2015年11月17日

アドベンチャーレース世界選手権 in パンタナル(ブラジル)に想うこと

アドベンチャーレース世界選手権2015の火蓋が切られた。「やっとスタートした」という安堵感。今回はスタートラインに立つまでが、本当に大変だった。

そもそも最初にこのレースの話が来た時は、正直、反対だった。3ヶ月後の2月には本命のパタゴニアレースがある。それまでに身体的ダメージが回復するのか、資金はどうするのか、ヨーキがいなくてレースができるのか、何より女性メンバーはどうするのか。マチマチ(西井万智子)は、まだ国内のレース経験すら少ない。海外レースに出るだけの技術もない。考えれば考えるほど分が悪い。

反対だった私は、事務局としての役割を躊躇した。ヨーキの代わりになるメンバーなんて早々に見つかるものではないし、マチマチだって、ハイウォーター(増水期)のリバーガイドにだって(当時は)まだなっていない。そんな状況だもの、出場するだけ資金がもったいない。だったら、2月のパタゴニアレースに向けて意識を集中した方がよっぽどいい。そう思っていた。

「今回は無理だよ」気乗りしない私に対し、隊長は言った。「無理って壁は自分が作る。俺はやる。絶対にやる」。私は、その熱意に折れた。

私の意に反して、事は動いた。いや、隊長が動かし始めた。まずはメンバー探し。ヤマキー(山北道智)は、2月にパタゴニアレースを控えている。ヤマキーの愛妻は二人目の子がお腹の中にいる。しかも11月が出産予定。仕事もそんなに休めるはずもなく、お産を控えた家族も大変な真っ最中。しかし、ヤマキーからは「行きます」とふたつ返事が返ってきた。

そしてもう1名の男性メンバー。レースでは重要な鍵となる。国内のアドベンチャーレーサーの中でも最も顔が広いワッキー(和木香織利。元イーストウインドのトレーニング生でパタゴニアレースに出場)に相談したところ、ハニくん(高濱康弘)の名前があがった。ワッキーの話から、彼の性格がイーストウインドに合うと直感した。国内のレースもいくつか経験があるし、成績も良い。しかし、お固い企業のサラリーマンである。1カ月近くも休みが取れるかどうか。ハニくんにラブコールを送ったところ、「誰にでもあるチャンスじゃないから」と、彼は会社も家族も説得して出場を決めた。彼ならやってくれる。私たちは、ヨーキの代わりではなく、新メンバーとしてハニくんを迎えた。

残るは女性メンバー。マチマチは難しい。そう隊長は思っていた。経験も浅いし、技術も不足しているが、何より彼女のマイペースさが引っかかっていた。また思ったことを口に出さない事も悩みの種だった。

アドベンチャーレースは幾日間もメンバーと歩き続けなければならない。睡眠も食料も不十分。休む間もなく動けば、当然ストレスは溜まる。しかしそれを口に出すことができないため、やがて不満を抱え込み、それがチームへの不信感となり、チームを破滅へと追い込む。若い選手や経験の浅い選手にありがちな問題だ。

心当たりのある女性アスリートに声をかけた。しかし、返事が先送りとなる。早々にフライトチケットを購入しなくてはいけない。隊長が出した決断は「マチマチを連れて行く」であった。

こうしてチームメンバーが決まり、それぞれのトレーニングが始まった。

ヤマキーは、切迫早産のため入院した愛妻の分まで上の子の面倒を看ながら会社に行った。トレーニングは子どもが寝付いてから行うしかないのだが、ママがいない事に不安があるのか、夜中必ず目が覚めてしまうという。ヤマキーは深夜にランニングすることも。そんな環境である事を淡々と述べているが、実際には、とても大変だっただろうと思う。そんな大変さを顔に出さないのがヤマキーだ。みんなに心配かけないようにしたのかもしれない。出会った時は20歳だったのに、今では、すっかり一家の大黒柱の顔なっていた。

不安を引きずったのはマチマチだった。初めてのことばかりが一気にのしかかり、要領が呑み込めていないようだった。しかし、もうゆっくり教えている時間はない。一気に教えようとする隊長。それをなかなか得られないマチマチ。徐々に溝が深くなっていく。

「マチマチには無理なんじゃないか」そういう意見も出た。しかし隊長は「マチマチと決めたんだから、彼女でいく。ここで逃げていたら、マチマチのためにもならないし、自分たちの成長も止まってしまう。アドベンチャーレースは成長の場でもあるから」と言った。マチマチが隊長に出会ったのも、隊長がマチマチに出会ったのも、大きな意味がある。「合わないから」と組むのをやめるのは簡単だ。しかし、あえて一緒に戦う。自分たちの成長のために。互いの成長のために。

そんな時、私は、マチマチと二人でゆっくり話す機会があった。男性メンバーに責められているように感じてはいないか?負担に感じているのではないか?そんな懸念をしていた。メンバーに温度差があるのは、チーム競技によくあること。思い入れの強い人の熱意についていけない事もある。

それでも気持ちは必ず通じる。ちゃんと話せば解ってもらえる。私は、彼女を責めるのでもなく、彼らを弁解するのでもなく、ただ、見ていて思ったことを伝えた。マチマチが想っているよりずっとずっと、彼らはマチマチが好きであること。一緒に戦おうと決めたこと。私の拙い言葉を、どこまで解ってくれたかは定かではないけれど、それでも彼女は涙を流しながら頷いて聞いてくれた。

その日から、ちょっとずつチームの雰囲気が変わっていった。そしていい感じに仕上がって、ブラジルに向かった。現地にいるジャーナリストの久保田亜矢さんがフェイスブックにこう書いている。
「イーストウインドのチームの雰囲気はとても良く、(パタゴニアのレースはわかりませんが)今まで私がイーストウインドの海外レースを見てきた中で安心してみていられる感じがします」

言いたい事をうまく表現できないのも個性、思ったことをすぐに口に出すのも個性である。今頃は、その個性をぶつけ合い、引き出し合いながら、濃い藪の中を進んでいることだろう。

隊長は、よくこんなことを言う。
「アドベンチャーレースは、漫画のONE PIECEに似ている。其々が其々の目的を抱き、ひとつの船に乗る。目的は違っているのに、行き先は同じ。アドベンチャーレースも、夢や目標は其々異なるけど、チームという船に乗ってひとつの場所を目指す。個性が異なる仲間と乗船して、それぞれの目的に向かう。それが途轍もなく面白い旅になる。僕はそれでいいと思っている」

さて、レースも3日目を迎えた。これから疲労、睡魔、そして予期せぬストレスが迫り来る。どんな過酷な状況下にあっても、イーストウインドは仲間と共にグランドラインを越えて行くと信じている。



posted by Sue at 15:37| Comment(0) | 干物女の行水 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月14日

負けるもんか!

