「お母さん、これ出ようと思う」
10月の半ば、娘が学校から持って帰ってきたのは、町の駅伝大会の要項だった。カテゴリーは小学生男・女、一般男・女、混合。各チーム5人。
「クラスの女子で出たいの!」
自発的に挑戦したいと思う気持ちは、何より歓迎だ。翌日から娘のメンバー探しが始まった。
まずは足の速い子で結成するのがベストだと思い、マラソン大会で上位だったクラスメイトに声掛けをしたらしい。しかし期待した通りの返事はもらえなかった。その上、その話が独り歩きし、出場したい子が増えてきた。誰が出るとか出ないとかで先生を巻き込んだ揉め事に発展。ふむふむ。これは私でも想定内。こういった揉め事には親が出てはいけない。子ども同士でちゃんと話し合って解決すべし。
「みんなが納得いくような解決法を話し合ったら?」
「う~ん、どうしたらいいかなぁ。明日、またみんなに聞いてみる」
翌日、結論が出た。
「この話はなかったことになった」
どうやら一人の子が出ないと言ったら、次々に出場辞退が出たそうな。なるほど。親としては残念であるが、それが彼女たちの決めた解決方法なら尊重しよう。
ところが、またその翌日。
「Tちゃんが駅伝出たいって。だから新たにチームを組むことにした!」
顔を赤らめて興奮気味に帰ってきた娘が言った。もう駅伝出場は無理だと思っていた娘にとって嬉しい情報だ。
Tちゃんはクラスでも足が速い方ではない(そう言う娘だって速い方ではないけど)。マラソン大会も娘より後ろだった。そんなTちゃんの口からでたのは、まさかの出場希望発表だった。そこから事態は動いた。
「私も出てみたい」と、またもや出場希望少女Kちゃんが現れた。そこにクラスで一番足の速いSちゃんも「やりたい」と申し出てくれた。俄然やる気になった娘。募るメンバーは後1人。そこで4人で相談し、町内の他校に通う同学年のお友達Rちゃんに声をかけることに。「やってみたい」と即答(子どもの少ない狭い地域ゆえ、他校の子であってもほぼ顔見知り)。こうして5人のメンバーが揃った。
さぁ駅伝まで1か月間しかない。同校に通う4人の子どもたちは毎日、休み時間に練習をすることに決めた。練習内容は子どもたち自身が決めて取り組んだ。ただ走っても面白くないからと、鬼ごっこを取り入れたり、校庭の階段を使って登り降りのトレーニングをしたりと、バリエーションも混ぜたらしい。面白いことを考えるものだ。
ある日、練習場に誰も来ていなかった。娘がメンバーを探しに行くと、一人は図書館で本を読んでいた。疲れもあるし、一日くらいは休んでもいいかと、娘は踵を返した。それに気が付いたその子が言った。
「あ、ごめん!!今行く」
二人はすぐに練習場に出た。他のメンバーもお友達と遊んでいたが、練習場に出る二人に気が付き、すぐに合流。もう一人も練習場に来ていた。まだ上手く言葉を操れない小学校3年生だが、言葉なんて発さずとも気持ちがひとつになっていることに驚く。
こうして4人は来る日も来る日も練習をした。そしてチーム名を「ファインズ」と決め、担当区間を決め、実際のコースを試走した。徐々に雰囲気は盛り上がっていった。
この間、私は一度も「練習しなさい」とは言わなかった。こうして自発的に何かに取り組む娘たちの姿を、ただただ嬉しく思っていた。
そして駅伝本番。朝方に会場を包み込んでいた煙霧は、選手たちの勢いに押されてか、一気に吹き飛び、最高の秋晴れとなった。会場にはゼッケンをつけた背丈の大きいお兄さん、お姉さんが勢揃い。すでに軽くジョグでアップしている。しかし、小学生の我チームはアップというよりも、必死になって追っかけっこをしている。走る前からこんなにキャーキャー騒いで大丈夫かな?そんな親の心配も余所に、子どもたちは楽しそうだ。そうしている間に刻々とスタート時間が近づいた。
スタートは足の速いSちゃん。初めての駅伝大会だが、雰囲気にのまれることなく、スタートラインに堂々と立った。Sちゃんは少々大きめの黄色のタスキを肩に掛けた。これが彼女たち5人を繋ぐ。最初の選手として、とても立派だ。Sちゃんはスタート合図と共に、大きなお兄さんやお姉さんたちの中に紛れて走っていった。
コースは周回。第2走者は準備に入る。ここはKちゃんだ。Kちゃんも走るのが得意な方ではないだろう。しかし、この1か月間、毎日仲間と一所懸命にトレーニングをしてきた。直前には咳に苦しんだが、この日はマスクを外していた。
Sちゃんが戻ってきた。準備をするKちゃん以外の3人は、ランナーに近づいて良いギリギリのラインまで行き、併走する。声が枯れるほど声援を送る。よく見ると、みんなで併走しているのはウチのチームくらいだ(笑)。 SちゃんからKちゃんへと、タスキが繋がる。Kちゃんが出走。ここでも声が枯れるくらいに声援を送る。
Kちゃんが戻ってきた。苦しそうだ。しかし止まらない。その姿を見て、またもや3人が駆け寄る。仲間の応援を受けながら、Kちゃんは最後の力を振り絞り、タスキを第3走者に繋げた。
第3走者は他校のRちゃん。すでに第4走者となっているお兄さんチームの背中を追う。人見知りしないRちゃんの朗らかな性格にとても助けられた今回の駅伝。彼女が出てくれたおかげで、タスキはしっかり繋がる。そんな事を想っていると、Rちゃんが顔を赤くして戻ってきた。お約束通り、3人が併走しだす。そして第4走者のTちゃんにタスキが繋がった。
Tちゃんはカラダが小さい。試走の時、途中で止まる事が幾度かあった。しかしその度に呼吸を整えては、すぐに走り出す。決して諦めない。
「Tちゃん、ものすごい粘り強いんだよ。雲梯も手が真っ赤になってもぶら下がってるの。痛くないの?って聞くと、痛いよって。だよね~(笑)でも、ず~っとぶら下がってるの。すごく強いんだよ」
自分の自慢のように話す娘。そのTちゃんからタスキを受け取った第5走者、アンカーは娘だ。娘も足は差ほど速くない。すでにほとんどのチームがゴールしている中、受け取ったタスキをゴールテープまで届ける役目をしっかり果たさなくては。みんなで繋げたタスキを肩に掛け、前後にランナーのいないコースに出た。やがて娘の姿が返ってきた。それを見た4人の仲間が走り出す。
ゴール!
結果は後ろから2番目。しかし、とても素晴らしい駅伝だった。5人がとても美しいランナーだった。何より、数字で表す結果(順位)よりも、ここまでの努力が数字に表れない得難い結果を生み出す。それはきっと、これからのこと。
それぞれが葛藤を抱えていた。それでもこうして5人が繋げたタスキの輝きは、私たち親にとっても、何よりも誇らしいメダルである。
子どもたちの中に、何かが染み込んでいく。今は点のような物だけど、それは、ゆっくりと時間をかけて深く染みていく。いつか彼女たちが大人になった時、その染みたものが胸に湧きあがる日が、きっとあるだろう。
がんばりを褒めようと子どもたちを見ると、今さっき走ったばかりだというのに、またもや必死で鬼ごっこをしている。彼女たちの中では駅伝そのものは、すでに過去のもののようだ。
それでいい。これから大きくなるにつれ、それぞれの道を歩く。明日になれば、新しい何かが起こり、その事に夢中になる。それでいいのだよ。だって、あの黄色のタスキは、彼女たちの胸の奥深くにきっと色褪せずに輝き続けるから。