2015年03月15日

巨大な宇宙の中のちっぽけな生命

娘の誕生祝いに、彼女のたっての願いであった少年科学館に行ってきた。そこでMitaka(天文学の様々な観測データや理論的モデルを見るためのソフトウェア)を使った天体解説があった。

科学はもとより、天文学などさっぱり興味がなかったが、娘に「いろんなことを知ると人生がより楽しくなる」と言っている建前上、「お母さんは星に興味ない」とは口が裂けても言えない。しかも観光協会主催『星の鑑賞会』のスタッフでもあるし(何か町に貢献しようと始めたのだが、星の説明など一切できず)、せっかくの機会だからと足を向けてみた。

子どもの頃に観たプラネタリウムは、すっかり忘れている。この数年、空を見上げる事がなくなった。ギリシャ神話も今の生活とはリンクしない。星の鑑賞会も誘導専門。だからだろうか、Mitakaはとても新鮮だった。

さほど大きくもないスクリーンに向かって、Mitakaは太陽を中心に地球を映し出した。そして月と地球の公転を映し出した。月と地球は、共通重心をまわりあう運動により、互いに重力や慣性の力の影響を受け合い続けている。その影響力は月に近い場所ほど強く、海水が月方向へ引き寄せられて海面が隆起したのが満潮であり、月の影響は私たちの目で見ることができる。

そして木星、土星…と次々に惑星が現れ、そして銀河、宇宙へと、Mitakaが映し出す画は、どんどんと広がっていく。地球の近傍だけでもすでに300個を超える系外惑星があり、太陽系が属している銀河系には、2,000億個もの恒星がある。さらに宇宙にはこのような銀河が数億個以上ある。もはや地球がどこにあるのかも分からない。この画の中のどこかにあるのは間違いないが、あまりにも小さくて判らない。

そのどこにあるかも判らない小さな小さな地球での最初の生命と言われるバクテリアは、太陽光で光合成を行い、大気中に含まれる二酸化炭素と水を使って、有機物や酸素を発生した。そして10億年間に爆発的に繁栄し、地球には酸素がたくさん蓄積されていき、酸素呼吸をする生物の生存を可能にする地球の環境が整っていった。

専門的なことはさて置き、宇宙の中心に太陽があり、その太陽によって私たちは創られた。とてつもなく大きな宇宙が、見えないくらい小さな私たち一人一人が生きていく上で必要なものを創り出した。宇宙において、私たちはあまりにも小さくて、弱々しい。それでも日々笑い、眠り、学び、成長し、老い、哀しみ、憎しみ、そして時に殺し合う。宇宙が与えてくれた命を、あまりにも簡単に。

ビックバンにより宇宙が生まれ、銀河系が生まれ、太陽系が生まれ、地球が生まれた。太陽が中心ならば、地球は常に脇にいる。そして太陽から生きる環境をもらっている。そんな脇にいる地球で人が生まれることは奇跡なのかもしれない。宇宙から見たらちっぽけな生命かもしれないが、それでも生命の誕生ほど尊いものはない。そんな尊い生命を傷つけることなど決して許されるものではない。

このいがみ合いが、どれほど小さいことか。この欲望が、どれほど小さいことか。中心でいたいことが、どれほど小さいことか。

宇宙が誕生して137億年と言われている(実際にはもっともっと前らしい)。それと比べたら、地球にいる私たち人間の寿命はたかが知れている。わざわざ殺し合わなくても、やがては寿命が尽きる。憎み合わなくても、やがては生を終える。

ならば、そんなわずかな期間くらい、せめても笑い合い、語り合い、労わり合い、譲り合い、支え合って生きてみたらどうだろう。

とてつもなく巨大な宇宙を映しだしたMitakaを観た後、隣にいる7歳の誕生日を迎えた娘に目をやると、なぜだか突然、『男はつらいよ』の寅さんのセリフを思い出した。

「俺には、むずかしいことはよく分からないけどね、あんたが幸せになってくれりゃいいと思ってるよ」


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2015年01月30日

イスラム

イスラム国の日本人拘束事件が連日報道されている。イスラムの事をよく知らない娘には「イスラム教徒は恐ろしい」というイメージがついてしまわないことを願う。

17年前、私は総務庁主催「世界青年の船」に乗船した。日本人約150名、海外からの青年が約130人、船員や事務局併せて約200人。2か月間の世界航海の旅だった。

海外青年は欧州人、アフリカ人、中東人、アジア人で、彼らと共に閉鎖的空間で過ごした2か月間は、人生の中で最も濃密であり、得難い経験となった。

中でも私はUAEの青年たちと気が合った。宗教上、酒は一切呑まない彼らだが、素面であそこまで陽気になれるのが、真面目な日本人にとって少々うらやましい。

すぐに歌う。屈託のない笑顔で声を掛けてくる。時に子供じみたいたずらを仕掛け、それが成功すると無邪気に喜ぶ。仕掛けられた方もついつい笑ってしまうほど。本当に明るく、素直で、愛らしく、陽気な人たち。