先日、娘の小学校でマラソン大会があった。3q弱の通学ランをしている娘にとって、パッとしない運動会(短距離)に比べたら、長距離走は、まだ発揮できる余地あり!?
昨年の順位より、少しは上に行きたいというのが胸の中にあったらしく、娘なりの目標順位を立てた。

練習会では、その順位に達したらしく、ゴールの感覚を掴んだ。しかし現実はそんなに甘くない。本番、力走したものの、周囲の速さには及ばず、結果、昨年と同位。娘は、悔しくてこっそり泣いていた。その想いを知っていたからこそ、言葉が出なかった。「がんばったじゃん」も「残念だったね」も「よくやったよ」も、すべて違う。でも、どんな取り繕った慰めの言葉より、その悔し涙がすべてを浄化しているように思えた。

ふと見渡すと、悔し泣きしている子が幾人かいた。そうかぁ。それぞれの子が、それぞれのおうちが目標に向けてがんばったんだね。大人になると我慢ということを覚えてしまうから、人前で負けた悔しさで涙を流す事はなくなってしまう。だから、今、きみたちが素直に感じたままに流す涙は、とても貴重なもの。恥やら外聞やらを身につけてしまった私たち大人にはできない、とても素直で純真な行動。

ふと「父親がアドベンチャーレーサーなんだから、足の速いのは当たり前。負けたのはトレーニング不足。これを反省して次につなげよう」なんて思ったりもした。でも、そんなカラカラに干からびた反省は、自分のお粗末なエゴであり、純粋な娘の悔し涙とはまったく異なる。外聞ばかりを気にしていた自分を恥ずかしく思う。

その日、学校から帰ってきた娘は、「ただいま〜!お腹空いた〜〜」と、ケロリとしていた。午前中に大粒の涙を流していたと思ったのに、もうすっかり忘れているようだ。それでもおやつを頬張りながら、ぼそっと「次は負けるもんか!がんばるね」と、微笑みながら宣言した。

時として必要な負けもある。今回は、娘だけではなく、エゴで固まった私自身にも必要な負けだったんだ。次は負けない、自分のエゴに。


さて、ブラジルで開催される世界選手権まで一ヶ月を切った。海外レース初挑戦となる西井マチマチと高濱ハニワくん。きっと計り知れない不安があるだろう。そんな不安を含めてのアドベンチャーレースは、一体どうなるだろうか。

長丁場のレースでは、もしかしたら、悔しくて仕方ないような出来事も起きるかもしれない。自分は完璧でも、チームメンバーの自己管理が不十分であったため、思うようにレースが運べないかもしれない。どうせ人など住みつかない大自然なのだ。そんな時は涙を流してもいいし、思い切り叫んでもいい。それでも、「負けるもんか」の強い想いがあれば、きっと状況を立て直すことができるだろう。

チームマネージメントの立場として、このような事を言うとお叱りを受けるかもしれないが、やるだけのことをしたなら、それでいい。結果は自然とついてくる。ハニワくんにもマチマチにも、私たちができないこと、味わえない感情、立つことのできない大自然、たくさんの事を感じ取って、強く羽ばたいてほしいと思うのだ。今までに流してきた涙と、レース中に流すかもしれない涙と、「負けるもんか」を胸に、ありったけの力で、思う存分にレースに立ち向かってほしい。

アドベンチャーレース世界選手権inブラジル



 


posted by Sue at 14:34| Comment(0) | 愚母の苦悩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月10日

Team EAST WINDの約束事

ブラジルで開催されるアドベンチャーレース世界選手権まで、約2カ月。

大会中はずっと重い荷物を背負って進むので、今から慣らしておくために、13sの荷物(砂)を背負って走ってランする隊長。10月からは20sにアップする計画。レース中にメンバーのペースが落ちたら、そのメンバーの荷物を背負わなくてはいけない。急に重いものを背負うと肩が痛くなるし、それが全身の痛みにつながるため、今から慣らしておく必要があるのだそうだ。

荷物を持ってもらう側にしてみれば、普通に歩くことができない事に申し訳なく思うものの、その負荷をメンバーが背負ってくれるのだから「痛いから止めたい」などと口にするわけにはいかない。結局、チームの負荷はメンバー全員で抱え、支え、前に進む。それが「アドベンチャーレース」なのだ。

隊長自身も語っているように、そもそも彼はチーム競技向きの性格を持ち合わせていなかった。完全なる自己主義。小学生の頃は、常に自分が正しいと思っていたという。意見の合わないクラスメイトとは徹底的に、しかも勝つまでケンカしたとか。まったく嫌なタイプだ。

私が隊長と出会った当初、その傾向を垣間見るようなレース展開がいくつもあった。所詮チームの和なんてきれいごと。実力がある奴が勝つ。だから、チーム競技は実力のある奴が集まったチームが勝つ。メンバーが固定しなかったのも、常に「勝つための強いメンバー」を探し求めていたからなのかもしれない。

ある年のレースで、イーストウインドには最強とも思われるメンバーが集まった。個々に能力が備わっているので、国内でチームトレーニングなどしなくとも、充分に世界と戦える。そう思えた。

しかし、結果は惨敗。「強いメンバーが集まれば勝てる」という考え方は見事に裏切られた。しかもチームは崩壊。そもそもこのチームには、日本人が強みとする「和」は存在しなかったのだから、崩壊するも何も、最初から何もなかった。しかし、もしそれがあったら、このレースはかなりの上位に食い込んでいただろうと思う。

あれから隊長は幾度も、幾度も、幾度もレースを経験した。その度に「チームワークとは何か」という課題を突きつけられた。

自問自答を何度も何度も繰り返すうちに、少しずつ、自分たちなりにその意味や大切さを感じ取っていった。机上で学ぶのではなく、実地から学ぶことの意味を知っていくことになるのだ。

やがて私たちの間に子どもが生まれた。2人が3人になり、ある種のチームができた。子どもができたことで学ぶことは多い。私たちは親として、子どものためにできることをする。それは決して、子どものわがままを聞く事ではなく、親の意見を押し付けることでもない。ただ純粋に「今、何をしたらこの子のためになるだろうか」という思考が物事を決める上でのベースになった。

実際のところ、家族が最も身近なチームである。子どもも、まずは家族間でチームワークを学ぶ。家族間におけるチームワークは、きっと社会においても、レースにおいても、他者との人間関係においても、通じるところがあろう。

家族やチームに関わらず、この世は人と関わって事は進む。当然、自分と意見の合わない人も出てこよう。互いの主張が噛み合わず、ケンカになり、終には相手の人間性までを否定し始める、なんて事もある。

意見を言い合うのならまだいい。相手に意思を示しているから。しかし最終的に人間関係を崩壊してしまうのが「無視」である。アドベンチャーレースでは、これが一番簡単にチームワークを乱す方法だ。アドベンチャーレースにおいて「無視」は、チームメンバーに負荷を掛けるよりも、甘えるよりも、言い争うよりも、感情的になるよりも、何よりも自己中心極まりない行動だ。

「人は人を想う時、いつも以上の力を出す」と隊長が言う。その極みが、戦争中の特攻隊なのかもしれない。本当は自爆攻撃などしたくない。怖くて怖くて仕方ない。しかし、家族や国家を想って奮い立つ。あまりにも極端ではあるが、それもひとつなのだろうと思う。

私たち人間は、時に意見をぶつかり合わせながらも、支え合って生きている。自分の考えや意見を相手にうまく伝えられずに、悔しい思いもすることもあるし、孤独に陥る時もある。「自分はこんなに頑張ってるのに、どうしてわかってもらえないの?」なんて落ち込むこともしょっちゅうだ。

そんな時、少しだけ中心を変えてみてはどうだろう。「私は辛いの!」という気持ちを枠外に持っていき、そこに「今、この場を良くするためにはどうしたらいいのか?」といった、大義を中心に持って行く。そうすると、今まで自分のことしか見えていなかったことに気が付き、大きな枠で課題と自分自身を捉えられるかもしれない。



さて、後にTeam EAST WINDの約束事を作った。
『レース中、壁にぶつか時、自分の感情を言うのではなく、今チームのためにできるベストな方法を言い合う』


さて、以下は、以前は完全なる自己主義だった隊長の談。

『初めてアドベンチャーレース(’94レイドゴロワーズ・マレーシア大会)に出場した時、思い切り叩きのめされたんです。個人競技は自分の実力次第ですが、チーム競技であるアドベンチャーレースでは、自分だけがいくら強くても勝てない。

しかもそれに自然条件が絡んできます。数時間前にそこを通ったチームは天候に恵まれていても、自分たちが通る時は土砂降りになっていたり、川の水量が増えてたり。すべてにおいてイーブンではない。

ストレスが溜まり、些細な事でメンバーとの諍いも起きる。益々、苛立ちが募る。どんどんと悪循環に陥るんです。そして何より自分自身のコントロールがもっとも難しいと教えられました。

だからこそ「これだ!」と思ったんです。「アドベンチャーレースこそ自分を成長させてくれる場だ」と。

協調性のなかった自分が、アドベンチャーレースによって多くのことを学び、欠けているものを教えてくれると思ったんです』



ブラジルの世界選手権までのこり約2か月。
さてさて、今回はどんな展開になるか、楽しみだ。
イーストウインドのホームページ







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2015年07月12日

アドベンチャーレース世界選手権inブラジル 出場にあたり

今年11月、ブラジルで開催されるアドベンチャーレース世界選手権に出場することにした。文字通り2015年の世界王者を決定するレースである。

結成して19年となるイーストウインド。今では世界でも老舗チームとなり、大会会場に行けば、外国人スタッフから「自国のチームより、イーストウインドを応援してるよ」とこっそりと声を掛けられる。

イーストウインドは、老舗チームではあるがメンバーが固定しない。隊長以外は、なかなか継続しなかった。そんな中、大学院を卒業したばかりの陽希が現れた。社会科教師の資格を擲ってまでトレーニング生に応募してきたのだが、アドベンチャース経験はなかった。ただチームコンセプトの『世界大会で優勝することを最優先目的として活動する。そのためにも競技志向に徹し妥協のないレース活動を実践する』の一文に惹きつけられ、門を叩いた。

当時、ラフティングも読図も未経験、持っていたマウンテンバイクは重いし、トレランの大会にすら出場したことがなかった。しかし、彼は野性的本能とも言えるアウトドアスキルを備えていた。それが見る間に頭角を現し、周囲を驚かせた。

今では2回目の百名山に挑戦しているが、当時は、何が何だかわからずのまま、隊長を追いかけるようにトランスジャパンアルプスレース(TJAR)に出場。同じくしてトレーニング生となったヤマキー(山北)は、当時TJAR最年少出場者で、学生だった。二人とも、それまでは部活に勤しむことはあっただろうが、TJARは桁が違う。身体中に走る激痛、負けるわけにはいかない睡魔との闘い、体の芯から感じる寒さ…。恐らく、かなり痛い目に遭ったことだろう。それでも二人は最後までやり通し、太平洋に辿り着いた。本部担当であった私は、その連絡を受けて安堵すると共に鳥肌が立ったのを覚えている。

さて、チームにとって主力である陽希は、二百名山一筆書きに挑戦するため、今年はいない。メンバーはどうするのか?レースができるのか?そもそも世界チャンプを決めるレースに、陽希なくしてまともに戦えるのか?来年2月にあるパタゴニアレースに焦点を合わせているイーストウインドとしては、何も11月に無理に出場することはないのでは?そこまでして費用を使うのは無駄なのでは?その資金はどうするのか?不利が重なる。

当然ながらこの大会への出場はないものだと私は思っていた。

ところが、隊長は「出場する」と決意した。どんなことになってもこのチャンスは受けると言う。「チャンスが巡ってきた時はそれを受ける。これから世界のアドベンチャーレースに挑戦したいという若者たちへの夢を築いていくのが自分の使命。マチマチ(チームトレーニング生の西井万智子)を育てていくためにも、出場しよう。ヨーキが頑張ってるんだから、俺らも頑張ろう。それがあいつの励みにもなる」

こうして隊長は「行く」を前提に動き出した。だが「どうせ行けない」と思っていた私は、その行動に納得がいかなかった。

そんな時、ある一件が起きた。

私たちの大切な友人の死だった。カッパクラブで隊長と同じ釜の飯を食っていた仲間で、独立してカヤックツアー会社を立ち上げて頑張っていた。奥様にナイショで湖用のヨットを購入し、「バレたら殺される」と笑っていた。外見は穏やかだけど、内面は熱い人だった。そしてアキラとあまり変わらない年齢の一人娘を、彼はこの上なく可愛がっていた。病魔と闘った末のことだった。

冷たくなった彼が自宅に戻って対面した時、彼がどんなに辛くて長い闘いをしてきたかが伺えた。「お帰り。お疲れ様でした。よく頑張ったね」もう目を覚まさないと知りつつ、彼に話しかけた。と、その時、彼が語りかけてくれるようだった。「やれる時に、やりたいことをやった方がいい」と。

その彼の言葉に背を押された。隊長も47歳になる。今後、何年現役でいられるかわからない。大好きなアドベンチャーレースを続けられるうちは、打ち込ませてあげたい。私がすべきことは、全力でサポートすること。

お金はどうにかなる。生活もどうにかなる。いや、どうにかする。私がどうにかする。もう迷いはない。反対することもない。躊躇もない。やろう。

そう決めた時、眠ったままの友人が、小声で「おう」ってハニカんだ気がした。いつもの彼の顔だった。

まずはヨーキの代わりとなるメンバー探しから始まった。それまでの実績はもちろん、家族や会社からの理解、資金面と条件は厳しい。私たちは幾人かの名前を挙げながら、知り合いにも相談した。

そして、高濱康弘くんがメンバーとして参戦してくれることとなった。国内のレースはいくつか経験しているし、何よりレースに対する姿勢がストイックであるところがイーストウインドに合致する。こうして隊長、ヤマキー、マチマチ、高濱くんの4人で出場することとなった。

「今回の大会出場はより厳しい新たな挑戦になります。正規メンバーの陽希の不参加。高濱、西井の2名は海外アドベンチャーレース初出場と不利な条件があることは否めません。しかしながら、新たな人材育成もチームの課題として必須であり、避けて通れないステップであると認識しています。

また、どんな条件下でもチームイーストウインドの戦い方、スピリッツの体現をしたいと思います。

チームとして不十分さがあるほど厳しく苦しいレースになることを自覚し、最後まで諦めることなく地獄の苦しみを味わい尽くしたいと思います。

正直、上位入賞を目指す状況ではありませんが、違った戦いを精一杯やり遂げる決意ですので、応援のほどをよろしくお願い致します」

上記は今回のレースに出場するにあたっての隊長の言葉である。「どんな条件下でもチームイーストウインドの戦い方、スピリッツを体現する」その一文は、私がこだわっていた事が、なんとも小さく、つまらない事であったことを教えてくれた。

人は、その生命を全うする間に、それぞれ役目や行うべきものがある。それが数値になったり、お金に換算されたりと、いわゆる富や名声であれば他人に理解し易いのかもしれないが、本来のその人の生きる道や大義は、何を持っても測れない。

隊長とアドベンチャーレースは、私が想っている以上に大義があるのかもしれない。隊長がアドベンチャーレースを通して、その大義を果たそうとするように、私は、私自身の大義を果たすこととする。



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2015年05月22日

因果応報

小学校2年生になり2か月が経とうとしている娘は、日々学校で人間関係を学んでくる。学校は勉強だけを教えてくれる場ではなく、人間関係もしっかり教えてくれる場でもある。ことさら兄弟がいない娘にとって、学校は人間関係を学ぶ大切な場になる。

親として、子どもが何でも話してくれる事は嬉しく思う。しかし、娘の話す人間関係の悩み(と言えるほどのものでもないけど)は、得てして自分が正義で相手が悪、更には悪口にもなり兼ねない。そこまで行くと、さすがに聞いていて気持ちの良いものではないのだが、それでも彼女のはけ口とも言える「抱えていることを話せる場所」を閉ざすことはできない。さらには、娘の気持ちを鎮めるどころか、「それはあなた(もしくは相手)が悪い」と、その場で安易に判断して、娘の気持ちを煽るのは言語道断。

そこで、隊長と私は、娘の話を聞く時について、以下のことを決めた。
1)まず娘の話(気持ち)を黙って聞く
2)どうしてそんな事が起きたのかを一緒に考える
3)どうして相手は、そんな事を言って(して)しまったかを考える
4)解決法(自分はどうすべきか、気持ちをどう整理するか)を一緒に考える

しかし、解決法を見つけるのは簡単ではないし、頭で解っても、気持ちが理解できないことがある。それは小学校2年生の娘に言えることではなく、大人の私自身がそうであるように。

「相手に悪気があったわけじゃない事は理解している。でも、なんだかモヤモヤする」そんな事は、子どもの世界に限ったことではないのだ。私なんてショッチュウだ。

そんな時こそ、自分自身に言い聞かせる。
「〜因果応報〜」
良い行いをしてきた者には良い報いが、悪い行いをしてきた者には悪い報いがあるという仏教用語である。

私たちは神様でも仏様でもない。だから相手に対して制裁などできない。そんな立場にない。しかし、それを行った相手には必ず同じ事が降りかかる。勿論、自分も然り。

小難しいことは小2の娘には分からない。が、たいていの場合、話の最後に辿り着くのは、「自分がして欲しくない事は相手にしない。自分がして欲しいことは相手にする」という結論。

自分が悪口を言われたくないなら、人の悪口も言わない。自分が褒めて欲しい(認めて欲しい)なら、人も褒める(認める)。話を聞いて欲しいなら、人の話を聞く。相手に求めるものを、まずは自分が相手に施す。

「明日からそうしよう」となって、話は幕引きとなる。それでもまた、同じような人間関係のネタを持ち帰るのだが(笑)。

大人も然り。自分だって言ってほしくない言葉を、つい子どもに言ってしまう。優しい言葉掛けが欲しいのに、疲れが溜まると苛立ってしまう。今、話を聞いて欲しいのに、「後で」と後回しにする。やろうと思ったことを頭ごなしに反対する。人に嫌われたくないのに、自分が気に食わない人を蔑む。求めてもいないのに不平不満を言いまくる。それではいけないと解っているが…。

そもそも私のような未熟な人間が、子どもを育てている事がどうなんだろう?とも思うのだが、子育ては親育て。娘という人に、私は育てられている。こうして、こんな毎日を繰り返しながら、これからも娘を通して学んでいこう。

「因果応報」自分のやった行いの結果は、自分に返ってくるのです。


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2015年04月09日

“ない”から学ぶ

先日、久しぶりに20年来の友人に会った。気が置けない数少ない友人で、今では会う機会が少なくなってしまったが、会うたびに新鮮であり、刺激的である。

その友人は長い間、酷い乾燥肌に悩んでいた。洗顔の後にクリームやら液体をグイグイと塗り込んで肌の潤い状態を保っていた。ところが今はクリームやら液体やら、要するに外からの人工物を一切使用していないと言う。しかも乾燥しているようには見えない。「今まではお化粧をして、それを落とすためにゴシゴシ洗うことで肌を痛めて、そこにクリームやら液体を押し込んできた。それによって人間自身が持つ再生力や治癒力を失っていくことがわかった」と友人は言う。

私は激しい耳鳴りに悩んでいるのだが、前に整体師さんに「耳が探してしまうんだよ」と言われた。なるほど。某健康促進テレビ番組でも耳鳴りの原因のひとつには脳過敏症があると言っていた。どうやら脳が聞こえないはずの音を探してしまい、聞こえないから脳自身がその音を作り出すらしい。良かれ悪しかれ、人のカラダは本当によくできている。

私たちのカラダは、“ない”ことにきちんと反応し、きちんと作り出す。しかし即効性や簡易性を求め、外から異物を取り入れることで、人間固有の治癒力が減衰してしまうという友人談は理に適っている。

さて、友人と会った後、春休みを迎えた娘と愛知の実家に戻った。実家には、たいしたおもちゃやゲーム機はない。小学生にとっての娯楽はほとんど皆無である実家滞在中、娘は、じいちゃんと将棋三昧、ばあちゃんには裁縫を教えてもらい、私にエプロンを作ってくれた。もしゲーム機があったら、じいちゃんやばあちゃんとも、こんなにコミュニケーションをとっていなかっただろう。

“ない”ならば、楽しいことを創りだす。そもそも子どもは、その天才である。子どもの頃の私たちもそうであった様に。なぜ今は外的要因や物質に頼ってしまうのだろう。

“ない”ならば、あるものを工夫して使う。今の私にはその力が足りない事が、この数日間でわかった。ないなら買う。欲しいなら買う。今や世界中のおいしいものが手に入る。白髪だって茶色や金色になる。まつ毛だって長くできる。乾燥肌を潤すことができる。若さや健康だって買える。お金があれば何でも手に入る。そんな時代なのだと思っていた。

それで良しとする傍ら、自分の中にある再生力、治癒力、思考力、もっと言えば生きる力を脆弱にしているのかもしれない。

そう言えば、娘はクラスでも大人気のDSを持っていない。以前は欲しがったが、今は言わなくなった。それには理由があった。

学校ではDSソフトに出てくるキャラクターの話題で盛り上がるらしい。そのキャラクターを知らない娘は「それ、なーに?」と聞くと「え〜!?知らないのぉ〜?」と言われると言う。所詮子ども同士の会話、悪意はない。しかし、その一言が娘を哀しい気分にさせたそうだ。「だから、あたしは、あたしが知っていることで、友達が知らないことがあっても『え〜!?知らないのぉ〜!?』って絶対に言わない!! ちゃんと説明してあげるもん!!!」DSを持っていないことで気が付いた心の痛み。それも彼女なりに“ない”から学んだことである。

ひょっとしたら“ない”は、私たちを成長させてくれる素晴らしい要因なのかもしれない。

ふと隊長のこんな話を思い出した。
1995年エコチャレンジ・オーストラリア大会でのこと。レース中、女性メンバーが足首を炎症で歩けなくなった。リタイヤをするかどうかの決断を迫られた時、山岳経験の豊富なメンバーが、ザックの上下をひっくり返すと、それが背負子(しょいこ)のようになることを思い出した。「この方法で彼女を担ぎ、行けるところまで行きます」イーストウインドはレース継続を決めた。

男性メンバーが交代で女性メンバーを担ぎ、標高1000メートルも上った。藪の中もひたすら進んだ。このレース展開は主催者やメディア班を驚かせた。「信じられない!! 彼らは行くぞ!! どんなことがあってもやり遂げるぞっ!!!」イーストウインドの姿を捉えた空撮カメラマンが、思わず声に出したその言葉が映像に残っている。残念ながら完走はできなかったものの、その行動により、それまでになかった「Special Sprits Award(特別賞)」が生まれ、イーストウインドはその初回に輝いた。それは入賞とはまた違ったイーストウインドの誇りとなった。

“ない”は人間力を育む外的要因なのかもしれない。

1995年エコチャレンジ・オーストラリア大会


Team EAST WIND 場面
1) 15:21〜16:50(継続を決断する場面)
2) 20:03〜22:39(標高1000m登った場面)
3) 27:45〜29:51(継続中の場面)
4) 39:00〜42:10(ゴールを目の前にして無念のリタイヤの場面)
『Special Sprits Award』を、苦難と喜びを共にしたメンバーの倉田和輝選手に捧ぐ

posted by Sue at 10:22| Comment(0) | 悪妻のボヤキ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月30日

ナビゲーション講習会に想うこと

先日、ナビゲーション講習会を開催した。不定期ではあるが、隊長とナビゲーション(地図読み)講習会を始めて10余年になる。

とは言っても、私は事務作業担当ゆえ、当日はバタバタして講習をしっかり聴いたことはない。だから地図読みを私自身がどこまで理解しているかもよくわからない。それでも「継続は力なり」とはよく言ったもので、10年も関わっていると、ぼんやりと地図が解るようになってくる。そんなこともあり、数年前から娘とオリエンテーリングの大会に出場するようになった。結果はとても人に言えたものではないが、山中でフラッグ(目的地)を探す行程を楽しむことができるようになった。

さて、私は、隊長の講習を聞く度、ナビゲーションは人生に似ていると思うのである。

地図読みに正しい方法はない。そもそも地図が完全というわけではない。所詮、人が作成したものである。海外のアドベンチャーレースでは40年も前の地図が配布されることがある。いくら自然の中とは言え、現状とは異なる。当時はなかったであろう路も、今では獣や人が踏み慣らしたことで小径ができていたり、地磁気も永年変化している。地図は必需品ではあるが、最終的には自分のナビゲーションスキルが頼りになる。

人の生き方に正しい方法はない。社会のルールは守らねばならないが、それ以外の基準は個々の道徳意識に任せられる。与えられた環境(地図)に沿って歩いていても、その地図が決して正しいとは限らない。しかし環境(地図)は変えられない。自分の観点で地図の見方を変えるしかない。環境はひとつの指針ではあるが、結局は自身の意識が頼りになる。



アドベンチャーレースでは、必ず決まったチェックポイント(CP)を通過しなくてはならない。しかし特別規制がない限りCPとCPの間はどこを通っても良い。ルールはひとつ、必ずチームで行動すること。あるピークにCPがあるとすると、かなりの回り道としても安全な登山道を行く方法もあるし、距離は短いが濃い藪を突き抜ける方法もある。どちらを行くかはチームの選択だ。

時には選択を誤ることもある。あるはずの登山道が途中で消えていたり、反対に増えていたり。背丈の低い藪ルートも実はトゲだらけの植生であったり。

そんな想定外の時に発生するのがチーム内の不協和音である。

数時間ならまだしも、下手をすると丸一日も迷い続けることになる。その時のナビゲーターの焦りはいかほどのものか。自分のナビゲーション・ミスで長時間ロスし、チームメンバーに余計な体力を使わせている。プレッシャーが自責の念に変わる。やがてメンバーが苛立ち始める。

地図読みをしないメンバーも、ナビゲーターに任せているからと自覚しているうちはまだいい。しかし丸一日無駄に歩き続ければ、それが不満へと変わるのは当然。本当にそのルートチョイスは合っているのか?あとどのくらい進めばいいのか?いつ果てるのかもわからない山中をさまよい続けていると、ナビゲーターへの疑心、蓄積する疲労、そして他チームに対する焦りが重なり、ナビゲーターを責める事も少なくない。

「あの人がこういったから」。人の指図通りに行動するのは、案外、簡単なのかもしれない。しかし、それが思っていた方向と違ってきた時、不安と疑心が生じる。やがて完全に藪の中(困難極める状態)に入ってしまった時、「あの人」の責任にする。人が言った事を選択するもしないも自分自身であったはずなのだが、それを忘れて、人の責任にすることで自分を正当化する。もっともラクで、もっとも卑怯だ。結局、人は変わらない。環境も変わらない。変えられるのは自分自身だけなのだ。



「アドベンチャーレースでは、地図が読める方が断然面白い」と隊長は言う。ナビゲーターは、どのくらいで次のCPなのか、どこをどう行ったら負担が少ないのかなど、戦略が立てられる。しかし地図読みができなければ、ただついていくだけになる。それはアドベンチャーレースの楽しさを半減してしまうことになる。

後で人のせいにするくらいなら、最初から自分で地図を読んで、進むべき道を選び、自己責任を持って進んだ方が楽しいのかもしれない。その方が人生(アドベンチャーレース)の醍醐味を味わえるとも思うのだ。



コンパスは少し角度を変えただけで、進行方角が大きく変わっていく。コンパスの指す方向を見誤ると、取り返しのつかない事になりかねない。間違えた方角にどんどん進めば、やがて正規ルートから大きく離れてしまうことになる。尾根にいくはずが沢に落ちていってしまった、という話はよく耳にする。隊長は言う「間違ったルートに入っているのに、不思議と辺りの地形が地図通りに見えてくる。人は思い込みをする。これがとても怖い」。

私たちは、時に自分の進むべき方角を見誤る時がある。欲が絡めば尚更だ。ほんの数度、欲の方向に向いて歩き出せば、やがて欲の谷に陥り、取り返しのつかないことになりかねない。早期発見、方向修正が必要になるが、ひとつ欲が満たされれば自分の位置が正しいと思い込んでしまう。



アドベンチャーレースはゴールを目指す。CPはその過程である。しかしその過程をひとつでも飛ばすと、ゴールは成立しない。時にCPへのルートは極端に難易度が高かったり、地図と異なる場所に設置されていることもある(レースを主催しているのも、これまた人間。完璧ではない)。それでもCPは避けて通れない。そんな時こそ、支えとなるがチームメイトだ。励まし合い、信じ合えば、たどり着けないCPはない。

人生もゴールに行くには、困難なCPを通過しなくてはいけない時がある。どんなに遠回りしようと、そこは決して避けては通れない場所なのだ。だから進むしかない。しかし一人じゃない。絶対に心励ます人がいる。仲間がいる。



ならば私自身の向いている方向は正しいのだろうか?ペース配分は大丈夫なのか?ゴールまでどうやって行けばいいのだろう?

今はまだ自分のゴールに何があるか解らない。ただ、今、目の前にある「通るべきCP」に向かって、コンパスを合わせ、ブレないように進もうと思う。



ナビゲーションの醍醐味は自分自身で進路を決めるところだろう。人に頼っていては、自分の本来の夢を見失う。自分の中に在る地図とコンパスで、夢の方向に整置したなら、あとはそこに向かって突き進めばいい。


ONE PIECE・ルフィーのセリフを思い出す。
「宝がどこにあるかなんて聞きたくねぇ!宝があるかないかだって聞きたくねぇ!
何もわかんねぇけどみんなそうやって命懸けで海へ出てんだよっ!
ここでおっさんから何か教えて貰うんならおれは海賊やめる。
つまらねぇ冒険ならおれはしねぇ!!!」


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2015年03月15日

巨大な宇宙の中のちっぽけな生命

娘の誕生祝いに、彼女のたっての願いであった少年科学館に行ってきた。そこでMitaka(天文学の様々な観測データや理論的モデルを見るためのソフトウェア)を使った天体解説があった。

科学はもとより、天文学などさっぱり興味がなかったが、娘に「いろんなことを知ると人生がより楽しくなる」と言っている建前上、「お母さんは星に興味ない」とは口が裂けても言えない。しかも観光協会主催『星の鑑賞会』のスタッフでもあるし(何か町に貢献しようと始めたのだが、星の説明など一切できず)、せっかくの機会だからと足を向けてみた。

子どもの頃に観たプラネタリウムは、すっかり忘れている。この数年、空を見上げる事がなくなった。ギリシャ神話も今の生活とはリンクしない。星の鑑賞会も誘導専門。だからだろうか、Mitakaはとても新鮮だった。

さほど大きくもないスクリーンに向かって、Mitakaは太陽を中心に地球を映し出した。そして月と地球の公転を映し出した。月と地球は、共通重心をまわりあう運動により、互いに重力や慣性の力の影響を受け合い続けている。その影響力は月に近い場所ほど強く、海水が月方向へ引き寄せられて海面が隆起したのが満潮であり、月の影響は私たちの目で見ることができる。

そして木星、土星…と次々に惑星が現れ、そして銀河、宇宙へと、Mitakaが映し出す画は、どんどんと広がっていく。地球の近傍だけでもすでに300個を超える系外惑星があり、太陽系が属している銀河系には、2,000億個もの恒星がある。さらに宇宙にはこのような銀河が数億個以上ある。もはや地球がどこにあるのかも分からない。この画の中のどこかにあるのは間違いないが、あまりにも小さくて判らない。

そのどこにあるかも判らない小さな小さな地球での最初の生命と言われるバクテリアは、太陽光で光合成を行い、大気中に含まれる二酸化炭素と水を使って、有機物や酸素を発生した。そして10億年間に爆発的に繁栄し、地球には酸素がたくさん蓄積されていき、酸素呼吸をする生物の生存を可能にする地球の環境が整っていった。

専門的なことはさて置き、宇宙の中心に太陽があり、その太陽によって私たちは創られた。とてつもなく大きな宇宙が、見えないくらい小さな私たち一人一人が生きていく上で必要なものを創り出した。宇宙において、私たちはあまりにも小さくて、弱々しい。それでも日々笑い、眠り、学び、成長し、老い、哀しみ、憎しみ、そして時に殺し合う。宇宙が与えてくれた命を、あまりにも簡単に。

ビックバンにより宇宙が生まれ、銀河系が生まれ、太陽系が生まれ、地球が生まれた。太陽が中心ならば、地球は常に脇にいる。そして太陽から生きる環境をもらっている。そんな脇にいる地球で人が生まれることは奇跡なのかもしれない。宇宙から見たらちっぽけな生命かもしれないが、それでも生命の誕生ほど尊いものはない。そんな尊い生命を傷つけることなど決して許されるものではない。

このいがみ合いが、どれほど小さいことか。この欲望が、どれほど小さいことか。中心でいたいことが、どれほど小さいことか。

宇宙が誕生して137億年と言われている(実際にはもっともっと前らしい)。それと比べたら、地球にいる私たち人間の寿命はたかが知れている。わざわざ殺し合わなくても、やがては寿命が尽きる。憎み合わなくても、やがては生を終える。

ならば、そんなわずかな期間くらい、せめても笑い合い、語り合い、労わり合い、譲り合い、支え合って生きてみたらどうだろう。

とてつもなく巨大な宇宙を映しだしたMitakaを観た後、隣にいる7歳の誕生日を迎えた娘に目をやると、なぜだか突然、『男はつらいよ』の寅さんのセリフを思い出した。

「俺には、むずかしいことはよく分からないけどね、あんたが幸せになってくれりゃいいと思ってるよ」


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2015年01月30日

イスラム

イスラム国の日本人拘束事件が連日報道されている。イスラムの事をよく知らない娘には「イスラム教徒は恐ろしい」というイメージがついてしまわないことを願う。

17年前、私は総務庁主催「世界青年の船」に乗船した。日本人約150名、海外からの青年が約130人、船員や事務局併せて約200人。2か月間の世界航海の旅だった。

海外青年は欧州人、アフリカ人、中東人、アジア人で、彼らと共に閉鎖的空間で過ごした2か月間は、人生の中で最も濃密であり、得難い経験となった。

中でも私はUAEの青年たちと気が合った。宗教上、酒は一切呑まない彼らだが、素面であそこまで陽気になれるのが、真面目な日本人にとって少々うらやましい。

すぐに歌う。屈託のない笑顔で声を掛けてくる。時に子供じみたいたずらを仕掛け、それが成功すると無邪気に喜ぶ。仕掛けられた方もついつい笑ってしまうほど。本当に明るく、素直で、愛らしく、陽気な人たち。

下船後、友達を訪ねて現地に遊びに行った。初めてのイスラム教国ステイは、とても新鮮だった。女性はみなアバヤという黒い伝統的民族衣装で全身を覆い、誰が誰なのかさっぱり見当がつかない。街中で男性と女性が一緒に歩くことはめったに見ない。図書館もレストランも公園もすべて男女別々。

日中は50度にも昇る砂漠地帯で、汗水垂らして働く人の多くは外国からの出稼ぎ労働者。もちろん労働に対する報酬はきちんと支払われるフェアな国だ。

私も現地で職を得た。宗教も国民性も異なる国の女性が一人でこの地に住むことは楽ではなかった。もちろん不安もあった。タクシーに乗れば、目的地に着いてもいないのに「お祈りしてくる」と言って運転手が降りてしまう。買い物に行けば値段をふっかける。道を聞けば、知らないくせに無理矢理教えてくれるから、余計に迷う。知らないなら知らないと素直に言ってくれた方が親切なのだが。それでも銃社会のアメリカにいた頃とは身構え方が異なった。敬虔なイスラム教徒たちは却って安心感があった。

私が住んでいたのは小さなアパートの2階。1階はパン屋だった。パン屋で働くのはシリアからの出稼ぎ労働者たち。まだ19〜25歳の青年たちだった。英語が話せない彼らとアラビア語が話せない私だったが、コミュニケーションはすぐに図れた。祖国を離れ、遠い地に一人で来ているという背景が互いを理解させた。

仕事から帰ると、パン屋さんが私を呼び止め、片方の手でお腹を擦り、もう片方の手を口に持っていく。どうやら「腹、減っただろう」と言っているようで、用意していた紙袋を差し出し、たどたどしい英語で「We are friends」と言ってニッコリ笑った。中にはチーズがたっぷりのパンが入っていた。この地に来なければ、私が単なる旅行者であれば、私が一人ぼっちでなければ、「We are friends」の一言がどれだけ心強いか測り知れなかっただろう。

職場ではタジキスタンから亡命した夫婦が親切にしてくれた。「あんなに素晴らしくて美しい国を捨てるのは辛かった。でも仕方なかった。内戦が悪化し、外では銃声が響き渡り、隣の家では泣きながら血糊を拭いている。私たちには子どもがいた。この子たちに教育を施したかった。だから亡命という道を選んだ」。

私にはイスラム教を語ることなど到底できない。まだまだ意味や真理など、わからないことばかり。宗教戦争は絶えず起きている。8割とも言われる在UAE海外労働者の誰もが何かを抱えているように見えた。それでも前を向いて歩いている。抱えたものの大きさに押し潰されそうになりながらも、日々健やかに暮らせることに感謝し、祈りを捧げ、穏やかに生きている。

だから娘には、少なくとも娘だけには、私の知るイスラム教徒は、優しくて温かくて逞しいと言うことを教えていかなくてはいけない。それが出会ったイスラムの人達への恩返しだと思う。

私たちはイメージで人を判断することがある。マスコミやタレントはそれをうまく利用する。私たちがそれを求める。やがてイメージが強くなれば、真の判断力が鈍くなっていく。そんな小さなことが原因で諍いや争いが起き、やがては戦争になることもある。

結局、テロ撲滅なんてできやしないのではいだろうか、と思うことがある。テロリストにも家族がいて、その家族がテロリストじゃないにしても、自分の大切な人が殺されてしまったら?いくら過激なテロであろうと、家族は家族。復讐を誓うかもしれない。そして、それが新たなテロリストを生むかもしれない。

毎日、その日クラスで起きたことを話す娘だが、お友達と意見が異なった時、それを頭ごなしに「間違っている」と我を押し通さず、自分の物差しで相手を測ることはせず、相手気持ちをまず聞いて、そして相手の立場(自分だったらどうするか)を聞き出すようにしている。きっとどこかに誤解があるだろうから。

どうかイスラムの人達が、平穏で幸せでありますように。
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2015年01月17日

リーダーシップ

先日、隊長に「リーダーとして支える」をテーマとした講演のご依頼を頂いた。

イーストウインドのリーダーとしてチームを牽引する役割の隊長だが、昨年はグレートトラバースで主役となる陽希を、カメラマンとして支えたことから「リーダーとしての裏方サポートの重要性」をテーマに企業のリーダー対象に話をすることになったのだ。

17年前、隊長は自己実現のためガムシャラに突っ走っていた。「勝ちたい」という気持ちが人一倍強かった。自分ができることは他人もできて当たり前。だから他人にもそれを求めた。自分に厳しいのはもちろん、メンバーにも厳しかった。

海外のアドベンチャーレースに出場するのは費用がかかる。自らのトレーニング時間を割いて毎日のように回った協賛のお願い。当時、まだ誰も知らないようなアドベンチャーレースであったが、徐々に応援者が増えてきた。しかし、それが「勝たなくてはいけない」という重圧ともなる。レース中、体力的に弱いメンバーへの叱咤が強まっていった。肩肘張っていたわけではない。ただ、その重圧との戦いをチームメンバーは理解し難かった。

それから何度も悔しい思い、辛い思いをしてきた隊長を、私は傍らで見てきた。隊長のやり方について行けず、去ってゆくメンバーもいた。見ているこちらが辛くなった。「もう止めてもいいよ」言いかけたこともあった。でも隊長は投げ出さなかった。どんなに辛くとも、またレースに出る。そしてリーダーシップを試行錯誤する。何度も何度もぶち当たる壁。ぶち当たりながらも進む。まるで、そこには彼にしか見えないレールが敷かれているかのように、当然な成り行きで。

もうひとつ私が隊長の傍らで見てきたものがある。それは「辛い思いは人を成長させる」ということ。「アドベンチャーレースは自分を成長させてくれる」と言う隊長の言葉の意味を、フィールドだけではなく、もっと大きく総体的に捉えることができる。

もう何年も前にアドベンチャーレースから去ったメンバーが、こんな事を言っていた「本格的なアドベンチャーレースに出るなら田中さんと出たい」。隊長のやり方が合わずに去って行ったと思っていた。しかし、そうではなかった。「やり方や考え方が合わない事が度々あった。その時は悔しいとは思っても、田中さんの言うことは勝つためには当然なことだったと後にしてわかった。またいつか田中さん率いるチームで戦いたい」と。

あのストレスだらけの極限の中ではエゴが爆発する。憤懣やるかたないこともあるだろう。レース後、チームが粉砕することは珍しくない。レース中、このメンバーと隊長の間に何が起きたのかは分からない。ただ、生死関わる状況下で、真剣にぶつかり合ったことが、互いを成長させたのだろう。ぶつかり合いが、ただの喧嘩別れで終わるのか、それとも互いの成長となるのかは、当人次第だと思うが、すべての出来事には意味がある。

それでも今なお、リーダーシップの難しさを痛感する隊長だが、グレートトラバースでのサポート経験は、今、隊長がまさに必要とする意識へのヒントを与えてくれたようだ。今回、陽希を主役にカメラを回し続けた事は、隊長の生涯において、最も貴重な糧となった。そしてその時の撮影班のチームワークは、それまでにない種の緊張と感動があった。それを聴講されたリーダーの皆様からいただいた所感が語っていた。

リーダーシップはメンバーがいなければ成り立たない。引っ張っていくだけがリーダーではなく、支えていくのもリーダーである。メンバーの開花のため、肥やしとなり、水となり、陽となり、時には耐久性を保持するために強風となることも必要。メンバーの開花はチーム発展の、否、アドベンチャーレース発展につながる。まさに隊長が目指していたものだ。

チーム内におけるリーダーシップは、社会生活において普遍的な課題であろう。企業、団体、学校、部活、時には家庭内においても必要となる。

これからはチームに加えて、親としてのリーダーシップも私たち夫婦の課題になる。これは手ごわい。人は常に成長する場が与えられるものだ。

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posted by Sue at 20:20| Comment(0) | 悪妻のボヤキ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする