あたりに簡易ステージが設置されていて、大道芸人のパフォーマンスショーをやっていた。バルーンパフォーマー哲さんという人のステージ。

無料の市営公園でのパフォーマンスゆえ、さほど期待していなかったが、思ったとおり、まだまだ素人の香りがプンプンする芸人さんだ。舞台設置もマイクテストも呼び込みもすべて一人でやっていた。

しかし、そういった素人臭さがとても良い感じに会場を巻き込んでいる。子どもたちは「何が始まるんだろう?」とぐぐ~~っと引き込まれている。気がつくと大人も引き込まれている。けっして器用ではなく華がある感じもしないパフォーマンスだが、彼の一生懸命さが伝わってきているのだ。上手にやる事より、会場をなんとか楽しませようとする姿勢が人々の共感を呼ぶのだろう。

欧米の大道芸人によく見る演じる舞台の大道に帽子を置く投げ銭(ハットマネー)を、彼は「無理にとは言いません。今日見て楽しかったと思ったら、もっとがんばれ!と思ってくれたら少しでもいいのでお願いします」と差し出した。

芸が終わり、多くの子どもたちがパパやママにハットマネーをもらって帽子に入れに行った。私も娘と一緒に「がんばってください」とわずかながらのハットマネーを入れた。

思えば私たちのやっている事も大ブレイクするものでもなく、正直、協賛する側としてはあまりメリットがない(あるようにがんばっているのだが)。

それでも応援してくれる人はいる。応援者は隊長を「がんばっているから」「ひらすらまっすぐに進む姿に感動をする」「誠実さを感じる」などと言ってくださる。本当にありがたい。

そしてテイケイの会長は「若い者が日の丸を背負って世界に出てがんばる事を応援する」と私たちに厳しくも優しい人柄でお力添えをしてくださっている。だからこそ、私たちは立ち止まらずに進み続けることができるのである。

彼の一生懸命さを見て、思わず「がんばれ!」と声を出しまった。横道に逸れるは簡単。辞めるのはもっと簡単。実は続けるのが一番難しい。あきらめずに一生懸命がんばれば、自分の信じた道を誠実な気持ちで進んでいけば、きっと応援をしてくれる人が現われる。

初心に立ち戻らしてもらった大道芸人のパフォーマンスであった。
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2010年11月20日

消費者が求めるもの

実家(愛知県知立市)に比べ、みなかみ町の新聞折込チラシは少ない。近所のスーパーかパチンコ、たまに家電製品かユニクロ。まったく無い日もある。

テレビの全軒地デジ化も目前。そろそろ買い換えようかな~と何気にチラシを見てみる。ユニクロが創立祭で超目玉価格で衣類を販売している。へ~すごいね。そんな安価で質はどうなのよ?

1000円程度の服であれば「ワンシーズン着ておしまい」となっても惜しくない。生地が破損したり薄くなっても店舗に文句を言いに行く人も少ないだろう。これが数年着られればなんとなく得した気分にもなるくらいだ。

早い!安い!ウマい!の牛丼店でもファストフードでも然り。量は少なくたって、店が混み合ってうるさくたって、あまり文句は出ない(って私だけかな、こういう感覚!?)

逆にデートやら記念日を大切な人と過ごす場合は「早い!安い!ウマい!」で店を選ぶことはない。高い質を求める。質というのは料理(味)は当然のことながら、サービスはもちろん、店員さんのマナー、店の雰囲気、料理のスピード、盛り付け(見た目)・・・すべてにおいてパーフェクトを求められる。高いお金を出す側としては、それなりの感動と驚きが欲しいのである。

しかしながら、最近のファストフードやユニクロも研究に研究を重ね、味も質もかなりよくなってきている(と思う)。テキパキ動く店員さんの質も高い。高級レストラン並のスマイルだったりもする。

今や頑固親父の店も流行らない。若者だって研究して腕を磨いている。味のレベルが同じであれば、怖いおじさんにジロッと見られながらご飯を食べるより、活気あるニコニコした若者の店に足を運ぶ。

先日、高島屋に行った。
平日のせいか、ガランとしていた。各フロアは商品が整然と並べられていたが、なんとなく暗い雰囲気。店員さんも黒の制服だし、声も出てなければ笑顔もない。もくもくと衣類をたたみ直している感じが、なにか不満なのかな?とも思わせる。そんな憮然とした顔でたたんでいる服の値札はユニクロよりゼロが一個多い。所狭しと並ぶテナントを回るうちに、だんだん息苦しくなり、その場を早く出ようと思った。

別の日、イオンに行った。
同じくして平日。しかし駐車場は一杯、店もそこそこお客さんで賑わっていた。値段も高島屋ほど高くはない。しかもユニクロも店内にあるし、テナントはこことの価格競争をしているようにも思える。店にもよるが、店員さんの対応も悪くない。圧迫感のないつくりがお客さんも店員さんものびのびさせているのかもしれない。ともかく活気がある。

これじゃ百貨店はつぶれていくさ。体質を変えないとね。「ウチは○○百貨店ですから!」なんてやってたら時代で移り変わるお客さんは去っていきますって。

これを顕著に表しているのがJAL。JALパックっていう旅行パッケージ、もう絶対に使いません。20年くらい前、カナダ旅行でJALを使ったが、ツアコンのおじさんの態度がものすごく横柄だし、お客さんを流れ作業で対処してる。あったまきた!!これが世界的に高質サービスのJALかい!?聞いてあきれるね。

ほらね。20年後、やっぱりこうなったわけよ。

巻き返しを図るべく乗務員が浴衣でお出迎えしたり嵐とコラボCD出したりしてるみたいだけど、それって本当に巻き返しになっていると思っているのだろうか?まずは上から目線でお客様を見るのを辞めたほうがいいのは、ビジネス素人の私でも分かる。JALでも質が良く、マジメに働いている人がいるが、その人たちがとばっちりを受けて可哀想だ。

さてパソコンを買うとしたら何が決め手?
安心感(ソニーとかNECとかよく知っているメーカー)?店員さんの熱意?、安価格?いまや消費者はすべてにおいて選んでいる。どれが欠けてもダメ。

思うに、価格やサービスも含め、最終的に「これなら大丈夫」という安心感が求められるのではないだろうか。仕事も然りである。仕事を依頼するのであれば、安価で質の良いところを探すが、最終的には安心感に至るもの。

私もそういう人間になりたい。そんな風に思われて仕事を依頼される人になりたい。言うのは易し、するは難し。

と、チラシ1枚で思うこの頃。ああ日々精進。

ちなみに・・・・
隊長との初デートは『山田うどん』に連れて行かれたっけ。しかもご本人は「本店だから!」って大威張り。愛知には『山田うどん』がなかったから「本店ってそんなにすごいんだ」と思ったっけ。

だから今も私にとって『山田うどん』は特別な店である。
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2010年11月11日

自分の死に何人泣いてくれる?

遠い親戚が亡くなった時のこと。80歳過ぎていて、数年間は老人ホームにいた。

元気な頃のその人は記憶にある。偏屈で、周囲との交流は一切ない。地区の集金に行っても追い返される始末。目があったら明後日の方向を向くくらいだもの、当然あいさつをする事も一切ない。誰にも頭を下げなかった。

自称美食家で、奥様の作った料理は気に食わず、魚は魚屋さんから、豆腐は豆腐屋さんからなど、スーパーでタイムセールなんて縁のない食生活をしていた。テーブルの上の食事が気に入らないと奥様に悪態をつく。大正生まれの気質なのか、それともその人の育った環境なのか?私から見たらただの弱い者いじめだ。

酒も浴びるように呑んでいたようで、それが元で病気になったと聞く。肝臓、胃が悪くなり、とうとう栄養を点滴でカダラに流し込む生活を余儀なくされた。そうして命を繋ぎ数年。誰にも看取られることなく、静かに息を引き取ったそうだ。

偶々帰郷していた私も葬儀に参列。やせこけたその人は、ただ木枠の中で眠っているようだった。

ふと不思議に思った。葬儀で誰も泣いていない。
80歳を過ぎたら大往生なのだからか?だからみんな悲しくないのだろうか?食べる事もできないその人の死は想定内だったのだろうか?

奥様は色々とやる事もあるから気丈にしていなくてはいけないだろうけど、親戚も誰も泣いていない。その後に残った親戚同士が集まって「お久しぶりね。元気?」などと微笑んでさえいた。それはそれで亡くなった人が再度引き付けてくれた縁でもあるだろうけど。

通夜後も遺体に泣きつく人もおらず、その場に立ち尽くして、在りし日のその人との思い出に浸る感じの人もいない。台湾かどこかの泣き屋さん(職業であるようです)までとは言わないが、あまりにもカラッとした葬儀で「こんなものか?」と思ってしまった。

確か、どこかの国では葬儀はとても明るくお祭り騒ぎにするところがあるとか。死後、魂は天に戻るのでめでたい事をみなすそうだ。しかしこれはあくまでもこの国の考え方と風習である。日本はちと違う。

日本の葬儀では「重なる、重ね重ね、くれぐれも、再三」などという言葉が不幸が重なるということからタブーとされている。またサンダル履きとか、お香典に「4」や「9」の付く金額を入れてしまう事もタブーである。そういったタブーにも意味がひとつひとつある。

まぁ細かい事はよく分からないけれど・・・(それじゃダメじゃん!大人の常識として勉強しなさい ⇒ 私)ともかくカラッとした葬儀に少し違和感を覚えた。

じゃ、自分が死んだ時、何人の人が泣いてくれるだろうか?

少なくとも旦那さんと娘は泣いてくれるだろう・・・と勝手に思い込んでいる。果たしてそうだろうか?「うるさいヤツがいなくなったから清々した!」「これでガミガミうるさく言われなくて済む」なんて思われるかもしれない?

家族以外はどうだろうか?血縁関係のない友達、仕事関係の人、幼馴染、etc・・・利害関係なくして本気で寂しいと思ってもらえるだろうか?ただただ涙してくれる人がいるだろうか?

携帯を見てみる。う~ん、この人は泣いてくれるな。あ、この人は泣くまではいかない。なんてやってみたけど、思うのはこちらの勝手な想像。人はそこまで私を思っていないかもしれない。

これが人の生き様を表す事なのかも。遠い親戚のその人がいつも微笑んで、情が深くて、優しくて、楽しい人だったら今回の葬式の雰囲気はまったく違ったものになっていただろう。

私が死んだ時、一人でも心から泣いてくれるのであれば嬉しい。そんな人になりたいと思うこの頃であります。

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2010年11月01日

輝け、ご隠居!

チームイーストウインドの活動報告紙東風見聞録を開始して5年以上になる。最初の頃はSue's Barのコーナーがあり、各界で活躍している人に、酒を酌み交わしながら語ってもらうという企画があった。アスリートばかりではなく、普通のサラリーマンもいたし、ショップのオーナーもいたし、獣医さんもいた。

なんだか異種格闘技みないな会談だったけど、世の中にはこんなに面白い人がいるのか!と会って話しをするたびに驚いたり、感心したりと、随分と勉強になった。

しかしなかなか取材にいけなくなってしまい、今は休載が続く。子育てが一区切りしたら、またインタビュー活動を再開したいと思っている。

さて、そんな東風見聞録をお送りしている人からよくメールを頂く。「田中さんたちの今後の活躍をお祈りしています」から始まり、「ウチの町でも何かレースできませんか?」や「今度、呑みましょう!」や、中には「ガンバレ、竹内靖恵!」というメールまでも(感涙)。
どんな反応にせよ、こうして返事をいただけると心底嬉しいし、それが5年間も続いてきた励みでもある。

先日、第38号を発行した。そしてあるお世話になった先輩(60代で、すでに定年退職している)よりメールがあった。

「田中さんたちのような若い方が頑張っていることがとても刺激になり、私もこの年になって川のりの養殖を始めました。若い人も手伝ってくれて、それがとても刺激になります」とあった。

この方にとって私たちは若い世代である。が、アドベンチャーレース界にではすでに「おじさん」「おばさん」の世代だ。世間で言うとご隠居の類に入るかもしれない。

そんなAR界の隠居である私たちがこうして頑張る理由のひとつは、若い世代に「ARでも生活できるんだ。好きな事でも食っていけるんだ」と思ってもらうためにある。もちろん好きだけではダメだ。頭を下げること、嫌な事、面倒な事、苦手な事でもしなくてはならない。

今、うちのチームには2名の若者がいる。彼らは自分のすべてを投げ打ってついてきてくれた。そんな彼らに私たちは見本であるべく、道しるべとならなくてはいけない。その道しるべを示すためにも今の道を歩む必要がある。たとえそれがどんなに険しい茨の道であっても、歩いている時間は決して無駄ではない。万が一ルートをミスしたら、そのルートミスを基に、彼らには正しい方向に歩いてもらえばいい。コンパスを使うないし休憩をするないし、思った道をしっかり進む方法論はいくつもあるはず。

川のりのおじ様も同じである。この方は「若い人から刺激を・・・」というが、実はその逆で、若い人たちは、自分がリタイヤした後の人生を見るべく、このおじ様から刺激をもらっているのだ。

介護、認知症、年金問題、孤独死・・・
私たちが進む先は今や暗い問題が山積だ。そんな悲観的な問題ばかりをマスコミが取り上げるものだから、若い世代は将来の夢や希望を失い、年金だってどうなるか分かったもんじゃないと払う事もしない。いい大学に行って○○庁に務める事が安定した生活を保障してくれると思わせるこの国で、どうやって若者に元気だせと言えるのだろう。

ちなみに国が破綻寸前にあるギリシャは人口1100万人程度なのに、公務員が100万人。公務員の家族を含めればギリシャ人の相当数は、国から支給される賃金で暮らしていることになる。今のままじゃ公務員希望者が増え、やがてはこうなっちゃいますよ。

そんな中で、こうしてリタイヤしたおじ様やおば様が元気に新しい事にトライしている姿こそ、若者たちに夢を与える力になっているのだ。

中高年のみなさん、ご隠居のみなさん、どうぞ大いに新しい事に挑戦してください。そしてその意欲を若者に見せつけてください。それが今の日本を元気にする原動力になるかもしれませんよ。フォッフォッフォッ(ご老公様の笑い声)

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2010年10月05日

短距離向きと長距離向き

里山アドのアドベンチャーレース部門がなくなったため、今年のアドベンチャーフェスティバルでは会場でオリエンテーリングの無料体験ブースを担当した。

行ったオリエンテーリングは2種類。ひとつはクイックオリエンテーリグ(クイックオー)。これは限られた範囲内で決まったポイントを順にとって行くスピードオリエンテーリング。

もうひとつはパークオリエンテーリング(パークオー)。会場内に設置されているチェックポイントをすべて回ってくる。順番は関係ないが、15分(子どもは20分)以内に回れたら景品あり。

いわばクイックオーは短距離でパークオーは長距離。

クイックオーはその場で見ることもできるし、速い人で1分足らずなため、お手軽で人気があった。またレベルも1~4まであるため、1をクリアすると2へ・・・と徐々にレベルアップができ、レベル4まで行くと、今度は自己ベストタイムを狙う。最終的にボードに掲載されている「ただいまのベストタイム トップ5」に君臨するために頑張る。人間の持つ競争心に火が付くのを間近で見ているようだ。

参加者は子どもが多かったが、熱を帯びる大人もいて、やがて地図を暗記して最高タイム出しにトライ。いい大人が目を爛々とさせてトライする姿はなんとも迫力があって面白い!

それに比べてパークオーは地味だ。「15分も会場を回らなくちゃいけないの?」という声も出るくらいで、クイックオーに比べれば人気はイマひとつ。しかしハマる人はハマるようで、何度もトライする子がいた。この子たちはクイックオーを少しやっただけで、後はずっとパークオーを楽しむ。

中には、行列ができているクイックオーを横目に「ボクはこちら向きなんで」とパークオーにくる少年もいた。「ボクはこちら(長距離)向き」というのを小学生の時から把握しているってのはナカナカなモノだ。

競走馬サラブレッドが、短距離向きか長距離向きかという遺伝子配列の個体差が発見されたそうだ。どうやらミオスタチンという遺伝子の配列の変異の有無で決まるらしい。

これをオーストラリアだかニュージーランドだかの会社(どちらか忘れちゃった)が、人間のミオスタチンのDNA配列を調べてくれるらしく、唾液を送ると短距離向きか長距離向きかの回答を送って来るという。

この検査で、どの種目に向いてると思われるとあらかじめ分かると、成果が上がる練習ができ、やがてはオリンピックも夢じゃない!?

どのみち私には科学的&生物学的なことはさっぱり分からないが(笑)

しかしこうやってクイックオーとパークオーのブースで全体を見ていると、結構その子の特性が剥き出しになり面白い。

長距離を力いっぱい走る子、タイム出しに熱くなる子、好奇心いっぱいな子、最初からこのテのスポーツ(遊び)を拒否る子・・・。

的屋のおばちゃんのごとく、人の行動パターンを見て楽しませてもらった。

2011.1.22 ナビゲーション講習会リンク用バナー_small.jpg



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2010年10月04日

アドベンチャーフェスティバル

今年で8年目となるアドベンチャーフェスティバル。そもそもこれはカッパ社長の小橋さん、アドプロのよっしー、隊長の3人で「アドベンチャーレースを一般の人に見てもらおう」という目的で立ち上げたイベント。

私も3人の話し合いに立ち会っていたが、この3人、似ているところがあるのか、話がどんどん大きくなる。ムービー配信、ふらっと来たまま参加型ミニレースなど、様々な意見が出て、辿りついたのがアドベンチャーフェスティバルだった。会場(水上町)に人を集めて実際にレースを見てもらおうという思惑だ。

第一回はゲリラ的に開催した記憶がある。

まずはアウトドア会社に協力を依頼。いくつかの会社は「一緒に盛り上げよう!」と、快く引き受けてくれた。また一部の旅館や民宿も協力的だった。

しかしすべてがそうでもなかった。マイナーなアドベンチャーレースを説明するにも困難だったし、「どうせまたアウトドア会社がまた儲けたいだけだ」とまで言われたりもした。

そしてもっとも驚く台詞を言われたのが、町の観光課。町全体も盛り上がるし、きっと将来的には深く関わるだろうからと話をしに行ったのに、当時の担当者からは、協力どころか「一般の観光客に迷惑を掛けないでください」と注意があった(当時は3町合併前で、こうしたイベントに理解すら示してくれなかった記憶がある)。自治体で協力的だったのは商工会だけだったっけ。

しかし3人はやり続けた。最初の数年、まったくの赤字。そりゃ町の協力もなしじゃ、持ち出すしかないでしょう。結局、小橋さんが負担した。

今では日本最大級と言われる水上バンジージャンプのプラットホームも、もともと小橋さんが負担して取り付けたのだ。これだけで数百万円也。しかし町との交渉がうまく行かず、プラットホームの設置期間が1週間だけとなる。これではスタッフの人件費どころか、設置代も回収できない。

アドベンチャーフェスティバルの準備に営業時間を割いてまでカッパクラブのスタッフは頑張った。もちろんその分の時間は営業休み。よってこの人件費もカッパクラブの負担になった。「カッパはラフティング会社じゃないんですか?なのに営業を休んでまでこのイベントをすることでどんな利益があるんですか?」と社内でも不平不満が出てきた。当然だろう。

内輪だけではない。外に出れば「自分の儲けだろう」と小橋さんは陰口を言われ続けた。これじゃ続かない。町にもっと協力してもらわないとどうにもならない。

「このイベントはものすごく可能性を秘めている。水上町はアウトドアスポーツのメッカとなれるんだ。それを発信するのは我々アウトドアマンの役目。会社の利益ではなく、もっと大きく重要な意味がある」その想いを必死に伝えた。

大会会長就任を当時の町長に直談判。元町長も良さを理解してくれたようで会長になってくれた。そして観光協会の協力も得た。周りのアウトドア会社も大協力。気球は白馬の会社にお願いした。こうしてこのアドベンチャーフェスティバルは徐々に町を上げてのイベントとなった。

プラスして今の岸町長はとても前向きで、アウトドアや若い町民たちのやろうとする気持ちを応援してくれている。風向きが良い方向になった。

毎年トピックとなる「どうやってアドベンチャーレースを見せるか」。会場から言えばアドベンチャーレースはどうも孤立しているようにも思えた。「ヨーイドン」で会場を離れ、山奥に入ってしまえば、一般の来場者には何をしているのかは伝わり難い。大型スクリーンでルポしたりと、今まで様々なことにトライしてきたが、経費の面でも固定した方法は生み出せない。これはスタッフが毎年頭を抱える問題である。

今年も会場アドベンチャーやお好みアドベンチャーは大盛況だったが、このイベントの構造基本である「見せるためのアドベンチャーレース」が中止となってしまった事は当事者の一人としてとても哀しいし、辛い。

しかしこのイベントは組織も大きくなり、形態も変わってきている。ひょっとするとこうなってしまうのは、自然の流れだったのかもしれない。(「とてもアドベンチャーレースを作っている人の言葉とは思えません」とお叱りを受けそうだが・・・苦笑)

今は3人だけじゃない。多くの人が町のため、お客様のため、みなかみ町の良さをアピールするためにこのイベントに関わってくれている。私たちも他の方法でこのイベントに関わる時期なかもしれない。

そして我々は「見せるため」ではなく、本来の「アドベンチャーレースの真髄を感じてらうため」の本物のレースを作り出す時期に再び差し掛かってきただけなのかもしれない。

8年目にして初めて会場アドベンチャーのスタッフとしてオリエンテーリング体験ブースにいながら、そんな事を思ったのだった。







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2010年09月27日

里山アド開催中止

残念ながら里山アドベンチャーのアドベンチャーレース部門が中止となってしまった。せっかくエントリーをしてくれた選手には申し訳ない限りである。

大きい理由としてはエントリー数が少ないことにある。しかし「エントリー数が少ないからと言って、せっかく楽しみにしてくれているチームもいるのだから開催すべきだ」という意見や「今回のコースはかなりダイナミック。せっかくだからもう少し多くの人に体験して欲しい」という想いなど、様々な想いが交錯した。この中止を決断するにあたり、スタッフ内でもかなり話し合った。

資金スポンサーがあるわけでもない里山アド。アウトドアのプロフェッショナルたちが作るこの大会は、そのダイナミックさの裏に安全面もかなりしっかり確保するため、運営資金がかかる。里アドは100%参加費で運営をしているため、エントリー数が少なければそれだけ規模も小さくなってしまう。今回のエントリー数では、縮小せざるを得ないのは明らかだ。それでも持ち出しで開催するかという意見も出た。スタッフはそこまでこの大会に気持ちがあるようだ。

この数年、私は里山アド運営に加わっていない。カッパクラブというしっかりした母体や、素晴らしいスタッフがいるため、私は少しだけお手伝いをするだけに留まっていた。要するに頼まれ仕事だけこなしていた。

しかし今回のこうした事態を受け、メインスタッフ間の話し合いに出席し、いささか驚いた。「下降気味のアドベンチャーレースをなんとかしないかん!」という若者がそこにいた。彼らの熱い気持ちがヒシヒシと伝わってきたのだ。

最近のARJSや里山アドの中上級レースへの参加者数は伸びていない。しかし、それでも中上級のARを普及するためにも、楽しいと出てくれる人たちがいる限りはやり続けなくてはいけない。それが私たち夫婦の使命だとも思っている。

が、こうしてあからさまに激減していくのを見ると、どうしたものかとため息ものだった。しかし会議では「やりましょう!」という若いスタッフの楽しそうな顔を見ると、この人たちのためにも、踏ん張らなくちゃ!とまた新たな熱意が湧いてくる。

この中止をきっかけに、次回への展望をしっかり話し合うことができた。私たちの目指すレースは「伊豆アド級のレース」である。そして来年(2011年)11月25日~27日に開催する3日間ノンストップレースの開催にチャレンジすることになった。

伊豆アド運営に至っては数ヶ月前から湿疹が出来るほど辛かった。沼津ICで下りる時、「このまま愛知に帰る」と泣いたこともあった。私の経験不足に付け加え、スタッフ数が少なく、やるべき事が混乱するほどあったのだ。

しかし今は違う。前向きなスタッフがいる。そして運営経験も増えている。今からこの仲間でベクトルをひとつにして3日間レースに向かっていくこととなる。がんばろう。

それと・・・・
今年の里山アドのアドベンチャーレース部門を楽しみにしてくれていた人たちへ
本当に申し訳ありませんでした。なんとお詫びをしていいのか・・・。これに至るには私たちも辛い決断でした。そして「コースを試走したい」「なんとかなりませんか?」というご意見ももらい、ありがとうございました。

今年、レースは開催できませんが、同日、代替イベントとして『アドベンチャーレース トレーニングキャンプ』を開催します。規模は縮小いたしますが、イーストウインドとカッパクラブのスタッフが里山アドベンチャー同様、精一杯頑張りますので、是非ご参加ください。
また今回チームを組めなかった方や、里山アドに出てみようという方もお越しください。

アドベンチャーレース トレーニングキャンプ詳細はこちら







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2010年08月25日

腰痛再発

腰痛が再発。速攻でライダーに電話。

何してて再発したかって?
言い難いが・・・猛暑のお蔭で超多忙のカッパ受付嬢の足裏マッサージをしている最中にグキッ。こりゃ、ライダーに恥ずかしくて言えんわい。







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2010年08月02日

訃報

川上さんが亡くなった。先に起きた防災ヘリ墜落事故について現地に取材に入っている最中だった。

川上さんはプライマルクエスト2006(ユタ州)でイーストウインドをテレビ取材してくれたカメラマン。当初、隊長と二人で日テレを訪ね、川上さんにお会いして話をし、かなりアドベンチャーレースには興味を持ってくれ、企画を通してくれた人だ。マイナーといわれるこの競技を応援してくれる数少ないメジャー局の人だった。

ユタには、フリーカメラマンの西川さん、ディレクターの中沢さん、フォトグラファーの陽介、川上さん、そして私。これが日本からのメディアクルーとなりイーストウインドを追いかけた。

山の経験豊富な川上さんは、現場でもその経験を活かし、攻撃的に撮影をこなす人だった。眼球に傷があり、「阪神大震災の時に取材に行ってて、くすぶった木を踏み、その破片が眼に入って火傷したんだ」とその当時のすさまじさを語ってくれた。しかし、取材は続けたそうだ。

以降、ユタ州意外のイーストウインドの帰国報告会やトランスジャパンアルプスレースの報告会にも足を運んでくれていた。「また機会があったら行きたい」とも言ってくれた。

そんな川上さんに何が起きたのか、今は分からない。

あんなに元気で、どんどん前に進んでいく川上さんが事故なんて・・・とても信じられない。残念である。

しかしどんなに経験があっても事故は起きうるということだ。

川上さん、マイナーなアドベンチャーレースを応援してくださり、ありがとうございました。

ご冥福をお祈りいたします。

イーストウインドを撮影する川上さん(右側)
IMG_2925.JPG
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2010年07月14日

みんなで生み出すファミリーアドベンチャー

昨日のブログ(孤独な闘いからの脱却)を読んで、多くの人から励ましの声が届いた。

「何がいくつ足りないんですか?」いつも冷静に、淀んでる状況を解決する方向に動いてくれるうっちが電話をしてきてくれた。
足りない物を説明したら「それなら任せて」と手配に奔走し始めた。この人は、どうしてこうかゆいところに手が届くんだろう。抜けている部分をいつも補ってくれる。

いつも急にアドベンチャーレースのスタッフをお願いするマイちゃんからも「今週末、みなかみに行くから、作成物あるなら手伝いますよ」とメール(マイちゃん、ありがとう。後で連絡するね)。

参加予定のやっさんからも「何か手伝うことがあれば言ってね」って。だってやっさん、参加予定じゃん!しかもスタッフTシャツも制作&提供してくれてる。そんなに甘えたらバチがあたるよぉ。

「お疲れのようだね。飯でも食いに行くか」と小橋社長。カッパにはどれだけお礼を返しても返しつくせない恩がある。こんなに迷惑を掛けているのに、それでもまだ気に掛けてくれている。

ayaさん、まりっぺ、マー坊からの応援メッセ。私、一人じゃないね。


「人は自分がやってあげた事は覚えているが、やってもらった事は忘れてしまう」と言うけれど、私は真っ向その反対で、私を助けてくれている人たちに何をしてあげたんだろう・・・・

ファミリーアドベンチャーを企画したのは私だ。未来にアドベンチャーレースを残したい。チームワーク(一番身近なチームは家族であると私は思っている)を伝えたい。そして隊長が人生をかけて取り組むアドベンチャーレースを、やがて大人になる子どもたちに覚えていて欲しい、そしてレースに挑戦して欲しい。ただそう思った事から生まれたのだ。

だが自問自答も多かった。「アドベンチャーレースをやらないお前に何が分かる?」「アウトドアなどやりもしないお前に何ができる?」「失敗して子どもに傷が残ったらどうする?」(子どもにはカラダの傷も然りだが、一番怖いのは心の傷だと思う)

以前のブログに「とてもイーストウインドの人が言う内容ではないと思う」と言うコメントがあり、その言葉が頭の中でグルグル回った。私が企画するものは本物ではないのではないか・・・「アドベンチャーレースのできない人がやることではない」と言われるのが怖かった。

しかし想いだけは事のほか強い。どうしてもやりたい。ならばソフトができなければできる人にお願いすればいい。そうすれば夢は叶う。私はそれを具現化するハードの役目をすればいいんだ。そう思った。

そもそも、私は何もできない。だからできる人にお願いするしかないのだ。

まずは「ファミリーアドベンチャーをやりたい」という話にアドベンチャーレース経験の豊富なマサトくんが乗ってきてくれた。「ボク、手伝いますよ」この人がいればもう安心。それだけで成功した気分だ。

そして「その日、手伝えます」とタケジイが挙手。手先が器用で、ご自身もそれを職業としているタケジイには竹細工で、お皿や箸を作るアクティビティの担当をお願いした。

そして「この人が必要」と思う人に声を掛けた。みんな快くOKしてくれた。

「この場所では、こんなアウトドアができます。担当になった人が考えて、作ってください。必要なものがあったら言ってください」そんな投げやりなお願いの仕方だったが、私の気持ちに賛同してくれたみんなは、わっきーのコメントみたく、みんな色々アイデアを出してくれた。しかもどれも素晴らしいし、できれば徳と参加したくなる内容ばかりだ。やっぱりお願いしてよかった。心底そう思った。

準備段階で、10余年前から付き合いのあるやっさんが「Tシャツ、提供するよ。ロゴも作るよ」と挙手。

参加するヒデトくんが農家に嫁いだH野さんに野菜をお願いしてくれた。H野さんからは「キューリとブルーベリーはOKです。りんごジュースも手に入りそうです。他にもあたってみますね」と仲間の農家にあたってくれている。

私は何もできない。だから出来る人にお願いする。そうすれば夢は叶う。

「じゃ、プロデューサーなんてエラそうに言うお前は、一体何様だ?」そんな声に「私は皆様が必要な備品を調達する係りです」と応える。それだけでしかないのだ。

こうしたみんなの手から生まれるファミリーアドベンチャー。今は臨月の段階。最も楽しみで最もデリケートな時期だ。

みんなの優しい言葉や気持ちに、頭が下がりっぱなしである。そんなみんなに私は何を返していいのだろうか・・・何ができるだろうか・・・。もらうばかりで何もあげてない。「いつかは」と思うのだが。

まずはみんなの気持ちをすべてファミリーアドベンチャーに託そう。子どもたちが笑顔で「また来年も出たい!」と言ってくれるのが、ひとつの恩返しになるのかもしれない。



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2010年07月13日

孤独な闘いからの脱却

ファミリーアドベンチャーの準備でドタバタ。

隊長は、X-Adventure、ARJS南信州大会、そして来週のSALOMON The 4100D マウンテントレイルin 野沢温泉の準備などでほとんどウチを空けている。

勝負は徳が保育園に行っている間しかない。ファミリーアドベンチャーまで後2週間足らず。今日から徳も延長保育だ。

しかし、大会準備中、予定していないことが次々と起きる。大期待をしていたスタッフのモミーが、仕事の都合で来られなくなった。モミーの抜けはかなり痛い!
でも元々週末に忙しいお仕事だもの、そういう人にお願いをした方にも責任がある。モミーもやる気十分だっただけに、私には報告しづらかっただろう。仕方ない。

そして、ここに来て、2ヶ月も前からカッパにお願いしていた装備が借りれなくなった。こちらもまたお客様が入ってしまったと言う。こちらも週末が書き入れ時の商売。残念だが、これまた仕方ない。

隊長やヨーキが陥る「準備段階での孤独感」に、私も陥った。
滅入る。

こんな時にこそ、徳のグズリが気に障る。隊長はずっといないし、徳が遊んで欲しい気持ちは分かるが、「ダッコ、ダッコ!」が続くと「ちょっと待ちなさい!今、お母ちゃん、何してるか分かる?お仕事してるの!」とついつい強い口調になる。どんどん悪いスパイラルに入りかける。

実家の母が「スイカ送ろうか」と電話をしてくれても、イライラから適当に応えて、サッサと電話を切ってしまう。

隊長から電話があれば、ファミアドの準備が滞ってしまったことを愚痴る。

たとえ一人でもやらなくちゃ。そんな気持ちだけが先を行く。

そんなある日の夜のこと。
我が家の壁に虫が止まっていた。「これってゴキブリ?クワガタ?」ファミアドスタッフでモミーと同じくカッパのイタルくんがクワガタを集めている。ファミアドのアクティビティのひとつ「早朝クワガタ探し」でひょっとしたら捕れない子もいるかも・・・と採集できなかった子どもたちにあげるために、今からクワガタを捕獲をしててくれているのだ。

イタルくんに「クワガタらしい虫がいる!ゴキブリじゃないと思うけど・・・どうやって捕まえて、どうしたらいい?」と電話をかけた。イタルくんから指示を受け、ミニトマトの容器にそれを入れて、カッパにある彼の虫かごまで持っていった。

そこには数匹のクワガタがいた。そこにいたスタッフに「イタルくん、『クワガタがいたらここに入れてください』ってみんなに言って回ってたよ」と聞いた。

「あ、私、一人じゃない!」そう思った。

翌日、南信州から帰ってきた隊長に借りれなくなった装備について相談をした。話をしているうちにポロポロと涙がこぼれてきた。

隊長はグランボレの根岸さんに電話をしてくれた。根岸さんは「子ども用ならあるけど、小児用はないわねぇ。う~ん。いいわ。どうせ使うからウチ宛で買ってちょうだい」と言ってくれた。

「それじゃ悪いよ」と隊長に言うと、「根岸さんはね、僕たちの活動をすごく認めてくれてて、応援してくれているんだ。自社のメリットだけを考えてレンタル費云々なんて言わないよ。あの人はもっと大きく物事を捉えてる。それより、こういう活動を続けていって、アウトドアスポーツの普及に尽力することが、あの人へのお礼なんだ」と言う。根岸さんには、地下室から外の世界へと救われたようだ。心から感謝。

そしてスタッフもいよいよと本格的に動き出した。各担当者がアイデアを出し、アクティビティが想像するだけで面白いものになる。ひとつひとつのアクティビティがしっかりと作りこまれて来たのだ。

スタッフのタカニーよりメールが届いた。「昨日の(ARJS南信州大会の)帰りも車の中で、マサくんとワッキーと3人でファミアドの打ち合わせをしながら帰ってきました。皆、色々と考えてますので、任せて!!!」とあった。

そうだった。みんな色々と知恵を出し合って、考えて動いてくれているんだった。それにどうして気がつかなかったんだろう・・・。
一人じゃない。ファミリーアドベンチャーは、みんなの力で作ってるんだ!

折りしも、ある参加チームのパパさんからメールが届いた。「ゼッケン、届きました!子どもがものすごく気合を入れて作るって言ってます。ゼッケン大賞もあるということで、すごく楽しみです」そう書かれていた。うれしかった。

参加する家族はみんな楽しみにしててくれている。最後まであきらめちゃいけない。がんばろう。この子の期待に応えるためにも、絶対に成功させるんだ!








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2010年06月08日

できる女

最近、目立っている女性といえば蓮舫さんがすぐに浮かぶ。派手だった芸能界から、またまた派手に思える政界へ。

たしか初出馬当時は「タレント議員に何ができる」と吹聴さていたように思う。しかしここ最近の事業仕分けで手腕を振るう姿は同性として感心さえする。

その手腕が買われてか新内閣では行政刷新大臣に就任。遠い話なのであまり気にもしていなかったが、新聞の「新内閣発足」記事で蓮舫さんの名前の脇に年齢が書かれていて、それが目に留まった。

あらま!同世代なのねぇ、この人。(女性として、ちょっとだけ抵抗すると同年齢ではありません。同・世・代です。)

遠く掛け離れた人でも、年齢、名前、誕生日が同じだと、なんだか近しい気がしてくる。

スパスパと人をブッタ斬っていく蓮舫さんの仕分けぶりは、まったく遠い世界に思っていたが「同年齢」「子持ち」という2つの共通事項でなんだか応援をしたくなってくるから不思議だ。

しかし、いくら任されたお仕事とは言え、スーパーコンピューターの開発予算に対し「どうして世界2位じゃダメなんですか?」と言い放つのは驚いた。

世の中には一生懸命に世界一のモノを作りたいから頑張っている人は大勢いる。

オリンピックも然り。世界一になりたくて、選手たちは切磋琢磨して頑張っている。

小さいアドベンチャーレースの世界でも然り。少しでも良い結果を出したいし、表彰台に立ちたいからレースに出るのであって、「どうして2位じゃダメなんですか?」といわれても返答に困る。

チームによっては完走目的ってのもある。「どうして途中棄権じゃダメなんですか?」と言われても返答に困る。だって完走したいんだもん。

とは言え、マスコミが放つ情報の一部しか見ていないゆえ「どうして世界2位じゃダメなんですか?」の前と後ろにはきっといろんな会話があって出てきた言葉だろうと思うけど。

ただこうしてスパッと人を斬るような、しかもしかめっ面でこなす業務を毎日毎日していると、自分だってしんどいし、辛いんじゃないかなぁ。笑顔が売りの仕事がどんなにいいか・・・と思うんじゃないかなぁ。「メイドカフェのメイド、やってみたいな~」なんて思わないかなぁ。大きなお世話だけど。

目立ては当然マスコミにだって叩かれるし、もしかしたら子どもたちだって学校でクラスメートに「お前ん家の母ちゃん、こわいな」なんて言われてるかもしれない。

そんなしんどい仕事を同年齢の女性が受けて立っている姿を見るとまたまた感心。

できる女はやっぱり違うねぇ。出来すぎて冷酷にも思えてきちゃうもの。

私もできる女になりたい!とは願うものの、結局嫌われるのが怖いのは、「やっぱり世界1位にならなくても良いや」と思うからだろうか。







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2010年05月17日

ファミリーアドベンチャーへの想い

ファミリーアドベンチャーみなかみ町商工会みなかみ町観光協会の後援がついた。よし!頑張っていこう。

どのイベントもそうだが、とりわけファミリーアドベンチャーは成功させたいという想いが強い。それは私自身が親になった事に起因するのだと思う。

もう16年も前になるが、私は国際子ども村(CISV)に所属し、子どもたちと一緒に外国で1ヶ月間生活をする活動をしていた。
国際子ども村その1
国際子ども村その2
国際子ども村その3

その時代、その活動を通して本当に多くの事を経験し、学んだ。そして何より、子どもたちの変化を見ることがとても楽しかった。

CISVに参加した子どものほとんどが、参加前と参加後は親が期待するほど変わっていない。というか、親は気がつかない。しかし実は、参加した子全員が確実に何かが変わっているのだ。

A子ちゃんの話。
彼女はピアニストになるのが夢だった。毎日ピアノの練習は欠かさなかった。
ある日お母さんがピアノを淡々と弾く娘を見て「なんだか楽しそうじゃない」と思ったと言う。そこで思い切ってCISVに出してみた。
1ヶ月間の奇想天外で非日常的なビレッジ生活を終え、また元の生活に戻ったA子ちゃん。
お母さんは「ビレッジの話はあまりしないんです。楽しかったのかどうなもかも・・・でもピアノの弾き方が以前と違うんです。すごく楽しそう。ビレッジで何かあったの?って聞いても答えないんですよ」と言う。気になって引率したリーダーがA子ちゃんにストレートにその問いを投げかけた。
A子ちゃんは「前はね、私がピアニストになりたいって思ってたんじゃなくて、お母さんが私をピアニストにしたかったの。だからピアノが楽しくなくなって段々嫌になったの。でも今はね、ピアノを弾くときね、ビレッジで楽しかった事をぜ~~んぶ思い出すの。だからピアノが楽しくなったの。なんでお母さんに言わないかって?だって話したら思い出が消えそうでしょ(笑)」

私がブラジルに引率したB子ちゃんの話。
一人っ子のB子ちゃんは大切に大切に育てられていた。そしてとても繊細で小学4年生とは思えないほど人に気を遣う子だった(私もビレッジで精神的によく彼女に助けられらるほど)。そんな彼女は、国語の漢字ノートに字を書くとき、とても丁寧に枡の真ん中に小さく薄く書いていた。
1ヶ月間のビレッジ生活を終えた後、彼女のお母さんが「最初は気がつかなかったんですけど、漢字ノートで枡いっぱいに文字を書くようになったんです」と言ってノートを見せてくれた。そこには太くて濃くてしっかりとした漢字が書かれていた。

このビレッジに参加した子どもはどの子もそれぞれのストーリーを持って帰ってきた。掘り起こせばきっと色んな変革エピソードがあるだろう。これがとてもうれしい。

彼女たちはもうすっかり成人。B子ちゃんは京大を出て東大の大学院に通いながら自分で起業した。11才の時に起きた事はすでに忘れてしまっているかもしれない。しかしその場で感じた事はカラダのどこかにキョーレツに残っているようだ。

少し前に会ったB子ちゃんは、私の事をちゃんと覚えていてくれる。そしてあの時の大人としての苦労話も今にして彼女たちに話してみたら、驚くことにそんな苦労を彼女たちは11才でちゃんと見極めていた。

そして最後にこう言ってくれた。「あの頃、私たちのビレッジが一番だと思ってた。どこの誰よりも私たちはすごい事したんだ、一番楽しいビレッジだったんだって」。涙が出るほどうれしかった。

そんな経験が成長過程のどこに表れるかは分からない。でも「なんだかよく覚えてないけど、すごく楽しかった」でいいから、子どもたちの心に残るような経験をさせてあげたい。

それをこのファミリーアドベンチャーに詰め込みたいのだ。

とは言え、2日間で時間も限られている。やりたい事ばかりで時間に追われるのはいけない。主役は何と言っても子どもたち。彼らのペースで彼ら自身が何かを感じる事ができるペースにしなくては。

そして彼らに最高の夏休みの思い出をプレゼントしたい。彼らが大人になって「なんだかよく覚えてないけど、すごく楽しかった」という思い出を。









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2010年05月07日

負担は成長の糧

私はいくつか悪い癖がある。

そのうちのひとつは面倒くさがる事にある。化粧はしない。食事の支度もできれば手を抜きたい。掃除もラクしてきれいにしたい。掃除機も洗濯機もなかった時代に生まれていたら、究極の怠け者になっていただろう。

今、我が家は大判の地図で埋もれている。隊長が7月3日~4日に開催するX-Adventureのコースディレクターに抜擢されたのだ。彼にとってメインのコースディレクターは久しぶりの仕事である。しかも今回弊社(と言っても隊長と私の二人だけど)が運営を受けることとなった。

彼が運営を引き受けたということは、当然私にも仕事が課される。コースが決まってないので私自身まだそんなに動くことはないが、そのうちやるであろう膨大で忙殺的な業務を思うだけで面倒になってしまうのだ。

その気負いだけで疲れてしまい、しかもそこに細かい仕事が入ると急にイヤになってしまうことがある。

そんな時に限って隊長は「これ、今日中にやっといて」と言う。ついつい「そんなの分かってた事でしょ!?もっと早く言ってよ」「そんなことくらい自分でしなさいよ」と口答えしてしまう。

そのせいか、最近隊長は私に細かい仕事を依頼する時、なんだか声が小さい。恐らく隊長自身も「こんな事急にやってってお願いしたら怒るだろうなぁ」と分かっているのだろう。しかし自分の手もいっぱいだし、細かいことを依頼できる人は周りには私しかいない。

依頼されて怒っている私が言うのもなんだけど、低姿勢な隊長を、ちょっと気の毒に思う(笑)

まぁ私がコースを作るわけにはいかないし、せいぜいできる事も決まっている。黙って「はい」と言ってやればいいことだ。しかも見えていない仕事を負担に思うのもおかしい話だ。

私はOL時代から細かい作業(コピーとか)をよく頼まれてたっけ。コピー機がそんなに遠いところにあるわけでもないし、1枚、2枚のコピーなら自分でよった方が早いのだが、その頃の私はそんな風には微塵も思わず、「ハイハイ」と素直をコピーをしていた。

やがて隣グループの上司からも「すーちゃん、ちょっとこれ1枚ゼロックスしてくれや(なぜか、この部署のおじさんたちは『コピー』を『ゼロックス』と言っていた)」と頼まれ、そのたびは「はーい」と言って素直にコピーしてたっけ。人の、しかも他グループのコピーだけで半日かかっちゃったこともあった。

その頃は上司命令と思ってもいない。「コピーくらい私がやるわよ」そんな感覚だった。それで有難がられるのなら、お安い御用よ。実家が商売をしていたからそう思ったのかもしれない。

でもこうした細かい作業も、いやいや細かい作業こそ大切な業務なのだ。しかもこうした作業の積み重ねで上司との人間関係も円滑になったし、私の失敗もフォローをしてもらう事も多々あった。

そして何より仕事のできない人には仕事は頼まない。負担に思う仕事ほど自分を成長させてくれる。伊豆アドの業務がまさしくそれだ。

レンタルトイレの手配、スタッフの宿手配、施錠道路の鍵管理、スタッフの必要装備リストチェックと管理・・・・書き出したらきりがない程、メイン業務に以外に、なんと細かい作業の多かったこと!「まだ手配できてないのか!どうする気だ!」なんて他のスタッフに厳しい指摘を受けて、とうとう泣いちゃったっけ(笑)。

でもそういった細かいことの業務が私を成長させてくれたように思う。完璧とは程遠く、漏れてしまった部分も多々あって選手やスタッフから非難された事もあったけど、それも次へのステップになった。

さてX-Adventureも間近。コースの概要が出来上がった。今から忙しくなる。これも自分を成長させてくれるタスクである。どんな些細な業務でも、私にできる仕事は請けていこうと思う。









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2010年05月01日

熱いおじさん~小橋さん編~

シャクティー・ガーウェインは「自分自身を分け与えれば与えるほど、より多く得られる。これが流出-流入の法則である」と説いている。

これを実現化している人を間近で見ている。カッパクラブの小橋さんだ。このカッパクラブでは多くのアスリートがお世話になってきた。

アドベンチャーレースに出たい!という若者たちに対し、「レース出ているだけじゃ飯が食えないだろう」と食・住を世話してくれて、最高のラフティングのトレーニング環境を与えてくれる。やがて彼らはリバーガイドとなり、それが収入の口となる。こうして家族を持っていったアスリートも多い。

もう何人のアスリートがそうして巣立って行っただろう。

残念ながらトレーニング途中でガイドになるのを棄権してしまった人も何人かいる。それでも小橋さんは「いつでも遊びに来いよ」と優しく送り出してくれる。

「食事も住居代も面倒みたのに、裏切った」と怒ってもいいところだし、実際にそうして怒る社長を何人も見たことがあるが、小橋さんは何も言わずに送り出す。たいしたものだ。

世界に出たアドベンチャーレーサーでカッパクラブに来たことがない人っていないんじゃないかな。少なくともイーストウインドというチーム名で出場したメンバーは長短別としてもカッパでお世話になってきた。小橋さんの懐の深さ驚きながらも感謝でいっぱいだ。

小橋さんの性格のお蔭か、一度カッパを去っていったガイドさんが再びカッパに戻ってきたことも多い。

さて冒頭の「流出-流入の法則」。これがなぜ小橋さんかと言うと、こうして多くのアスリートたちに環境を与えてくれる彼を、絶対的に裏切らない人がいる。隊長だ。

世の中「絶対」なものはない。不変といわれる親子の愛すら、いまや虐待という信じられない行為が蔓延している。家族の絆も金銭で崩れるところはたくさんある。これで殺人にも発展している。

そんな時代で、小橋さんに対する隊長の忠実心は絶対なのだ。隊長自身も「小橋さんを裏切る事は絶対にない」と胸を張る。隊長にはカッパクラブに何かあった場合、小橋さんと一緒に背負っていく覚悟があるようだ。

小橋さんの流出は、今の時代少なくなってしまった「絶対に裏切らない」という隊長の忠実心が流入となっている。

さて・・・
私には(家族以外で)そんな人がいるだろうか・・・。私が裏切らない人、私を裏切らない人。ゼッタイに。
そんな人がひとりでもいるとう事はすごい事だ。

ところで・・・
帳簿を任せていたのはゼッタイに裏切らないと思っていたからですか、センセイ?
それってゼッタイの忠実心なんですか、センセイ?
あなたを裏切らない人、あなたが裏切らない人、誰ですか、センセイ?
そんな人ひとりもいないでいい国が作れますか、センセイ?









posted by Sue at 11:24| Comment(0) | 干物女の行水 | 更新情報をチェックする