下船後、友達を訪ねて現地に遊びに行った。初めてのイスラム教国ステイは、とても新鮮だった。女性はみなアバヤという黒い伝統的民族衣装で全身を覆い、誰が誰なのかさっぱり見当がつかない。街中で男性と女性が一緒に歩くことはめったに見ない。図書館もレストランも公園もすべて男女別々。

日中は50度にも昇る砂漠地帯で、汗水垂らして働く人の多くは外国からの出稼ぎ労働者。もちろん労働に対する報酬はきちんと支払われるフェアな国だ。

私も現地で職を得た。宗教も国民性も異なる国の女性が一人でこの地に住むことは楽ではなかった。もちろん不安もあった。タクシーに乗れば、目的地に着いてもいないのに「お祈りしてくる」と言って運転手が降りてしまう。買い物に行けば値段をふっかける。道を聞けば、知らないくせに無理矢理教えてくれるから、余計に迷う。知らないなら知らないと素直に言ってくれた方が親切なのだが。それでも銃社会のアメリカにいた頃とは身構え方が異なった。敬虔なイスラム教徒たちは却って安心感があった。

私が住んでいたのは小さなアパートの2階。1階はパン屋だった。パン屋で働くのはシリアからの出稼ぎ労働者たち。まだ19〜25歳の青年たちだった。英語が話せない彼らとアラビア語が話せない私だったが、コミュニケーションはすぐに図れた。祖国を離れ、遠い地に一人で来ているという背景が互いを理解させた。

仕事から帰ると、パン屋さんが私を呼び止め、片方の手でお腹を擦り、もう片方の手を口に持っていく。どうやら「腹、減っただろう」と言っているようで、用意していた紙袋を差し出し、たどたどしい英語で「We are friends」と言ってニッコリ笑った。中にはチーズがたっぷりのパンが入っていた。この地に来なければ、私が単なる旅行者であれば、私が一人ぼっちでなければ、「We are friends」の一言がどれだけ心強いか測り知れなかっただろう。

職場ではタジキスタンから亡命した夫婦が親切にしてくれた。「あんなに素晴らしくて美しい国を捨てるのは辛かった。でも仕方なかった。内戦が悪化し、外では銃声が響き渡り、隣の家では泣きながら血糊を拭いている。私たちには子どもがいた。この子たちに教育を施したかった。だから亡命という道を選んだ」。

私にはイスラム教を語ることなど到底できない。まだまだ意味や真理など、わからないことばかり。宗教戦争は絶えず起きている。8割とも言われる在UAE海外労働者の誰もが何かを抱えているように見えた。それでも前を向いて歩いている。抱えたものの大きさに押し潰されそうになりながらも、日々健やかに暮らせることに感謝し、祈りを捧げ、穏やかに生きている。

だから娘には、少なくとも娘だけには、私の知るイスラム教徒は、優しくて温かくて逞しいと言うことを教えていかなくてはいけない。それが出会ったイスラムの人達への恩返しだと思う。

私たちはイメージで人を判断することがある。マスコミやタレントはそれをうまく利用する。私たちがそれを求める。やがてイメージが強くなれば、真の判断力が鈍くなっていく。そんな小さなことが原因で諍いや争いが起き、やがては戦争になることもある。

結局、テロ撲滅なんてできやしないのではいだろうか、と思うことがある。テロリストにも家族がいて、その家族がテロリストじゃないにしても、自分の大切な人が殺されてしまったら?いくら過激なテロであろうと、家族は家族。復讐を誓うかもしれない。そして、それが新たなテロリストを生むかもしれない。

毎日、その日クラスで起きたことを話す娘だが、お友達と意見が異なった時、それを頭ごなしに「間違っている」と我を押し通さず、自分の物差しで相手を測ることはせず、相手気持ちをまず聞いて、そして相手の立場(自分だったらどうするか)を聞き出すようにしている。きっとどこかに誤解があるだろうから。

どうかイスラムの人達が、平穏で幸せでありますように。
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2015年01月17日

リーダーシップ

先日、隊長に「リーダーとして支える」をテーマとした講演のご依頼を頂いた。

イーストウインドのリーダーとしてチームを牽引する役割の隊長だが、昨年はグレートトラバースで主役となる陽希を、カメラマンとして支えたことから「リーダーとしての裏方サポートの重要性」をテーマに企業のリーダー対象に話をすることになったのだ。

17年前、隊長は自己実現のためガムシャラに突っ走っていた。「勝ちたい」という気持ちが人一倍強かった。自分ができることは他人もできて当たり前。だから他人にもそれを求めた。自分に厳しいのはもちろん、メンバーにも厳しかった。

海外のアドベンチャーレースに出場するのは費用がかかる。自らのトレーニング時間を割いて毎日のように回った協賛のお願い。当時、まだ誰も知らないようなアドベンチャーレースであったが、徐々に応援者が増えてきた。しかし、それが「勝たなくてはいけない」という重圧ともなる。レース中、体力的に弱いメンバーへの叱咤が強まっていった。肩肘張っていたわけではない。ただ、その重圧との戦いをチームメンバーは理解し難かった。

それから何度も悔しい思い、辛い思いをしてきた隊長を、私は傍らで見てきた。隊長のやり方について行けず、去ってゆくメンバーもいた。見ているこちらが辛くなった。「もう止めてもいいよ」言いかけたこともあった。でも隊長は投げ出さなかった。どんなに辛くとも、またレースに出る。そしてリーダーシップを試行錯誤する。何度も何度もぶち当たる壁。ぶち当たりながらも進む。まるで、そこには彼にしか見えないレールが敷かれているかのように、当然な成り行きで。

もうひとつ私が隊長の傍らで見てきたものがある。それは「辛い思いは人を成長させる」ということ。「アドベンチャーレースは自分を成長させてくれる」と言う隊長の言葉の意味を、フィールドだけではなく、もっと大きく総体的に捉えることができる。

もう何年も前にアドベンチャーレースから去ったメンバーが、こんな事を言っていた「本格的なアドベンチャーレースに出るなら田中さんと出たい」。隊長のやり方が合わずに去って行ったと思っていた。しかし、そうではなかった。「やり方や考え方が合わない事が度々あった。その時は悔しいとは思っても、田中さんの言うことは勝つためには当然なことだったと後にしてわかった。またいつか田中さん率いるチームで戦いたい」と。

あのストレスだらけの極限の中ではエゴが爆発する。憤懣やるかたないこともあるだろう。レース後、チームが粉砕することは珍しくない。レース中、このメンバーと隊長の間に何が起きたのかは分からない。ただ、生死関わる状況下で、真剣にぶつかり合ったことが、互いを成長させたのだろう。ぶつかり合いが、ただの喧嘩別れで終わるのか、それとも互いの成長となるのかは、当人次第だと思うが、すべての出来事には意味がある。

それでも今なお、リーダーシップの難しさを痛感する隊長だが、グレートトラバースでのサポート経験は、今、隊長がまさに必要とする意識へのヒントを与えてくれたようだ。今回、陽希を主役にカメラを回し続けた事は、隊長の生涯において、最も貴重な糧となった。そしてその時の撮影班のチームワークは、それまでにない種の緊張と感動があった。それを聴講されたリーダーの皆様からいただいた所感が語っていた。

リーダーシップはメンバーがいなければ成り立たない。引っ張っていくだけがリーダーではなく、支えていくのもリーダーである。メンバーの開花のため、肥やしとなり、水となり、陽となり、時には耐久性を保持するために強風となることも必要。メンバーの開花はチーム発展の、否、アドベンチャーレース発展につながる。まさに隊長が目指していたものだ。

チーム内におけるリーダーシップは、社会生活において普遍的な課題であろう。企業、団体、学校、部活、時には家庭内においても必要となる。

これからはチームに加えて、親としてのリーダーシップも私たち夫婦の課題になる。これは手ごわい。人は常に成長する場が与えられるものだ。

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2015年01月04日

謙虚であれ

今冬は雪がよく降る。積もった雪が溶ける間もなく、ひたすら降っている。

雪国に嫁いで間もなく14年目。それでも雪の中の生活は、慣れ切っていない。いまだに車の運転は怖い。家の中も凍てついて、温度は一桁。朝方は窓が凍って開かない。すぐに車を出すこともできない(まずは雪かき)。隊長のトレーニングもままならない。

「現代の科学の力では自然はどうにもコントロールできない。アドベンチャーレースでは、そんなコントロールできない自然の猛威が降りかかってくる。だから人は自然に対して謙虚でなくてはいけない」。隊長が講演でよく題材にしていることだ。

「自然に対して謙虚であること」。
アドベンチャーレースでは、荒れ狂う波に漕ぎ出すこともある。吹きすさぶ嵐の中、前に進まなくてはいけない。肌が焼けるような灼熱地獄をひたすら歩き続けることもある。見渡す限り氷に覆われた氷河を命がけで歩く。いつ果てるかもわからない藪を永遠とこぎ続けもする。「だから人は自然に対して謙虚にならなくてはいけない。人間が驕(おご)り高ぶると痛い目に遭う。まずは自分の能力・技術を知ること。レースで勝つためには、それを補うための努力をしなければいけない」。それはトレーニングであったり、装備であったり、地図読みの技術であったりと、シミュレーションであったり、チームワークであったり。それが不足していたら、身の丈に合った行動を取らなければならない。それは自分自身に対しても謙虚であるということ。こうして自分にない物を補いながら、かつ謙虚に、選手たちはゴールを目指していく。

自然界だけではなく、社会生活も同じかもしれない。
時に自分の力ではどうにもならない巨大な力、空気感があり、そこから逃げようともがいてみるが、どうにも逃げられない。人間社会でも、自分の力ではコントロールできないことがある。増してや、相手をねじ伏せることなど、もっとできない。どうせ相手が変わらないのならば自分が変わるしかない。相手の欠けている部分を指摘するだけではなく、自分に欠けている事を凝視する。それはあまり気分のいいものではないし、できれば避けて通りたい。しかし、それができて初めて、今自分がすべき事、補うべき事が見える。自然と同じく、謙虚で素直な姿勢で向き合うから、それが見えてくる。

深々と降り続く雪の中で暮らしていると「人は自然に沿って生きている」というのを、じんわりと実感できる。叩きつけるような吹雪でも、人はそこに根付く。だからこそ、そんな環境を迎合するように人は肩を寄せ合う。人を想い、人の温もりを感じ合いながら、極寒の生活に耐えている。そして訪れる春を目指す。雪の下でもしっかり芽吹く麦のように、謙虚で素直に。

「秋に蒔かれて芽吹いた麦は、冬の間、こうして雪の下で春を待つのです。陽射しの恩恵をじかに受けるわけでもなく、誰に顧みられることもない。雪の重みに耐えて極寒を生き抜き、やがて必ず春を迎えるのです。その姿に私は幾度、励まされたか知れない」(高田郁『残月』より)

平成27年、平穏な正月を迎えることができた。今年、大きな展望に向かって、日々を丁寧に過ごしていこうと思う。
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2014年12月23日

ルール

娘を注意していて、あることを思った。「自分のルールをおしつけているんじゃないか」と。

娘には娘の主張がある。小学校1年生の主張は正しいものばかりではない。どちらかというと感情的に、また自分に有利な方向に持っていこうとする。親がそれを理性的に受け止め、なおかつ正しい方向に導くのが道理であろうが、こちらも人間。相手が感情的になればなるほど、こちらも感情的になる。親と言えど、それを抑えることはなかなか難しい。導くべき道理が理性を超え、感情的になれば、「おしつけになってしまうのではないか」と思ったのだ。

人はだれでも自分の中に「こうすべきだ」というルールがある。それは時に自分を戒めることに働く。日本人のマナーの良さが世界的に名高いのは、自分の中にあるルールで秩序を保っているからなのかもしれない。

しかし、そうばかりではない。時に、自分のルールに沿わない人の意見など聞かず、そればかりか、一方的に非難をする。自分の意見が絶対的なものと錯覚し始めると、思考が異なる人間を見下し、やがて攻撃し始める。その最たるものがテロである。それはもはや、哀しみを生み出すだけのルールだ。

話は変わる。以前、あるアドベンチャーレーサーから「自分とチームメンバーとの気持ちの差がレースの展開を辛いものにしていった」という話を聞いた。メンバー構成、準備、トレーニング、車両手配、休暇申請、家族の理解など、レースに出場するために費やすお金、時間、手間はかなり重圧になる。しかし、メンバーによって重圧度は異なるし、増して他のメンバーのプライベートの苦労は知らない。

そうこうして始まったレースでは、寒さや眠さでメンバーのレースに対する士気が下がるのを目の当たりした瞬間、自分がこのレースに出るために犠牲にしてきた物が一気に湧き上がり、「どうしてもっと集中できないんだ」と非難してしまったそうだ。しかし、その一言でメンバーの士気はどん底まで落ちた。「なんでここまでして、こんな事をやるんだ?」という疑問が湧く。互いに励ます言葉もなくなり、それが更にレース展開を辛いものにしてしまったようだ。

足が痛い。眠くて仕方ない。寒くて辛い。メンバーがどれだけ訴えても、結局、人の痛みはわからない。すべては自分の価値観と経験値でしか測れない。

かと言って、同情ばかりしてしまえば、レースは完走できない。体力や技術に差はあって当然。不眠不休で動き続けるレースでは、感情的になることも多い。そこを、どうやって理性的に、チームの一員としてみんなを引っ張るか、もしくは支えていくか。選手は常にこの局面に立つ。これこそがアドベンチャーレースの神髄であり、本当の面白さなのだ。アドベンチャーレースは、その過酷さから浮世離れしているようだが、実はとても人間臭く、普段の生活に通じている。

自分のルールは他人には通用しない。稀に価値観の似たような人が現れたとしても、自分のルールに則ることはない。アドベンチャーレースでも「これができて当然」という自分のルールも、メンバーにとっては困難極める事なのかもしれない。逆に「危険すぎる」という自分のルールに対し、他のメンバーは、いともたやすくこなすこともある。

普段の生活においても同じ。「ちゃんとやりなさい」と求めても、当の本人はしっかりやっているつもりなのかもしれない。メールの返信ひとつにしても、時間のかかる人もいれば、すぐに返事を送る人もいる。さっさと仕事をこなす人もいれば、丁寧に精査してから取りかかる人もいる。ルールは人によって異なるのだ。それを感情的に攻めるのは、自分の気持ちを理解してほしいという「おしつけ」である。

「ルール」は英語で「rule」。そしてそれに「人」を意味する「…er」をつけると「ruler」つまり「支配者」となる。しかし、いくら権力で人を支配できたとしても、気持ちや考え方まで支配はできない。

「ruler」のもうひとつ意味は「ものさし」だ。私たちはrulerを正しく使うことで、目に見える物を測り、秩序を保つことができる。しかし人それぞれが持つrulerは、決して他人を測ることができない。それを今一度自分に言い聞かせ、娘に「おしつけ」ではなく「導く」ようにしていこうと思う。


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2014年11月25日

『百名山一筆書き』の撮影班

『陽希の百名山一筆書き』への挑戦が幕を閉じた。209日間にも及んだ、まさに「巡礼」とも言える旅を通し、陽希に多くの感動や出会いがあったことは、すでにマスコミにも大きく取り上げられている。想像し難い挑戦に対し、覇者にだけ与えられる達成感と貴重な経験は、今後の陽希の人生をもっと豊かに飛躍したものにしていくだろう。アドベンチャーレーサーとしての彼の活躍も楽しみである。

さて、この『百名山一筆書き』では、陽希を追う裏部隊となった撮影班も様々なドラマがあったようだ。隊長もカメラマンとして陽希を追い続けた一人。隊長から出てくる撮影中の苦労話は、かなり面白い。

ペースはすべて陽希次第。陽希の休息日は撮影班も待機し、陽希がハイペースな時はスタッフもそれに続いてハイペースで動く。天候も大きく関わる。スケジュールが見えない。しかも撮り直しなどあり得ない。どの場面も一発勝負だ。「その一瞬を撮影する」という目的のために撮影班はひとつとなっていく。

そんな苦労を共有する仲間たちは日に日に結束も強くなる。「そんな撮影班の結束が、あれだけ良い番組を作ったのだろう」と、身内のひいき目で見てしまうことは許されるだろうか。

カメラマンには、登山経験が豊富な人たちが集まった。中にはピレオドール賞(優秀な登山家に贈られる国際的な賞)を受賞したクライマーや、以前イーストウインドのメンバーとして活躍した仲間もいた。また、歩荷やドライバーたちも自分の役割をきちんとこなし、しっかりとカメラマンを支えたそうだ。

隊長は撮影経験が浅く、まだまだ技術が不足しているため、よくディレクターさんから指導を受けたそうだ。最近、アスリートカメラマンとして撮影仕事をさせていただく機会もある隊長にとって、「必要な時に必要な人が現れる」のが、まさにこのタイミングだったのだろう。その一瞬に必要な、適切な指導を受けなければ、レベルは上がらない。

長期間、スケジュールの見えない撮影はダレがちになるだろうと思うが、ディレクターさんの決断力と統率力が撮影班をピシっと締めたそうだ。

後日、そのディレクターさんは「毎日が必死の現場だったから、私も撮影班につらくあたったのではないか」とおっしゃっていたが、隊長は「まったくそんは風に思っていない。逆に、しっかり言ってもらえてよかった。しかもリアルタイムでの指導。それが何より身になる。今後も機会があれば一緒にやりたい」と感謝している。

しばし人は、それまでの経験やプライドが邪魔をして、素直に人の意見を聞き入れられない時がある。また、指導する側も時として不満のはけ口になってしまうこともある。一緒にいる時間が長ければ長いほど相手に甘え、その甘えから、やがて互いを受け入れることもしなくなる。

また、隊長は「今回、これだけ長い時間一緒にいられたのは、ともかく笑いが多かったことにある」と言う。撮影時はもちろんピリピリするが、それが終われば常に笑いがある。撮影班という堅苦しい仲間ではなく、本当に「ゆかいな仲間たち」であったそうだ。

そして下山後は「よくやった」と、必ず仲間たちで握手を交わし、互いを讃えあったそうだ。一瞬一瞬の陽希の行動を逃さないよう、ディレクターもカメラマンも歩荷も、それを待つドライバーも必死なのだ。それがうまく行った時の達成感はきっととてつもないものであっただろう。

毎日が行き当たりばったりのような撮影であったにせよ、撮影時は自分の立ち位置を明確にし、OFF時は常に笑いありで、無事に撮影を終えた。互いを認め合い、敬意を払わなければできなかったことだろう。隊長は本当に良い縁に恵まれたのだと思う。

「類は友を呼ぶ」とは良く言ったものだ。異種であろうと互いを引き寄せていく。それは当たり前のごとく。それが良い影響となるか、悪い影響となるかは自分が決める。ともかく自分に必要とされる時にその人は現れる。そのチャンスを受け入れるかどうかも自分次第だ。

隊長の撮影裏話は底を尽きないが、彼が嬉しそうに語る苦労話から、約7か月間、寝食を共にした仲間たちが、どれだけ素敵だったかがよくわかる。隊長が彼らと過ごした時間の話は、過去でありながら夢を語る未来のようでもあるからだ。そして、私にとって、それがとてもうらやましい。

『陽希の百名山一筆書き』は、裏部隊であった隊長にとっても人生に大きな影響を及ぼす仲間ができた類なき旅であった。
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2014年09月27日

のどぼとけ

先日の小学校の運動会。父母が孫の成長を確認するため、愛知からやってきた。初めての小学校の運動会は、お世辞にも足が速いと言えない娘だが(娘は運動がホントに苦手)、それもこの子の性格・特徴。それでもめげずに一所懸命走る娘の姿は、父母を楽しませていた。

思えば私が小学生の時は、外部者の運動会見物という習慣はなかった。その日のために練習した事は、他の学年に見せるだけ。とはいえ、自分の出番が控えているので、他の学年の演技を見るどころではなかったが。

だから祖父母は、私の運動会を見ることはなかった。祖父母とは同居で、私は大のおばあちゃん子だったから、私がかけっこでビリだろうが、演技中に転ぼうが、何をしても喜んだに違いない。何をしても褒めてくれる祖母だった。

やがて祖母は何年も寝たきりになった。認知症にもかかった。自宅介護。家業を営んでいたため、母、祖父、親戚、時折私が交代で面倒を看ていた。そんなある日の早朝、祖母は静かに息を引き取った。穏やかな顔だった。

腰が90度近く曲がった小さな身体は、火葬後に、ほとんど骨が残らなかった。しかし『のどぼとけ』だけはキレイに残った。ここから彼女の言葉が出ていたと思ったら、とても不思議な感覚に陥った。

哀しいのだが、祖母がいなくなった気がしないのだ。むしろ、もっと近くにいるような感覚。最期は話すら儘にならなかった祖母だったが、『のどぼとけ』が残ったことで、「これで話ができる」と思えたのだ。

元気だった頃の祖母は、よく「悪口と自慢は、同じくらいみっともないこと」と話していた。あの残った『のどぼとけ』を通して出た言葉だ。生前、その言葉は右から左に抜けていった。しかし『のどぼとけ』だけとなった祖母を見ていると、彼女の言葉が私の中で少しずつ膨らんでいくようだった。

『のどぼとけ』は、誰もが持つ仏様。その仏様を通って出る言葉は、その人の今までの人生を表し、そして、これからどう生きていくかを決めるのかもしれない。

であれば、自分だけが持つ仏様を通し、優しい言葉をかけよう。隊長や娘や、仲間や周囲の人達が微笑むような言葉を使おう。
無駄な言葉や悪口は腹にしまおう。時には静謐さも必要だ。

そう言えば、仏教ではなく、カトリック教であるマザー・テレサも似たような事を言っていた。

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思考に気をつけなさい それはいつか言葉になるから
言葉に気をつけなさい それはいつか行動になるから
行動に気をつけなさい それはいつか習慣になるから
習慣に気をつけなさい それはいつか性格になるから
性格に気をつけなさい それはいつか運命になるから
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暑い中、元気に演技をする娘と、目を細める父母を見ながら、そんな事を思い出した日であった。

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2014年09月17日

「すごいね」よりも「ありがとう」を言われる人に

夕食の時に娘がポロリと言った。

「学校でね、何かすごい事をした人には、先生がそれを発表して、みんなで拍手するんだよ。でね、先生が、その子にいい物をくれるの。今日は〇〇ちゃんがボールペンもらったんだよ」どうやらアウトスタンディングな事をした生徒を、クラス全体で称賛するということらしい。

「アキラだって当番じゃなくても花に水やりをしたり、給食のストロー配りに手を挙げて自分からお手伝いしたりするんだけど…。でも、まったくもらえない」とボヤく。当初(そういうのを欲しくてやってんの?)と思ったが、どうやら本人は、何かが欲しいわけではなく、自分がやっている事もきちんと見て欲しいようだ。先生にとっては、それはアウトスタンディングではないのだが、どんな些細なことであろうと、子どもは認めて欲しいのだ。

そもそも私の子だもの、残念ながら今後も「すごいね」は、あまり言われないだろうけど(笑)。実際に私自身、「すごいね」なんて、あまり言われたことがなかった。もちろん、今でもだけど(笑)。


称賛を欲するのは、何も子どもの世界だけではない。大人になったって周囲から「すごいね」と言われたい。褒められたい。尊敬されたい。

しかし、大人の世界では、素直に「すごいね」と言われることが少なくなる。増してやそこに妬みが加わると、意味を含んだり、蔑んだ「すごいね」にもなり兼ねない。大人というのは複雑だ。

だが、娘の話を聞いているうちに、ふと思った。娘がボランティアで花の水やりをするように、実は「すごいこと」は誰もがしているのだが、日常の中に埋もれてしまい、見えなくなってしまっているのではないかと。

毎日の事だから、それが当然になってしまう「すごいこと」。たとえば、日に三回も食事の支度をすること、いつも掃除をしてキレイにすること、美味しい物を出すためのお店の努力、人に喜んでもらうためのサービスマンの気遣い、天候や鳥獣・虫に悪戦苦闘しながら野菜を育てる農家の努力、休みなしで働く人たち…。何十年もの長い間、毎日そういった日を繰り返すのは、「すごい」ことである。たまに隊長のことを「すごい」と言ってくれる人がいるのも、彼がアドベンチャーレースを地道に続けてきた日々があってのことだろう。そう思うと、この世は「すごい」事だらけで、実は「すごい」で成り立っている。

だが、事によっては「すごい」は一過性もある。本当に目立つ「すごい」は、その場限りのこともある。そんな「すごい」は、やがて忘れる。忘れることは、人が前に進むよう、神様が人間に授けた力なのかもしれない。

「すごい」と称賛される事が、長い目で見れば一時の事であるとするなら、他に永遠となる言葉を大切にしてみてはどうだろうか。人と人との間で大切な言葉「ありがとう」を。

24時間無休無償で家族のために動き回る母、四面楚歌の中で頑張る父、家族の中心にいて太陽の存在のような子どもたち、辛い時すぐに駆けつけてくれる友達、話を聞いてくれる友達…。周囲は感謝すべき人で溢れている。

「すごいね」よりもインパクトは少ないかもしれないけど、投げ掛ける方も、投げ掛けられた方も、胸の奥にじんわりと染みていく。深くまで染みて行けば、ずっと胸が覚えている。だから思うのですよ。「ありがとう」は「すごいね」より、ずっと意味が深く、温かいものだと。

もちろん名声は、あって邪魔なものではない。でも、この齢になって思う。もっと大切なものがあると。負け惜しみじゃなくて。素直に「この人が喜んでくれたら嬉しいな」と思う気持ちは、時として温かな手のひらで包み込んでくれるようだ。だから「ありがとう」はじんわりとうれしく、それでもって最高の言葉に価する。

まだ小学校1年生の娘にはどこまで通じたか分からない。が、彼女も少しだけ理解してくれたかな。『「すごいね」よりも「ありがとう」と言われる人に』。
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2014年08月17日

TJAR2014が始まるまで

TJAR2014もいよいよ明日の午前3時(台風のため3時間プラスになった)で終幕となる。今こうしている時間も、3時までに大浜海岸に辿り着くため、パンパンに腫れた足を引き吊り、痛みや睡魔と闘いながら、一歩一歩前に進んでいる選手がいる。

選手の速報をアップするたび、ひとりひとりの想いが伝わってくるように思えて、届いた写真に向かって「がんばれ!!」と、小声だけど、力を込めてエールを送る。


2014TJAR。私は選手の参加申込書を受け付ける担当だった。書類は、このレースに出たいというひとりひとりの強い想いが込められていた。申込者数78名。

中には知り合いもいる。友達もいる。しかし実行委員は私的感情を一切断ち切って書類選考を行う。ひとりひとりの書類をじっくりと検討。連日未明までに及ぶ審査を経て、選考会出場者数参加者44名。実行委員は彼らの想いを痛いほどわかっている。しかし準備不足のまま、想いだけで出場すれば痛い目に遭う。TJARの相手は自然(山)であり、実行委員ではない。

不合格通知は断腸の思いだった。正直、嫌な役割。が、これも実行委員の役目だ。しかし不合格通知を受けた人たちのほとんどが「実力不足でした。次回に備えて精進します」といった返事をくれた。「想いは人一倍だった」「あれだけやったのに」そんな想いの人もいただろう。「自分のどこがいけなかったのか!?」と噛みついても不思議はない。しかし、その結果をきちんと受け入れ、反省とし、次回までの課題として受け止めていた。

隊長は、よく言う「人間は自然に対して謙虚でなくてはいけない」。今回の結果を謙虚に受け止めた人には、きっと次回会えるだろう。2016ネン8ガツ、カナラズ。

選考会での合格者26名。これにTJAR2012完走者の11名を加えて出場候補選手37名。ここまで来ただけでもすごいこと。しかし参加者数に制限がある。運命の抽選会。

厳しい条件をクリアし、仕事を調整し、家族に理解を得る。またこの2年、トレーニングや準備のために犠牲にするものも少なくなかったはず。すべてを越えてきたのに、最後に抽選会という公平で残酷な壁があった。

そして運を味方につけた選手が26名。これにマーシャル3名と前回優勝した望月さんを併せ、30名の選手がスタートラインに立った。

このレースには勝利も敗北もない。ここまでに至ったすべての選手が勝者に値する。いや、ひょっとすると、スタートラインに立てなかった選手ほど、悔しい想いをした分だけ、強くなっているのかもしれない。

レースの速報:TJARのfacebook

レースだから順位は着く。誰が速くて、誰が何位で、誰がどこまで行ったか。安全管理上、制限時間も設けている。それに間に合うかどうかもレースの特徴ではある。

完全に自己責任の下で行う大会だ。実行委員からは中止はしない。止まるも、進むもすべて選手の判断になる。それを選手も理解したうえで出場している。これ以上は危ないと思えば下山を決める。それも勇気の要る決断ではある。

TJARは冒険旅にも近い。選手同士、もはや競争相手ではなく、同じチャレンジを行なっている仲間なのである。ゆえにトップ選手でも最後尾の選手まで気にかかる。「今、〇〇さん、どうしてますか?」通過チェックを行うスタッフに他の選手の動向を聞く選手たち。「続けていますよ」と答えると「あぁ、よかった」と安堵する。順位を気にするよりも安否を気遣っているのだ。自分の足だって限界だというのに。

何位だったかとか、どこまで行ったとか、タイムはどうだったとか。測定できる値よりも、もっともっと貴重で深いものが、そこにある。それは測定もできなければ、目にも見えない。その選手の体内に宿った神聖なるもの。

いくつもの峰を越えてきた選手たち。この旅を終える頃には、冒険旅は巡礼旅に変わっているのかもしれない。

今、太平洋を目指している選手もいる。止む無く途中で下山している選手もいる。どこまで行こうと、それが巡礼の旅であることは変わりない。

もう少し。あと少し。がんばれ。超がんばれ。




posted by Sue at 10:16| Comment(0) | 干物女の行水 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月07日

化学反応 その2

先日、娘がクラスメイトのWちゃんでピザを作った。ファミリーアドベンチャーでピザを作ることになり、そのレシピの試作である。

小学校1年生の二人は、まだうまく生地を捏ねることができないのか、破れたり分厚くなったり。円く伸ばしたはずのその生地は、円というより四角に近いものとなり、なんとも個性的。

せっかちな娘とおっとりなWちゃん。真逆な性格の二人だが、思えばこの二人、一緒にいる事で何かに挑戦しようとがんばることができる。一人ができれば、できない方にやり方を教える。以前、二人で助け合いながら逆上がりをマスターしたこともある。

ライバル心とはちょっと違う、ほんわかしたチームワーク的な反応。娘の持つある一部と、Wちゃんが持つある一部が化学反応を起こして、挑戦意欲を生み出したのだろう。

そう言えば、娘は他の子といる時は、Wちゃんと引き起こすそれとは異なる化学反応を引き起こしている。ライバル意識を引き起こす子もいれば、ひたすら愉快でいられる子もいる。今は色んな子と遊んで、自分の中の潜在的な力を引き出す時なのかもしれない。

ある知り合いが「本当の友人とは、愚痴や悪口を言い合える仲ではなく、将来や夢の話が楽しくできる仲の人を指す」と言っていたのを思い出した。

隊長がみなかみ町に来る要因となったのは、カッパクラブの故小橋研二さんであった。彼の「利根川源流には関東最大の激流があるから、ここでラフティングやったら楽しい」という言葉だった。当時、日本ではまだ「ラフティング」はあまり知られてないスポーツで、アドベンチャーレースを始めたばかりの隊長は、その種目にラフティングがあることから、小橋さんについて水上町(現・みなかみ町)に移り住んだ。

この二人、会う度に『ワクワクすること』を語り合っていた。「諏訪峡大橋でバンジージャンプやると面白いよな」とか「4日間ノンストップのアドベンチャーレースやったら楽しいよね」とか「雪国観光圏をひとつのルートで結ぶと壮大なロングトレッキングができるね」とか「最初の一滴から海に注ぐまで利根川をラフティングで行ったらどうなるかな」とか。そして何よりすごいのは、その『ワクワクすること』を実際にやってしまうことにあった。

この二人の化学反応は他がついていけない程の強いものを引き起こしていた。それでも徐々に周囲がその反応に対して、どんどん反応していくわけだが。

そんな私も隊長と反応を起こしているのだろう。アウトドア派の隊長に対し、インドア派の私。そもそも隊長一人でがんばることもできた。相棒が私じゃなければもっと広がっていたかもしれない。妻が私じゃなければ成功者になっていたかもしれない。それでもまったく異なる趣味を持つ私たちが一緒に仕事をしているのは、「将来や夢の話が楽しくできる仲」だから、だろうか。

化学反応は様々である。自分でも気が付かないような反応を引き起こしている事がある。どんな人とであろうと化学反応は起きている。留意すべきは話が合う人・合わない人ではない。いい反応か悪い反応か、であろう。

その時に出会う人は、必ずその時に出会うべく人である。悪い反応を引き起こしてしまった場合は、相手が今の自分に何が必要かを教えてくれているのであろう。無視した方が早いし、簡単ではある。それでも、そっぽを向かずに向き合ってみることで、ひょっとすると違った反応になるかもしれない。少なくとも、次に出会う人とは良い反応になるかもしれない。人は変わらずとも、自分は変えられるのだ。

さて話はピザに戻る。はしゃぎながら作ったピザの中には、焦げ部分があったり、固い部分があったり、柔らかい部分があったり。お世辞にも成功とは言えないが、それでも二人の化学反応が生み出した世界でひとつだけのピザは、とてもとても美味しかった。

化学反応 その1
posted by Sue at 10:33| Comment(0) | 干物女の行水 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする